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『フランシス・フォード・コッポラ、映画を語る ライブ・シネマ、そして映画の未来』

ためし読み / 南波克行

フランシス・フォード・コッポラの現在・過去・未来

 

フランシス・フォード・コッポラは今どこで、何をしているんだろう。映画に少しでも関心があれば、そう思ったことのない人はいないのではないだろうか。映画ジャーナリズムでその名を目にする機会は、すっかり減ってしまった。もとよりコンスタントに作品を発表するタイプの映画作家でもない。
新作撮入の話も聞かないが、新しい企画の準備や構想はあるのだろうか、いや、そもそも健康でいるのだろうかと、折りに触れてふと頭をよぎる。そんな中で登場したのが本書だった。健康かって? 心配無用もいいところだった。映画作品の新作企画こそないようだが、これまでずっと精力的に動き回っていたのだ。しかもライブ・シネマという、未知の概念の実現のために。
八十歳を目前に、自らの企画原作で「いつの日か、ライブ・シネマをメジャーの製作で実現することが私の夢だ」と語るほどの壮絶な野心。引退はもちろん、枯淡とも円熟ともまったく無縁。ここには、生涯現役で現場主義の映像作家として、ギラつく野心がむせかえっていた。
本書はそんなコッポラの近年の活動が余すところなく記された、コッポラ自らの手による著書、“Live Cinema and Its Techniques(Liveright Publishing Corporation/W.W. Norton & Company LTD., 2017)の全訳である。原題は「ライブ・シネマとその技術」。しかし一読してわかる通り、本書はあたかも技術指南書的な、いささかそっけなくもあるタイトルにもかかわらず、コッポラが映画について考えてきたこと、映画とは何なのか、という形而上的ともいえる概念にまで深く踏み込んだものになっている。
そして、自伝と言うほどのボリュームこそ欠くものの、映像作家としての彼を育てたものは何なのか。テレビ、映画、演劇の歴史もとりまぜつつ、自分のルーツがまるでコッポラが得意とする、並行モンタージュ(『ゴッドファーザー』、『地獄の黙示録』、『コットンクラブ』のクライマックスだ)のように刻み込まれている。
だから、本書の邦題を編集部の判断と共に、「フランシス・フォード・コッポラ、映画を語る」とし、副題を「ライブ・シネマ、そして映画の未来」とした。決して大部の書物ではないが、それだけの内容の広がりを持っていると思うためだ。

初めて本書をざっと一読して、つくづく思い知ったことがある。これでは一本の映画作品を滞りなく作り上げるのは難しいに違いないと。誤解を招くような言い方かもしれないが、「文は人なり」という言葉の通り、いかにコッポラという人物が憑依型で、ひとたびある考えにとりつかれたら、どんどん深まっていく情念の人であるかを、肌で感じてとれたのだ。
断定的に快調に筆が進んでいくかと思うと、どんどん息が長くなっていく。ピリオドは打たれず、文章がいつまでもカンマでつながっていくので、あるテーマがどこにつながっていくのか判別しにくく、しかも拡散する。前の段落で言い始めたことと、それ以後の段落では整合性がとれていないように思えて、また前に戻らねばならない場合も少なくない。しかし全体で見れば大枠で話が収まってくる。
ひとつ例をあげると、第1章でバーベット・シュローダーの『アムネシア』(二〇一五)の撮影方法について触れた部分だ。シュローダー本人に撮影方法を聞くと、カバレッジショットはすべて高解像度の8Kカメラで撮られたマスターショットから再構成されたものだと知らされたコッポラの心の揺れ。映画そのものは(しつこいくらいに)楽しんだことを告白し、そうした技法の効能に心をひかれつつも、しかし最終的にそれは自分の求めるものではないとする、コッポラの朋友への気遣いと表裏の、技法に対する懐疑と逡巡。
熱ぼったいコッポラの吐息さえも感じるような筆致からは、妻のエレノア・コッポラによる『地獄の黙示録』の撮影ドキュメンタリー、『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』(一九九一)の中で、撮影進行にとことん追い詰められるコッポラの姿を連想せずにいられなかった。情念渦巻くコッポラの心中を、訳文の中に少しでも残したい。訳者としては、リーダビリティを多少犠牲にしてでもそれを心がけた。コッポラ自身は本書が、ライブ・シネマに関する知見と実践の指南書のつもりのようだが、訳者としてはむしろ今後の夢を語るコッポラの独白の書と理解している。

「ライブ・シネマ」とはそもそも何なのか。コッポラはそれを本書一冊かけて、丁寧に説明しようとしているが、端的にいうと演劇的に上演されるライブのステージを、事前撮りされた映像も利用しつつ、テレビ、劇場を問わずに配信する映像作品を指している。まさに映画と演劇、そして(生放送の)テレビの融合体である。これが残りの生涯をかけて、コッポラが実行したいことだというのだ。これはしかし、今や晩年といって差し支えない年齢のコッポラが、突然に思いついた新たな企画・概念なのだろうか。そうではないことが、本書を読み進めていくと次第にわかってくる。

 

『ディスタント・ヴィジョン』

 

それはコッポラが映画の人である前に、テレビの人であるという事実だ。少年時代のコッポラはポリオに罹患したことで室内での生活を余儀なくされ、映写機の魅力にとりつかれると同時に、折しも放送の始まったテレビ番組に夢中だったという。当時のテレビ放送が、原則的にすべて生放送であったこと、そうした制約ある環境の中で優れたライブドラマが放送されていて、その先駆者が本書で献辞を捧げている、ジョン・フランケンハイマーだということは興味深い。コッポラはそこに立ち返り、ライブ・シネマの名の元に、自らのルーツを発展的に再現しようとしているのだ(ちなみに、コッポラが影響を受けたというフランケンハイマーの『ザ・コメディアン』他、本書に登場する当時のテレビ作品の多くは、動画サイトで見ることができる。コッポラが第6章で悔恨とともに綴った、ブラウン知事の演説も視聴可能だ)。

ここで映画監督としてのコッポラの仕事を振り返っておこう。
第一期としての修業時代。『グラマー、西部を荒らす』(一九六一)、『ディメンシャ13』(一九六三)、『雨の中の女』(一九六八)、『フィニアンの虹』(一九六九)など、まだコッポラ未満であった頃。その作品を見る機会は少ないが、盟友ジョージ・ルーカスや、以後もしばしば出演を果たすジェームズ・カーンやロバート・デュバルといった俳優たちとの出会いなど、来るべき時代を予見している。
七〇年代の第二期こそ、まさに映画史上これほどの成功を極めた映画作家はいない、という言葉にふさわしい栄光の時代である。『ゴッドファーザー』(一九七二)に始まるこの時期は、同作がアカデミー作品・主演男優・脚色賞を受賞(監督賞は『キャバレー』のボブ・フォッシーが得ている)。続く『カンバセーション…盗聴…』(一九七三)はカンヌ映画祭パルムドール。『ゴッドファーザーPARTⅡ』(一九七四)では、またしてもアカデミー作品・監督・助演男優・脚色・作曲・美術賞の六つを獲得。『地獄の黙示録』(一九七九)は二度目のカンヌ映画祭パルムドールである。
旺盛な創作活動は脚本執筆にも発揮され、『パットン大戦車軍団』(一九七〇)でもアカデミー脚本賞を受け、『華麗なるギャツビー』(一九七四)の脚本も手がけている。プロデューサーとしても、ジョージ・ルーカスの『アメリカン・グラフィティ』(一九七三)を大ヒットさせ、後の『スター・ウォーズ』(一九七七)の基盤を築かせることになった。
今となっては忘れられているだろうか。スティーブン・スピルバーグが『JAWS/ジョーズ』(一九七五)で映画史上最高興行収入記録を打ち立て、その記憶も新しいうちに『スター・ウォーズ』がその記録を破り、さらにその記録を『E.T.』(一九八二)のスピルバーグが再び更新する。しかしルーカスとスピルバーグの記録破り合戦が始まるほんの三年前に興収記録を作ったのは、『ゴッドファーザー』なのだ。
そして問題の『ワン・フロム・ザ・ハート』(一九八二)でコッポラはすべてを失うわけだが、そのことの「教訓」は本書に譲る。コッポラの七〇年代は映画史上これほどの成功を収めた人物もいないが、同時にこれほど大きな挫折に至った人物もまたいない。

 

『ワン・フロム・ザ・ハート』

コッポラ悲願のライブ・シネマの原型。徹底的に作りこまれた照明のマジックの粋がここにある。光と影と色彩をこれほどまでにコントロールした映画はかつてなかったし、今なお頂点。

 

そしてフランシス・フォード・コッポラという映画作家のイメージが、この時期の作品によって規定されることは、その後のコッポラにとって幸運なのか不運なのか。個人的な話になるが『地獄の黙示録』が、日本でも鳴り物入りの超大作映画として封切られた時のことを、今もはっきりと覚えている。それまで見たこともなかった、新聞紙上での映画の一ページ全面広告。シネコン隆盛の近年、映画館の座席指定はあたり前になったが、当時の映画館は座席指定というと「予約席」の割り増し込みで、約二〇〇〇円の入場料を払う必要があった。映画館中央のいちばんいい座席群は、白いカバーがかけられ着席禁止だったのだ(ただし朝の一回目の上映は全自由席)。
しかし『地獄の黙示録』の封切だけは、全回日時および座席指定とされた。そんな封切のしかたはこれまで見たことがなかった。そして監督の意向で、本編のオープニングとエンディングにクレジットがないために、入場者全員に良質の紙に印刷された、スタッフ・キャスト一覧が配布された。今から思うと劇場用パンフに印刷すればいいだけのことだが、そんな対応も当時にあっては、特別感が高まるばかりだった。
そのような異様な雰囲気で公開された『地獄の黙示録』を、私自身は新宿プラザ劇場(現在のTOHOシネマズ新宿の前身)で見たのだが、上映の幕が開き、前方スクリーンの壁ギリギリいっぱいまで画面が広がっていった時の驚愕を、今も忘れることができない。その巨大さの感覚は、今のIMAXの比ではなかった。

そのような昔話をひけらかしたのは、来るべき第三期が、作品として傑作か否かの議論は別に譲るとしても、どうしてもスケールダウンの印象が拭えなかったからだ。『アウトサイダー』(一九八三)、『ランブルフィッシュ』(一九八三)と続く若者たちの群像劇は、本当にコッポラが望んだ作品だったろうか。当時の淀川長治をはじめとする『コットンクラブ』(一九八四)への酷評も、あのコッポラ作品に対する言葉として、どうにも承服し難かった。さらにロバート・ゼメキスが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(一九八五)で、最高の映画的至福をもたらしてくれた後では、同じタイムトラベルものだけに『ペギー・スーの結婚』(一九八六)の間の悪さは、どうにも不利だったと言わざるを得ない。
そう、八〇年代はコッポラの盟友であるルーカス、スピルバーグが未曽有の成功を収める中で、さらにその弟分であるゼメキスの活躍。そしてコッポラと同様にロジャー・コーマン門下生であった、ロン・ハワードやジェームズ・キャメロンがその才能にいよいよ大輪の花を咲かせ、最大の兄貴分であったはずのコッポラが、徐々に忘れられつつあったのだ。
『友よ、風に抱かれて』(一九八七)と『タッカー』(一九八八)(個人的にはどちらも最愛のコッポラ作品だ)となると、ディズニーランドの3Dアトラクションとしてジョージ・ルーカス製作総指揮で作られた、マイケル・ジャクソン主演の『キャプテンEO』(一九八六)と共に、どこか居心地の悪さ、悪く言えば周囲から“お尻を叩かれている感”があったように思う。

 

『タッカー』

自分の夢がどんどん肥大化し、周囲を巻き込みながらその夢に向けて邁進していく。熱さと脆さが同居する男の姿にコッポラ自身の姿がだぶる、コッポラ最高傑作のひとつ。

 

そしてついにコッポラ自身が、それを起死回生の一作と考えたかどうか定かではないが、とっておきの企画といっていいだろう『ゴッドファーザーPARTⅢ』(一九九〇)へと至る。そしてPARTⅢは、アカデミー賞こそ作品・監督賞を含む七部門でノミネートされたとはいえ無冠。この年の受賞レースを独占したのは、ケヴィン・コスナー監督・脚本・主演の『ダンス・ウィズ・ウルブス』だった。時代の風はもうコッポラの側に吹いていなかった。
『ゴッドファーザー』サーガに永遠の結末がつき、続く九〇年代の数作をコッポラの第四期とするならば、『ドラキュラ』(一九九二)、『ジャック』(一九九六)、『レインメーカー』(一九九七)がそれに当たる。ここに至ると、第二期で見せてくれた「巨大な映画」に、コッポラが再び取り組むことには、半ばあきらめの気持ちが生まれてきた。しかし“あの”コッポラが、本当にこのスケールのままで終わるのだろうか。もっと何か新しい展開が生まれるのではないか、と願いつつ約十年が経過する。

 

『ドラキュラ』

『ワン・フロム・ザ・ハート』以来、もっとも力の入った画面設計を実現した作品。ライブ・シネマを実現するために、あるいはこうしたゴシックロマンがもっとも適しているのかもしれない。

 

コッポラのキャリアでもっとも作品間隔があいてからを第五期としたい。コッポラが何度も口にする「自己資金だけでまかなえる、規模の小さい映画」である、『コッポラの胡蝶の夢』(二〇〇七)、『テトロ 過去を殺した男』(二〇〇九)、『Virginia/ヴァージニア』(二〇一一)の三作である。ここにきてようやく、コッポラはいい落ち着き場所をみつけたな、というのが『コッポラの胡蝶の夢』を見たときの、率直な感想だった。
映画会社がひとつ傾いてしまうような大予算でなく、自らの芸術的感性に忠実に従った、小規模で純粋なアート作品。もしこれがコッポラ作品の最終形態であるのなら、それはむしろとても好ましいことだと思った。彼のこれまでのキャリアは、自分のやりたいことを追求しつつ、そのエゴを通すための結局は予算との闘いだった。その闘いを避けられぬが故に、作品は安定感を失っていったはずだ。とある影響力ある映画批評家の「失敗作を撮る才能」という言い方は、コッポラ(やマイケル・チミノ)のような映画作家を前にすると、いかにも安全地帯にいる側の、手前勝手な言い分にも聞こえてくる。
けれど予算超過の心配のない、適正規模の作品で、コッポラの繊細な感受性が、思うさま発揮されてこれほど美しく結晶化するのなら、逆にこんな素敵なこともないのではないか。

 

『コッポラの胡蝶の夢』

レンズやカメラ、そして照明などコッポラが映画技法をいかに熟知しているかのお手本のような作品。盟友ウォルター・マーチの編集も円熟の極みで、コッポラの技法のすべてが集約されている。

 

もっとも、栄華あるコッポラ第二期をいまいちど振り返ると、ルーカス、スピルバーグと共に『影武者』(一九八〇)製作の資金を黒澤明に提供し、ヴィム・ヴェンダースに『ハメット』(一九八二)を撮らせるなど、幸せな結末ばかりでないとはいえ、コッポラの映画界への貢献ははかりしれない。
ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺の森』(一九七二)、ハンス=ユルゲン・ジーバーベルク『ヒトラー、あるいはドイツ映画』(一九七七)、そしてジャン=リュック・ゴダール『勝手に逃げろ/人生』(一九八〇)などの作品を、採算性も考えずアメリカ公開させたのもコッポラの業績である。
ゴダールとの関係でいえば、『ワン・フロム・ザ・ハート』のスクリーンプロセスで使用する、ラスベガスの街のスライド製作を手伝ったのは、信じられないことだがゴダールその人だという。実際、商業映画から距離を置いていた七〇年代に、ゴダールはコッポラと契約を交わしている。その契約において、ゴダールは何とロバート・デ・ニーロとダイアン・キートンの主演作品を計画したというが、当然ながらキャンセルとなり、コッポラの用意した資金は藻屑となる。
『1941』(一九七九)で大予算を蕩尽し、彼としては最初で最後の資金との敗北を喫したスピルバーグが、次回作に『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(一九八〇)を撮るとき、製作としてついたルーカスにこう言われたという。「コロムビアとユニバーサルが相手なら、いくらでもスケジュールを超過してくれてかまわない。だがぼくらは友だち同士の間柄だ。ぼくの金を使っている以上、遅れは許さない」(リチャード・シッケル『スピルバーグ その世界と人生』〔訳:大久保清朗・南波克行/西村書店)〕。
おそらくルーカスにあってコッポラにないものは、こうした釘をさす力なのかもしれない。「私は金銭には無頓着だ。内容上の決断をする時びくびくしないために、そうならざるを得ないのだ」(ピーター・カーウィ『フランシス・コッポラ』〔訳:内山一樹・内田勝/ダゲレオ出版〕)という、コッポラ自身の発言は、やはり製作者としては致命的な弱点を裏付ける。

そして『Virginia/ヴァージニア』以後、またしてもの沈黙に入ったと思われたところへの、本書の刊行である。やはり「自己資金でまかなえる小規模の作品」だけで満足する人ではなかった。来るべきライブ・シネマへの野心を着々と温めている点において、コッポラの第五期はまだこれからだ。
それにしても本文にある通り、そのライブ・シネマで本当にやりたいことが、『アラビアのロレンス』(一九六二)のような壮大な作品だというコッポラの言葉は、本書中でもっとも瞠目した一節のひとつだった。コッポラは『ワン・フロム・ザ・ハート』の頃と、ちっとも変ってなどいなかった。まだ超大作への熱い夢を捨てていないのだ。
振り返ってみるとコッポラの最も力をこめた作品というのは、いずれもひとりの夢想的ともいえる人物の狂気が、自分だけの王国を作り上げ、そして滅びていく物語ではなかったろうか。『ゴッドファーザー』三部作においては、元々の意に反してコルレオーネ家を引き継ぎ、その発展のためには兄弟殺しさえいとわぬまでに、情念が肥大化するマイケル・コルレオーネ。ついにはバチカンと手を握るまでに至るが、一家はばらばらに崩壊する。
アメリカを遠く離れて、ベトナムのジャングルの闇の奥に王国を作り上げる『地獄の黙示録』のカーツ大佐。アメリカならぬ場所にアメリカを作ったアメリカ人を、ベトナム戦争のただ中で、同じアメリカ人が殺しに向かう。その王国の崩壊はアメリカの崩壊とイコールだ。
そして、ラスベガスの街をスタジオの中に作ってしまい、すべてをカメラの中だけに作り上げようという、『ワン・フロム・ザ・ハート』におけるコッポラの大野心。本文にもある通り、本物のラスベガスはロスから飛行機でほんの四十五分なのだ。ここではコッポラ自身が、マイケル・コルレオーネやカーツ大佐と同様に、作品における王として振舞おうという欲望がみなぎっている。
『タッカー』もまた、たった一人の天才が、自分の自動車王国を作り上げようとして、それに挫折する物語だった。ひとりの人物の突出が、アメリカ産業界では挫折を余儀なくされるという、反アメリカン・ドリームがここに語られている。
そこには本書にもある通り、映画の都そのものを築き上げようとした(そして挫折した)コッポラ自身の姿を重ねずにはいられない。
とはいえ、いずれも大きな映画のように見えるから、間違えそうになるが、コッポラが全期を通して語ろうとしていることは、矛盾の王国建築である以上に、同化への物語ということだ。私はかつてコッポラについて、こう書いたことがある。
「コッポラの作品はいつでも、時間と土地との距離を埋める人物の物語だったということだ」(『キネマ旬報」、二〇一二年八月下旬号』と。
すなわち、自分の過去を頑なに隠し、遠くの音を近くに引き寄せる盗聴を生業にする『カンバセーション…盗聴…』の主人公は、その典型にして象徴的な例であり、『ペギー・スーの結婚』のヒロインも、今の自分と過去の自分との距離をゼロにすべく、タイムスリップしたということだ。『コッポラの胡蝶の夢』の主人公が、雷に打たれて時間を遡り、言語の起源にまで向かうのも同様だ。永遠の命によって時間の概念が常にゼロたる吸血鬼(のような存在)を、『ドラキュラ』、『Virginia/ヴァージニア』と二度にわたって、モチーフにしたことも偶然ではないだろう。
コッポラ自身もその最晩年にあって、自らの幼少期の出自たる当時のテレビに立ち返り、ライブ・シネマを構想した。幼年時代の自分と今の自分との同化を果たし、その時間的間隙をゼロにするのだ。そしてまったく未知の物語ながら、二度のワークショップでその実現可能性を試した『ディスタント・ヴィジョン』は、コッポラ家三代にわたる年代記だという。今こそ見えてくる。コッポラは『地獄の黙示録』のような大予算で、『テトロ 過去を殺した男』のような、個人的な物語をやりたいのだ。
ライブ・シネマが、映画と演劇とテレビの混淆たる表現媒体ということは、彼を形作った三つの表現形式の間に横たわる距離を、ゼロにすることでもあるだろう。さらにその中でコッポラ家の年代記がひとつに凝縮する。個人の歴史と表現の歴史のゼロ化作業において、自ら最高の権能者として君臨する。これがコッポラ芸術の最終形態だ。
いつの日かわたしたちは見ることができるだろうか。コッポラ悲願の大野心、『ディスタント・ヴィジョン』を。

二〇一八年八月二七日

フランシス・フォード・コッポラ、映画を語る
ライブ・シネマ、そして映画の未来

フランシス・フォード・コッポラ=著|南波克行=訳

発売日:2018年09月25日

四六判|236頁|本体:2,100円+税|ISBN 978-4-8459-1803-4


プロフィール
南波克行なんば・かつゆき

1966年、東京生まれ。慶應義塾大学卒業。映画批評。アメリカ映画を中心に研究・執筆活動を行う。編著書に『スティーブン・スピルバーグ論』、『トム・クルーズ キャリア、人生、学ぶ力』(共にフィルムアート社)、著書に『宮崎駿 夢と呪いの創造力』(竹書房)、共訳書にリチャード・シッケル『スピルバーグ その世界と人生』(西村書店)、その他「キネマ旬報」、「ユリイカ」など、さまざまな雑誌・論集・紀要・ムックに、各種論考を寄稿。

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