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『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』 

ためし読み / メイソン・カリー, 石田文子, 金原瑞人

古今東西の小説家、詩人、芸術家、哲学者、研究者、作曲家、映画監督は、いかにして「制作・仕事」に日々向かっていたのか? 日々の日課や毎日のスケジュールについて、部屋での様子や「仕事のお供」にした嗜好品など、これまでなかった視点で、161人の天才たちの「制作・仕事」の秘訣をコンパクトにまとめたショートショート的伝記エッセイ『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』の中から、いくつかの「日課」をピックアップしてお届けします。

今回は『老人と海』、『武器よさらば』のアーネスト・ヘミングウェイ、『失われた時を求めて』のマルセル・プルースト、『薔薇の名前』のウンベルト・エーコというアメリカ、フランス、イタリアを代表する3人の作家の日課をご紹介いたします。

 

アーネスト・ヘミングウェイ

1899~1961

 

ヘミングウェイは成人してからはずっと早起きだった。午前5時半から6時ごろ、夜明けとともに起きる。これは前の晩に遅くまで酒を飲んでいても同じだった。息子のグレゴリーの回想によると、二日酔いとは無縁だったらしい。「父はいつでも元気そうに見えた。まるで防音室で黒いアイマスクをつけて赤ん坊のようにすやすや眠ったあとみたいだった」。1958年、『パリス・レビュー』のインタビューで、ヘミングウェイは早朝の時間の大切さを説明している。

 

取りかかっているのが長編であれ短編であれ、毎朝、夜が明けたらできるだけ早く書きはじめるようにしている。だれにも邪魔されないし、最初は涼しかったり寒かったりするが、仕事に取りかかって書いているうちにあたたかくなってくる。まずは前に書いた部分を読む。いつも次がどうなるかわかっているところで書くのをやめるから、そこから続きが書ける。そして、まだ元気が残っていて、次がどうなるかわかっているところまで書いてやめる。そのあと、がんばって生きのびて、翌日になったらまた書きはじめる。朝6時から始めて、そう、正午くらいまで、もっと早く終わるときもある。書くのをやめるときは、からっぽになったような感じがする。だが同時に、からっぽじゃなくて満たされた感じもする。好きな相手とセックスしたあとみたいにね。心から安心できて、悪いことなどなにも起こらないという感じだ。次の日にまた書きはじめるまで、どんなことがあろうとなんの意味もない。大変なのはそこ。翌日まで待つということだ。

 

ヘミングウェイはいつも仕事を始める前に20本のHBの鉛筆を削ったといわれているが、じっさいはそんなことはなかったらしい。「いままで一度に20本も鉛筆をもっていたことはないと思う」 本人が『パリス・レビュー』でそう語っている。しかし彼独特の執筆中の癖はたしかにあった。ヘミングウェイは立って書いた。胸の高さまである本棚の上にタイプライターを置き、その上に木製の書見台を置いて、それに向かうのだ。最初の草稿は薄い半透明のタイプライター用紙を書見台にのせて、鉛筆で書く。それがうまく書けると書見台をタイプライターに替えて打っていく。ヘミングウェイは毎日、書いた語数を表に記録していた。それは「自分をごまかさないためだ」という。執筆がうまくいかないときは、さっさと切りあげて、手紙の返事を書く。それはいい息抜きになった。〝執筆という厳かな義務〞。——これをヘミングウェイはよく〝厳かに書かねばならない義務〞と言い換えた——から解放してくれるからだ。

 

 

マルセル・プルースト

1871~1922

 

「ひとつの作品の制作に人生のすべてを支配されるとは、本当に忌まわしいことだ」 フランスの小説家プルーストは1912年にそう書いている。この言葉をそのまま真に受けるのは難しい。1908年から死ぬまで、プルーストは全人生を、時間と記憶をテーマとした不朽の名作『失われた時を求めて』の執筆に捧げた。完成した作品は全7巻、150万語に及ぶ大作だ。この仕事に集中するために、1910年、世間から引きこもることを決意した。ほとんどの時間をパリの自宅アパートにある有名なコルク張りの部屋で過ごし、日中は寝て、夜に仕事をした。外出をするのは、全身全霊を捧げている作品のために、事実やイメージを取材しにいく必要があるときだけだ。

午後遅くに起きると――たいていは3時か4時だが、ときには6時ごろになることもあった――まず〈ルグラ〉に火をつける。〈ルグラ〉とはアヘンをベースにした粉末で、プルーストはこれを持病のぜんそくの症状を和らげるために使っていた。ほんの少量しか使わないこともあれば、何時間も〝いぶし〞つづけて、部屋全体に濃いにおいがたちこめることもあった。そのあと呼び鈴を鳴らし、長年務めて信頼のおける家政婦のセレストにコーヒーをもってこさせる。これはそれ自体、手の込んだ儀式だった。セレストはカップ2杯分の濃いブラックコーヒーを入れた銀のコーヒーポットと、あたためた牛乳をたっぷり入れた蓋つきの陶器のポットと、クロワッサンをひとつ――いつも同じパン屋で買ったものを皿にのせて――もってくる。そして黙ったままベッドわきのテーブルの上に置いて部屋から出ていく。そのあとプルーストは自分でカフェオレを作る。セレストはキッチンで待機し、プルーストがまた呼び鈴を鳴らすのを待つ。もし鳴ったら、それは2つ目のクロワッサン(つねに用意してある)と、残りのコーヒーに入れる牛乳のおかわりをもってきてよいという合図だ。

プルーストはこれ以外になにも口にしない日もあった。「彼はほとんどなにも食べなかったといっても言い過ぎではない」 セレストはプルーストとの生活についての回想録でそう述べている。「1日にカフェオレ2杯とクロワッサン2個で生きていける人間なんて、ほかにきいたこともない。しかもクロワッサン1個のときもある!」(セレストは知らなかったが、プルーストはときどき、外出した夜に、レストランで食事していた。そういうときはじつに大量に食べていたという報告がある)。 あたりまえだが、こういう不十分な食事と運動不足のせいで、プルーストはつねに寒気を感じ、湯たんぽを次々もってこさせたり、やわらかいウールの上着を何枚も肩にかけたりして、仕事中の寒さをしのいでいた。

最初にコーヒーを出すとき、セレストは郵便物をのせた銀のトレイもいっしょにもっていく。プルーストはクロワッサンをコーヒーに浸しながら、郵便物を開けて、ときにはそのなかから選んだ一節をセレストに読んできかせた。それから、いくつかの新聞を注意深く読み、文学や芸術だけでなく、政治経済にも強い関心を示した。そのあと、もし夜に出かけると決めたら、そのためのさまざまな準備をした。電話をかけたり、車を手配したり、身支度を整えたりだ。外出の予定がなければ、新聞を読みおえるとすぐ仕事に取りかかった。2、3時間書くと呼び鈴を鳴らして、セレストになにかもってこさせたり、ただ部屋に呼んで雑談の相手をさせたりした。ときにはその雑談が数時間続くこともあった。とくにプルーストが外出したり、おもしろい客がきたりしたあとはそうだった――プルーストはそういう雑談を、小説を書くための地ならしと考えていたようだ。ちょっとした会話や、偶然の出会いから隠れた意味やニュアンスをさぐり、しっかりとらえてから、ページの上に再現しようとしたのだ。

執筆はもっぱらベッドの上で行なわれた。布団の上に横たわり、2つの枕で頭を支え、ひざの上に置いたノートに手が届くように、片肘を立て、不自然に寄りかかる。手元を照らす明かりは、緑色の傘のついた暗い枕元用のスタンドだけ。そのため、いくらかまとまった時間仕事をすると、手首はしびれて目はかすんだ。「10ページも書くとぐったりする」とプルーストは書いている。疲れて集中できなくなると、カフェインの錠剤をのんだ。そして眠るときにはベロナールというバルビタール系の睡眠薬をのむ。ある友人はプルーストに「ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるようなものだ」といって警告した。プルーストは気にかけなかった――むしろ、彼の場合、執筆の仕事には苦痛が必要なようだった。苦しみには価値があり、それが偉大な芸術の基礎を作ると考えていたのだ。『失われた時を求めて』の最終巻に、プルーストはこう書いている。「文芸作品がどれほどの高みを極めるかは、苦しみが作家の心をどれほど深く削ったかによる。それは井戸を深く掘れば掘るほど、水面が上昇するのと同じだ」

 

 

ウンベルト・エーコ

1932~2016

 

イタリアの哲学者で小説家のエーコは――おそらく48歳のとき出版された最初の小説『薔薇の名前』でもっともよく知られているが―― 決まった執筆の習慣はないという。「ルールはないんだ」 2008年にエーコはそういっている。「私は予定どおりに行動することができない。朝7時から夜中の3時まで、途中でサンドイッチを食べるだけで書きつづけることもある。かと思うと、まったく書く必要を感じないこともあるんだ」。 しかし、インタビュアーに重ねて尋ねられると、執筆のパターンは必ずしも変化に富んでいるわけではないと認めた。

モンテフェルトロの丘の自宅にいるときは、ある程度決まった日課のようなものがある。パソコンをつけて、メールを見たり、なにか読んだりして、それから午後になるまで書く。そのあとは村に出て、バーで一杯やりながら新聞を読む。家に帰って日が暮れるとテレビかDVDをみて、11時になったらまた少し仕事をする。午前1時か2時ごろまで。田舎で決まった日課がある理由は、邪魔が入らないからだ。ミラノとか大学とかにいるときは、私の時間を決めるのは私じゃない。必ずだれかほかの人間が、私のやるべきことを決めるから。

しかし、まとまった時間がなくても、1日のうちのちょっとした〝合間〞を使って創造的な仕事をすることができる、とエーコはいう。『パリス・レビュー』のインタビュアーにこう語っている。「今朝、きみは呼び鈴を鳴らしたけど、そのあとエレベータを待たなくちゃいけなかっただろ。だから、きみが到着するまで何秒か時間があった。私はその何秒かのあいだ、きみを待ちながら、いま書いている新しい作品のことを考えていた。私はトイレでも電車のなかでも仕事ができる。泳いでいるときは、いろいろできるよ。とくに海で泳いでいるときは。風呂に入っているときは、それほどでもないけど、やっぱり創作活動はできる」

 

(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
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天才たちの日課
クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々
メイソン・カリー=著|金原瑞人・石田文子=訳
発売日:2014年12月16日
四六判|384頁|定価1,800円+税|ISBN 978-4-8459-1433-3
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