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vol.16:役に立ちたくありません。田制佐重・完結篇

日本のプラグマティズム / 荒木優太

本連載は、『貧しい出版者』『これからのエリック・ホッファーのために』で、在野で研究することの価値と重要性を鮮やかに照らし出した気鋭の在野研究者・荒木優太が新たに取り組む、日本のプラグマティズム受容を歴史的にたどり直していく野心的な試みです。市井の民たるわれわれのための、在野の方法論追求の遥かなる道(脱線あり)、第16回目は、いよいよ田制佐重篇が完結です。「間違ってもいい主義」の核心に迫る!

 

 

職業でないけれど社会的

田制のプラグマ教育論は、たしかに一部の人々を引きつける魅力があると思う。
しかしながら、デューイの思想に関しても同様の感想を抱いてしまうのだが、そんなに役立つことばっかつめこまれても、反対の意味でツメコミ教育といいますか、役に立とうが立ちまいが別に面白ければどうでもいいし、……そもそもなにもやりたくありません、という怠け心が誰にだってあるものだ。現代思想っぽくいうと、《できればなにもしたくないのですが》というやつだ(byバートルビー)。
昼の11時頃起きて飯食ってマンガ読んでネットやって深夜2時に寝る……の繰り返しで特に問題ないんですけど、なにか?
田制教育論の完成と謳われている『教育的社会学』には、「社会化なる言葉は実用化または職業化と混合すべきものではない」[1937/269]という指摘がある。いわゆる文系の文化や教養、つまりカルチャーは、デューイ=田制が食ってかかった、机にかじりつきのお勉強とすこぶる相性がいいところもある。けれども、だからといってカルチャーの意義がなくなるわけではない。
「職業教育論者は往々文化の実用性に盲目である。彼等は人生の生産的方面にのみ関心を置いて、その消費的方面を蔑視する嫌ひがあるが、然し文明の進歩といふことは余剰物資を生産して、それを賢しく消費することから創造されるものである」[1937/270]
カルチャーは生産者と同時に消費者がいて成り立つ。プロフェッショナルの神のごとき御業だけが、その仕事を支えているわけじゃない、その業界を支えているわけじゃないのだ(この連載もいつも読んでくれてありがとう!)。

 

無為徒食者にはちときつい

とはいえ、「有閑階級だからとて無為徒食することは社会的に許すべからざること」や「教育の起原を考へて見てもわかるやうに、それは初めは職業のための準備であつた」[1937/200-201]と田制が書くことからも、そこでいわれる社会性や実用性には、たぶんに(多くの社会人にとって)役立つという方向づけがなされていることを読まないわけにはいかない。
どんなに解放されようが学校だから大嫌い、という極論は別にしても、たとえばこういう反論はどうだろうか。
役立つってのは、役立たない海に浮かぶ小島のようなもの。島を囲む無駄知識のバッファがあって初めてぷかぷか浮かぶ。そもそも何が役立つのかも事前に決められないし、仮にそれを特定できてもある能力がある目的に対していつまで有効なのかは神のみぞ知る。世界は変わり、求められる力も変わる。ならば、いま現在役立つことだけを習得しても、そのアクチュアルな役立ちのぶんだけ、いざってときに役立たないんじゃないか、と。

 

Rのアールナシで全然違う

デューイにしろ田制にしろ、プラグマ教育論でひっかかるのが、修道院にはないある種の効率性や合理性を求めるあまり――習字が上手かったからって外じゃみんなワープロ使ってるじゃないっすか?――、間違えること、可謬主義に関して余裕がなくなっているようにみえることだ。いろんなトライアルのなかで積極的に間違えてみる、テヘペロ。そういうことができるのが、実験室としての学校の役割なのではないか。実験とは間違えてもいい主義で臨まなければ大きく間違えるものなのではないか。
間違えが許されないという雰囲気は、結果の改竄――絶対に間違ってません!――のような本末転倒を帰結させる。
labo(実験室)は語源的にlabor(労働)に近しい。しかし、実験と労働は決定的に異なる。やってみることとやらなければならないことくらいに違う。
そういう意味でいえば、たとえば、机に座って教師の話を静かに聴くというのも、社会に出たらなかなか再現できない稀有なトライアルの一つなのかもしれない。いや、超退屈だけど。
学校がキッザニアみたいなことばっか始めたら、それはそれで息苦しい。学校という聖域に社会をどこまで入れるのか、どんな社会を入れるのか、いうまでもなくプラグマ教育論が引き起こす議論は、いま現在の学校問題と呼ばれるものの多くの論点を先取りしている。

 

[引用]
[1937]田制佐重『教育的社会学』、モナス。

 

(第16回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2018年12月6日(木)掲載

貧しい出版者
政治と文学と紙の屑

荒木優太=著

発売日:2017年12月22日

四六版・上製|312 頁|本体:2,800円+税|ISBN 978-4-8459-1705-1