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2018.06.25

『空想映画地図[シネマップ] 名作の世界をめぐる冒険』

/ A. D. ジェイムソン, アンドリュー・デグラフ, 吉田俊太郎

一本の映画において、登場人物たちはどのようにその世界を旅するのか?
名作映画の世界を遊び尽くすために、隅から隅までまるまる地図に描いた、かつてない映画ガイド&ヴィジュアルブック『空想映画地図[シネマップ]』その広大な世界を一枚の地図に可視化することで、これまでとは全く異なる角度から映画との出会いを促す内容となっています。

今回の「ためし読み」では、本書のイラストを手掛けたアンドリュー・デグラフ氏による「前書き」(訳=吉田俊太郎)を公開いたします。 

 

前書き

 

僕は映画が大好きだ。大きな映画会社の映画、インディ映画、白黒映画、アニメーション映画、字幕つきの映画、どんな映画も大好きだ。ちょうどビデオデッキやビデオレンタル店が広まりはじめた時代に子ども時代を過ごした僕は、そのおかげで、お気に入りの映画を何度も何度も繰り返し楽しむことができた。今でこそ、そんなことは当たり前のことになっているけれど、1980年代半ば当時は、「ムービー・オン・デマンド」が可能になったなんて、ものすごく新しく、ものすごく最高な出来事だった。自宅で、自分のスケジュールに合わせて、自分の好きな映画が観られるなんて、それまでの映画の歴史で一度もありえなかったことなのだから。

ティーンエイジャーだった僕らは、熱狂的な勢いで大好きな映画の数々を研究し、テープを一時停止させてセリフの一言一言を解析したり、宇宙船の構造を研究したり、その監督ならではの独特な演出方法を学んだりしていた。不器用なストームトルーパーが天井に頭をぶつける瞬間を見るために、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』のテープを巻き戻したりもした。常連の名前を探してエンドクレジットにくまなく目を通したりもした。ディズニーのアニメーション映画にこっそり隠されている大人向けのジョークを見つけて大笑いもした。

1970年代後半や1980年代前半に映画を観て育った人なら、多かれ少なかれそういう体験をしていると思う。あの時代はちょうど、夏休みになると大型映画が封切られるようになり始めた時代だ。偉大な映画の名手たち(クロサワ、ヒッチコック、ラング、ベルイマン)が駆使したあらゆるツールを利用しながら、そこに新しくフレッシュで楽しいものを吹き込み、ベビーブーム世代の両親を持つ子どもたちに向けて、次々と映画が作られていった。僕らは、イマジネーションに飢え、十分な時間もあり、お小遣いはポケットに穴があくほどもらっていた。そんな観客が大勢いた。僕らは「スター・ウォーズ」や「インディ・ジョーンズ」を見て育ち、更にもっとたくさんのものを求めた……もっと宇宙人を、もっとモンスターを、もっと奇妙な世界を。そういう映画の絶対数が足りないとなったら、今度は、同じ映画を何度も繰り返し観るようになった。それから「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ゴーストバスターズ」や「スター・トレック」の続編が公開される週末には長い列を作ったものだ。

こういう映画にはどれにも、並外れた才能を持つ人々の驚嘆すべき名人技にあふれていた。H.R.ギーガーやジム・ヘンソンが創ったモンスター。シド・ミードやロン・コッブやラルフ・マッカリーがデザインしたロケーションやセット。ジョン・ヒューズやロブ・ライナーといった監督のコメディ感覚(馬鹿げていながらも洞察に富んだそのコメディ感覚は、のちにエドガー・ライトやウェス・アンダーソンらが踏襲してさらに磨きをかけている)。ジム・ステランコがデザインして仕立て上げたアドベンチャー。ドリュー・ストゥルーザンやジョン・アルヴィンが描いたポスター。子どもの頃の僕は、そんな自分が幸運だということに気づかずにいた。もちろん今ならわかる。本書の存在もまた、それに気づいている証のひとつだ。今名前を挙げたイラストレーター、デザイナー、画家、クリエーターたちは、若かったころの僕に大きな影響をあたえてくれた(当時の僕が彼らの名前も知らなかったにしても)。本書に掲載されている絵はどれも、僕の大好きな映画を裏から支えていた、そうした才能豊かな人たちへのオマージュだ。僕は将来何になりたいかを決める前から、彼らのようになりたいということだけはもうわかっていた。

さて、そうやって人気映画の祭壇の前に狂喜してひざまずいていた僕が、一体どうしてこんな奇妙な供物を捧げることにしたのだろうか? そう不思議に思う人もいることだろう。

言い換えるなら、どうしてこれらの地図を僕が描くことになったのか?
その答えは、おそらく子ども時代にありそうだ。子どものころ、僕は自室の壁という壁に、父の『ナショナル・ジオグラフィック』誌のページからはぎ取ったフルカラーの地図を張りめぐらせていた。各州の名前やその州都を聞いていると子守り歌のように落ち着いた……毎晩地図に優しく包まれて寝ていた、と言ってもいいほどだ。地図というものには、情報とグラフィック・デザインが独特な形で混ざり合っている。きっとそういうところに強く惹かれていたんだろうと思う。河川や道路を指でたどりながら、奇妙な遠方の土地に暮らす人々のことを想像していた。

時代は飛んでその20年後、フリーランスのイラストレーターになっていた僕は、ある旅行雑誌から地図の創作を依頼された。そのオファーの魅力はもちろん見逃せるものではなかった。ところが、いざ始めてみると、地図を描くことって、地図を読むことよりもずっとずっと難しいことに気づかされた。まず、題材について深く知り尽くしていなければならないし、種々様々なことについての詳細なリストを、何とかして一定の秩序の中にまとめなければならない。たとえば、習字で文字を書き始めたものの、最後の1文字のところまできて、もう書くスペースがなくなっていたという経験がある人なら、地図の作り手のジレンマをなんとなく想像できるかもしれない。前もってプランをたてることが不可欠なのだ。地理学もスペーシング技術も、作り手にとっては妨げにこそなれ、助けにはならない。とはいえ、僕はその苦労を心から楽しみ、その後も地図創作の依頼が次々と舞い込むようになった。

 

 

そんなある日、フッと思ったのだ。子どものころ大好きだった2つのこと(地図と映画)をひとつに結合させてみたらどうだろうと。最初に描いたのは、リチャード・ドナー監督の『グーニーズ』の地下洞窟だ(上段図版)。続いてデヴィッド・ウェイン監督の『ウェット・ホット・アメリカン・サマー』(映画版)のサマーキャンプを描いた(下段図版)。どちらも本編に選んだ地図ほど細かくは描かれたものではない。登場人物の通った軌跡もなければ、画法のアプローチもかなり素朴で単一色のグワッシュだけだし、人ひとけ気も感じられない。ただし、どちらにも、たとえばトロイのバケツ(『グーニーズ』)とか、干し草俵のバリケード(『ウェット・ホット・アメリカン・サマー』)とか、その映画のちょっとした素材をそこここに隠し入れてある。嬉しいことに、どちらの絵も周囲の人々から大好評だった。皆、どの映画のどの舞台設定かすぐにわかったようで、絵以外の部分の記憶もすぐに蘇ってきたようだ……ストーリーやセリフや登場人物のことを、誰もがとてもよく記憶していた。しばらくすると、もっとほかの映画も描いてほしいというリクエストがくるようになった。

 

 

3枚目に描いた『北北西に進路を取れ』の地図には、ソール・バスのデザインにインスピレーションを受けて、ひとりの登場人物の軌跡を入れた。それに次いで描いた『スター・ウォーズ』と『インディ・ジョーンズ』には、主要キャラクター全員の軌跡を入れることにした。そこから、『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『スター・トレック』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『シャイニング』、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズと続いていった。これらの絵のことを僕は夏休みに公開される大型映画の縮尺模型だと思っている。つまり、オープニングからエンドクレジットの間の限られた時間(たいていは約2時間)を図表化したもの、という捉え方だ。映画ファンとして、観客として、僕らは誰もがこれらの旅路をすでに最初から最後まで経験している。もうあの森を通ったこともあるし、あのジャングルを抜けたこともあるし、あの惑星にもあの宇宙ステーションにも飛来したことがあ
る。それでもなお、僕らはこれらの世界に何度も繰り返し戻り続けたくなる。本書に掲載された地図を使って、お気に入りの映画をフレッシュな視点から眺め直してみてほしい。見慣れたはずの旅路を、今度は新しい見慣れない角度から旅することができるはずだ。

地図作りは長時間を要する重労働だ。ひとつを仕上げるのに、数週間、数カ月もかかる。本書の中でも特に『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の地図はものすごく複雑で、完成までに1000時間を要した。新しい地図に取り組む際には、その映画を少なくとも20回は観るし、ときにはそれが50回になることもある。地図作りをしている何週間もの間、題材の映画が四六時中、僕の生活の背景にある。その映画のサウンドトラックが夢にまで侵入してくる。僕はロケーションのリサーチに多くの時間を費やしていて、セット写真やプロダクションノート、それにファンがネット上にシェアしている、正気とは思えないほどディテールに富んだレゴの模型(そんなものが存在するとは信じられないことだが、間違いなく存在している)も参考にしている。

ときには、映画では完全に描かれてはいないロケーションのリサーチまでする。可能な限りその場所のすべてを開示したいからだ。たとえば『羊たちの沈黙』で重要なシーンが展開されるピッツバーグのソルジャーズ&セーラー・メモリアルだが、その美しい外観については、闇夜の中で通り過ぎる際にチラッと見える程度だ。『北北西に進路を取れ』でケイリー・グラントがトイレでちょっとした髭剃りギャグを披露したシカゴの古い鉄道駅のラサール・ストリート駅もそう。ヒッチコックはこの駅の外観を映画に映していないが、この地図にはちゃんと組み込まれているし、しかもかなりいい感じに仕上がっている。

驚いたことに、また、とても嬉しいことに、これらの地図はインターネットで熱烈な支持を受けた。これらの絵やプリントを買って最初にオンライン上に投稿した人々には感謝してもし切れないほどだ。J.J.エイブラムス監督(ちなみに彼は自らが監督した『スター・トレック』の地図を購入してくれた)のようなビッグネームや有名プロデューサーから、地図の作り手やデザイナーといった同業者、ライター、熱烈な映画ファンなど、実にあらゆるタイプの人々が僕の作品に注目してくれるようになった。とりわけ、ポップカルチャーや人気映画ファンの人々は今も増え続けている。

僕は、これまでずっと、これらの地図をひとつにまとめてみたいと思っていた。その数が増えてくると、どういう形でまとめたらいいだろうかと真剣に考えるようになった。普通のアートブックにはしたくなかったし、普通の映画本にもしたくなかった。その両面が少しずつ入ったものになればいいなぁ、と思っていた。そんなときに現れてくれたのが、Quirk Books社の編集者ジェイソン・レクラックだった。アートと学術とポップカルチャーを見事に交差させるという名人技を持つ彼に、僕は感謝してやまない。また、これらの映画の背景について、また、僕らがどうしてこれらの映画のことがこんなに大好きなのか、これらの映画が僕らの心に響く理由について、より深く語ってくれるライターも必要だった。本書の吟唱詩人となって映画を語るべき人物は、読者に会話のきっかけを提供してくれるだけでなく、なぜその映画をもう一度観直す(または初めて観る)必要があるのかをわかりやすく教えてくれる人でなければならない。それほど難しいことが求められる上に、その人物はまた、これまで数え切れないほど討論され、分析され、風刺され、批判されてきたこれら有名映画に、新たな光や洞察を示してくれる人物でなければならない。それが才能豊かなA.D.ジェイムソンだ。僕の彼への感謝もまた永遠に尽きることはないだろう。

最高の出版社とライターを手に入れた僕は、数ある候補の中からどの映画の地図を本書に載せるべきかを考え始めた。まずは自分が子ども時代に楽しんだ1970年代と80年代の大型映画について考えることから始めた。あの時代を中心にすることが自然に思えたからだ。とはいえ、もちろん『キング・コング』や『メトロポリス』といった古典的名作も入れたいし、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のような現代の名作も入れたい。最終的に、200本以上あった候補の中から35の地図が選ばれた。このコレクションは、萌芽期のブロックバスター映画から、全盛期のブロックバスター映画、そしてポストモダン・ブロックバスター映画に至るまで、人気映画の概略として成り立つコレクションになったのではないかと自負している。ところで、どうして35本という中途半端な数字で止めたのか? 人気映画ファンとして育ったことで、僕が何かを学んだとすれば、それは、いつだって必ず続編を作ることができるような可能性を残して、それがシリーズ化されることを祈るにこしたことはないということだ。

ここまで読んで僕のことをノスタルジーに浸るタイプの人間だと思ったかもしれないし、それを否定するつもりもない。確かにこの企画はすべて、あの子ども時代の一部を再び生きて、あの素晴らしかった映画体験をもう一度味わいたいという自分勝手な願望の現れなのかもしれない。だけど、僕自身は、本書のことを僕からの招待状だと思っている。それは熟考の末に浮かんできた比喩ではないけれど、とにかく本書は、僕のような人たち全員に共通する子供時代の思い出を振り返るための招待状だ。ここに掲載されている地図はどれも、僕らが一緒に訪れたことのある場所の地図であり、僕のような人たち全員にとっての家族アルバムのようなものだ。だから、ちょっと立ち止まって思い返してみてほしい。それぞれの映画に登場するこれらの世界のことだけでなく、その映画を初めて観た時のことも思い返してみてほしい。ベトベトした床の映画館、すり切れたカーペットの敷かれた自宅の居間、アーミー・ブランケットで覆われた安楽椅子、クリスマスの翌日、夜のドライブイン・シアター、何時間もかけてビデオを選んだレンタルビデオ店。一緒に観た人たちのことも思い返してみてほしい。お母さん、お父さん、祖父母、兄弟姉妹、恋人、夫や妻、自分の子どもたち……。

映画に対して持っているノスタルジーとは、色んな意味で、その映画を見たときの現実や一緒に観た人々にたいするノスタルジーと重なっているものだ。本書に掲載された地図やエッセイがそういう瞬間に帰るための小路になってくれたら嬉しい。そういうフィーリングがさらに深まったり、これらの映画から得たものをより深く理解できる手助けにもなってくれることを祈りつつ。

 

(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
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空想映画地図[シネマップ]
名作の世界をめぐる冒険

アンドリュー・デグラフ=画、A.D.ジェイムソン=著|吉田俊太郎=訳

発売日:2018年06月25日

B5判|234頁|本体:3,200円+税|ISBN 978-4-8459-1800-3