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2019.12.10

『ストーリー』をめぐって
「物語創作のバイブル」を読む

/ 佐藤善木

物語創作のバイブルとして世界中で読まれている『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』は、日本でどのように読まれているのでしょうか。
テレビ番組制作会社である株式会社テレビマンユニオンのディレクター、佐藤善木さんは「『物語』創作全般にあてはまる、鋭い考察がなされてい」る点において、本書が単なるハリウッド式の脚本メソッドにとどまらない実用性と汎用性を持っていると説きます。プロの制作者としての立場から佐藤さんが本書の魅力をたっぷりと語ってくださいました。この記事を読めば、なぜ本書がいまなお大きな影響力をもっているのかがわかるはずです。
ぜひご一読ください。

(※本記事はテレビマンユニオンの広報誌『テレビマンユニオンニュース』November 10 2019 No.647に掲載された文章に一部変更を加え転載したものです)

 

『ストーリー』をめぐって
「物語創作のバイブル」を読む

 

今年の春先、当社の企画室から「ドラマ企画の活性化のために、何か講座のようなものを開けませんかねえ」と相談を受けました。活性化…と言われたって、僕自身が4年前にドキュメンタリー・ドラマ『玉音放送を作った男たち』を製作して以来、ドラマ関連の企画は実現できていないので、「ドラマの企画について、自分が何か語るのはおこがましい」と、最初は固辞しかけたのですが。少し考え直しました。

実は丁度、映画やドラマのストーリー技法に関する、大変興味深い著作が、邦訳出版されたばかりだったのです。なので僕自身の話ではなくて、その本の内容について語る…というスタンスならば、有意義な講座が開けるかも、と思ったのです。

その著作とは、門下から60人のアカデミー賞受賞者、200人ものエミー賞受賞者を輩出したとされる、アメリカのシナリオ講師、ロバート・マッキー氏の『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』です。

氏のセミナーの受講者にはピーター・ジャクソン(『ロード・オブ・ザ・リング』)、ポール・ハギス(『ミリオンダラー・ベイビー』)ら、錚々たる面々が名を連ねていて、文字通りのカリスマ講師といえるでしょう。

今回のテレビマンユニオンニュースでは、その講座の内容をベースに、マッキー氏の思想について紹介しようと思っています。またその前説として、僕がいかにしてマッキー氏を知るに至ったか…についても、語っていきたいと思います。

「人類の夜明け以来、われわれは人から人へとさまざまな手立てでストーリーを語り継いできた。それを効率よく呼べば『探究』ということになる。すべてのストーリーは探究の形をとる」(ロバート・マッキー)。

 

序章「ロバート・マッキーとの出会い」
その1 伊丹十三さんから聞かされた話

 

話は今から丁度30年前の1989年(平成元年)に遡ります。

当時テレビマンユニオン入社3年目であった僕は、伊丹十三さんのプロデュースする、とある映画のメイキングを担当していました。

伊丹さんは監督作としては『マルサの女2』と『あげまん』の間の期間で、言うまでもなく、当時の映画界を代表する巨人でした。

こちらは新人同然の身でもあり、親しくお話しするようなこともなかったのですが、ある酒席で、ふとしたタイミングから、伊丹さんと二人きりで対座する機会に恵まれたのです。

せっかくの機会なので、色々と映画作りについてお話を伺ったのですが、その際伊丹さんの口から、「いまハリウッドの最新の脚本理論を研究している」という発言が出たのです。

「『それに則れば成功作が生み出せる』という、ハリウッド流の脚本構成理論を指導している人がいるんだよ。秘伝でも何でもなくて、その人のセミナーを受講すれば教えてもらえるし、本も出版されてるんだけどね」

それから2年後の1991年。僕が深夜ドラマやVシネマの演出を始めていた頃です。街の本屋で、ある書籍を目にしました。
『シナリオ入門~アメリカ映画界で最も信頼されているシド・フィールドによるシナリオワークブック』(宝島社)

もしかしてこれが伊丹さんの言っていた本では?  と胸騒ぎがし、購入してみたところ、書かれていたのは、ハリウッドのシナリオ講師シド・フィールドによる、ストーリー工学とでもいうべき脚本構成理論でした。

「全ての(成功した)アメリカ映画のストーリーには共通した構成パラダイムがある」「それは発端、中心、結末部から成る三幕構成である」「発端部の第一幕は物語の状況設定という文脈を持ち、それはおよそ映画の冒頭から30分間描かれる」「中心部の第二幕は(登場人物の)葛藤という文脈を持ち、およそ映画の90分まで描かれる」云々…

いわばハリウッド的な映画構成の「フォーマット」を解説したもので、まさしく伊丹さんの言っているとおりの内容でした。

興味があったので『羊たちの沈黙』や『ジョーズ』『E・T・』『ダイ・ハード』といった作品を分析してみたところ、実際にフィールドの云う構成パターンどおりに作られていることもわかり、それにも驚かされました(1993年のテレビマンユニオンニュースで、詳細を掲載しております)。

フィールド流の脚本術は、大変な刺激になりましたが、一方で問題点もありました。「ハリウッドのやり方はわかるとして、でも映画作り、脚本作りって、それが全てじゃないよね」とか、「ハリウッドのやり方が一番いいわけでもないし」と突っ込まれると、返す言葉がなかった点です。

非常に具体的で実践的ではあったのですが、分析の対象が限定されているがゆえの狭さ、応用の効きにくさがあったことは確かなのです。

その2  『アダプテーション』

時は流れ、12年後の2003年。縁があって、幾つかの劇場映画やドラマの脚本作りに関わっていた頃です。監督スパイク・ジョーンズ&脚本チャーリー・カウフマン(『マルコヴィッチの穴』のコンビ)による映画『アダプテーション』を観に行きました。

その中で、ニコラス・ケイジ演じる脚本家が、「ハリウッド的でない」脚本を目指しつつも行き詰まり、ある有名シナリオ講師のシナリオセミナーに参加する、というシーンがあったのです。

ケイジは壇上の講師に「淡々と進んでいくだけのストーリーはどうですか?  登場人物は何を悟るでもなく、ただ悩み、解決も見ない。現実的な映画です」と尋ねる。すると講師は「まず、そのような映画は観客が退屈する」と言い、続いて、ケイジを叱り飛ばしたのです。

「次に、現実は淡々としている? 頭がおかしいのと違うか? 世界では毎日人が殺されている。虐殺、戦争、崩壊が起き、命がけで人を救う者もいる。愛を見つける者、失う者、女のために親友を裏切る男たちで満ち溢れている。それが現実というものだ。それが見えぬなら、お前には何一つ人生が分かっていないのだ! そんな奴の映画で、私の貴重な2時間を潰せるか!」

叱責されたケイジはカルチャーショックを受け、それ以来すっかりその講師の信者になってしまうのですが(苦笑)観ていた僕の方も、相当のインパクトを覚えました。「ハリウッドのやり方が全てじゃないよね?」という問いに対する直接的なアンサーを、聞かされた気がしたからです。

上映後、パンフレットで確認したところ、そのシナリオ講師は実在の人物でした(映画では俳優が演じていましたが)。名前はロバート・マッキー。1980年代に、シド・フィールドに続いて登場し、彼と並び「全米のカリスマ脚本講師」と言われている人物でした。

時期的に見て、伊丹さんの言っていたのが、シド・フィールドではなくマッキー氏である可能性もありました。

それを確かめるためにも著作を読みたかったのですが、残念ながら、マッキー氏の本は日本では全く邦訳出版されず、そんな機会もないままに年月が流れて行きました。

15年後の2018年暮れ。ドラマの企画募集があり、原作となる小説を探すため、新宿の書店を訪ねました。

小説のコーナーの隣に、映画書籍のコーナーもあり、ふとそこをのぞいてみると、平置きに一冊の本がありました。
『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』。

帯には「物語創作のバイブル誕生!」「ハリウッド関係者が全員読んでいるストーリーテリングの必読書」という惹句が踊り。

おいおい、ここで来たのかよ…と、僕は思わず、失笑してしまいました。伊丹さんから話を聞いたのが、僕の28歳の時。いま58歳ですからね。遅きに失した感ありありです。

それにしても何故今になってマッキー氏の著作が邦訳されたのか、という疑問もあり、少し調べてみると、氏の影響力が以前にも増して、世界規模に拡大していることがわかったのです(これについては、最後の方で書きます)。

ということで、やっぱり気になって読んでみました。すると、これがやはり、相当に偉大な著作であったのです。

確かにハリウッド映画のストーリー構成を中心に書かれてはいますが、それ以外の全映画作品も対象とされていること。そして映画のみならず、「物語」創作全般にあてはまる、鋭い考察がなされていたところが、素晴らしかったのです。

というわけで、ここからは『ストーリー』の中から、マッキー氏の思想について紹介していきましょう。勿論、全500ページにわたる著作の、全ての内容を語るのは無理なので、脚本の実践論などは省き、先ほど書いたマッキー氏の「物語論」や「全映画の包括的分析論」を中心に、書かせていただきます。

ストーリー
ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則

ロバート・マッキー=著|越前敏弥=訳|堺三保=解説

発売日:2018年12月20日

A5版|536頁|本体:3,200円+税|ISBN 978-4-8459-1720-4


プロフィール
佐藤善木さとう・よしき

1960年生まれ。1986年にテレビマンユニオンに参加。
2000年にSFホラー映画『押切』の監督&脚本、2009年に NHKドラマ『ツレがうつになりまして』の演出等を務める。
2013年には讀賣テレビの開局55年記念ドラマ『怪物』(主演・佐藤浩市、向井理)の企画&プロデュース、2015年にはNHK・ BSプレミアム『玉音放送を作った男たち』(主演・柄本明)の企画&演出&脚本を務める。
脚本作品として映画『恋文日和』(2004年)、テレビドラマ『ケータイ捜査官7』(2008年)などがある。
明治学院大学社会学部で「表現法(脚本)」の非常勤講師を務める。

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