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2017.11.27

「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方

ためし読み / カール・イグレシアス, 島内哲朗

 

「イントロダクション 感情をお届けする商売」より抜粋

また脚本の書き方? 

「絶対売れる脚本の書き方のハウ・ツゥ本なんか、今さら必要?」と思った人もいるだろう。脚本家兼シナリオ講師のロバート・マッキーも、ハリウッド映画を料理に例えてこう言っている。「どうせハリウッド映画の残飯を温め直すだけなら、料理の本が1冊増えても無駄じゃないか」。ごもっともだ。本屋の書棚に、そしてネット上にどれだけ脚本の本が溢れていることか。最近アマゾンで調べたところによると、なん1200を超す検索結果が見つかった。驚愕すべき点数だ。過去30年の間、脚本家の卵たちは実に恵まれていた。書籍、雑誌、セミナー、ウェブサイト、映画学校修士課程、脚本コンサルタント、さらには脚本執筆の達人にいたるまで、あらゆる媒体で脚本執筆の原理原則が説き尽くされてきた。「××という事件を××の順番で××ページと〇〇ページに書けば、君の書いた素晴らしい脚本は売れたも同然」なはずだった。なのに、実際には何も変わっていない。今日市場に出回っているほとんどの脚本は、お約束どおりで、機械的で、何の驚きもない。要するに、つまらないのだ。なぜだろう。

つまり脚本というのは、セオリーやプロットのレシピをなぞれば書けるわけではないということだ。もちろん基本は大切だ。しかし、基本から最高の1本までの道のりは遠いのだ。私が書いたもう1冊の本『脚本を書くための101の習慣』の中で、オスカー脚本家のアキヴァ・ゴールズマン(『シンデレラマン』『アイ,ロボット』『ビューティフル・マインド』)が言っている。「脚本を書くというのはファッションと似ています。服の構造はみんな同じです。シャツには袖が2本あり、ボタンがある。でも構造は同じでもどのシャツも違う。学校や指南書は、シャツには袖が2本あってボタンがついていることを教えてくれますが、その知識だけでデザイナー・シャツを作ってみろと言っているようなものなんですよ」。残念ながらページ数の関係で『脚本を書くための101の習慣』に採用できなかったハワード・トッドマンは、このように教えてくれた。学校や指南書が教えてくれるルールや原則は「スタジオの企画開発担当重役が脚本を台なしにする道具に成り下がっています。重役たちはキャラクターの成長とか、きっかけとなる出来事とか、プロットの分岐点といったものを悪用して、ひとりの才能溢れる脚本家にしか書けないような脚本を、誰にでも書けるような駄作に変えてしまうわけです」。

この際、この本を書いた2つの理由を白状しておこう。巷に溢れる脚本指南書のどこにも書いてない重要な情報を、何とか道を拓こうとあがいている脚本家の卵たちに授けたいというのが第一の理由。誰もが必死に探し求めているのに、見つからない情報。何冊指南書を読もうと、何度セミナーに通おうと、新しい情報がない。これは、脚本ワークショップやセミナーでよく聞かれる不満なのだ。

2つ目は、ちょっと利己的な理由。脚本の講師として、さらにコンサルタントとして、私もそれなりに忙しい。これ以上酷い脚本につき合わされるのはご免なのだ。業界のプロが使う技を公開すれば、初心者でも満足のいく脚本が書けるようになる。いや、なって欲しい。それが私の企みなのだ。いきなり売れるほどの品質に届かなくても、少なくとも読んで分析することが苦にならない程度にレベルアップするに違いない。

脚本の基礎を学ぶ時間はそろそろ終わりにしよう。今から脚本執筆術で本当に大事なことに焦点を当てよう。本当に大事なこと、それは脚本を読む人に感情的な体験を提供するということなのだ。読んだ人の心がいろいろと感じたから、それを良く書けた脚本と呼ぶのだ。同じ理由で3時間の長大作があっという間に終わってしまったように感じることもあれば、反対に90分の映画が90時間に感じられることもある。心理学者が映画のことを「感情マシン」と呼ぶのは、まさにそのためなのだ。感情的体験がすべて。その体験を求めて、私たちは映画を観に行く。テレビを観るのも、ゲームをやるのも、小説を読むのも、観劇するのも、スポーツ観戦に行くのも同じ理由だ。それなのに、この感情的反応というものは、なぜか見落とされてしまう。

私が脚本の下読みを始めて間もない頃は、昔と違ってこんなに脚本執筆のノウハウが気軽に手に入る現代は何て良い時代なんだと思っていた。ほとんどの脚本はCAAや、ICMや、ウィリアム・モリスといった大手タレント・エージェンシーから送られてくるので、どれも水準以上に違いないと思ったのだが、甘かった。最初の数年で何百本という脚本を読み、推薦したのはたったの5本。見送った脚本のほとんどが、ちゃんと書かれていたということに留意して欲しい。誤字脱字はなく、書式も完璧。構成もきれいでちゃんとそれぞれの幕が「正しいページ」で始まっている。なのに、どれも似たり寄ったりなのだ。コンピュータが同じアルゴリズムを使って、チャート式で書いたかのように通り一遍なのだ。エージェントがついた脚本ですら凡庸だったということに衝撃を受けたが、なにより役にも立たない指南書やらセミナーに浪費させられた初心者たちを思うと怒りを覚えた。何をもって本当に良く書けた脚本というのか理解している脚本家の卵は、今もってあまりに少ない。ドラマというのはロジックの産物ではない。心だ。感情だ。あなたの脚本に命を与えるのは、感情なのだ。

 

感情についての一考察

 

ドラマは感情だという考え方を真面目に受け取って脚本というものを捉え直してみよう。脚本というのは、左端を銅のピンで留めただけの、110ページ[英語の脚本の場合約110分と換算される]の映画の設計図などではない。深い満足を与える強烈な体験を約束するのが脚本なのだ。素晴らしい物語とその語りの話術を渇望する読者の気持ちを理解できさえすれば、脚本の売り込みは格段に楽になる。では、のめりこませる脚本と飽きられる脚本の違いは何か。ページから踊り出しで読者を満足させるような脚本と、即ゴミ箱直行の脚本の違いは何なのか。読者の心と絆を結ぶには何をするべきなのか。読者の心と結ぶ絆。その方法論こそが、成功を約束する唯一の戦略なのだ。

始める前に、まず視点をずらしてみよう。観客のことを考えながら書くのではなく、脚本を読む人のことを考えて書かなければならない。映画館であなたが観ているのは、総勢約200人に上る職人の共同作業の結果なのだ。音楽や編集が、カメラが、演出が、セットのデザインが、あなたの感情を刺激する。一方脚本を読むというのは孤独な作業だ。読者の感情を左右するものは、あなたがページ上に綴った言葉しかない。読者の感情を揺さぶることができるのは、あなたしかいない。もし望んだ反応が引き出せなかったら、物語に引き込む代わりに飽きられてしまったら、試合終了、それで終わりなのだ。そう聞いた後でも、脚本なんて簡単に書けるとお思いだろうか。110ページを、正しい書式で書かれた柱、ト書き、台詞で埋めるだけなら確かに誰でも簡単にできる。でも、読者の興味を失わずに心を動かし続けるのは、至難の業だ。

最初の10ページがすべてだと言われるが、その考えは捨てよう。1ページ目からいきなり大事なのだ。そして次のページも、また次のページも大事なのだ。いや、実際にはキャラクター同士の最初のやり取りから蔑ろにしてはいけない。いや、最初の文節から、最初の単語から蔑ろにしてはいけないのだ。他の下読みさんに聞いた話だが、中には無作為に1ページだけ選んで読んでみるスタジオの重役もいると言う。ランダムに選ばれたその1ページで物語に引き込まれなければ、もしページを捲って先を読みたいと思えなかったら、その脚本はパスということになる。『カサブランカ』、『チャイナタウン』、『羊たちの沈黙』等、古典的名作の脚本で試してみると良い。適当にページを開いて読んでみよう。物語のどの辺なのか見当もつかなくても、台詞に、登場人物に、そしてその場面の葛藤に引き込まれて、ページを捲りたくなるはずだ。それが素晴らしい脚本というものだ。

自分が書いた脚本が銀幕に映し出される夢をいったん脇に押しやって、読者との間に信頼を築くことに注力しよう。あなたの脚本を手にした人は、その脚本を信頼してくれる。これはプロの手で書かれた脚本なのだから、きっと満足感を与えてくれるだろうと信じてくれる。もしあなたの技量不足でそのような満足が与えられなかったら、おそらくあなたは信用を失うことになる。

水準以下の初稿を送りつけるのはやめよう。そんな脚本を手にどんなに待っていても、あなたが腕を磨くために1億円の小切手を切ってくれる人は現れない。あなたが全ページで感情のツボを突けるまで書き直し終わるのを待ってくれるプロデューサーは現れない。読者を感情的に揺さぶることになっている脚本の規則や、テンプレートや、コツや、テクニックがある。そのような表面的なものに頼るのは、もうやめよう。

そう言われてもにわかには信じられないだろうか。ハリウッドでは、感情がすべてなのだという確たる証拠があれば、納得してもらえるだろうか。感情的な体験はストーリーを語るということの本質であり、しかもそれがハリウッドという商売そのものなのだ。

 

(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

 


 

「感情」から書く脚本術
心を奪って釘づけにする物語の書き方
カール・イグレシアス=著|島内哲朗=訳
発売日:2016年04月11日
A5判・並製|440頁|定価 2,400+税|ISBN 978-4-8459-1582-8
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プロフィール
カール・イグレシアスKarl Iglesias

脚本家であり、脚本コンサルタントであり、スクリプト・ドクターとしても人気が高いイグレシアスは、ページ上で感情的な反応を引き起こす専門家。UCLA の課外脚本執筆講座、スクリーンライティング・エキスポ、そしてオンライン講座であるライターズ・ユニバーシティで教鞭をとる。クリエイティブ・スクリーンライティング誌にも定期的に脚本技巧について寄稿している。著書に『脚本を書くための101 の習慣』がある。

画像はhttp://www.karliglesias.com/より引用

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プロフィール
島内哲朗しまうち・てつろう

映像翻訳者。法政大学経済学部卒。南イリノイ大学コミュニケーション学部映画科卒。カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学。ロサンゼルスで映画の絵コンテ・アーティストとしてプロとしての第一歩を印した。帰国後はゲーム関係の場面設定や背景設定などにも携わり、ナイキやユナイテッド航空など海外合作CMの絵コンテを描く。アート関係ではメルボルン、シドニー、サンフランシスコで開催された手塚治虫展「Tezuka, the Marvel of Manga」の図録翻訳と執筆交渉、第55 回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で特別表彰された田中功起氏の作品の英語字幕などがある。
劇映画字幕の仕事に『20 世紀少年〈第一章〉終わりの始まり』、『GANTZ』、『書を捨てよ、町へ出よう』、『愛のむきだし』、『地獄でなぜ悪い』、『千年の愉楽』、『かぞくのくに』、『サウダーヂ』、『ラブホテル』、『その夜の侍』、『キャタピラーCATERPILLAR』、『ゴールデン・スランバー』、『生きてるものはいないのか』、『白夜行』、『スカイクロラ』などがあり、最近は、塚本晋也監督『野火』、大林宜彦監督『野のなななのか』、宮藤官九郎監督『中学生円山』、安藤桃子監督『0.5 ミリ』、園子温監督『ラブ&ピース』、橋口亮輔監督『恋人たち』、山下敦弘監督『味園ユニバース』などを手がけた。その他、TV 番組、DVD字幕などで豊富な経験を持つ。翻訳書に『シネ・ソニック音響的映画100』(フィリップ・ブロフィ著)、『脚本を書くための101の習慣』(カール・イグレシアス著)、『のめりこませる技術』(フランク・ローズ著)、『ドキュメンタリー・ストーリーテリング』(シーラ・カーラン・バーナード著)、『「クリエイティブ」の処方箋』(ロッド・ジャドキンス著、以上フィルムアート社)、『アニメの魂』(イアン・コンドリー著、NTT出版)がある。
http://deanshimauchi.com

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