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2019.03.05

心の傷とは何か

大人になるまでの成長過程で経験した思いも寄らぬことや驚いたことを思い出し、心がざわつくことはないだろうか。たとえば、小学生の頃、あなたは科学の自由研究で3等賞を取ったことがあるとしよう。3等賞の黄色いリボンをつけた胸は、きっと母親に息ができなくなるほど抱きしめられ、褒めてもらえると期待に弾んでいる。ところがいざ帰宅してみると、母親はリボンには目もくれず、もっと上を狙えたはずだと言った。高校3年生のときには、こんなこともあった。学校のミュージカルの主役を選抜するオーディションを受けたけれど、結局他の子が抜擢された。結果が発表されたときのあの心境、特に、母親に不合格を知らせなければならないと思ったときのあの気持ち。大学受験のときには願書提出の締め切りを逃した。あのときも「兄さんは何の問題もなく入れたのにね」と冷たい一言を母親から浴びた。就職してからは昇進に縁がなかった。久々の家族の夕食会には失敗の二文字を知らない兄も同席していた。その隣に座っていたときの苦痛。

あなた自身にこんな経験はないかもしれないが、ここではそういうことにして話を進める。あなたはいつも母親の現実ばなれした期待に応えることができない。やがて母親に愛されたいと思う気持ちは恨みへと変わっていく。そんな心境の変化は、一体どの時点で生まれるのだろうか。目標があってもそれを口にしなくなる、あるいは、事態が悪化し、頑張ったってどうせ失敗するだけだからと一切努力しなくなる、そんな境地に至るまで、一体どれほどの時間を要するのだろうか。

残念ながら人生に苦しみはつきもので、いろいろと教訓を学んでも、そのすべてが建設的とは限らない。我々生身の人間と同じように、物語のキャラクターもまた、簡単には払いのけられない、忘れ去ることのできない精神的トラウマに苦しんでいる。このタイプのトラウマをここでは心の傷と呼ぶ。心の奥に痛みを引き起こす負の経験のことだ(複数の経験が重なっていることもある)。長く疼くその傷には、家族や恋人、相談相手、友人、信頼している人など、身近な人が絡んでいることが多い。痛みはある特定の出来事に結びついているかもしれない。何か受け入れ難い真実を知って傷つくこともあれば、身体的な障害などのせいで精神的な傷を受けることもあるだろう。

いずれにしても、つらい出来事は心の準備する間もなく突然起きることがほとんどである。キャラクターは一瞬にして傷つけられるという点で残酷であるし、長く尾を引くトラウマは、キャラクターの人生に大きな影を落とす(たいていは暗い影だ)。物語のキャラクターもまた生身の人間と同じように、人格形成期をはじめ、人生を通して多くの苦渋苦難を体験する。過去の痛みは断ち切るのが困難であるうえに、つらいことは畳み掛けるように起きることが多くて、心を苦しめ続ける。

さて、物語をまだ書き始めてもいないのに、なぜキャラクターの境遇を知っておかなければならないのか、そんなことをしなくたって結局は、物語の中でキャラクターがどのような行動を取るのかに尽きるのではないか、と疑問を抱く人もいるだろう。その答えはイエスでもあり、ノーでもある。人は過去の産物だ。読者にとって信憑性や真実味のあるキャラクターを作り出したいのなら、キャラクターの背景的な過去の出来事も理解しておく必要がある。キャラクターはどのように育ち、どのような家庭環境にいたのか――過去の体験や環境は、何か月、何年も前のことであっても、当人の行動や動機に直接的な影響を与える。過去の体験が暗ければその影響はとりわけ強烈で、それによってキャラクターの人物像や信念、何を強く恐れているのかが決まってくる。揺るぎない、説得力溢れるキャラクターを作り出すには、彼らが体験した痛みを理解することが先決になる。

精神的トラウマといえば、キャラクターの人生を永遠に変えてしまうような、ある特定の出来事を思い浮かべることが多いが、心の傷は様々な形で現れる。確かに、人が殺されるところを目撃した、雪崩に巻き込まれた、子どもの死を体験したなど、たった1回の衝撃的な出来事が引き金となって心に傷を負うことはあるし、職場いじめにあった、心を蝕むような人間関係に悩むなど、繰り返し起きる出来事によってトラウマが生じることもある。また、貧困生活、アルコールや薬物に依存している親に見捨てられた体験、暴力的なカルト集団の中で育った経験など、継続的に有害な環境にいたために、心に痛手を負うこともある。

いずれにしても、こうした体験は心に傷跡を残す。傷は精神的なものでも、体の傷と同じように傷跡が残る。心の傷はキャラクターの自尊心を損ない、ものの見方を歪ませ、不信感を生み、他人との関わり方を決定づける。そのせいでキャラクターは目標を達成できない。だからこそ、書き手はキャラクターの過去を深く掘り下げ、彼らが体験したはずのトラウマを浮き彫りにしなくてはならない。一つひとつの傷には闇がある。その闇によって、キャラクターの心は過去に縛られ前進できずにいるばかりか、自分は幸せにはなれないと思い込み、深く満たされない気持ちを抱え込んでいる。そういう意味でもキャラクターの過去を理解することは重要なのである。

(略)

キャラクターの心の傷をめぐる
ブレインストーミング

心の傷には破壊力があり、いかに屈強なキャラクターでも根本から揺さぶられてしまう。そういう点から考えると、自分のキャラクターにこれだと思う傷を選ぶのは容易いことではない。書き手によっては、執筆中に主人公の恐れや心の傷を物語の赴くままに決めていくタイプの人もいるけれど、その前に時間を取ってキャラクターの背景をブレインストーミングしておくと、書き直しに何時間も費やさずに済むはずだ。

背景は避けるべきだという一般化したアドバイスがあって背景という言葉を嫌がる書き手も多いが、残念ながら、それは背景にも様々な種類のものがあるという事実を踏まえたアドバイスではない。このセクションで説明するタイプの背景――キャラクターのブレインストーミング――は、執筆作業の中でも一番重要な作業のひとつである。多面性があって真実味があり、明確なモチベーションを持ったキャラクターを作るのは、ジャンルを問わず大事なことだ。キャラクターのなすこと、言うこと、決めることすべてが、そのキャラクターを駆り立てている何か――恐れや満たされない欲求――を表出していなくてはならない。キャラクターが何を欲するのか(外的動機)も、なぜそれを欲するのかも(内的動機)、キャラクターの過去に根差しているからだ。

物語に登場させられる完成度の高いキャラクターをすぐに思い付くなら別だが、まずはキャラクターの心の闇を突ついて、そのキャラクターが経験した精神的トラウマを暴く必要がある。ブレインストーミングをするときは、痛ましい過去を何でもかんでも掘り返すのではなく、心に刺すような痛みを感じさせるものとテーマに沿った出来事のパターンを探し出すようにする。たとえば、キャラクターの過去に、兄弟間のライバル意識、いつも一番でなければ気が済まない性格、達成感と親から認められたい欲求を混同している様子がうかがえるなら、条件付きの愛情に絡んだ心の傷を幼少期に受けた体験が浮かんでくる。

どのキャラクターにも綿密な背景調査が必要になるわけではない。キャラクターがどういう人物で、どういう役割を担うかによってその必要性は変わるだろうから、そのキャラクターを正確に書き上げるのにどの程度の準備が必要になるのかをもとに判断すればよい。また、背景をブレインストーミングして得た情報は「離れ小島」のようなもので、その島にはいろいろなアクセス方法があると考えるといいかもしれない。その方法をいくつか次に説明する。

● 過去の影響

残念な事実だが、自分にもっとも近い人間が自分を一番強く傷つける。そう考えると、物語が始まる前からキャラクターと関わりのある人たちが、キャラクターのつらい過去に絡んでいるのが普通である。その筆頭に挙げられるのが親だ。子どもは親から虐待を受けると、心の奥に恐怖心が生まれる。理不尽な思い込みや先入観を抱くようになり、自分の子にも虐待を繰り返し、無意識のうちに子育ての失敗を連鎖させていくことすらある。

一例を挙げてみよう。4歳の弟が窒息して死んでいくのをなすすべもなく見ていた少女がいた。その後少女は支配欲の強い母親になり、息子の安全のためだと言いながらいつも息子に付きまとっている。息子のことなら母親である自分が一番知っているからと、息子が付き合う友達も選んでいるし、ほとんど何でも決めやっている。そんな過干渉・過保護な環境で育った息子は自分の判断能力を信用していないから自尊心が低い。そこで、今は青年となっているこの息子を物語の主人公に設定してみると、ひとり立ちしたくてもなかなか独立できない、他人の意見が気になって仕方ない、人からの批判には過敏、どうせ自分は失敗するからと責任から逃れてばかりいる人物像が出来上がる。

キャラクターの心を傷つけるのは、親や家族だけとは限らない。他にどういう候補がいるか考えてみよう。キャラクターの成長を妨げた人、自尊心を萎縮させた人、屈辱を与えた人、自信を失わせた人などが浮かんでくるだろう。相談相手、昔の恋人、かつての友人、立場が上の人――こういう人たちから悲観的なものの見方をするように学んだ、あるいは彼らが悪い見本になった出来事があって、心に傷を負ったのかもしれない。どういう人物がキャラクターに暗い影を落としたのかを考えるには、「キャラクターは誰から心を傷つけられたのか、その人とは二度と関わりたくないと思っているのか、それはなぜなのか」と問いかけ、答えを探してみるといいだろう。

● 嫌な思い出

心の傷は、悩み苦しんだ時期、忘れることができない出来事、あるいは完全抹消したい瞬間など過去の負の体験の中に潜んでいる。どんな苦労に耐え忍んだのか、キャラクターに問いかけてみるとよい。人の過去は失敗や過ち、失意、劣等感、恐れに溢れている。キャラクターにどんなつらい思い出があるのか、できる限りのことをして探ってみよう。

● 性格上の欠陥

キャラクターをブレインストーミングしていると、まず性格が浮かんでくるという書き手もいる。人を笑わせるのがうまい、学ぶのが大好き、珍しいほど物欲がないといった一面があるかと思いきや、信じられないほど気性が激しく、突然手のひらを返したように人が変わり、何もないのに怒り出したりする。なぜこんな欠点があるのか少し探ってみよう。何をきっかけにそんな過剰反応を示すのか。腹を立てる相手もいないのになぜ突然怒り狂うのか。こういう無条件反射的な反応を誘発する状況を特定できれば、キャラクターが避けようとしている感情を見つけやすくなるし、なぜ心の鎧を纏うようになったのか、その理由をブレインストーミングしやすくなる。また、この作業はキャラクターの致命的な欠陥を決めるのにも役立つ。その欠陥こそが、心の壁の要所であり、キャラクターを何よりも躊躇させる厄介な部分なのだ。キャラクターはそれを克服しない限り、目標を達成できる見込みはないのである。

● 恐れ

ほとんどの人が恐れを嫌う。あるいは嫌うほどではないにしても、できれば経験したくないものだと思っている。恐怖があるからこそ、より一層努力して欲しいものを手に入れるという場合もあるが、他の不快な感情も伴う。キャラクターの性格を決定づける心の傷の中心には必ずある恐れが深く根を下ろしているが、それ以外の恐れや不安もつらい出来事があったことの表れである。たとえば、キャラクターをブレインストーミングしていて、主人公が水を怖がっていることに気付いたら、その理由を考えてみる。歩道で見知らぬ人とすれ違うたびに体が強張る、妹から電話が掛かってくると心臓の鼓動が激しくなる、そんな症例が思い浮かんだら、なぜキャラクターがそんな反応をするのか探ってみる。恐怖そのものは表面に現れないから、その根本的な理由を探ってみよう。

● 満たされない欲求

マズローのピラミッドを少し振り返るだけでも、キャラクターの人生に欠けているものが見えてきて、心の傷を探す手掛かりになる。満たされない欲求が何なのかがわかれば、次はその理由を考えよう。別の欲求を優先しているから犠牲になっているのか、それとも欲求がないだけなのか。キャラクターがある欲求(たとえば愛の欲求)を避けているなら、何か理由があって、そんなものはないほうがいいのだと自分に言い聞かせているはずだ。

キャラクターのことがだんだんわかってきたのに、何の欲求が欠けているのかがなかなか見えてこないなら、何がキャラクターに不満を感じさせているのか考えてみる。彼または彼女の人生のどこかに、何かを嫌がっている、避けている、あるいは怖がっている部分はないだろうか。もしあれば、それが満たされない欲求につながっているはずだ。それを手掛かりにすると、キャラクターが抱えている心の傷がどんな類のものであるかが見えてくるだろう。キャラクターにある欲求が欠如しているケースを考えるなら、表面的にキャラクターが何を追い求めているのか、その外的動機をまず特定するとよい。それがわかれば、なぜそれを追求しているのかがわかるようになり、キャラクターに欠けている部分、そしてそれをキャラクターが埋め合わせようとしていることが見えてくる。

● 秘密

誰もが秘密を抱えている――これも経験から学ぶことのひとつである。決まりが悪いから、恥や罪悪感を感じるから、仮面が剥がれると脆い気持ちになるから、人は本能的に何かを隠そうとするのだ。秘密は心の傷を覆っていることが多いから、キャラクターが何を隠しているのか考えてみよう。キャラクターはどんなことを固く口にせず、人に知られたくないと思っているのか。それは、掘り返したくない過去の精神的トラウマの一片に触れているはずだ。

● 不安

程度にもよるが、自己不信は誰もが抱える悩みである。自分は、人の期待に応えられないのではないか、ミスを犯して他人に迷惑をかけるのではないか、愛する人をがっかりさせるのではないかと気に病んでばかりいると自尊心が蝕まれていく。キャラクターが社会に合わせられない、受け入れられないと不安を感じているなら、それはどうしてなのだろうか。どういう状況でキャラクターは自分で物事を決められず、リスクを冒すのを避けるのか。キャラクターに自己不信や不安を感じさせるようになった負の体験や相手をブレインストーミングで探る場合は、まずその不信や不安が何なのかを考えるとよい。

● 先入観または厭世観

どんなに楽観的で開放的な人でも、いつも寛容で我慢強いというわけにはいかず、何らかの偏見を持っているのが普通だ。過去の体験や観察に基づいた偏見や否定的な考えが心の引き出しにびっしりと並んでいるキャラクターだっている。キャラクターが歪んだものの見方をしていないか、しているならどういう考えを持っているのか、どんなタイプの人間に我慢がならないのか、どんな状況になると人と距離を置こうとするのかを考えてみよう。どんな事柄にも因果関係があるから、疑問を突き詰めていくと、キャラクターが暗いものの見方をするきっかけになった負の体験が見つかるはずだ。

● 過補償

つらい過去の背景をあぶり出すためのもうひとつの方法は、キャラクターが過補償に走っていないかを探ることだ。恋人を喜ばせるために必死で、何よりも恋愛関係に時間とエネルギーを注いでいないか。誰かをかばっていないか。その人が悪いことをしでかしても一笑に付し、その人が巻き起こした問題をいつも肩代わりしたり手助けしたりして「救って」やっていないか。過補償は他にも様々な形で出てくる。無理して寛大になろうとしている、周囲に溶け込もうとして頑張りすぎる、大事な人に認めてもらえるなら何でもするなど。キャラクターが過補償に走っているなら、その根本に自責や恐れがないか理由を探ってみよう。

● 問題行動

完璧な人生を送っている人など誰もいない。キャラクターだってそうだ。心の壁は何かと問題を引き起こすものなのだ。キャラクターの人生を見渡して、どこに摩擦が起きているか考えてみよう。金銭上のトラブルはないか。上司と衝突しがちで、仕事で頻繁にトラブルに巻き込まれていないか。どこからともなく勝手に災難が降ってきて、問題行為や摩擦が起きるわけではない。それが起きるのも終わるのもキャラクターの意識次第なのだ。キャラクターがどのように自分で自分の足を引っ張っているのかがわかれば、それは過去の出来事につながっている。キャラクターはその過去に関連した物事に反射的に反応し、マイナス効果を生む問題対処方法に頼ってしまうのだ。

● タイプ別に心の傷を見る

悲しいかな、人間は数え切れないほどあの手この手で他人や自分の心を傷つけてしまうものである。本書で例として挙げている心の傷は、あくまでも例であって、すべてを網羅しているわけではないけれど、キャラクターの背景に合わせ、数限りないバリエーションを考案するのに役立つはずだ。本書では、こうした心の傷を一般的なテーマ別に分けている。キャラクターに合った心の傷を選ぶのに苦労している場合は、心理的なダメージが起きやすい一般的な状況を理解しておくといいだろう。

障害や損傷によるトラウマ

一般的な社会規範から逸脱したキャラクターがいて、その状態がキャラクターに不利に働いていると本人が信じているケース。事故や暴力を体験したり、先天的な障害や不健康状態や疾患を抱えていたりして、身体上または認知上の問題(あるいはその両方)が重なった複合的な問題になっているかもしれない。この種の心の傷を抱えているキャラクターは、自分を「劣っている」、あるいは人とは違うと感じ、自分の存在価値を疑問視する。特に幼いときから持っていたわけではない障害を抱えるようになった場合はそのように感じることが多いだろう。

この傷の影響がどのように表面に出るかは、物語の中でキャラクターが直面する具体的試練、障害が出たときの年齢、変形や障害の度合いによって左右されるが、自分を恥じ、障害を隠そうとするのが一般的である。また、障害者のレッテルを貼られたり、人に馬鹿にされたり、拒絶されたりすることを恐れ、自分の障害に対し必ずしも寛容ではない環境で活動しなくてはならない場合は、さらにキャラクターの心は重くなる。

社会の不正や人生の苦難によるトラウマ

このタイプの精神的トラウマは、不平等と格差を照らし出し、キャラクターに被害意識を感じさせる。自己価値に悪い影響を及ぼすし、他人は苦しんでいないのに自分は苦しんでいるという理由から、キャラクターは人間の道徳的本質について疑問を感じるようになる。キャラクターが信仰心を持っているなら、それが脅かされることもある。場合によっては、他人の気持ちを汲み取る能力が損なわれることもある。このタイプのトラウマは、自分には非はなく、個人の力ではどうしようもないため、自責よりも幻滅や恨みを招くのが普通だ。

キャラクターの愛する人たちが問題の巻き添えになったり、不正や困難な状態が長期化して当人が汲々してゆとりがなくなってきたりすると、満たされない欲求が生まれ、それを喫緊に満たす必要が出てくる。不均衡は自然な状態ではないので、現状を正すためには、ある欲求のために別の欲求を犠牲にするしかないとしても、キャラクターはなんとかしなければならないと行動に駆り立てられる。

失敗や間違いによるトラウマ

心の傷に個人的なしくじりが絡んでいるのは普通だが、キャラクターは自分自身を批判の目で見ているから傷は深く内面化していることが多い。「間違いを犯してしまった」がいつの間にか「私がそもそも間違いなのだ」になり、自分のことを至らない人間だとか欠陥のある人間だと思うようになって、自尊心が傷つく。さらに悪化し、自分を罰すべきだと思うようになると、様々な自己処罰行為が見られ、本人にとって重要な欲求に影響を及ぼし、幸福や充足感を感じられなくなることもある。

この心の傷の深刻度は、犯した過ちの種類、それがどの程度個人的なことなのか、誰に影響が及んだかによって左右される。過ちを繰り返すのを怖がって責任から逃れようとすることもあれば、完璧主義的な傾向がある場合は、起きてしまったことを償おうとして逆に頑張りすぎることもある。また、周りの人たちがキャラクターの失敗の代償を払ってやっている状況だと特に、キャラクターは深く追い詰められないと再び失敗のリスクが取れるようにはならない。

誤った信頼と裏切りのトラウマ

一番身近な人に愛や弱さに付け込まれて、心が傷つけられるケース。こういう形で信頼を裏切られると、人に対する自分の直感が信じられなくなり、自分の判断は間違っていると思い込んでしまうため、過去を忘れ去るのは特に難しい。また、女性は人とのつながりを母性的に捉えるため、裏切られると男性よりも深い傷を受ける傾向にある。

このタイプのトラウマを体験しているキャラクターは、実際に起きた裏切り行為、または確信はないが起きたと思っている裏切り行為に非常に過敏になる。大したことではないのに深い意味があると勘ぐり、自分のことは自分で守らなければならないという思いを新たにし、本音を言わなくなる。「疑わしきは罰せず」などあり得ないし、人を許すのは至難の業になる。自分を裏切った相手が近い存在で、個人的に深いつながりを持っている人であればあるほど、憎しみや怒りは大きくなり、問題も長期化し、前進するのが難しくなる。

犯罪被害のトラウマ

犯罪の被害に遭ったキャラクターは死や痛みを恐れるようになり、平和を乱されたと感じ、人や世間を信用できなくなる。はじめのうちは加害者(たとえばキャラクターの車を盗んだ薬物中毒者がいるとする)だけを責めていたが、そのうち、もっと大きなもの、たとえば政府や既存の社会システム、人間全般に非があると考えるようになる。恐れや怒りの矛先が増え、漠然とした幻滅を覚え始める。薬物中毒者に車を盗まれた例でいくと、キャラクターは、市民を安全に守るべき社会に期待を裏切られ、自分は守られていないと感じてしまう。

犯罪の被害者が不当に自分を責めることもある。たとえば、レイプの被害者である女性が男性といちゃついていた自分が悪かったと思う、強盗に遭った男性がドアの鍵を閉めておかなかった自分を責める、といった場合がそうだ。こういう状況では、キャラクターは往々にして、自分の監督不行き届きのせいだ、責められるべきは自分だ、と思い込んでしまうのである(いつもそうなるわけではない)。

予期せぬ出来事によるトラウマ

トラウマな出来事は無作為に起きるものである。したがって、それに備える、それから身を守るのはほぼ不可能である。現実の生活で我々が突然トラウマな出来事に遭遇すると、自分の中に潜んでいた強さ、あるいは弱さが露呈する。不測の事態が起きても、うまく立ち回りたいと誰もが願っているけれど、実際はそうはいかないことが多いのだ。キャラクターたちも突然襲いかかったショックに無防備な心が抉り取られるような思いをする。そしてこの種の傷は、癒えるまでに時間がかかる。

突然傷つき、ショックも大きいと、「なぜこんなことが起きたのか」「なぜ自分なのか」「なんて残酷な世の中なのか」といつまでも引きずってしまい、終止符を打てないことが多い。動揺しただけならまだしも、ショックにうまく対応できなった自分に疑問を感じ、もっとなんとかできたはずだと自分を責める。理不尽に自分を責めることが多いので、自尊心を傷つけ、罪悪感を生んでしまう(場合によっては「どうして自分が生き残ってしまったのか」と悩むこともある)。トラウマな出来事を経験すると、人が変わってしまい、生きることに関心を失うことだってあるかもしれない。こと安心安全に関しては、同じようなことが繰り返されるのではないかと恐れて、性格や行動に極端な変化が見られることすらある。心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患っているキャラクターはこの部類に入るだろう。

PTSDは命の危険を感じるような出来事を経験した人に現れる障害である。PTSDを発症している人は、過去の体験の一部を継続的に追体験することがあり、一瞬で済むこともあれば、何時間、何日と続くこともある。また、トラウマ体験を想起させる出来事によって症状が出ることもあり、トラウマに結びついている感情や思考を避けようとする。悪夢を見るなど睡眠障害が出るし、常に警戒しているのでピリピリした緊張状態が続きがちになる。感情が激しく揺れることもよくあって(自責や罪悪感もこれに含まれる)、マイナス思考に陥り鬱のような症状が出て、自分の殻に閉じこもる、何に対しても情熱が持てない、趣味に興味を失うこともある。

トラウマを経験してもその被害者の反応は様々で、PTSDの場合は、症状が長期にわたって続き(いつまでも続くこともある)、日常生活にも支障が出る。必要なサポートを受けることが難しい場合は、結婚生活の破綻、失職、暴力、ホームレスになる、麻薬やアルコールの乱用といった形で後遺症が現れるケースもある。そうなるとさらに問題は複雑になり、キャラクターのPTSD対処能力がさらに低下する。子どももPTSDを発症するが、大人とは違った反応を示すかもしれない。どの精神障害にも言えることだが、書き手として、PTSDとその誘発環境についてよく調べることが大事だ。PTSDの症状には大きな個人差があり、物語の中で正確にその症状を伝えられるように、キャラクターを深く理解しておく必要がある。

幼少期のトラウマ

心の傷の中でも、幼少期に受けたものは一番ダメージが大きい。幼いと自分を守るための精神的ガードがないに等しいからだ。子どもには人生経験がないし、まだ成熟していないから、自分が見たものや体験した物事を理解できず、問題を健全に対処できるメカニズムが発達せずに、問題の多い対処法しか持ち合わせていないことが多い。生理学的にみてもトラウマは脳自体の構造にも影響する。子どもの脳は20代まで発達していくため、その若い脳への影響は甚大である。認知的なダメージがあると対処能力に支障が出てしまう。

幼少期に受けた心の傷には、裏切られた経験が深く絡んでいることがある。ずっと後になってから、親など、本来なら子どもへの監督責任を担っていたはずの大人や社会(子どもは純真無垢な存在だから守られるべきだと考える文化がある場合)に自分が守られてはいなかったのに気付いて、裏切られたと感じるということもあり得る。子どもの頃に面倒を見てくれた大人や自分に近い関係にある家族に傷つけられていた場合は、裏切りが本人の心により一層深く刻み込まれ、大人になってから、他人と親しい関係を築けないといった大きな影響が出る。幼少期のトラウマは時間が経つと悪化していくので、心の壁が何層にも重ねられて頑強になり、それを解くのが困難になる。

以上、心の傷をグループ分けしたが、これはキャラクターが抱えている可能性のあるトラウマを分類するときに大いに活用していただきたい。ただひとつ共通して言えるのは、心の傷は思い出そのものよりもずっとつらいということ。キャラクターは既に被害は受けていて、その後遺症がその後の人生の様々な局面に滲み出てくるのである。何か出来事に直面するたびに「これも自分のせいなのだろうか、責められるべきは自分なのだろうか」と疑いの種は撒かれ、その芽が開くと自尊心が蝕まれていく。時間が癒やしてくれることもあるだろうが、必ずしもそうなるとは限らない。また同じような痛みが繰り返されれば、以前の恐怖心や誤信念は戻ってくる。キャラクターが自分を成長させ、自己を受け入れられるようになってはじめて物事を新たな視点で捉えることができるようになり、心の傷の深い痛みはようやく治まる。

キャラクターの過去を探っていくと負の体験が詰まった地雷原にあたることもあるだろう。だが物語の構想を練っている段階では、キャラクターが対峙し克服しなければならない苦しみがどれなのかを読者にはっきりわかるようにしておくことが必要だ。そうするには、背景的な出来事をひとつに絞り、その出来事で、キャラクターが感じている痛みが人生の妨げになっていることを表現するとよい。また、その出来事、あるいは一連の関連の出来事を図にしておくのもよい。キャラクターの心の中で、どんな誤信念が表面化してきて、自尊心が攻撃され、物事の感じ方が変わり、厭世観が生まれるのかを理解するのに役立つだろう。詳しくは付録4も参照してほしい。

(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。


 

トラウマ類語辞典
アンジェラ・アッカーマン、ベッカ・パグリッシ=著|新田享子=訳
発売日:2018年08月25日
A5判・並製|352頁|本体:2,200円+税|ISBN 978-4-8459-1721-1

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プロフィール
アンジェラ・アッカーマンAngela Ackerman

アンジェラ・アッカーマンはロッキーに住まうカナダ人で、ストーリーテリングのための情熱を世界中の人たちと共有することを満喫している。執筆の指導者として、また国際的な講師として、作家とは学ぶこと、成長することを決して止めてはいけないという信念のもとで活動を続ける。作家を新しい革新的な方法でサポートしたいという彼女の望みが、ベストセラーとなった共著「類語辞典」シリーズをつくりだし、また作家向けの力強いブレインストーミングのための書庫である「One Stop forWriters®」を共同制作させることとなった。アンジェラは、少年少女向けのフィクションやヤング・アダルト小説を執筆しているほか、珍妙な「ガーデン・ノーム(庭小人人形)」の収集家でもあり、また世界中の魅惑的な文化を見つけ出すために家族とともに旅行をすることについてなどを、自身のブログに記している。

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プロフィール
ベッカ・パグリッシBecca Puglisi

ベッカ・パグリッシは、国際的な講師としてワークショップでの指導を楽しみ、各種コンフェランスでは執筆についての様々な話題を発表している。その合間にはWriters Helping Writers®にて、ベストセラーとなった共著「類語辞典」シリーズの新作の準備に多忙な日々を送る。休日にはパン作りや子どもへの読み聞かせ、聖書勉強会、そして睡眠を楽しんでいる。

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