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2017.12.21

『俳優の演技術 映画監督が教える脚本の読み方・役の作り方』

ためし読み / 冨樫森

98 年のデビュー以降、数々の映画賞を受賞してきた映画監督・冨樫森の初めての単行本『俳優の演技術』。具体的に名作の脚本を挙げ、それをどう読み解いて「役をどう捉えるか」を、段階的に示しています。演技術に関する本は多数ありますが、現役の日本の映画監督が、現場経験をもとに指南する本は多くありません。俳優・池松壮亮さんより、力強い推薦の言葉も頂きました。今回の「ためし読み」では、「はじめに」を公開いたします。

 

はじめに

あなたは現在どんな状況で演技と向き合っていますか。俳優に憧れてはいるけどまだ演技経験はない、レッスンを始めたばかり、もう何年も劇団で芝居を続けている、などさまざまだと思います。この本を手に取っているからには、演技の魅力を何かしら感じている人がほとんどでしょう。

さて、現在の日本に、演技を学ぶ人たちが自分が今全体のどのレベルで演技ができているのかを判断する基準は存在しません。だから「アイツ売れたなぁ」とか「主役をゲットしたぜ」とか「オーディションで落ちた」などが演技の上手い下手の判断材料になっているわけです。この状況、実は日本の特殊事情なのを皆さんご存じでしょうか。欧米では世界的に権威を認められた演技学校が俳優を目指す学生たちをそれぞれの指針の元で段階的に教育し、そこで上級者と認められた優秀な人たちがプロの俳優として活躍できるというルートができ上がっています。

日本の演技学校はというと、新国立劇場に養成所がありますが、初心者には門戸が開かれていません。「クールジャパン」と叫んでソフトのグローバルな拡大には力を注いでいるのに、肝心の若い担い手たちを日本という国は応援していないのです。では俳優になりたいと思い立った若者がどこに行くかというと、俳優科のある高校や私立大学、新劇の養成所、芸能プロのタレントスクールや街場のワークショップなどです。そこではそれぞれの演出家や演技トレーナーのさまざまな指導が繰り返される状況で、どこでも共通に使えるこれが演技の基礎だと呼べるものが確定されてはいません。

映画やテレビドラマ、舞台でもそうですが、現場で作品作りに向かっているとき、あなたの演技に対して「違う!」とダメ出しはあっても、その原因や対処法を教えてくれる人はいません。また日々の稽古や学校の練習でもダメ出しをされます。それはそれで納得のいく素晴らしい意見だったとしても、頭の中に注意点がバラバラに存在する状態になっているわけです。ランダムなダメ出しを次に生かすには、道筋が必要です。

例えば俳優を夢見る少女が「けれど一体どんなことを勉強すれば女優になれるんだろう?」と、途方に暮れる姿が目に浮かびます。歌手やアイドルで売れれば俳優になれる、映画に出られるというのはどうもオカシイと感じますよね。本当に俳優になりたい若者は何から勉強したらいいのでしょう?

 

私はこれまで映画の現場で数多くの俳優さんたちと接し、ここ何年か俳優を目指す人たちに演技を教えてきました。レッスンを繰り返す中で当たり前ですが、演技するとはどういうことかを考え、「いい演技」をするために必要なこと、大事だと思うことが、自分の中でまとまりを持ち始めたのです。そしてそれを順序づけるべきだとも気づきました。

街には演技の本がたくさん見受けられますが、どれを見ても私が大事だと思うことを述べているものは存在しません。私は演技とは「脚本で役の人物が要求されていることを捉え、その人物になれるかどうか」が最も大切なことだと考えます。その人物になる方法についてはメソッド始め多くの演技論が出ていますが、脚本からその人物がどうあるべきかを読み取る方法は示されていないのが実情です。役の人物の捉え方がずれていたり、浅かったりするときに、その人になる方法は意味をなさないはずです。

長年俳優を目指す人たちに接してきて、彼らに最も足りないのがこの「脚本を読み解く力」であることに気づきました。まず、その方法を示そうというのがこの本の狙いです。また脚本を読み、演技するまでの流れに順序を与え、役の人物になる方法をより体得しやすく考えたというのがもうひとつの特徴です。

こんな思いでいたとき、サッカーの元全日本代表監督の岡田武史さんがテレビで話していました。海外の指導者が選手にサッカーを教えるとき、例えばスペインにはスペイン独自のサッカーの型があり、まずそれを教えるのだというのです。ブラジルにはブラジルの、イングランドにはイングランドの型があって、それを教える。これに岡田さんがはっと驚く。つまり日本サッカーに未だ型はないのだ、と気づいたのです。型とはその国民の身体と思考・感情に根ざした勝つための試合方法とトレーニング方法です。ないならこれから日本の型を作ろう、というのが現在岡田さんが取り組んでいることでした。私は、ああ私が今やろうとしていることはまさしくこれだと思いました。おこがましいですが、そう思ったのです。未だ確立されてない日本の演技法の中に、私なりのひとつの「型」を示そうというのが、この本での私のささやかな試みです。

俳優を夢見る人、目指す人、演技を学び楽しみ実践し、悩み迷っている人々に、この本を読めば何らかの指針を探ることができる、本当に基礎的な演技方法を提供しようと思っているのです。

では、始めましょう。

 

(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
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俳優の演技術
映画監督が教える脚本の読み方・役の作り方

冨樫森=著

発売日:2017年12月25日

四六判・並製|272頁|本体:2,000円+税|ISBN 978-4-8459-1646-7


プロフィール
冨樫森とがし・しん

1960年山形県生まれ。立教大学文学部卒。フリーの助監督を経て、1998年相米慎二総監督のオムニバス映画「ポッキー坂恋物語 かわいいひと」の一編を初監督。2001年『非・バランス』で長編デビュー、思春期の少女を瑞々しく描きヨコハマ映画祭他で新人監督賞。以後の作品に『ごめん』『星に願いを。』『鉄人28号』『天使の卵』『あの空をおぼえてる』等がある。2013年『おしん』は中国金鶏百花映画祭国際映画部門最優秀作品賞及び山路ふみ子映画賞を受賞。2016年念願の舞台「解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話」(オノマリコ作)を初演出した。特に新人や若手の演出に定評がある。また日本映画大学にて学生を指導すると共に、映画24区スクールで長年に渡って俳優育成に携わっている。

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