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vol.11:ちっちゃい方がでっかいんだ。石橋湛山・後篇

日本のプラグマティズム / 荒木優太

(イラスト/カワイハルナ)

本連載は、『貧しい出版者』『これからのエリック・ホッファーのために』で、在野で研究することの価値と重要性を鮮やかに照らし出した気鋭の在野研究者・荒木優太が新たに取り組む、日本のプラグマティズム受容を歴史的にたどり直していく野心的な試みです。市井の民たるわれわれのための、在野の方法論追求の遥かなる道(脱線あり)、第11回目は、石橋湛山の「小日本主義」についてのプラグマ的な評価を考察します。

 

 

ジャイアンvsマイルド・ヤンキー

湛山を語る上で、よく言及されるのが、彼の小日本主義だ。帝国主義は自国の領土をでっかくするために植民地支配で他国の地までずかずか入り込んで侵略する。オレのものはオレのもの、お前のものもオレのもの。圧倒的ジャイアン、ジャイアニック・ジャイアント・ジャイアン、トリプルGメンである。
これが大だとしたら、小はその反対。遠くの出先まで出張なんてマジでカンベン。地元大事。手の届かない世界よりもいまある大切なものを守りたい。仲間たちと笑顔で生活。要は、マインド・ヤンキーみたいなもの(じゃない気もするけど、メイビーの範囲内で)。
ジャイアンとマイルド・ヤンキーが戦ったら、どっちが強いんだろうね。というか、ジャイアンって成長したらマイルド・ヤンキーになってそうだよね。というわけで、大日本主義よりも小日本主義の方が大人なのだ。
成長した剛田武だからって侮るなかれ。日本人第一のプラグマティストに王堂とともに湛山の名を挙げる鶴見俊輔は、その小日本主義にパース由来のプラグマティズムさえ読んでいた。
「国策として、どういう日本をめざせばいいか。採るべき方針は小日本主義だ、と湛山は言うわけ。考えてみると、これはパースのプラグマティック・マクシムにぴったり合うんだよ。小さい、自足した見事な国をつくればいいという実験計画がある。大東亜戦争をやって、「大東亜ってどこまでなんですか」っていうぐらいに、戦争の勢いでそれさえどんどん変えていくような四半世紀後の日本の国策とはまったく別の考えを、湛山はもっていた」[2007/176-177]

 

格率ふたたび

復習しよう。プラグマティック・マクシム(格率)とは、母親がハンマーで林檎を粉々にするさまを子供に見せつけることだった[本連載vol.03を参照]。
縮約しすぎた。もうちょっと丁寧に。
以前、格率に触れたさいは、ある言葉の意味を知りたいのならば、辞書引き合戦でケリをつけるのではなく、実際の帰結でもって定義すべきだ、と解説しておいた。《硬い》の意味を知りたい子供に、《柔らかい》の反対のことだと教えてもしょうがなくって、実際に《硬い》で何かが壊れたり耐えたりするさまを実演してやった方がいい。
同書の鶴見の言い方でいえば、「考えとは、それを何らかの実験にかけてみて、真理であることがわかる実験計画である。〔中略〕考えとか概念とかというのは、ふわふわしてつかまえどころがないでしょ? それをピンでとめたわけ。あるアイディアを取り上げようとするとき、それはこの定義に値するか? というふうに問い返すわけね」[2007/82]
復習完了。さてさて、この話と湛山の小日本主義は果たして関係しているのだろうか? 実のところ判然としない。大東亜共栄圏すごーい派がここでいう大日本主義に相当する。対して「小さい、自足した見事な国」でいーじゃん派の小日本主義がこれに拮抗しているという構図。
おそらく、よく分からない原因は、その小日本主義が「実験計画」である、と規定されていることだ。すごーい派からすれば、大日本主義だって実験計画だろ、そもそもあの時代にそんなノホホンとしたこと主張するなんて理想論じゃないか、プラグマどこいった、と反応するに違いない。
はて、どう解釈すべきか。もう少し湛山のテクストに近づこう。

 

飛車ばっかり振り回すな

有名な評論「一切を棄つる覚悟」──それにしてもすごいタイトルだ!──で湛山は次のように述べている。
「古来の皮相なる観察者に依って、無欲を説けりと誤解せられた幾多の大思想家も実は決して無欲を説いたのではない。彼等は唯だ大欲を説いたのだ、大欲を満すが為めに、小欲を棄てよと教えたのだ。〔中略〕我国民には、其大欲がない。朝鮮や、台湾、支那、満州、またはシベリヤ、樺太等の、少しばかりの土地や、財産に目を呉れて、其保護やら取り込みに汲々としておる。従って積極的に、世界大に、策動するの余裕がない。卑近の例を以て云えば王より飛車を可愛がるヘボ将棋だ」[2010/10-11]
確認しておくと、ヘボ将棋を指すヘボ棋士というのがジャイアンこと大日本主義の考え方だ。高飛車アンである。が、そんなんで王将がとられた日にゃ目もあてられない。飛車だけもってたってしょうがないだろ、本丸を忘れるな、これが小日本主義者のアドバイスで、そのためには大きくなりすぎない方が小回りが利くよ、というわけだ。
目指せ藤井聡太、である(彼がそういうスタイルなのかどうかは知らない)。

 

重箱コレクターの滑稽

ふーむ……これが、プラグマティズム……な、の、か?
たしかに、飛車でガンガン攻めていくあいがかり的戦法の妄想かげんを突いて、もっと実直に、具体的には植民地を棄ててもっとスリムになった方が経済的だし国防でも盤石だよ、という考え方は大義名分よりも結果を優先するという点でプラグマっぽい。穴熊(王将を隅っこに移動して色んな駒で周りを取り囲む戦法)で守りを固めよう、みたいな?
おそらく、鶴見がパースの格率から湛山を評価するのは、要するに、言葉(植民地支配政策)がどんな結果(国防的負担の増大)をもたらすか、考えれば自ずと答えが出るでしょう、というプラグマの政治的応用を読み取っているからに違いない。
湛山曰く、「資本は牡丹餅で、土地は重箱だ。入れる牡丹餅が無くて、重箱だけを集むるは愚であろう」[2010/29]。けだし名言である。

 

[引用]

[2007]鶴見俊輔『たまたま、この世界に生まれて――半世紀後の『アメリカ哲学』講義』、編集グループSURE。
[2010]石橋湛山「一切を棄つるの覚悟」、「大日本主義の幻想」、『石橋湛山全集』第四巻、東洋経済新報社。

 

(第11回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2018年9月20日(木)掲載

 

 


 

貧しい出版者 政治と文学と紙の屑
荒木優太=著
発売日:2017年12月22日
四六版・上製|312 頁|ISBN 978-4-8459-1705-1|本体 2,800円+税

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