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貧しい出版者 政治と文学と紙の屑

ためし読み / 荒木優太

同時代の小説家/活動家でありながら、出会うことのかなわなかった小林多喜二と埴谷雄高。彼らを軸に、政治と文学の不思議なつながりを鮮やかに描き出す、貧しくも冒険的な文学研究の書『貧しい出版者 政治と文学と紙の屑』。
新進気鋭の在野研究者、荒木優太の処女作が大幅増補で堂々の復活しました。

今回の「ためし読み」では、本書第1部の「序文」冒頭を公開いたします。

 

序章 「政治」と「文学」

アクティヴィストとひきこもり

 

ここに、二人の作家がいる。一人は、『蟹工船』や『党生活者』といった日本プロレタリア文学を代表するテクストを書き、実生活でもプロレタリア解放の革命を目指して政治運動に尽した。その果てに体制から拷問死を与えられ、一部の団体では今日でも偶像視され続けている戦前の作家だ。もう一人は、若い頃、やはり革命を目指し運動に参加したが、その後、政治から撤退するようにほとんどひきこもって『死霊』という大長篇一作の創作にだけ身を捧げた。その特異な思想からやはり一部から偶像視されてきた戦後の作家だ。

小林多喜二と埴谷雄高。本書は、この二人の小説家/運動家という二面性が色濃く残っているテクストの比較検討を通じて得られる共通テーマについての考察である。しかし何故、この二人が対象となるのか。両者を俎上した研究が皆無である以上、その問いは至当だ。

例えば、もっと別の対の組み合わせを考えることができるし、事実、研究されてもきた。小林多喜二と志賀直哉、小林多喜二と蔵原惟人、小林多喜二と宮本百合子。或いは、埴谷雄高と吉本隆明、埴谷雄高と武田泰淳、埴谷雄高と高橋和巳。二つの作家研究史上で言及されてきた典型的な対の考察が多くの成果を残している。その中で、小林多喜二と埴谷雄高という新規の対を提案することの意味は果たして何処にあるのだろうか。

その理由は二つに分別することができる。

第一の理由からみていこう。どうしてこの二人なのか。端的にそれは、二人がある時代の同じ組織に属していたからだ、と答えることができる。戦前共産党、特に非常時共産党と呼ばれる昭和6(1931)年から翌年にかけての非合法政治組織に二人は属していた。

既に代表作を複数発表し一人前のプロレタリア作家として認められていた小林多喜二(当時27歳)は1931年の10月、日本共産党に入党、作家同盟の党員になる。一方の埴谷雄高(当時21歳)は同じ年の春、既に共産党に入党していた。しかし、このような理由はいささか説得力を欠くかもしれない。というのも、埴谷は翌年に治安維持法の嫌疑によって逮捕され、監獄生活を送る中で次第に党との関係は薄れていくことになり、他方、翌々年、多喜二もやはり逮捕され、それ以上に特高からの拷問を受けて死んでしまう。

このように彼らの接点は、極めてわずかな時間に限定されるし、しかも両者には直接的な面識はなかったように思われる。例外的に、埴谷の回想文「或る時代の雰囲気」(『新日本文学』、1958・4)がその奇跡的な接触の機会を微かに書き留めている。二人は「同時代に偶然同じ地域にい」た。それでもなお、両者は顔を合わせていない。回想文が伝えているのは、1932年2月、埴谷が逮捕される直前のこと、仲間と共に組織のカンパを集める為、協力的な文学者の自宅を訪問することになり、その中に小林多喜二がいた。けれども訪問時、多喜二は留守であった。

ただ、両者に面識がなかったとしても、同じ空気を吸い、その雰囲気の中で文学/政治活動の核を形成していたことは疑えない。実際、それはテクストに表出される類似したテーマが証明している。にも拘らず、同じ非常時共産党に属していながらも、一方は政治的闘争の中で党の為に殉死し、他方は政治に失望して、やがて新左翼知識人として既存左翼や共産党を批判していくという興味深いコントラストを描いている。

 

(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。


 

貧しい出版者 政治と文学と紙の屑
荒木優太=著
発売日:2017年12月22日
四六版・上製|312 頁|ISBN 978-4-8459-1705-1|本体 2,800円+税

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プロフィール
荒木優太あらき・ゆうた

1987年東京生まれ。在野研究者。専門は有島武郎。明治大学文学部文学科日本文学専攻博士前期課程修了。ウェブを中心に大学の外での研究活動を展開している。2015年、「反偶然の共生空間──愛と正義のジョン・ロールズ」が第59回群像新人評論賞優秀作となる。著書に『これからのエリック・ホッファーのために──在野研究者と生の心得』(東京書籍、2016)。

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