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vol.21:つくりつくられつくりかえ。清水幾太郎・前篇

日本のプラグマティズム / 荒木優太

(イラスト/カワイハルナ)

本連載は、『貧しい出版者』『これからのエリック・ホッファーのために』で、在野で研究することの価値と重要性を鮮やかに照らし出した気鋭の在野研究者・荒木優太が新たに取り組む、日本のプラグマティズム受容を歴史的にたどり直していく野心的な試みです。市井の民たるわれわれのための、在野の方法論追求の遥かなる道(脱線あり)、第21回目は新章突入、清水幾太郎篇のはじまりはじまり。

 

 

さよなら三隅野球団

三隅一成がミード哲学を日本の労働者を監督する全体主義に利用していたのとほぼ同時期、次のように書いていた男がいた。「全体の立場が一般に見逃すものはこの基礎的社会が動くといふ事実である」[1992/91]
著者の名は清水幾太郎。『社会的人間論』という本の末尾近くの文句である。
ここでいわれている「基礎的社会」とは、とりあえず国家のことだと考えておけばいい。三隅は、チームの全メンバーが隅から隅まで全体に奉仕する怪物的な国家観を提出していた。いわゆる三隅野球団である。
が、考えてみれば、そのチーム(全体)なるものは、同じ役割でも個々人でまったく異なる個性と来歴の違いをみせる。投手と一口にいっても、豪速球で真向勝負を好む奴もいれば、変化球で相手を混乱させる作戦を得意とする者もいる。右肩に爆弾を抱えている奴もいるし、一死二塁になると必ず牽制しないと気がすまない奴もいる。そいつらの活躍で、あとからチームのカラーが決まることだってままある。
なによりも、そのチームってものが常に変わらずにずっと結束しているのかといえば、そんなことは全然なく、爆弾が爆発してなくなく引退を余儀なくされるピッチャー、メジャーを目指してアメリカに乗り込むエース、そして助っ人としてやってきた頼れる外国人選手、トラブルつづきでなんとかやってきたけど、最終的にはチームごとあっさり買収されて、よく知らん連中とまた一から再スタート……なんてよくある話。
先立つ全体がどんなに個々人を支配しているようにみえるときでも、その全体なるものがミクロでみれば個々人の小さな創意や交代をふくんだ、こまごました変化でつくられているものでもあることを清水幾太郎という社会学者は決して忘れなかった。

 

アメリカはじめました

一九〇七年、東京の下町に生まれた清水は、旧制高等学校から東京帝国大学文学部を出た学者のエリート街道を期待された学生だった。若い頃から独逸学協会学校でドイツ語を学び、さらに学部ではオーギュスト・コントというフランスの社会学者に関する卒業論文を提出した。彼の教養はこのように基本路線ではドイツとフランスの学風に依拠している。
が、人生とはとかく計画通りにいかないもの。副手(助手の一個下)になって東大教授まであと一歩かと思いきや、戸田貞三という指導教授と折り合いがつかず、なくなくアカデミズムの道を断念。堅実な社会調査を専門とする戸田と理論志向の清水とでは同じ社会学でもやってることはまったく違う。
そんなこんなで大学から追い出されて絶望のなか頼りにしたのがアメリカの教育学に関する翻訳や紹介記事を作成するジャーナリスティックな仕事だった。戦前の社会学にとってアメリカの社会心理学は傍流にすぎず、清水にとっても当初は距離のあるものだったわけだが、これをきっかけに開眼。その勉強の第一の成果となるのが、まさしく一九四〇年刊行の『社会的人間論』であった。

 

クレアタ・エト・クレアアンス

清水の『社会的人間論』は、人間を理性的で合理的な存在ではなく、環境次第でころころ変わり、昔からの慣習にもくもくと従う、面倒くさがり屋として捉えた上で、個人が成長のなかで通過していく社会集団を各ステージに特有な習慣とともに分析し(家族―地域―学校―職場―国家)、その果てにある自由の可能性を模索する、というものだ。
清水はいう。「社会と人間との間には単に一方的な形成の関係があるのでなく、作り作られる相互関係が見出されるのでなければならぬ」[1992/25]。三隅の全体主義が説いたように、たしかに人間は社会に先んじてある様々なシガラミに囚われている、いわば「作られ」ている。それは清水も認めるところ。が、同時に彼らは「作る」主体でもあるじゃないか。ここにきな臭い世の中に対する清水の賭け金があった。国家ヨイショの時局柄によってその自由をおおっぴらに展開できていないというウラミはあれど。
とまれ、そこで頼りになったものこそプラグマティズムの思想。とりわけ、のちに自分の聖書だとも呼ぶことになるデューイの『人間性と行為』という講演録であった。一九三八年、清水はこの本の翻訳を『生の論理』(三笠書房)というタイトルで出版している。ちなみに清水はその後、日本でもっとも読まれるデューイの書『哲学の改造』を娘の禮子と訳すことにもなる。思えばアンソロジー『創造的知性』を訳したのもこの人だった。
庄司武史によれば、作り作られのその標語は、哲学者の西田幾多郎が使っていた「クレアタ・エト・クレアアンス」(創られ、かつ、創る)という言葉から清水がインスパイアされたことに由来するそうだ。
さすが名前が似てることだけはある……にとどまらない。西田はジェイムズ哲学をいち早く受容し、禅の体験とドッキングするというウルトラCのアクロバットを披露した日本のプラグマティストだった。ジェイムズからデューイへ、西田から清水へ、プラグマティズムの精神は選手交代しながらたしかに受け継がれていたのだ。

 

[引用]
[1992]清水幾太郎『社会的人間論』、『清水幾太郎著作集』第三巻、講談社。
[2015]庄司武史『清水幾太郎――異彩の学匠の思想と実践』、ミネルヴァ書房。

 

 

(第21回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2019年2月21日(木)掲載

 


 

貧しい出版者 政治と文学と紙の屑
荒木優太=著
発売日:2017年12月22日
四六版・上製|312 頁|ISBN 978-4-8459-1705-1|本体 2,800円+税

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