才女の運命 男たちの名声の陰で | かみのたね
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才女の運命 男たちの名声の陰で

ためし読み / 松永美穂, インゲ・シュテファン

3/19に発売となる『才女の運命 男たちの名声の陰で』で紡がれるのは、歴史に名を残す「偉人」のパートナーとして翻弄されながら、それでもなお自らの創造性を発揮しようとした女性たちの物語です。彼女たちはそれぞれの分野で特異な才能の持ち主でしたが、家庭に入ることで夫や子どもの身の回りの世話に忙殺され、社会的な規範に押し込められ、あるいはパートナーの身勝手さに振り回されることで、自身の夢から閉ざされることを余儀なくされます。

今回のためし読みでは、本書が最初に刊行された1995年に書かれた「光と陰 日本語版への前書き」を公開します。初版から25年が経ち、ジェンダーの問題が社会全体の課題として強く認識されるようになった今日でも、同じような状況はあらゆるところに存在しています。いまこそ、女性も男性も向き合うべき内容です。ぜひご一読ください。

 

光と陰 日本語版への前書き

有名な男性の陰でずっと生きてこられて、どんなお気持ちですか。エレーヌ・ド・コーニングはあるときそんなふうに尋ねられた。1933年から1968年に癌で世を去るまでの50年間、戦後アメリカでもっとも重要な画家の一人となったヴィルヘルム・ド・コーニングとの間に別離と再会をくりかえし、波乱に富んだ結婚生活を送ってきた女性画家は、その質問に対してそっけなくこう答えた。

「わたしは彼の陰にいるのではなく、彼の光のなかに立っているのです。」

有名な男性とともに生きてきた多くの女性たちは、エレーヌ・ド・コーニングと同じように考えてきたのだろう。彼女たちは夫の名声が発する光を浴び、その光が自分の上にもふりかかるのを楽しんできたのかもしれない。

この本で取り上げた女性たちも、夫(や愛人)の名声をいくらかは楽しんだだろうし、なかには有名だったからこそその人を夫に選んだ、という女性もいる。しかし、彼女たちはすべて、多かれ少なかれ、最終的には光ではなく、夫の陰に生きなければならないという辛い体験をした。光があるところには必然的に陰が生じるものだし、この陰は結局妻たちの上に投げかけられる。たいていは彼女たちがまだ生きているうちに、そうでなくても死んでから、男性の天才にばかり興味を示し、女性などはさっさと忘れてしまう後世の人々によって。

女性が男性の作品に対して与えた生産的な助力が無視されるだけではない。芸術家、作家、あるいは学者としてその女性が自分一人の力で、パートナーとの苦しい闘いやものすごい競争を経て完成させた作品までが、忘れ去られてしまうのである。

この女性たちは「父の娘」という一種の重荷を背負って男女関係に入ったのだ。父親に偏愛され、恵まれた才能を伸ばすように教育された娘として、彼女たちは立派な仕事をしようという意欲を持ち合わせていた。しかし不幸にも、彼女たちは男性的な規範を頭のなかにたたき込まれており、他の女性たちと連帯することがそろいもそろって苦手だった。大いに成功した男の傍らでは、そのことが自己疑念やコンプレックスや孤立感につながり、ひどい時には男性の出世のために自分の生活を犠牲にする結果にもなったのである。

画家で彫刻家のマックス・クリンガーのモデル兼愛人として、彼にインスピレーションを与え続けたエルザ・アシニイェフ(1868〜1941)は、『女性の反乱と第三の性』(1898)や『解放された女性の日記』(1902)などの、大いに論議を呼んだ作品で世に知られた人だった。そんな彼女も、右に述べたような事情によって、世紀末の有名な大芸術家クリンガーに尽くすため、作家としての仕事をほとんど辞めてしまったのだ。

「彼は偉大な画家であり続けるべきです。彼の崇高さのために、わたしは犠牲になりましょう。」

エルザはクリンガーとともに旅行し、彼の彫刻のために大理石を探し回り、彼の作品について綿密な日記をつけ、彼の娘を生んだが、彼の法律上の妻になることはなかった。彼の正式の妻となったのは、卒中の発作で体が麻痺していたクリンガーが死ぬ直前の1920年に結婚した、家政婦のゲルトルート・ボックだった。枢密顧問官夫人としての肩書きを手に入れたゲルトルート・ボックは、未亡人として喪に服しながら、憎らしい愛人エルザの思い出を消していった。エルザ・アシニイェフの方は、その間に精神病院に収容され、もはや抜け殻のようになってしまって、貧しく、世間にも忘れられて死んでいった。ミュンヘンのバイエルン州立美術館に所蔵されているマックス・クリンガー作の大理石の胸像だけが、彼女のかつての美しさを後世に伝えている。彼女自身は自分の美しさが失われていくのに気づかず、「抜け殻」として、「言葉に表せないほど惨たらしい姿」を周りの人々に見せつけたのであった。

この本は、こうした悲しい例に満ちている。カップルたちは双方にとって生産的で、ハーモニーあふれる共同生活を期待していたのに、その大いなる期待は、日常生活のなかで行きづまってしまう。人生の夢に対して代償を払わなければならないのは、ほとんどいつも女性たちである。男性たちは傷つくことはあるものの、世間は後から男性を天才にまつりあげ、その完全無欠性をアピールする。天才は犠牲を必要とする、というわけだ。この本は、こうした天才の犠牲になった女性たちの物語を伝えようとしている。彼女たちは単に犠牲者というだけではなく、加害者でもあり、またそれ以上に、記憶される価値のある才能豊かな芸術家、そして学者たちだった。

才能ある女性はどこにでもいるものだ。だからこそ、この本が日本でも読者を見いだしてくれるように願う。

1995年2月、ベルリンにて
インゲ・シュテファン

 

(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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才女の運命
男たちの名声の陰で

インゲ・シュテファン=著|松永美穂=訳

2020年03月19日

四六判・並製|280頁|定価:2,000円+税|ISBN 978-4-8459-1930-7


プロフィール
松永美穂まつなが・みほ

早稲田大学文学学術院文化構想学部教授。ドイツ文学、翻訳家、日本翻訳大賞選考委員。主な翻訳書にラフィク・シャミ『夜の語り部』、ヘルマン・ヘッセ『車輪の下で』(光文社古典新訳文庫)、ウーヴェ・ティム『ぼくの兄の場合』(白水社)、アンドレアス・セシェ『ナミコとささやき声』(西村書店)など。ベルハルト・シュリンク『朗読者』(新潮社)にて、第54回毎日出版文化賞特別賞受賞。著書に『ドイツ北方紀行』(NTT 出版)、『誤解でございます』(清流出版)がある。

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プロフィール
インゲ・シュテファンInge Stephan

1944 年北ドイツのイツェホー生まれ。ハンブルク大学とフランスのクレルモン゠フェラン大学でドイツ文学、歴史、哲学、政治学などを学ぶ。1983 年以降ハンブルク大学教授、1994 年以降ベルリンのフンボルト大学教授として多くの後進を育て、アメリカ、日本、中国、インドなどで講演活動や集中講義を行う。2010年に大学を引退後も、活発な執筆活動を続けている。

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