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2020.03.25

『ブレイキング・バッド』や『ウォーキング・デッド』といった海外ドラマを成功に導いたキャスティング・ディレクター、シャロン・ビアリーの著書『俳優のためのオーディションハンドブック──ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え』が3月26日に発売される。オーディションを受ける俳優の悩みに答えた本書では、台本を読む上で重視すべき点や俳優としてのあるべき姿勢など、演技をするうえでの心構えについて多くの頁が割かれている。
本書の関連企画として今回、声優・俳優の大塚明夫にインタビューを実施した。「攻殻機動隊」シリーズや『Fate/Zero』といったアニメーション作品への出演で知られ、海外映画や海外ドラマの吹き替えを多く担当してきた大塚。彼はオーディションをどのように捉え、どんな準備を行い、演じることとどう向き合ってきたのか? 自身が演じてきたキャラクターや自著の話、父である声優・俳優の大塚周夫とのエピソードなどを絡めながら、オーディションについての考えを語ってもらった。ぜひ『俳優のためのオーディションハンドブック』と合わせて読んでほしい。

* * *

――『俳優のためのオーディションハンドブック──ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え』は、これからオーディションを受ける俳優の方に向けられた書籍です。小手先の技術を教えると言うよりも、台本と向き合う姿勢や演じる時の心構えといった、役者として生きていくうえで心がけるべきことについて綴られています。その中で、オーディションを受ける前の練習や準備の重要性について何度もふれられているのですが、大塚さんがオーディション前にどのような準備をおこなうのかをまず教えて下さい。
4月23日にNetflixで新作『攻殻機動隊 SAC_2045』の配信が始まる「攻殻機動隊」シリーズの最初の作品である『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の時の話を聞かせていただけますか?

大塚明夫:もう25年も昔の話なのであまり覚えていないのですが、あの時は原作があることを知らず、制作サイドから送られてきた資料だけを頼りに、役のイメージを作り、オーディションに挑みました。いただいた資料も全体の台本ではなく、部分でしかなくて。そこから結果的に僕が演じさせていただくことになるバトーというキャラクターを類推するしかなかったんです。ただ、この作品は大人も見れる作品というより、大人だからこそ楽しめる作品であることは強く伝わってきた。だから、ステレオタイプなアクションアニメでおこなうような演技ではないものが絶対に必要だと感じたんです。

――そのためにどのような準備、練習をおこなったのでしょうか?

大塚:アニメアニメしたカリカチュアをせずに、立体感が生まれるよう演じなくてはいけないと考えていたので、いただいた資料から読み取れるものをとにかく読み取ろうとしたはずです。こんなセリフを言っているけど、本当はどう考えているんだろう?とかね。資料はかなり読み込みましたが、このオーディションに向けての特別な練習は特にやらなかったです。演技については、それまで海外作品の吹き替えを多く担当させていただいていたので、その経験を生かして演じれば大丈夫だろうと考えていたように思います。

――アニメーション以外の経験が、キャラクターの立体感を作るために生きたということですね。

大塚:そうですね。「画面を見ないで聞いていたら、日本のドラマか吹き替えか分からないようなものが望ましい」と羽佐間道夫さんがおっしゃっていたのですが、僕もそうであったら素敵だな、と思うんです。吹き替えの時、俳優の口の動きと合わせるため、助詞の部分を強めに言って寸法を合わせるというのが、それまでのオーソドックスなスタイルだったんですね。羽佐間さんや津嘉山正種さんなんかは、そのスタイルを取らずにやっていらして。僕もそうしたいと思っていました。過剰なカリカチュアはせず、自然に聞いてもらえるような吹き替えがしたかったんです。その吹き替えにおける自然な演技というのが、バトーを演じる上でも生きたのだと感じます。

――この書籍の中では、俳優をミュージシャンに例えています。出したい音をいつでも出せるようにするために、毎日練習するミュージシャンの在り方を見習うべきだ、と。

大塚:僕も自分の本『大塚明夫の声優塾』の中で声優をミュージシャンに例えています。当然のことですが、練習は重要です。ただ僕は、若い頃から練習のための時間を予め設けて、ルーティンワーク的に練習をしたことはないんですね。単純に計画を立てるのが苦手で。でも、テレビから流れてくる言葉の気になったところをそのままコピーしてみたり、新聞の社説などの目で読んでわかりやすい文章を、音にする時どうしたらわかりやすく聞こえるかを試してみたりしました。若い時だけじゃなくて今も、気がつくとそういう練習をやっていますね。スタジオで人のセリフを聞いている時とか、コピーしたりしてます。

――若い頃から、日常生活の中で演技を磨かれていたのですね。

大塚:声に出して読むために書かれたわけじゃない文章を音声化するというのは、文の構造を把握するという点で勉強になりましたね。重要なところを立てて、その部分を目立たせるために引くのはどこがいいかを考えるんです。でも、それは発せられることを前提にした作品でも同じで。シェイクスピアの作品では、物語の主軸とは関係がない例え話があったりするんですが、それも立ててしまうような演技はちがうかな……。

――そのような独自の練習法をされるようになった理由はありますか?

大塚:やっぱり、先輩たちに追いつきたいという気持ちが強くありましたね。若い時って、自分が上手いか下手かにとらわれてしまいがちだと思うんです。それは決して悪いことではなくて、技術を身につけていくうえでとても重要なこと。そして、身につけた技術をオーディションで見せることも大切です。でも僕は、何度もオーディションを受けていく中で、この場所は限られた二行、三行というセリフの中で、自分の技術を披露する場ではないと思い始めて。オーディションにおいては、できることをやらないでいられるかというのも重要なことなんです。若い頃は自分の技術を見てほしい!と思ってしまうのは当然のことだし、僕もよくわかるんですけど、自分自身に向かい過ぎるのはよくない。その役が作品の中で果たす役割、作品内における意味というのがあれもこれもと盛り込むとボケてしまうことがあるので。

――今のお話は大塚さんは『大塚明夫の声優塾』の中で、「習ったことを全部忘れること」が大切とアドバイスされていることとつながっているように感じました。この『俳優のためのオーディションハンドブック』の中でも「手放すこと」が重要だと述べられているのですが、忘れることや手放すことは意外に難しいように思うのですが。

大塚:やっぱり自分が作ったイメージに縛られず、決め打ちしないほうがのびのびと演じられていいと思います。ただ、新人の方というのは、練習してきた技術しか頼るところがなかったりするんですよね。たからそこにしがみつきたくなるんだと思う。でも、本番では相手がいるので、自分が身につけた技術や考えてきたイメージなんて頼りにならないことが多いから、手放すことは重要です。

――自分が作ったイメージという話は、台本を読み込むことと関連してくるように感じます。『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の際、資料をかなり読み込まれたとのことでしたが、やはりオーディションにおいては台本と向き合うことが大切なのでしょうか?

大塚:そう思います。ただ『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の時もそうでしたが、全体の台本をいただけるということは、ほとんどないんですね。その場合は、部分で判断するしかなくて。もちろん、全体の台本をもらえたら、自分の役以外のところもしっかりと読んでおいたほうがいいです。自分の役がほかのキャラクターと対になっていたりなど、全体を読むことで見えてくることは多いですから。そのようなことが伝えたくて、僕は自分の本『声優魂』の中で、役づくりを家づくりに例えているんですね。

――この本の中でも、可能であれば全体の台本をもらい、ストーリーの流れやトーンをしっかりと掴むことが重要であると、ベテランの俳優でも台本を読んでこない場合があることを、嘆きながら述べています。

大塚:まったくその通りです。自分が演じるキャラクターを魅力的にみせようとすることよりも、全体を掴むことのほうが大切だと思います。何よりも、全体を掴んでいたほうが、演じる上で圧倒的に効率がいい。

――先ほどの新聞の社説を音読するという練習も、今の家づくりの話も、台本を読む力が強く求められるように思います。特に台本が抜粋の場合、より読み取る能力が求められますよね? それはどのようにしたら身につくのでしょうか?

大塚:これは結構大きな問題だと思うんですよね。拾える情報は拾っただけ有利になる仕事なので、読み取る能力は絶対にあったほうがいい。
僕は、母の影響で小さい頃から本をよく読んでいたんですけど、それが読む力を育てたと思っています。それと、声優という仕事柄、映画や舞台の役者さん以上に向き合わなければいけない台本が多いんですね。アニメーションやゲームの作品数はすごいですから。そうすると物理的にひとつひとつの台本に長い時間をかけられないんです。判断を早くしていかないと間に合わないので。だから僕の場合は自然と身についていったかたちですね。人によって違うとは思うんですが、台本を読む力をつけたいのであれば、とにかくたくさんの脚本を読むしかないと僕は思います。

――台本はもちろんですが、周辺情報もしっかりとチェックすべきだとこの本の著者シャロン・ビアリーは述べています。

大塚:おっしゃる通りだと思います。僕の場合、『Fate/Zero』というアニメーション作品で、ライダー / イスカンダルというキャラクターを演じた時、既に原作小説が出ていたので、役づくりとして原作を読みました。原作を読むことで、全体の中での自分(ライダー)とそのマスターであるウェイバー(・ベルベット)の立ち位置を理解できました。全体的に鬱な展開なんですが、その中でライダーとウェイバーの関係は人が羨むようなものでなければいけないとわかって。ライダーのウェイバーへの態度は表面的には荒いんです。でも、その荒さの中には、裏腹な愛情がこもっていて、その感じをシーンに応じてどれぐらい出すかを調整する必要があるとも思いましたね。
あとは、無限のエネルギー感というんですか(笑)、みなぎる力を出さなくてはと原作を読むことで強く思いました。全体的にポジティブなキャラクターがいないので、それがライダーの役割だろう、と。
先ほども言った通り、僕は時間がもてないことも多いので、原作や過去シリーズを見れない場合が少なくありません。でも、原作や過去シリーズにふれることは間違いなく役づくりの助けになります。時間がつくれるのであればつくってふれるべきです。また、時間がないのであれば、その中で何ができるかを考え、実行したほうがいい。そのように時間の使い方を考えながら準備をすることで、結果的に台本を読む力が得られるでしょうし、自分なりの役づくりの方法が生まれてくるように考えています。

――やはり、全体を把握することが重要ということですね。

大塚:繰り返しますが、若い頃は自分の技術を見せたいと思って当然だと思いますし、技術を磨くことはとても大切です。でもオーディションや現場で作品の芯を理解せずに技術を見せても仕方がない。それは作品にとって必要なことではないと思います。そして必要ではないことはやるべきではない。と言うより、作品の芯を理解していない人は、自分の技術や考えを主張したいだけの人にならざるを得ないんです。だから、しっかりと台本や原作と向き合い作品の芯を理解しなくてはいけない。

――素人目には台本を読み込めば読み込むほど、役のイメージにとらわれてしまうように思うのですが、そのようなことはないのでしょうか?

大塚:そんなことはないです。作品の芯を理解すると、やってはいけないことが見えてくるんです。そうすると、やっていいことがわかり、それをどんどん展開することができる。全体を把握することで、自由度が増すんです。どっちに進めばいいかわかるから。
例えば『ヴィンランド・サガ』というアニメーション作品に出演した際、僕が演じたトルケルは、チートなキャラクターだったんです。圧倒的なパワーをもったキャラクターなんですが、それを力に任せて演じるのは面白くないなと思って。だから叫んで吠えてっていうわかりやすい演技ではなく、ちょっとしたセリフの中にキャラクターの内面を忍ばせていきたいと考え、演じました。それは、作品の芯を把握しているからこそできたのだと思います。

俳優のためのオーディションハンドブック──ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え

シャロン・ビアリー

2020年3月26日

四六判変形|176頁|定価:1,800+税|ISBN 978-48459-1927-7


プロフィール
大塚明夫おおつか・あきお

東京都生まれ。文学座養成所卒業後、江崎プロダクション(現マウスプロモーション)に所属。海外映画、海外ドラマの吹き替えを多数手がけており、スティーヴン・セガールやニコラス・ケイジ、デンゼル・ワシントンといった俳優に幾度となく声を当てている。アニメーション作品では、『ブラック・ジャック』や『Fate/Zero』、「攻殻機動隊」シリーズなどでメインキャストを担当。ゲームでは「メタルギアソリッド」シリーズの主人公スネークに息を吹き込んだ。著書に『声優魂』『大塚明夫の声優塾』(共に星海社)がある。なお、キャストを務めた『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』が2020年3月27日より2週間限定で劇場上映されるほか、2020年4月23日よりNetflixにて『攻殻機動隊 SAC_2045』が配信される。
公式サイト:https://mausu.net/talent/otsuka-akio.html

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