諏訪敦彦×ロバート・クレイマー対談 コントロールの外側にある協働 | かみのたね
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2020.02.17

1月16日に刊行された諏訪敦彦監督の初の単著『誰も必要としていないかもしれない、映画の可能性のために──制作・教育・批評』の中で、諏訪監督は1999年に逝去したロバート・クレイマー監督について何度も触れ、その言葉を引用している。書籍を読むと、諏訪監督がクレイマー監督から深い影響を受けていることがよくわかる。1997年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で出会い、広島を舞台に共同監督の作品を制作する予定だった諏訪監督とクレイマー監督。今回、構成の関係で書籍には収録できなかった諏訪監督とクレイマー監督の交流のきっかけとなった対談を掲載する。1997年11月5日にNHK教育テレビ(NHK Eテレ)で放送された『ETV特集 「“私”の中に“世界”がある」-山形国際ドキュメンタリー映画祭-』のために行われた対談で、同映画祭に初の商業作品『2/デュオ』を出品した諏訪監督と審査員として参加したクレイマー監督は、フィクションとドキュメンタリーの差異、俳優との関係、制作者の孤独、制作と生活との距離など、さまざまな問題について議論している。ぜひ『誰も必要としていないかもしれない、映画の可能性のために──制作・教育・批評』と合わせてお読みください。なお本対談記事には、放送ではカットされた部分も多く含まれている。

* * *

諏訪敦彦:私は、初めての映画『2/デュオ』で脚本を捨て、俳優の即興に委ねました。しかし、どうしてそうしたのか、自分でもよくわからないのです。

ロバート・クレイマー:おそらく、その答えは5年以内に見つかるでしょう。大切なことは、ある映画のために最初に浮かんだ感情やアイデアとともに、どのような世界、どのような考えを人々に伝えたいのか、そのために最良の方法は何かということです。私にとってそれはときには書くことですし、またときには自分の声で自らの真実を語る人と作業することです。撮影の最中にやり方を完全に変えなくてはならないときもあるでしょう。ときには撮影を始めたものの、どうしてもその俳優が好きになれないこともあります。なぜなら、私たちは俳優以前のある人物を欲するからです。職業は俳優であるが、ひとりの人間であり続けるその人物について学ぶためのあらゆる材料を映画に持ち込まなければなりません。生活におけるすべての材料を。あらゆる映画は、映画制作についてのドキュメンタリーであるというのはこのことなのです。

諏訪:私もそう思います。しかし現実には、フィクションとドキュメンタリーを区別するだけでなく、そのことを疑わない観客がいるようにみえます。クレイマーさんは、その区別がどうでもよいことに映る、まるで映画が発明された頃のような作品を撮られているように感じています。

クレイマー:私も、そのことを非常に強く感じます。私は、ドキュメンタリーとフィクションの区別をしたことがありません。
例えば、『2/デュオ』は、生々しい闘い、戦闘です。壁にかけて鑑賞する絵画のような礼儀正しいものではありません。疑問の真相、苦痛の奥底、情熱の行き着く果てに到達しようという試みです。そしてこのような戦いでは、手元にある全ての手段が有効なのです。あなたは、持ちうるもの全てをかけて挑まなければならなかったと思います。そこにおいてドキュメンタリーとフィクションの区別になんの意味があるのでしょう?
私は、自分たちのためにどうしても解かなければならない結び目(問題)があったから、映画を作ったのだと感じられる作品が好きです。より多くの金が欲しいからでもなく、有名になりたいからでもなく、映画史のことを勉強したからというのでもなく、まずは自分のためにその結び目を解かなければならないと感じられる作品。だからあなたは自分の主観を恐れる必要はありません。「私の問題に一体誰が関心を持ってくれるだろう?」と考える必要はないのです。私はこう考えます。もし自分の問題をはっきり理解することができれば、その作品は他の人々の関心を引きます。なぜなら全ての人が問題を抱えて生きているからです。われわれは孤独ではないのです。このクソまみれの世界の中で。

諏訪:自分が映画、一般的にはフィクション映画と呼ばれているものを作ろうとしたとき、既存の方法ではこれまで生きてきた時代、自分が実際に感じてきたものと折り合いをつけられそうにありませんでした。それに私は、今までの映画にリアリティーを感じられなくなっています。

クレイマー:日本においても、1960年代以降多くの変化や世界に対する新しい関心が生まれたのだと思います。その中で問題は、90年代に入って世界がひとつの考え方しかしなくなったということなのです。「自由市場」や「自由競争」によって回っている世界は「物質優先主義」つまりは「お金優先」になりつつあります。そのような世界でより巨大になっていく全てのメジャーは、プロパガンダに乗ることを強制している。アメリカ映画はもとよりテレビも全てがこの「物質優先主義」のストーリーを語っているかのようです。「新世界秩序」の生活と言ってよいでしょう。このような状況において私にとっての問題は、実験的なこと、例えば映画に回されるお金が減り続けているということです。
今のような状況下での大きな課題のひとつは、自分の頭でものを考えることが非常に難しくなるという事実ではないでしょうか。多くの人が自分では自分自身で考えていると思っても、実際は広く届けられるテレビ番組、商業的な映画、ある種の本といったものによって考えているのです。そしてそれらは、「人間とはこうあるべきだ」とか、「拳銃は物語だ」とか、「流血こそリアリティーだ」といったことを語っている。世界は病んでいます。メジャーが作り出す映画では映し出されていない世界の現実を語ることが、私たちの仕事となるでしょう。映画の問題である前に、それは物事を見て考える個人の能力の問題なのです。
カメラを使って何をするかを考える以前に、私たち自身が思考すべきことがたくさんあります。映画のシーンをどう構成するかを悩む前に、人間として何を行なうべきかを考えなくてはなりません。カメラをどこに据えるかというのは倫理的な問題なのです。それは、自分以外の大きな何かによってすでに語られ、見られてしまった考え方に関する応答なのです。

諏訪:「映画の問題である前に個人の問題」を扱うことが必要なのであって、フィクションであろうとドキュメンタリーであろうと自分の表現にふさわしいほうを選ぶべきというふうに解釈してもよいでしょうか。

クレイマー:私はドキュメンタリーとフィクションの区別をしたことがありません。ドキュメンタリーかフィクションか?という問いは敵側に属するものです。そしてそのような考えは古い考えであり、カメラを置けば真実の映像が得られるという考えが基になっています。しかしそれは誤りです。科学や物理などにおいても、完全に純粋な状況などないということが前提になっているのではないでしょうか。それなのに、映画制作においてのみ、カメラの客観性という神話が残されているのです。
私たちの対談を例としてみましょう。私はこの対談が行われることを昨日から知っていました。そして対談の主題がどのようなものか聞かされました。つまり、脚本とは言えませんが、ストーリーがあるわけです。そしてあなたは質問リストを持っており、私の話す内容は私がコントロールできない方法によって翻訳されます。どこに客観性があるのでしょう? この対談を、フィクション映画やテレビ作品とは異なる客観的なものであるとどうして言えるのでしょうか? もちろんこの状況を否定しているわけではありません。ただ、客観的なもの、純粋な状況ではないことは確かでしょう。だから、私が職業的な俳優を使おうと、生活から得た材料を使いながら初めて演技をする人物を使おうとそこにドキュメンタリーかフィクションかといった違いはないのです。

諏訪:クレイマーさんは先ほど「俳優以前のある人物を欲する」と述べられました。ご自身の映画に出る人たちとどのように向き合っているのでしょうか?

クレイマー:私が監督した、ある家族の旅についての映画である『ウォーク・ザ・ウォーク』には、ふたりの職業俳優がいます。私は彼らの「役者らしさ」を少なくするために多くの時間を使いました。ほかの出演者は全て職業俳優ではありません。私は彼らをより「彼ららしく」するために多くの時間を使ったのです。職業的な俳優は、道具・技術をもっています。彼らとともに映画を作るときは、その技術を壊してしまうことです。そうすれば彼らは新鮮に生まれ変わることができるはずだから。
また映画の中程で本物の、選挙で選任された欧州議会の使節を登場させました。私にとってそのことは、なんの問題もありませんでした。彼女は使節としての自分自身を演じたのです。私の仕事は、彼女に、普段テレビで見るような常に正しい意見しか言わない類の使節ではなく、カメラの前で私と素直に向き合う人物になってもらうことでした。だから彼女は泣いたのです。彼女が正直だったから。私にとって重要だったことは、女優が使節を演じなかったことなんかではなく、実際に使節である彼女が、私たちが向けるカメラの前でともに映画を作ることを望んだという事実なのです。

諏訪:俳優について考えるとき、私は『作家主義―映画の父たちに聞く』という本に掲載されたジャン=リュック・ゴダールからロベール・ブレッソンへのインタビューのことが頭をよぎります。「とにかく職業俳優はダメだ。非職業的な俳優を起用したほうがよい」と言い張るブレッソンと、そんな大先輩に「演技を仕事とする人間として描く方法がある」と食らいつくゴダールの考え方の違いが大変興味深いのです。私はどちらか選べと言われたら、ゴダールの意見に賛同します。

クレイマー:ヨーロッパに来る前、アメリカで活動していたとき私は、俳優を使ったことが全くありませんでした。ヨーロッパで俳優を使い始めたのですが、最初は俳優を好きにはなれませんでした。というのも私は、ヨーロッパ人全般、特にフランス人の表現としての演技が非常に苦手だったのです。フランス映画は、基本的には文学的な映画だと思います。セリフに関する考えは、私からすれば舞台での考え方に映りますし、ほかの部分でも演劇がベースになっていると感じます。最初にフランスに行ったとき、俳優たちの演技に触れ、誰とも仕事ができないと思ったものです。
このことに対する優れた解といったものを私はもっていませんが、俳優であるその人と個人的な接触をつくることはできます。ゴダールは、その個人的な接触という点に関して素晴しいと思います。彼は、俳優の中に隠されていた部分を撮れると言われることがありますが、それは必ずしも正しくはありません。単純化して言えば、ゴダールはカメラによってブリジット・バルドーであり続けるバルドーに触れるのです。あるいは常にアラン・ドロンであろうとするドロンを捉えることができる。これは私が直面した俳優との問題を解くひとつの方法です。ゴダールの映画ではこのような役者が常に使われています。バルドーは単純に彼女自身ですし、ドロンも明白に彼自身です。これらの俳優は永遠に彼らの枠の中で自らを演じ続けるのです。
私といえば、ともに作る人々と話し合わなくてはなりません。一緒に作ろうとしている人々と話して心地よく感じなかったら、彼らとともに映画は作れません。もしその人たちが自分のことを話したがらないなら一緒に働こうとは考えません。自身の映画に出演する人が映画は冒険の一種だと望まず、単なるルーティーン的な仕事と考えるなら、忘れてしまうことです。

諏訪:私は、俳優ではない人と一緒に働く場合、自分が思い描く演技を行うことを要求してしまうのではないか、と不安になるのですが……。

クレイマー:非職業的な俳優の有利な点は、初めてカメラの前で生きることによって、奇跡を出現させることができるというところです。ブレッソンの映画ではいつもこの奇跡を見ることができます。
あなたの不安に答えると、映画に出演したことのない人たちと働くときは、自分が心に描いている全てのことを捨てることです。なぜならば、彼らは実際に演じられないのだから。つまり監督である自分が、そこにいる誰かによって制限されることになるのです。
先ほども触れた私の作品、『ウォーク・ザ・ウォーク』の若い女性歌手を例にしましょう。彼女はそれまで演技をしたことは一度もありませんでした。彼女はクラシックの歌手です。われわれが彼女と働いた方法はこのようなものでした。まず私がセリフを書いてそれを彼女に渡し、彼女はセリフの書かれた紙を持ってどこかに行き、そして戻ってきた彼女がセリフを自分が言いやすい言葉にしてほしいと望む。彼女の望みはもっともなのです。なぜなら私は正しいフランス語でセリフを書けないのですから。そのようなかたちで、最終的には彼女がしゃべりやすいセリフに変えていったのです。役者たちはそんな私に驚いたようですが、自分が書いたセリフを言わせるというのは重要なことではないのです。私にとって大切なことはコントロールしないことなのです。あなたはなぜ脚本を捨てたのかわからないと言いましたが、理由をひとつ言わせてもらえば、コントロールは愛を殺すからです。

諏訪:素晴らしい答えです。最初にシナリオを書いたときの違和感は、撮影中、目の前にいるはずの俳優との関係性がないままに、自分の中だけで言語的に構成してしまうことから生まれたのだと今は思います。

クレイマー:脚本を書くことは、私にとっても辛いことです。あなたのように、監督、俳優、カメラマンという映画制作に関する前提、決められた役割を一度捨ててしまうことはよいことだと思います。『2/デュオ』で行ったように前提を廃棄し、自分自身で一緒に働く人々ともに解決していくのです。
私はいくつかの作品でまるで王様のようでした。監督として全てを指揮して、コントロールしたのです。私は非常に多くの理由によってそうしました。しかし、年を経るに従い、私は人々の集団の中に、パートナーのひとりとして存在していると考えるようになりました。われわれは大きく、そして美しいダンスをともに作っているのだと感じます。皆が各々やるべきだと考えたことをやり、私はあれこれと指図をする必要がなくなっていったのです。監督をすることで、自分が思い描いたものを、役者を使って描くということを私はもうやりません。実際私はだんだん指示を出さなくなっています。皆が各々の方法を見つけ、実践していくネットワークの中で私も動いているのです。例えば俳優がうまく動くことができなかったり、言いづらいセリフがあったりしたら、別のやり方で撮影をすればよいのです。理論ではなく実践なのです。
例えば、現在私はできる限り小規模なクルーを使います。なぜなら、スタジオの考えがベースになっているような映画制作の全体的な構造に興味がないからです。技術もあまり使いたくありません。また、脚本は私から非常に多くの楽しみを奪うので嫌いです。もし脚本を書き全てが収まるところに収まってしまえば、映画作りは自動車の組み立て作業のようになってしまいます。だからなるべく脚本の文量を減らしますが、それでも脚本を書かねばなりません。というのも脚本はお金に関係するからです。それは撮影日数が何日であるとか、いつ誰が来るとかに関わっています。つまり現実的なのです。今は自分で脚本を書きますから、撮影に何日必要だとか、必要器材がなにかとかを言うことができますが、それに囚われてはいません。これらは経験から得たのです。あなたの2作目は1作目とはずいぶん違った作品になるでしょうし、5作目になれば1作目に対してもっていた感情は思い出せなくなるでしょう。

誰も必要としていないかもしれない、映画の可能性のために──制作・教育・批評

諏訪敦彦

2020年1月16日

四六判|496頁|定価:3,000+税|ISBN 978-4-8459-1913-0


プロフィール
ロバート・クレイマーRobert Kramer

1939年、ニューヨーク生まれ。1965年に『FALN』で監督デビュー。1960年代、ベトナム反戦運動の熱気の中、ジョン・ジョストらとともに、ドキュメンタリー映画運動ニューズリールを創設。ニューズリールでは、集団制作により多くの作品を制作する。1980年からはパリに在住し、ヨーロッパでも活動。1982年にはヴィム・ヴェンダース監督の『ことの次第』の脚本を共同で執筆した。監督作には、『アイス』『マイルストーンズ』『ルート1/USA』『ウォーク・ザ・ウォーク』などがある。『ルート1/USA』は、1989年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀賞を受賞。1999年11月10日に逝去。

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プロフィール
諏訪敦彦すわ・のぶひろ

1960年、広島県生まれ。1985年、東京造形大学造形学部デザイン学科卒業。在学中から山本政志や長崎俊一らの作品にスタッフとして参加する。1985年、在学中に制作した『はなされるGANG』が第8回ぴあフィルムフェスティバルに入選。大学卒業後はテレビのドキュメンタリー番組を多数手がける。1997年、『2/デュオ』で商業デビュー。同作はロッテルダム国際映画祭やバンクーバー国際映画祭などで賞を獲得する。その後、1999年『M/OTHER』で第52回カンヌ国際映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞し、2005年『不完全なふたり』では第58回ロカルノ国際映画祭において審査員特別賞と国際芸術映画評論連盟賞を受ける。その他の長編監督作に『H Story』『ユキとニナ』『ライオンは今夜死ぬ』がある。また東京藝術大学大学院映像研究科の映画専攻にて教授を務めるほか、子供を対象にした映画制作ワークショップ「こども映画教室」に講師として多数参加するなど、映画教育にも深く関わっている。長編最新作である『風の電話』は2020年1月24日に公開。
『風の電話』公式サイト:http://www.kazenodenwa.com/

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