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vol.05:プラグマの王道を往け。田中王堂・前篇

日本のプラグマティズム / 荒木優太

(イラスト/カワイハルナ)

本連載は、『貧しい出版者』『これからのエリック・ホッファーのために』で、在野で研究することの価値と重要性を鮮やかに照らし出した、気鋭の在野研究者・荒木優太が新たに取り組む、日本のプラグマティズム受容を歴史的にたどり直していく野心的な試みです。市井の民たるわれわれのための、在野の方法論追求の遥かなる道(脱線あり)、第5回目は、いよいよ「日本のプラグマティズム」の本編に突入、田中王堂の登場です!

 

 

王堂という王道

田中王堂。埼玉県生まれ、生年は一八六七年、没年は一九三二年。王堂は号。本名は田中喜一という。こういってはなんだが、断然、王堂の方がかっこいい、王道っぽくて。だからこの連載でも王堂で通すことにしよう。
王堂は同志社大学や青山学院大学の前身になった学校を中退し、明治二二(一八八九)年、二三歳のときに単身アメリカへ留学。八年かけてケンタッキー大学、シカゴ大学を卒業する。注目すべきは、シカゴ大でジョン・デューイに師事し、プラグマティズムの思想を大いに摂取したことだ。日本に還ってきてからはその知見を武器に、政治・哲学・文芸・文明といった幅広い分野の評論家として数多くの著作を世に送り出した。

 

アエテ触れないという戦略、あるよね

日本のデューイ偏重は既にして王堂から始まる。が、にも拘らず、不思議なことに彼の文章を読んでいてもデューイのことはほとんど話題にのぼらない。磯野友彦曰く「王堂がデューイについてほとんど語っていないという事実」[1980/76]がある。細かい言及ではない単独のデューイ論は、一九二一年の『創造と享楽』所収「ジョン・ヂユウエイの哲学」くらいしか見当たらない。
それに比べてずっと頁が割かれるのは、つまり言論の武器として使っているのは、ウィリアム・ジェイムズだ。たとえば『改造の試み』所収の「信仰の合理性」は、そのままジェイムズの「信ずる意志」論に範をとっているように思われる。
が、そもそも、王堂に海外思想家の影を探そうとする魂胆そのものが野暮だというべきかもしれない。王堂は、プラグマティズムの単なる紹介者ではなく、死にやすい舶来品を生きた思想として、正にプラグマティックな仕方で、血肉化して己の筆致として活かしたからだ。
一番最初にその特徴が露呈したのが、桑木厳翼との論争。
プラグマティズムの語自体の輸入は論争の発端となった桑木の講演録「「プラグマティズム」に就て」の冒頭で断られているように、紀平正美という哲学研究者が既に試みていた。が、この論争を皮切りに英米に伝わるとされる新思潮への注目が一気に集まるのだった。

 

喧嘩上等

明治哲学界のクワッキーこと桑木厳翼は、今日ではカント哲学の輸入者として名が残る帝国大学の哲学教授だ。ザ・講壇哲学。このエリート学者に噛みついたのが、当時、どこの馬の骨とも知れない私学教授の王堂だ。「哲学と云えば独逸哲学を正統とする習慣が当時一層強くあつた中」アメリカ由来の「王堂哲学は白眼視されていた」[1952/70]のだから難儀なもの。苦労して学んできた王堂のアメリカ哲学など、邪道も邪道、そして邪の道はheavy。
が、結果的には、この落差によってこそ、クワッキーへのツッコミ力が映えたといえる。
桑木は講演録で、いまナウいらしいと噂のアメリカ思想の丁寧な紹介に取り組んでいる。王堂はこれをコテンパンにしようとするのだが、公正を期して書けば、桑木はそこまで変なことをいっていない。パースから始まり、ジェイムズ、デューイに広がって云々という今日でもよく見られる教科書的な記述がつづいている。あえていえば、途中からのプラグマ理解が今日では省みられることの少なくなったF・C・S・シラーに偏ってるくらいのものだろうか。シラーとは、プラグマをヒューマニズム(人間中心主義、《人本主義》とも訳される)と解したプラグマティストの一人だ。
要は、王堂のナンクセに等しい。しかし、啖呵の切り方で輝く人がいるものだ。主な桑木への不満点、「没史的、分割的、実在論的」[1906b/30]──最初のは没歴史的ということ、王堂の説明は途中で終わって別のイチャモンに代わっているのであとの二項についてはちゃんと説明されない──とは別に、初期王堂は桑木のそもそもの哲学観に喧嘩を売っている。

 

驚くべきこともっとある

哲学は驚くこと(タウマゼイン)から始まる。わっ、びっくり! これってなんでだろう、知りたい知りたい、これが哲学=愛知(フィロソフィア)。プラトンやアリストテレスが考えたこの定義はとても有名だ。桑木の『哲学概論』という本もこれを流用している。
けれども王堂は昔ながらの定義を権威的に唯々諾々と使い回すそのさまに我慢ならない。驚くことはOK。哲学が始まることもOK。でも、お前らのいう驚くって、哲学って、どこでやってることなんですか? 難しくいうと、「「プレトウ」及び「アリストウトル」の一大過誤は、驚異の起縁を人の生活系統と没交渉なる非合理的物件(brute fact)に索めたことに集中して居る」[1906c/27]
一応、注釈しておくが、プラトンとアリストテレスのことである。この時期の人名訳は今日から見ると変なのばっかりだけど──ちなみに桑木はPeirceを「ピアース」、Deweyを「デュエー」と訳している[1906b/7]──、いちいち気にしてたら一生連載が終わらないので、足取り軽く進もう。
王堂は驚異を「生活系統の中に生ずる合理的事件(rational event)」として捉えるべきだという。というのも、生活は、行動の規則を立ててこれに準じて絶対に正しいとはいえないものの一応の統一性は認められる「習慣」と、これだけだと上手くいかない新しい急場に臨んで自らを変える「要求」の、「二重性(duality)」を常に抱えているからだ[1906c/27-30]。このような分裂にこそ驚異の根本がある。
生活を離れて驚異なし。なのに桑木を筆頭に、スカした態度で驚異を論じる連中はこぞって《うーむ、この宇宙の実在……人生不思議なるもの……驚異ですなぁ哲学ですなぁ》とアンポンタンなことばかり驚いている。アホか。もっと身近に驚くべきことあんだろ。

 

 

【引用】

[1906a]桑木厳翼「「プラグマティズム」に就て」、『哲学雑誌』、『哲学雑誌』第22(6月)号。
[1906b]田中王堂「桑木博士の『「プラグマティズム」に就て』を読む」(前篇)、『哲学雑誌』第228(6月)号。

[1906c]田中王堂「桑木博士の『「プラグマティズム」に就て』を読む」(後篇)、『哲学雑誌』第236(10月)号。
[1952]仁戸田六三郎「田中王堂」、『英文学』第4(10月)号、早稲田大学英文学会。
[1980]磯野友彦「田中王堂とジョン・デューイ」、『日本デューイ学会紀要』第21(6月)号。

(第5回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2018年6月21日(木)掲載


 

貧しい出版者 政治と文学と紙の屑
荒木優太=著
発売日:2017年12月22日
四六版・上製|312 頁|ISBN 978-4-8459-1705-1|本体 2,800円+税

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