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vol.09:王堂先生マジリスペクト。石橋湛山・前篇

日本のプラグマティズム / 荒木優太

(イラスト/カワイハルナ)

本連載は、『貧しい出版者』『これからのエリック・ホッファーのために』で、在野で研究することの価値と重要性を鮮やかに照らし出した(岩波書店のウェブメディア「岩波新書のB面」での連載「在野に学問あり」の記念すべき第1回目のインタビューにも登場! 大変面白い連載なのでそちらもぜひ)、気鋭の在野研究者・荒木優太が新たに取り組む、日本のプラグマティズム受容を歴史的にたどり直していく野心的な試みです。市井の民たるわれわれのための、在野の方法論追求の遥かなる道(脱線あり)、第9回目は、田中王堂の薫陶を受けてプラグマで開眼した石橋湛山編のスタートです。

 

 

キッザニアってザ・ネオリベって感じがするよね

田中王堂の墓碑銘には次の文句が刻まれている。
《徹底せる個人主義者、自由思想家として最も夙く最も強く、正しき意味に於て日本主義を高唱し、我国独自の文化の宣揚と完成とに一生を捧げたる哲学者、王堂田中喜一此処に眠る》
これを書いたのが、なにを隠そう、早稲田大学で王堂の授業に感化され、卒業後はジャーナリストとしてリベラリズムの論陣を張り、やがて敗戦後七人目の首相にまで登りつめた石橋湛山である。湛山はいう。「古い先生の思い出を語る場合、どうしても省くことのできないのは、田中王堂氏である。私は、先生によって、初めて人生を見る目が開かれた」[2011/46]
──プラグマを知ってから生活がそりゃあガラッと変わりましたね。いまじゃもう手放せないです。しかもお友達に紹介するとさらにお得なんですよ。
というわけではないが、プラグマの教えを受けると開眼できるらしい。なにせ、王堂晩年に『王堂全集』刊行を仲間と企画したのもほかならぬ湛山その人。中途半端なものを出したくないという王堂側の理由でその計画は頓挫したが、彼の開眼度合いは、たとえ講義について詳述した文章を残していなくても、かなり深いところまで達していたと推察される。
アメリカ帰りの学者の講義から得ていただろうプラグマの精神は、果たして、どのようなジャーナリスト、リベラリスト、そして総理大臣を生み出しのだろうか。湛山王国(ルビ:タッザニア)へようこそ!

 

お前が変えるんかい!

一八八四年の東京、日蓮宗の坊さんの息子として誕生した石橋湛山は、元々は省三という名を授けられた。一八歳のときに湛山と改名している。驚くべきことに、父親は湛誓といったがのちに日布と改名した。
お分かりだろうか。せっかく湛誓に合わせて湛山にしたのに、お前がブレるんかい、って話である。
この改名親子面白エピソードが象徴しているように、幼年期の湛山は、父親とそこまで深い関わりをもって成長したわけではなかった。地方の寺で働かねばならない用があったため、きちんと同居したのは七歳のときが初めて。それも、一〇歳になると父の命で別の住職の下で育てられるから、つごう三年で終わってしまう。
むしろ、湛山に大きな影響を与えたといわれているのが、その預けられた先となった山梨県は長遠寺の住職、望月日謙だ。のちの愛郷心(パトリオティズム)にも通じていく日蓮宗の教えはここで培ったものだといわれている。

 

まんまである

早稲田大学に入学した湛山は、王堂の授業に大いに啓発され、一九〇八年に卒業した後は、東京毎日新聞社に入社、そして一年志願兵としての兵役期間を挟んで、その三年後に言論活動のホームとなっていく東洋経済新報社に転社することで、ジャーナリストとして名を広めていく。
最初期の評論「観照と実行」では、こういうことが述べられている。
世の中にある真理は不変であるとみんな信じている。けれども、それは間違いだ。「真理(理想でも美でも同じだ)は常に時と処とに因って変化する」[1971a/4]。いまある世界と真の世界という二分法を信じるな。変化する境遇に自分が順応することのできる「方針」をつくること、その目的にこそ、哲学や宗教や科学の第一義がある。
「我々は過去の経験から、例えば火は熱く、水は冷たく、太陽は東から出でて、物は大地に向って落つる等の諸多の事実を知る。而して此れが過去の経験に於て謬らなかった処から推して、将来も然あるべしと予測し、生活の方針とする。即ち特殊(個々の過去の経験)から普遍(生活の方針)を作る。で若し特殊に変更がある、即ち新経験が起れば、其れに応じて普遍を変更する。是れが我々の生活、境遇順応の方法である」[1971a/10]
ん? デジャヴ……、というか、なんか聞いたことあるぞ、生活? 方針??……あ! 王堂の具体理想主義じゃん!
そう、まんまである。経験の蓄積によって理想を微調整してもOK。王堂のプラグマティズムをなぞっている。これが発表されたのは、一九〇〇年のこと。王堂が第一評論集『書斎より街頭に』を出そうとしているあたりのことだ。おそらくは、評論で展開される具体理想主義の秘伝を授業で同時並行的に伝授されていたのだろう。無論、師匠へのリスペクトなのである。断じてパクリなどではない。

 

失業者がいない方がいい

実際、具体理想主義は、湛山の経済学観の根底をかたちづくることにもなった。ある講演会で湛山は、「有限の手段を無限の欲望に向って如何に分配すれば、最も多くの我々の欲望を満足せしめ得るか」を判断するのが「経済」である、と定義づけている[1971b/499]。いうまでもなく王堂的な見識だ。ただし、王堂は自分の思想を政治学(代議制)として展開したが、経済学への翻訳となると師匠にはみられないユニークな継承がある。
湛山は東洋経済新報社に入ってから、経済評論家として活躍し、農業政策の提言やインフレーション理論の紹介などを行った。
ちなみに、湛山が政治家時代ふくめ、えんえん経済的政治的目標として掲げていたことの一つに完全就業状態(失業者がおらずみんな満足)があった。そして、その目的のためには、通貨膨張で物価高騰がつづくインフレ、より厳密にいえば、不完全就業状態時でのインフレ、即ちリフレーション政策こそ肝要だと唱えるのが念願の主張であった。よっ、リフレ派!

 

電車読書術

が、とはいえ最初から経済学に興味津々の男というわけではなかった。だって入ったのが経済の会社だし……と、必要に迫られて、つけ焼刃にも似た仕方で通勤電車内で経済学の専門書、セリグマンから始まり、マーシャル、アダム・スミス、リカード、マルクス……等々を読みこんで、独学に励んだのだ。
大変なことだが全部記憶しておく必要はない。後年の回想だが、「読んだ中から、実際に役立つと思う点を拾い出し、それを自分の書いたり、実行したりすることに応用した。シロウトの経済学は、それで良いのではないか」、と[1970/470]
そんな習慣の積み重ねで、『金解禁の影響と対策』や『インフレーションの理論と実際』といった本まで出しちゃうんだから大したもの。
それにしても、電車ってどうしてああ読書に向いてるんだろうね。いままで読んできた本の80%くらいは電車内で読了してるんじゃないだろうか。やっぱり微妙な震動と人の気配が大事なのかも。はっきりいって、すべての図書館やカフェに車輪と吊り革をつければいいと思うよ。ガタンゴトンしながら本読みたい。
要するに、正しく同時代、並行的に王堂のプラグマ精神は次代の担い手に受け継がれていたのだ。

 

無料よくない論

湛山は一九一四年、官僚支配から脱し、日本をいかに民主化するかを議論する自由思想講演会という演説会を企画し、そこに師である王堂を招いている。しかも、「自由思想講演会という名は、英語のフリー・シンキングから取ったもので、王堂氏の提議によった」[2011/151]という。王堂の影響は卒業後にも響いていた。
この講演会の特色として、湛山は、十銭や五銭とわずかなものであっても、聴衆からきちんと入場料をとった、という思い出を記している。お金が必要と知って怒って帰る人もあったが、それでもその方式をやめなかった。なぜならば、有料というハードルが聴衆の質を担保するフィルタリングとして機能したからだ。
「わずかばかりの入場料を取ったとて、どれほどの経費の足しにもなりはしない。しかも聴衆はいくらか減るに違いない。けれども私の経験によると、無料の講演会には、ほんとうに聞く気でなく、いわゆる冷やかしにはいって来るものがある。それは、まじめな経済講演や思想講演には、じゃまになる」[2011/153]
よかれと思ってフリーに開放すると、まったくもって明後日の人が乱入して、滅茶苦茶になって場自体がオジャンになる。あるあるだ。圧倒的あるある。金を払うってのは、どれだけ儲けがでるかということの手前で、ある最低限のコミットメントの意志――たとえば、異論があっても少なくとも人が話しているあいだは邪魔しない、とか――を確かめる卑近な手段でもあるのだ。
守銭奴になんかならなくたっていいけど、お金をうまく使うことはプラグマにとって決して無視できないアイディアのはずだ。なにせ、ジェイムズなぞはプラグマの基準を「現金価値」[1959/60]の有無、つまりキャッシュ・バリューの比喩に託すことで多くの識者から顰蹙を買ったほどだったのだから。
専門家は、よく《実用主義》と訳されるビジネス哲学としてのプラグマの側面を素人解釈でできたおできのようなものに見なしがちだ。その主張も分からんではない。が、多くの人の実生活と地続きたりうるところにプラグマの長所があることを認めたとき、貨幣のやり取りや経済活動のなかでこそ発揮されるプラグマは、プラグマの本性にかなっているともいえる。

 

[引用]

[1959]ジェイムズ『プラグマティズム』、桝田啓三郎訳、岩波文庫。
[1970]石橋湛山「シロウトの経済学」、『石橋湛山全集』第一四巻、東洋経済新報社。
[1971a]石橋湛山「観照と実行」、『石橋湛山全集』第一巻、東洋経済新報社。
[1971b]石橋湛山『インフレーションの理論と実際』、『石橋湛山全集』第八巻、東洋経済新報社。
[2011]石橋湛山『湛山回想』、『石橋湛山全集』一五巻、東洋経済新報社。

(第9回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2018年8月23日(木)掲載

 

 


 

貧しい出版者 政治と文学と紙の屑
荒木優太=著
発売日:2017年12月22日
四六版・上製|312 頁|ISBN 978-4-8459-1705-1|本体 2,800円+税

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