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ストーリー・ジーニアス
脳を刺激し、心に響かせる物語の創り方

ためし読み / リサ・クロン, 府川由美恵

読みだしたら止まらなくなる創作術──その鍵は登場人物の内面の葛藤を書くことだと、本書の著者リサ・クロンは訴えます。彼女は脳科学、神経科学、進化論まで取り入れた独自のメソッドを用い、UCLAなどの講師を勤めています。
文章を書く時、「頭を真っ白にして書き殴ろう!」と意気込んでみたものの、中々原稿が進まないという経験は誰もがあるはずです。今回の「ためし読み」では、本書「第1部 何が物語で何が物語ではないのか」の「2 山ほどの神話──書くために教わってきたことは全部間違っている」の一部を公開いたします。

 

 

文学でいちばん難しいのは、書くことではなく、自分の伝えたいことを書くことだ。

ロバート・ルイス・スティーブンソン

 

 

パンツィング神話

書くうえで最善の方法は、机の前に座り、頭をクリアにして、パンツの尻の部分で書く、つまり直感で書くことだと信じている作家の一派がいる〔英語の慣用句”by the seat of one’s pants”は「直感によって状況を切り抜ける」の意〕。つまりこれが〝パンツィング〞である(もちろん、〝パンツィング〞にはズボンを脱がせるという意味があることはわかっている。あくまで執筆の世界の用語だ)。一部のグループでは、これが書くためにいちばん確実なやりかたとされてきた。これが魅力的に響くのは、簡単そうで、率直で、純粋なやりかたに見えるからだ。思いきってやってみればいい! とにかく、語ることを運命づけられている物語を〝発見する〞途上ですべてをぶちまけていけばいい。書き始める前に自分の物語について知るなどということは、創造性を殺し、霊感の源をわずらわせるだけなので嫌がられる。そう、詩人のロバート・フロストも言っているではないか、「作家に驚きがなければ、読者にも驚きはない」と。この言葉は良く言っても疑わしい感傷だし、ミスター・フロストが恐縮するぐらい極端な意味で引用されることも多い。なんだか、ケヴィン・コスナーが映画『フィールド・オブ・ドリームス』で唱えていた言葉のようだ──「それを作れば、彼らはやってくる」。作家的な解釈をすれば、やみくもに書けば物語は魔法のようにやってくる、ということだ。だが、その結果、作家と読者の双方の驚きは、たいてい同じになるだろう。「うーん、この物語は面白そうだと思ったんだけど。くだらなかったな」という失望の驚きだ。

とはいえ、失敗を招くだけのパンツィングは、なぜ人の気をそそるのだろう? 座って〝すべてをぶちまける〞ことに、なぜ人は魅力を感じるのだろう? 簡単だ。人間は簡単なことをやろうとするようにできているからだ。これは悪いことではない。人間が弱くて面倒くさがりの怠け者だということではないのだ。懸命に考えることには大量のエネルギーがいる。脳は人間の全体積の2パーセントしか占めていないが、人間が使うエネルギーの20パーセントを消費する。考えるだけでカロリーを燃焼させるのだ(ダイエットには充分とは言えないが、事実は事実だ)。つまり、考えずにやろうとする衝動は、生き残りのメカニズムに組み込まれたもので、まったく予期せぬ状況、真の危険、避けがたい試練などのために──つまりは物語で起きるような事態のために、貴重なエネルぎーを節約するうえで役に立つ。

それに、思いきって何も考えずに書き進むことは、最初はとてもたやすく思える──解放感さえ感じる。まっ白なページから書き始めることはひどいストレスにもなるので、とにかく書き殴ってみることは救いになり、気分が良くなるばかりか、正しくやれている気になれる。だからこそ、これぞベストセラー小説を出版するための自然なやりかただと信じたくなるのだ。しかし、やがて作者は、32ページ目か127ページ目か327ページ目で行き詰まり──3ページ目ということもめずらしくない──そして直感で書くことの爽快さも薄らいでしまう。

誰にでもこの気持ちはわかるのではないだろうか。何ページも何ページも書き進めてきて、そして突然道に迷う。何もない広大な原っぱのまん中に立っているような気分になり、次をどうするか、何が重要か、物語がどこへ向かうのかもわからなくなる。そしてこう考える。「きっと自分が悪いんだ、僕はできそこないの作家なんだ。優れた作家なら、次に起きることも自然と頭に浮かぶはずだよ。僕がヘッドライトで暗闇を照らしても、霧しか見えないじゃないか」。安心してほしい、あなたはできそこないの作家ではない。どうやって物語を育てればいいか、まだ知らないだけだ。

パンツィングの素晴らしさについてよく引用される、もうひとつの神話がある。人を惹きつける物語は、自分の創造性を完全に解き放ってこそ生まれる、というものだ。ひとつ言っておきたい。創造性には文脈が必要だ。創造性は抑制する必要がある。

文脈は、意味を与え、何が重要で何がそうでないか、それはなぜなのかを明確にする。起きたことすべての重要性を、読者が判断するための物差しと思ってもらえばいい。物語に登場するバラは、単なるバラではない。隣に住むハンサムな男からの愛のしるしなら、思わず見入ってしまう素晴らしい物だ。夫がぎりぎりにくれた、結婚十周年のしおれた贈り物なら、大きな失望の品だ。恋人に渡すはずだったのに忘れてしまい、それが理由で彼女と別れたとしたら、心の傷を思いださせるとげ多き花だ。こうした例に共通するのは何か? バラが誰かに贈られる(あるいは贈られない)ときよりも前、過去の出来事に基づいて意味が与えられているということだ。過去が現在を決める。もし考えずに書けば、過去など存在しなくなる。文脈を与える過去なしでは、バラはおなじみの美しい花でしかなく、誰も気にとめたりしない。小説においては、過去──物語が始まる前に起きた物事──が文脈を与える。ドクトロウのような生まれついての物語作家は、認知的無意識に物語への理解がもとから備わっているため、過去も現在も一緒に、自然に、一挙に浮かんでくる。そんな天性の才能があれば、誰だってとうにベストセラー作家になっているはずだ。

大事なのは、自分の創造性を解き放つのではなく、物語が生まれる過去につなぎとめておくことだ。過去が現在とつながっていなければ、すべては中立に見え、何も積み上がっていかず、読者にはばらばらなものにしか見えない。そうやってできた原稿は、良く書けている部分もあちこちあるかもしれないが、全部書き直しになるだけだ。

 

(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

 


 

ストーリー・ジーニアス 脳を刺激し、心に響かせる物語の創り方
リサ・クロン=著|府川由美恵=訳
発売日:2017年08月26日
四六版並製|416頁|定価:2,000+税|ISBN 978-4-8459-1640-5

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プロフィール
リサ・クロンLisa Cron

『Wired for Story』(『脳が読みたくなるストーリーの書き方』)の著者。オンラインラーニングサイトLynda.comのビデオ教材『Writing Fundamentals: The Craft of Story』の講師。2014年にファーマン大学で開催されたTEDxカンファレンス『Stories: The Common Thread of Our Humanity』では、トップバッターとして『Wired for Story』と題したトークをおこなった。受賞歴もある作家向けウェブサイト“Writer Unboxed”にも月1回寄稿している。
出版社W・W・ノートンで働き、アンジェラ・リナルディ・リタラリー・エージェンシーではエージェントとして、ショウタイムやコートTVではプロデューサーとして、ワーナー・ブラザーズやウィリアム・モリス・エージェンシーではストーリー・コンサルタントとして仕事をしてきた。2006年以降、UCLAでは文芸プログラム公開講座、ニューヨーク・シティのスクール・オブ・ヴィジュアル・アーツでは視覚的物語叙述の修士プログラムの講師を務める。ライターのカンファレンス、スクールや大学などで講演することも多い。
作家、非営利組織、教育者、ジャーナリストなど、紙の上で自分の物語を伝えたがっている人々を、物語コーチとして手助けする。夫とみすぼらしい愛猫二匹とともに、カリフォルニア州サンタモニカで暮らす。
個人サイト:wiredforstory.com

画像はwiredforstory.comより引用

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プロフィール
府川由美恵ふかわ・ゆみえ

翻訳家。明星大学通信教育部教育心理コース卒業。主な訳書に『黙示』『上海ファクター』(以上、早川書房)、『物語の法則——強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術』、「アイスウィンド・サーガ」シリーズ(以上、アスキー・メディアワークス)、『作家たちの秘密——自閉症スペクトラムが創作に与えた影響』(東京書籍)、『好奇心のチカラ——大ヒット映画・ドラマ製作者に学ぶ成功の秘訣』(KADOKAWA)など。本書は、リサ・クロンの前作『脳が読みたくなるストーリーの書き方』(フィルムアート社)に続く翻訳となる。

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