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vol.06:エッセイだからって舐めるなよ。田中王堂・中篇

日本のプラグマティズム / 荒木優太

本連載は、『貧しい出版者』『これからのエリック・ホッファーのために』で、在野で研究することの価値と重要性を鮮やかに照らし出した、気鋭の在野研究者・荒木優太が新たに取り組む、日本のプラグマティズム受容を歴史的にたどり直していく野心的な試みです。市井の民たるわれわれのための、在野の方法論追求の遥かなる道(脱線あり)、第6回目は、前回に続き、日本式プラグマの王道をいく田中王堂について、さらに王堂の立脚した「具体理想主義」について。

 

 

偽哲学者ですが何か?

王堂は哲学という営みを天上界の絵空事として理解すべきではなく、この地上の個々人の生活のなかに息づくべきものだと考えた。実際、これは桑木と鋭い対照を示している。というのも、応答文「田中君に答ふ」では、学問としての純粋哲学は、「哲学の無用を主張したい」と思うほどの「道楽」に等しく、その観点からみれば、俗事の泥臭さを残し知的に純粋ではないプラグマティズムは、「哲学の趣味を解せざる哲学研究者の唱道した、偽哲学 Pseudophilosophie」[1906/24]でしかない。
こういうことばっかのたまっていると、大学の文系学部とかガシガシ潰されちゃうんだよなあ、とか思いつつ、我らが王堂は、桑木のいう「偽哲学」者として明治大正を通じて旺盛な執筆活動に取り組んでいくことになった。

 

評論家爆誕

王堂を哲学者と呼ぶべきだろうか。勿論、それも誤りではないが、我々の文脈からすると、「評論家」や「批評家」として括ってみたい気もする。王堂は、第一著作『書斎より街頭に』──元祖ストリートの思想!──のなかの「近世文壇に於ける評論の価値」で、自分の仕事を評論と名づけている。

「茲で、自分が評論と云つて居るのは、勿論英語のEssay又はCriticismの事である。元来Essayと云ふ言葉は試験といふ事を意味するのであつて、冶金学に於て貴金属を普通金属と区別する時に用ゐるAssayと同じ言葉である。又Criticismは希臘語のκρίνειν即ち審判するといふことを意味する言葉から出て来て居るのである。何故に進歩的社会に於ては、優劣を試験し、或は真偽を審判することが、保守的社会に於けるよりも一層必要であるかと、問ふならば、其れは云ふまでも無く、時々刻々に欲望の要求に随つて、新しい行為の方針を創設する必要に迫られて、二つ以上の方針が発見せらるゝ時に、比較的に多く欲望を満足せしむるものを選択することが必要であるからである」[1911/5-6]

 

エッセイとクリティック

とても面白い。先ず、エッセイとは「試験」を意味するということ。よく随筆と訳されるが、動詞形だと《試みる・やってみる》という意味で用いられる言葉。さらに冶金──チキンじゃなくてヤキン、夜勤のせいでチキン食べれず、と覚えよう──と深い関係があるという。純金だとかいってるけど、騙してないだろうねぇ? どれどれ……そういったテストの精神がエッセイの語源にはある。
だから王堂の含意を掬っていえばEssayを《試論》と訳してもいいかもしれない。
単なる学術論文ではなく、評論=試論のスタイルを武器とした王堂の態度は、改めて確認するまでもなく、極めてプラグマ的だといえる。象牙の塔に立て籠らず、必要とあらば専門の垣根を飛び越えて現代の実生活のために書く。ここでは学士と志士は両立する。「評論は理論と実行との統一であり、学術と功利との融会である」[1911/3]
ここに日本式プラグマの王道を往く王堂の面目躍如がある。
エッセイは金と不純物を分けるように判定することを意味する。銅が30%も混じってるからダメー、とか。クリティックも同様。語源のクリネーは《分割する》という言葉だった。そこから「審判する」が出てくる。正しいことと間違っていること、「真偽を審判する」、つまりは分割するということだ。

 

欲望と方針

それにしても何を選り分けるのだろう。王堂は「欲望」と「方針」について語っている。実はこれ、王堂が立脚した「具体理想主義」[1911/180]のキーワードだ。
……うん、なにそれ? 焦るな焦るな。要するにこういうこと。
先ず前提として、我々は様々な「欲望」を抱きながら生活している。けれども、それらをすべて叶えることは現実的には不可能だ。二兎を追うもの一兎をも得ず。だから、「二重の努力」が求められる。つまり「同時に起る欲望の関係を調和することと、前後に続く欲望の様式を斉整すること」[1911/29]だ。
優先して叶えるべきものを整理したり、実現可能性が高いものに欲望をこしらえ直さなければならない。整理整頓、これ大事。
王堂は、その整理の基準こそを「方針」と呼ぶべきだという。だから、「方針」は不変のものではく、常に修正可能性に開かれている。生活は変化の連続で、それに応じて「方針」も微調整されねばならないからだ。そして、驚くなかれ、これはプラグマティックな意味での「理想」と同義語なのである。

 

実生活のなかの具体理想主義

人は理想というと、自分たちの手には届かない絶対的な何かだと考えがちだ。プラトンの哲学を知ってる人ならばイデア界にあるもののように捉えがち。ideaを理念と訳すと、さらに手の届かないキラキラ感は半端ない。ま、まぶしい!
けれども、そういうふうに捉える必要はない、と王堂はいう。そもそも、「Idealなる語はIdeaといふ語より来れること明かにして、Ideaとは吾人の心内に蓄積せられたる心像又は観念なり」[1911/504]。アイディアとカタカナ語訳してみれば、ホラ、いつだってどこだった頭のなかにはあるでしょ、アイディア。
王堂は、その「l」のアルナシの違いの根拠として、実行に移されるさいの「動力的性質」のモードを「理想」(Ideal)と括り、「静的」な場合は「観念」(Idea)だと決めつける。「要するに理想とは過去に蓄積せる経験を基礎として、未来に於ける生活の方針を定むる知的要具なり」[1911/505-506]
でました、要具! いかにも道具主義。イデアだって道具主義的に使っちゃえ。たとえばこう。ケーキ食べたいけど太るのヤだな、そうだ、ピコーン、ダイエットすればいいじゃん(具体理想)。こうして、キラキラ感はなはだしかった理想は、具体理想として我々の行動をアシストする道具となった。ま、まぶしくない!
この理想観は、自然主義文芸を批評する態度にも通じている。明治後期から日本の文壇にて一大流行の観をみせる自然主義は、没主観、客観に即して現実をありのままに暴露しようとする結果、無解決無理想主義に落ち着く。お先真っ暗、これがリアルってもんだぜ。が、そのような人生観は、理想の意味を極めて狭くとっていることの結果でしかない。自然主義は有解決有理想主義に鍛え上げねばならない(「島村抱月氏の自然主義を論ず」、『明星』1908年8月号)。
プラグマティストたる者、蒲団のニオイばっかり嗅いでいてはいけないのである。

 

テオリアは「見方」と訳すべし

王堂の魅力の一つは、哲学の小難しい議論をぐぐぐっと日常言語に翻訳してフツーに《使える》思想に仕立て直してくれるところにある。
たとえば、王堂は「θεωρια〔少しだけ綴りが違っていたからこっちで直した〕は言葉の示す如く見方である。詳しく云へば、物の正しき見方である」[1913/15]という。
何をいってるのか。実はこのギリシャ文字、テオリアのことを指す。「θεωριαはそれの語源に随つて、どこまでも見方である、其れより出た近世のtheoryの訳語としては、久しく理論、又は、学説といふ言葉が行はれて居るが、私は矢張り見方といふ言葉に執着する」[1913/18]
テオリアが、つまりは理論が、「見方」。おぉ……すごい身近な感じがするぞ。
アリストテレスのプラクシス(行為=実践)とテオリア(観想=理論)の対立図式は既に紹介した。そして、プラグマティズムは前者に優位を置きやすい思潮であることも。
が、王堂のプラグマティズムはあくまで実践に軸足を置きつつも、観想=理論を切り捨てるのではなく、逆に実践的なかたちで実用可能なバージョンへと理論を洗練させる。
新しい(または適切な)「見方」書いてみたよ? ホラ、考えて書くことだって実践じゃん? 「見方」とは、王堂にとって、自身の実践的理論(試論=評論)の方法そのものだった。

 

【引用】

[1906]桑木厳翼「田中君に答ふ」、『哲学雑誌』第237(11)月号。
[1911]田中王堂『書斎より街頭に』(第3版)、広文堂。
[1913]田中王堂『吾が非哲学』、敬文館。

(第6回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2018年7月5日(木)掲載

貧しい出版者
政治と文学と紙の屑

荒木優太=著

発売日:2017年12月22日

四六版・上製|312 頁|本体:2,800円+税|ISBN 978-4-8459-1705-1