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2020.03.26

――『M/OTHER』は、渡辺さん扮するアキと、三浦友和さん演じる哲郎という結婚していないカップルが暮らす家で、哲郎の前妻に引き取られた子供を預かることによって生じていく変化を描いた作品です。相手が三浦さんと聞かされた時はどう感じられましたか。

渡辺:「マジっすか!? 私、大丈夫かなー」って思いましたよ。小さい頃から映画などで見ているので、個人的には知らない人なのに知りすぎているかもしれないという状態で。それで、「三浦さんが私の恋人になるとは到底思えません。歳も違いますし」と正直に諏訪さんに伝えたんです。そうしたら諏訪さんから軽く「大丈夫じゃないですか?」と返ってきて(笑)。もちろんその後、「そこがいいんですよ」とおっしゃっていましたが。
その言葉とつながるとは思うんですが、三浦さんがキャスティングされるよりも先に、プロットが決まっていたんです。諏訪さんは、「他者」というテーマをやりたいとおっしゃっていました。
三浦さんの出演が決まってからは、私と諏訪さんのふたりだけではなく、三浦さんも入った三人で話し合いをするようになりました。その話し合いの中で、全くの他人という設定が、恋人同士という関係に変わって。変わる前は、『風の電話』のモトーラ(世理奈)さん演じる主人公のハルと、三浦さん演じる公平みたいな感じで、見ず知らずの関係だったんです。そんなふたりが一緒に住んだらどうなるか?という話で。それが、三人の話し合いの中で、恋人同士で他人というかたちに収まっていきました。どうやったって他人なんですが(笑)。

――本作のクレジットが「ストーリー=諏訪敦彦、三浦友和、渡辺真起子」となっているのは、その話し合いの中で物語の軸が形成されていったからということですね。

渡辺:そうです。でも、その後『2/デュオ』と同じく全員での打ち合わせがあって、本を書いてほしいという三浦さんと、本は書きたくないという諏訪さんとのやり取りがあって、最終的に折衷案として、すごく詳細なプロットが出来上がったんです。
そのプロットを持って、撮影に進んでいくんですが、ロケーションが本当に素晴らしくて。制作進行の金森保さんが見つけてきてくださった家で。プロットから間取りの映画だと私も思っていて、現場に入る前から「ここは彼の部屋で、ここは彼女の部屋で……」みたいな会話は諏訪さんたちともしていました。導線を考えるだけで表現が生まれるという得難い経験でした。関わる者としては本当に幸せでしたし、とても贅沢だと感じました。

――『誰も必要としていないかもしれない、映画の可能性のために』に掲載したインタビューで、三浦さんが元米軍ハウスだと明かしていますね。

渡辺:撮影に入る前、私が「このロケセットに泊まってみたい」と言ったら、了承してもらえて。金森さんたちも一緒に泊まってくれたんですけど、そこでスタッフの方々と酒盛りなどをするわけでなく、私は役であるアキの部屋で自分の時間を過ごして。空間や、生活している時間を想像し、自分の体に入れていくという時間を、撮影前にもたせていただけました。

――その後、リハーサルを行なっていくわけですね。

渡辺:アキという役を掴んでいくというよりも、三浦さんと私が馴染んでいくために、諏訪さんが行なったリハーサルだったように思っています。恋人同士という役柄になってしまって……演じていく中で三浦さんから「なんて無礼な後輩なんだ」とか思われちゃったりするのかなあと考えたりしてしまって、少し怖かったんです。そのような自分の中の想像を乗り越えていくのが大変でしたね。
本の中で諏訪さんが、映画では切り取られない時間を演じてもらったと述べている通り、リハーサルによってふたりがいる空間を掴んでいくということができたように感じています。なので、撮影が始まったら、スススッと進んでいき、不安はあまり感じなくなりました。

――『M/OTHER』は『2/デュオ』以上に長回しが多く俳優の方への負担が少なくないように見えます。また、わかりやすくドラマチックな要素が希薄で、観客がスルッと没入できないような物語になっていますね。そこに恐怖心は感じなかったのでしょうか?

渡辺:私が演じるアキに関しては、諏訪さんに「成長しないヒロイン」をやりたいって自分から伝えたんですね。多くの映画で、ヒロインは成長しなくちゃいけないように描かれていることがなんだか面白くなくて。私は、自分のことを凡庸だと思っていて、さっきも言ったように『M/OTHER』の時、1年間も打ち合わせしているのにことが全然動かなかったのはそのせいでもあるんじゃないかな?と。それは悔しいことでもあるんですけど、でも同時に「平凡でもいいんじゃないか? 成長しないヒロインがいてもいいと思う」とも感じていて、それを諏訪さんに伝えました。
だから私は、『2/デュオ』で主演を務めた柳さんとは全然違うんです。彼女は本当に素晴らしい俳優さんで、表現したものにいつも驚きがありました。私にはそういうものは無いという実感があって。でもそのことによってアキという人物が固まっていったように思います。

――一般的に言えば、映画の登場人物が変化していく理由は、観客が感情移入しやすくなるからなのだと思います。その中で「成長しないヒロイン」を演じ、三浦さんとともに停滞した時間を生きるというのは挑戦的なことのように思います。

渡辺:おっしゃる通りだとは、思います。『M/OTHER』の初上映はカンヌ国際映画祭だったんですが、バタバタ人が出ていくんですね。もうびっくりするぐらい。それは停滞が読み取れるからだと思うのですが(笑)。カンヌで、仙頭さんも「物事が5分で動かないと人は出ていくからね」と言っていたので、私以外の人はわかっててこのような作りにしたのだなって、思っていたよりも挑戦的だなって改めて思いました。
また観客の感情移入ということに関しては、感情移入によって感動を生むというような映画の構造も嫌いではないのですが、意識していませんでした。でも、それはラッキーでした。その部分を強く意識していたら、アキは全然違う人物になっていたと思うので。
それに、変化という部分に関しては、そこで過ごした時間を、どう見せていくかは、監督が仕上げていくのだろうと考えていて、諏訪さんを信頼していたので、私はあまり考えませんでした。現場では、その信頼が私を支えてくれていました。

――『M/OTHER』の仕上げ、つまり編集に関しては、書籍の中で諏訪さん自身も振り返っていますね。

渡辺:本にも、物語をわかりやすく伝えることを目的にしたバージョンがあったことが書いてありますね。その編集がよくなかったことは諏訪さんが本の中で書かれていますし、私も「なんのために、あの時間を耐えたんだろう」って思いました。でも、そのことによって逆に、何もない時間をどれだけ耐えられるかが重要な作品だったと強く感じました。ちょっとのことで爆発的に何かが」動くような作品だったんだなって。だから、私たちの選択は間違ってなかったんだと思います。

――『M/OTHER』では三浦さんというバックボーンが大きく異る俳優だけでなく、子供とも即興で演じていますね。

渡辺:(高橋)隆大さんとの演技は楽しかったです。子供と演じたというより、隆大さんと一緒だったんです。彼は本当に柔軟で、視野が広くて。『M/OTHER』の前に仙頭さんや磯見さんも関わっている『林檎のうさぎ』という作品で一緒になったんですが、その時から誰かに褒められるために演じているという部分を感じなかったです。集中力があって、演じることに自意識がない俳優でした。当時は子供だった人に向けての言葉に思えませんが(笑)。

――(笑)。渡辺さんはインタビューやイベントで『M/OTHER』を転機になった作品として挙げていらっしゃいますね。

渡辺:初めて仲間を得た作品だという思いが強いんですよね。自分がそこにいたい、いていい場所だと思えたんです。
『M/OTHER』だけでなく、『2/デュオ』もですが、その後俳優として生きていくうえで大切な経験でした。先ほども言いましたけど「私たちの映画」を作っていると思えたというのが大きくて。映画の仕事は実際、キャストやスタッフそれぞれが孤独な面を少なからず抱えているものだと思うんです。そんな中、諏訪さんを筆頭に、私自身の選択を認めてくれたというのが、グループワークをしていく中で強い支えになりました。

――『誰も必要としていないかもしれない、映画の可能性のために』の中には諏訪さんの作品を支えてきたプロデューサーの吉武美知子さんが『H Story』のパンフレットに寄せた「『私たちの映画は……』と誰もが言った。」と題されたエッセイが入っているのですが、関わった人が「私たちの映画」と自然に言ってしまう現場であり、作品であるということなんですね。

渡辺:吉武さんは『M/OTHER』には直接関わっていないんですが、カンヌでお世話になったんです。その時、私が『M/OTHER』について「私たちの映画」と言うと、「私たちの映画?」って怪訝な感じで返してきて。それなのに『H Story』に関わった瞬間に、「これ、私たちの映画だから」とおっしゃって(笑)。でも、諏訪さんの映画に関わると「私たちの映画」って言っちゃうんですよ。映画や現場に生かされているという気持ちを持てるんです。

――そんな諏訪監督と約20年ぶりにお仕事をされた『風の電話』が現在公開中です。渡辺さんは東日本大震災によって家族を失った主人公ハルの叔母を演じています。この作品においてとても重要な、食べることと触れることというふたつの行為を行なっています。出演シーンは多くはありませんが、重要な役割を果たしていると思いました。

渡辺:東日本大震災からどれくらい時間が経っているかということは、強く意識しました。私が演じる叔母が、「(岩手の被災した)実家に行かない?」とハルちゃんに聞くんですけど、それはやっと言えるタイミングになったと思ったからこそ出た言葉だと受け取ったんです。
あと、ハルちゃんの日常がどれくらい再生していて、どれくらい再生していないのかはしっかりと意識するようにしました。それがふたりの間に流れる生活感の中で、どうしたら見えるかな?と考えて演じましたね。

――約20年ぶりの諏訪監督の現場になったわけですが、演出に変化を感じましたか? 逆に変わらないと感じた部分はありました?

渡辺:デビュー作の『2/デュオ』と比べたら、現場で悩む時間は短くなったのではないでしょうか(笑)?
変わったと思ったことはそれぐらいです。自分以外の人たちと時間や空間を共有しようとする思いというのは変わっていませんでした。自分の作品に関わった人を、しっかりと見つめてくれる。しっかりと見つめてくれるからこそ、私たちは俳優やスタッフという役割を越えた個人になるんだと思うんです。その圧倒的な他者の視線をしっかりと受け止め、見つめ返してくれる。そのことによって諏訪さんが私たちを支えてくれるし、私たちも諏訪さんを支えられるのではないかと、今回改めて思いました。

――諏訪監督の初めての単著では、7万字以上の文量で自身の歩みを振り返っています。渡辺さんのお話しも多く出てきますが、どのように受け取られましたか?

渡辺:読みやすかったです。私の話に関しては……素直に嬉しかったです。もちろんいい面だけを語ってくれているなあとは思いましたが(笑)、でも「そんなことなかった!」と反論したくなるエピソードはなかったです。私が現場で感じたことを汲み取ってくれていたんだと、なんだか、恥ずかしいような、嬉しいような。私のことをしっかりと見ていてくれた人がいたんだと感じました。
自分がなんで映画に出たいと思ったかを突き詰めて考えていくと、自分が生きていることを誰かに覚えていてもらいたかったという感情に行き着くんです。『2/デュオ』や『M/OTHER』の頃は、その思いが特に強かった。ささやかなことだけど、私、あそこでがんばってみんなについていこうとしていたし、自分にできることを考えて拙いながらも演じていたことを、諏訪さんはしっかり見ていてくれたんだなと感動しました。
俳優として、作品を見てくれた観客の方に多くのものを渡せるような人のほうが優秀なのかもしれないですけど、私はやっぱり自分ができることしかできない。本になるということで、私みたいな人間がいたということを、知ってもらえる機会になったと思いました。

――渡辺さんは『2/デュオ』『M/OTHER』『風の電話』という3作品に出演しており、諏訪監督の作品に一番多く出演している俳優だと思います。書籍の中で諏訪監督は、渡辺さんのことが自身にとってどのような存在なのか語られています。渡辺さんにとって諏訪監督はどのような存在なのでしょう?

渡辺:うーん、難しいな……でも、やっぱり映画監督ですよね(笑)。友達とかではないので。
『2/デュオ』や『M/OTHER』が終わった後も、カメラマンのたむらさんや照明の佐藤譲さんと仲良くさせていただいたんです。みんなで映画の可能性について話したりとか、『TAMPEN』という作品作ったりして。2005年に譲さんが亡くなってしまうんですが、その時ふと「私たちは友達にはなれないんだなあ」って思ったんです。世代や立場のせいではなく、一緒に映画を作っていること以上に強く私たちをつなぐものはないと感じて。だから、譲さんが亡くなった時に、「もう会えないんだ」という感情ではなく、「もうこの人の照明で演じられないんだ」って思ったんです。映画と関わっていないと、大好きなこの人たちとは関わり続けることはできないんだなと感じて。
諏訪さんはこの本にも書かれている通り、自分のいる場所を変化させながら作品を作り続けていますよね。それが諏訪さんの素敵なところだと思います。そして私は、諏訪さんと再会するために映画に関わり続けていたいです。『2/デュオ』や『M/OTHER』で諏訪さんたちに教えてもらったものを抱えながらこれからも映画に出続けたい。
だから『風の電話』に出演できたことは本当に嬉しいです。肩に力を入れず再会できたのも嬉しいし、この作品の主演であるモトーラさんは、『2/デュオ』や『M/OTHER』という作品を経験していないのに、その現場で私が生きた時間を彼女からも感じられたように思えて、それは、すごく素敵な体験でした。

* * *

2020年2月17日
取材・構成:フィルムアート社編集部

誰も必要としていないかもしれない、映画の可能性のために──制作・教育・批評

諏訪敦彦

2020年1月16日

四六判|496頁|定価:3,000+税|ISBN 978-4-8459-1913-0


プロフィール
渡辺真起子わたなべ・まきこ

1968年、東京都生まれ。1986年よりモデルとして活動。1988年公開の『バカヤロー! 私、怒ってます』(森田芳光製作総指揮)で女優デビューを果たす。その後、仙頭武則がプロデューサーを務めた『Mogura』(梅林茂監督)や『林檎のうさぎ』(小林広司監督)に出演。同じく仙頭がプロデュースした『2/デュオ』で監督の諏訪敦彦と初タッグを組む。その後、諏訪の監督作『M/OTHER』で主演を務め、高く評価される。ほか出演作に『カナリア』(塩田明彦監督)、『魂萌え!』(阪本順治監督)、『殯の森』(河瀨直美監督)、『愛の予感』(小林政広監督)、『ヘヴンズストーリー』(瀬々敬久監督)、『お盆の弟』(大崎章監督)、『ハローグッバイ』(菊地健雄監督)、『きみの鳥はうたえる』(三宅唱監督)などがある。約20年ぶりに諏訪と協働した『風の電話』が2020年1月24日より、HIKARIがメガホンを取った『37 Seconds』が2020年2月7日より公開。出演作『もみの家』(坂本欣弘監督)が2020年3月20日に封切られた。
公式サイト:http://www.decadeinc.com/makiko-watanabe/

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