• Twitter
  • Facebook

vol.32:サークルで考える。鶴見俊輔・中篇

日本のプラグマティズム / 荒木優太

気鋭の在野研究者・荒木優太が日本のプラグマティズム受容を歴史的にたどり直していく連載「日本のプラグマティズム」。市井の民たるわれわれのための在野の方法論追求の遥かなる道。第32回目は、プラグマティズムと鶴見のサークルの思想がどのように近接しているのか、というお話から。長かった本連載もついに最大のキーパーソンといってよい鶴見俊輔にたどり着き、残すところあと3回、まさにクライマックスです! 
(荒木さんの新編著『在野研究ビギナーズ──勝手にはじめる研究生活』(明石書店)は好評発売中!)

 

 

知らない名前ざっくざく

鶴見の『アメリカ哲学』を読んでいると、ユーモア小説家である佐々木邦を日本のプラグマティストに数えることに加え、もう一つ稀有な特徴に気づく。
よく知らん名前がたくさんでてくる!
御三家であるパース、ジェイムズ、デューイに加えて、変わり種としてミードを入れる……くらいがだいたいの入門書の典型的な書き方。鶴見はそういった王道を当然のごとく押さえながらも、グリーン、ライト、ホウムズ、サンタナヤ、オットーといったマイナーな面々にも目配せを忘れない。特に弁護士だった小オリバー・ウェンデル・ホウムズ(お父さんも同じ名前なので先頭に「小」がつく、デュマ・フィスみたいなものだ)の詳述はかなり珍しい。
なぜこのような書き方をしているのかというと、思い出して欲しいのだが、プラグマティズムは形而上学クラブという小集団のなかで発生したものだったからだ。鶴見にとってこの事実はのちのちまで響く重みをもつ。つまり、ある思想とは、一人で腕組みながら仁王立ちしている有名固有名の文章で成り立っているのではなく、その周辺にいる仲間や有象無象(に見える小さな個人ら)の、時として歴史の記述からも消え去ってしまいがちな、ざわざわした相互交流のなかから活力を得てきたのではないか、という思想観を支えていくのだ。

 

サークルの思想

このことは、鶴見のサークルの関心へと結ばれていく。サークル活動とは、大した計画性もなしに自然発生した小集団、その付き合いのなかで生まれる文化的な営みのことだ。
サークルという用語自体は、一九三一年、蔵原惟人というマルクス主義の理論家によって「プロレタリア芸術運動の組織問題」という評論のなかで用いられた。ただし、掲載されたのが『ナップ』という共産党の機関誌であることからも分かるとおり、サークルとは戦前ではハードな革命思想を中立的な一般市民にまで広げる、というよりも教化する方法として見出されたものだった。有望な活動員を、古い言葉でいえばオルグ(organizeの頭三字)するための呼び水みたいなものだ。
黒川創による充実の鶴見伝によれば、一九三三(昭和八)年、小五の幼い鶴見が読書会を企画したところ、学校の先生に渋い顔をみせられたそうだ。あとから気づくところによれば、「当時、読書会は、旧制高校でRS(リーディング・ソサエティー)と呼び換えられて、共産主義について学ぶ場とされていた」[2018/61]
みんなで読書会超楽しい……と思いきや、肩をたたかれ、キミなかなか見どころあるね、共産党に入らないかい、と勧誘開始。《サークルクラッシャー》や《オタサーの姫》でお馴染みなサークルにもこんな黒歴史があったのである。

 

思想の母胎

ガチな政治的党派との緊張のなかで、鶴見は戦後のより軟化した小集団を高く評価する。一九五九年の「思想の発酵母胎」では次のように述べている。
「自分じしんがかなりあいまいでありながらも、他人にそのイメージとアイディアをつきさしてゆかざるを得ない編集者の仕事が、サークルの中での思想のうけわたしの一つの原型であるように思う。そこには、「必ずこう考えろ」という指導者から被指導者への思想の伝達方式と区別されるような「こう考えればこうも考えられ、ああ考えればああも考えられる」という選択的な判断の結合形態において思想がうけわたしされる」[1975/301]
サークルにおいて、思想は編集されるものとしてある。創造ではない。色々な人が集まって一緒につくる、という共同制作によって編まれていく。だから、頭のいい(しばしばマルクス主義なるものに詳しい政治的)指導者が馬鹿な民衆に教え諭すというエリート主義的な知の伝授のかたちは、たとえそれがサークル的集団内で行われていても、サークルのキモを外していることになる。自身が信じる正しさを解除して、正しさを仮定の海に浴して「こう」や「ああ」という種々の選択肢に解きほぐすことに最大の効用があるといっていい。
このカオティックな未決状態こそ、実は知の始まり、「母胎」であって、どんなハードな思想体系もこの胎で育まれてきたのではないか。そう、たとえば形而上学クラブの存在がパースを支えたように。

 

日本の地下水

鶴見の知的「母胎」への関心は、決して論文のテーマだけで終わったのではなかった。一九五六年から仲間と一緒に全国に散らばるサークルを紹介する「日本の地下水」という連載コーナーを始め、自身もよく地方のサークルへと訪問する。また、『思想の科学』周辺でも《~の会》という名のサークルが群立して、大衆文化へのいっそうの親近を強くしていった。特に「サークルの歴史を書くサークル」を目指した「集団の会」での活動は鶴見のサークル研究の大きな支えとなった[1971/177]
それにしても、誰がつけたのかは知らないが、この「日本の地下水」という命名はなかなかに見事だ。というのも、戦前に輸入されたサークル活動は、前に述べた通り、中立的な文化活動で油断させておいてオルグッ、という高度な政治的意図に縛られていたわけだが、当時、日本共産党は非合法の地下活動へと闘いの場を移し、公に大衆をリクルートのできない必然的に生じた困難に関して、サークル活動にその方途の一つを求めたからだ。
つまり、戦前では公ならざる地下活動をふくらますための地上の領域こそサークルだったのに対し、「地下水」という命名はこのイメージを逆転して、地上で隆盛する豊かで華々しい文化からは見えにくい地下の水脈にサークル的なものを重ね合わせているのだ。ハードな政治主義への疑念がここにも透けてみえる。

 

つつみこみハンバーグかよ

一九六三年、鶴見の「サークルと学問」は、サークルイズムを、アカデミズムの権威主義ともジャーナリズムの商業主義とも異なる知の形態、あたかも三派鼎立の一角をなすものとして宣言した評論だ。
鶴見は日本には三つの学風があるという。
第一に、「あてはめ学風」。西欧から模範となるべき学知の大枠を借りてきて、そのなかに日本の事例や内容をあてはめ、空所を埋めていくぶんだけ進歩したとする学風で、大きくいえば大学のアカデミズムに相当する。第二に、「つぎはぎ学風」。大枠を借りてくるのはさっきと一緒だが、それを日本特殊の事情に合わせて変形させる。論壇などのジャーナリズムがやっていることだ。そして最後に出てくるのが、そもそも枠組みを借りてくるのではなく、いまある自分の関心から自前で出発して、勉強が勉強を呼ぶように飛び石で広がっていく「つつみこみ学風」。勿論、「このつつみこみの学風は、いくつかのサークルによって開拓された学風である」[1975/312]
つつみこみという運動は、「どれだけ多くのことがらが、特定の関心のフロシキのなかにくるみこめるのかが、あらかじめ予測できないが、状況の発展におうじて、より多くくるむことができる」[1975/312]という短所長所がある。
この連載も、典型的なつつみこみ学習の成果だ。日本的プラグマに興味アリ……から無謀にも出発してみたら、単に哲学の知識だけあればいいのではなく(哲学の知識もないが)、経済学やスポーツ心理学や社会学やゲーム研究などなど諸々の知見のご厄介になる。当初の予定では、そんなこと想定していなかった。付け焼き刃だ。名刀とはいいがたし。
でも、枠を超えた広がりが楽しい。どんどん焼いてつけてった結果、バーニング・ソードの出来上がり。なまくらかどうかは切ってみないと分からない。そして、サークルの場合、その広がりを与えてくれるのが、同じ場所を共有する他人であり、彼らとのお喋りなのだ。仮定のなかの選択肢を分けていく力の根本に、小さな他人(たち)の同居がある。

 

煙仲間

だから、サークルイズムのもう一つの特徴は、大きなメディアで流通しない小さな言葉を基調とする点だ。「集団の会」の成果である『共同研究 集団』において、鶴見は「なぜサークルを研究するか」という総論的な序文を寄せている。
ここでは、いわゆる思想史というものが、即ち論壇(紙)誌の歴史になってしまう難しさに触れている。論壇なんて知らないよ、という人は今も昔も多かろう。メディアで取り扱われる言葉はごくわずかだし、そこには一定の作法があってこれを守っていないとちゃんと載らない。それでも、人は日常生活のなかで、その付き合いのなかで言葉を操る。そこに思想がないって、それが思想じゃないって、一体誰が決めた? だから必然、サークル研究は、サークル誌や同人誌といったお手製の言葉にこだわる。
鶴見は教育家の下村湖人が使った「煙仲間」という言い換え表現を好む。いわく、「サークルは煙のようなもので、そこにそれがあったかどうかは、一条の煙によってのみ知られる。その煙も、しばらくの後にどこかに行ってしまう」[1991/99]。論壇史ならば国会図書館に所蔵された雑誌のバックナンバーでもめくっていればいい。しかし、サークル史では同じ方法は使えない。ちょっと経てば会の記録は簡単に散逸し、「煙」はもう既に消え去って、どこでどんな火が燃えていたのか皆目不明の状態になってしまっているからだ。

 

引用文献

[1971]鶴見俊輔「集団の会について」、『思想の科学』四月号。
[1975]鶴見俊輔「思想の発酵母胎」、「サークルと学問」、『鶴見俊輔著作集』第三巻収、筑摩書房。
[1991]鶴見俊輔「なぜサークルを研究するか」、『鶴見俊輔集』第九巻収、筑摩書房。
[2018]黒川創『鶴見俊輔伝』、新潮社。

 

(第32回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2019年10月10日(木)掲載