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vol.28:新京都学派のボス。『思想の科学』の周辺D。

日本のプラグマティズム / 荒木優太

気鋭の在野研究者・荒木優太が日本のプラグマティズム受容を歴史的にたどり直していく連載「日本のプラグマティズム」。市井の民たるわれわれのための在野の方法論追求の遥かなる道(脱線あり)。第28回目、今回も『思想の科学』の周辺から、フランス文学者で京都学派の中心的存在だった桑原武夫について。

 

 

桑原親分

上山春平は一九六八年に京都大学人文科学研究所の助教授になった。通称、人文研、ここは新京都学派とも呼ばれるトガった思想集団の拠点地となる。京都学派とは西田幾多郎や田邊元といった戦前に日本独自の哲学を築こうと頑張った京大周辺の連中のことだ。戦後だからこれに新がつく。
上山を京都に誘ったのが、桑原武夫というフランス文学の学者であった。二〇一五年に遺族から寄贈された蔵書を京都市が勝手に処分しちゃった事件で少しだけ有名なあの桑原武夫である。
実のところスカウトされたのは上山だけではない。鶴見俊輔も『思想の科学』ファンだった桑原の強引な人事によって人文研に連れてこられた学者の一人であった。桑原が東北大学から京都大学に移って責任ある役職に就けるのを好機に勧誘した。
強引というのは、そのときの鶴見の学歴が、小学校中退から一気にハーバード大学卒業という頭がいいのか悪いのかよく分からない学歴の持ち主だったからだ。加えて、アメリカ留学終了間際に日米で戦争が始まってしまい、卒業前なのに、アナキズムにも関心があるらしい敵性外国人として留置所にブチこまれるというヘビーな過去をもっていた。明らかにアヤシイ。
でも採る。破格の人事である。

 

デューイ芸術論受容

そんな桑原も、プラグマっぽい一面をもっている。とりわけ強調されるのが、戦時下の東北大で読んでいたという、デューイ『経験としての芸術』だ。桑原のものを読んでいると、ちょくちょくデューイの言葉が出てくるが大方がここからの引用になっている。
回想文「おのずと」によれば、それは「悪いことも良い面があるのではないか、といつも反射的に考えた」[1980/293]という子供の頃からの性分のなかで受けとめられた。
「プラグマティックだったのかも知れない。戦争中はじめてデューイを読んで嬉しかった。初めて覚ったのではない。あれでよかったのだとでもいうべき安心感があった。私はプラグマティズム学者としては失格だが、プラグマティストとしてはそう低いランクにはいないと思っている。異国の学説を精密に読みとることも大切だが、それを実地で使ってみたい気持のほうがつよい」[1980/293-294]
愛読されたデューイ本は、大学で行った講義をもとにしたデューイ唯一の芸術論だ。その趣旨は、「芸術作品が一たび古典の地位を獲得すると、その作品は何故か、それを生みだした人間的諸条件から孤立し、現実の人生経験のなかでその作品が生みだす人間的結果から孤立するのである」[2003/9]という疑問に端的に現れている。芸術をあくまで人間の経験のなかで、言い換えれば人間社会のなかの様々な交流が生み出した産物として捉えようとする。
つまり、芸術なるものを手が届かないような何か超自然的ものを表現するもんだと勘違いしちゃいけないよ、というアドバイスだ。

 

経験の拡張としての文学

こういった視線は、いうまでもなく桑原自身の芸術論に活かされていく。
菊池暁は、新京都学派がもっていた共同研究やフィールドワーク、大衆文化への関心といった研究的傾向を指摘しながら、同時に、「新書ライター」[2013/31]育成塾の観すらある、反象牙の塔的なジャーナリズムの特徴を人文研に読んでいる。岩波新書から出た桑原武夫『文学入門』はその代表例であろう。このなかで桑原は、文学作品をもう完了した「経験」である、と定義しているが、ここにデューイの影を見出すのは難しくない。
作者がただ絵空事のお話を夢想しただけでは作品は生まれない。自分の関心(interest)を言語という他の人々と共有する客観的世界との関わり合いのなかに置く、つまり創作することによって初めて作品が出来上がる。すると、今度は言葉のほうが逆向き作者の関心そのものを刺激する。「そうした相互作用をつづけることによって、そこに一つの新しい経験が形成されてゆき、その完了した結果がすなわち作品なのである」[1963/18]
そもそも、なぜ文学など読まなければならないのか? や、具体的な効用がある。決して行動には移さないけども、もしも実際にあんな人生を選んでいたら……というifを経ることで得られる「行動直前的心的態度」[1963/21]、いわば経験の拡張が得られる。これは小難しい理論が与えるものとは異なる、実地にそくした人間知識でもあろう。

 

[引用]
[1963]桑原武夫『文学入門』(改版)、岩波新書。
[1980]桑原武夫「おのずと──学びの出発」、『桑原武夫集』第九巻収、岩波書店。
[2003]デューイ『経験としての芸術』、河村望訳、人間の科学社。
[2013]菊地暁「新京都学派京大人文研のユニークさを「新書」から読み解く」、『Kotoba』秋号、集英社。

(第28回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2019年8月8日(木)掲載