『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』 | かみのたね
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2020.07.07

『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』

ためし読み / 杉本恭子

タテカン、こたつ、西部講堂、吉田寮…など、京都大学の「自由の学風」に育まれてきた、ときにカオスでしかし実は大学自治の文脈に根ざした数々の文化たち――そんな京大的としか形容しようのない独特な文化たちを50の項目から紹介し、管理強化されていく社会や無菌化されていくかに思われる大学キャンパス、そんな窮屈さから解き放ってくれる「自由」の価値を問い直す一冊『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』が刊行されました。今回のためし読みでは、5章のリード文と「タテカン」の項目を全文公開いたします。

※ 文中の[ ] 内の番号は本書で扱った項目について、所収の章と項目を示すものです。

 

5章 受け継がれ、生み出される空間

 

 1990年代以降を振り返りながら、京大で起きていたさまざまな事件、かつてあった自治空間を通して、京大的文化のありようを探究してきました。「だけど、今の京大にはこたつ[3-2]やぐら[3-1]もないじゃないか」と思う人もいるでしょう。たしかに、昔に比べると「何をしているのかわからないけど面白そうな人たち」の姿が減り、タテカン[5-1]やビラが発していた「誰かが何かをしている気配」も消えてキャンパスは静かになりました。まるで、みんなが自由に踊っていたライブハウスが、お行儀よく座っていなければいけないコンサートホールになったみたいです。

 この30年の間、京大当局はキャンパスの管理強化を進めてきました。1990年代にはじまったビラ貼り規制、2004年に吉田南構内に掲出された「歌舞音曲禁止」というシャレのわからない看板当局の看板[0-4]と比べると隔世の感があります)、そして2018年5月にはじまったタテカン撤去……。吉田寮第二次在寮期限問題[5-2]においては、京大当局は吉田寮[4-1]との話し合いを一方的に打ち切るかたちで入寮募集停止を通告し、2019年には、吉田寮の寮生20名を訴える裁判を起こすなど、これまでとは明らかに異質な手段をとるまでになりました。京大当局は学生や教職員との対話によってものごとを決める意志を失っているように見えます。正直なところ、「いったいどうしちゃったの?」という気持ちです。

 しかし、京大的文化は失われてしまったかというとそうではないと思うのです。

 受け継がれてきた文化は――それが力のあるものであればなおさら――ある日突然にして消えたりはしません。京大的文化は、無数の議論が積み重ねられるなかで、自由でありつづけるための行動をする無数の人たちがいて、それを受け継いで自分たちのものとして守ってきた無数の人たちがつくりあげてきたもの。すでに、それ自身の意志をもっていて、そこに触れる人たちを巻き込んでいく、自律的なものになり得ています。もし、みなさんもこの本のなかに響くところがあるなら、いつか巻き込まれることがあるかもしれません。それに、京大にはまだWEEKEND CAFE[4-13]の項で佐藤知久さんが語っていた、「ことを起こしていく養分」を含んだ場がいくつもあり、そこに集う人たちの人間関係も新しくつむがれています。

 本章では、2019年現在、「ことを起こしていく養分」をたたえている場で起きていることを通して、京大的文化のいまを見ていきましょう。また、こちらもすっかり風物詩となった卒業式コスプレ[5-8]についても、その起源とともに「今なぜ、京大生はコスプレするのか」を考えてみたいと思います。

 

変わる風景・自治と自由空間の向かう先

 

[5-1]タテカン【たて・かん】

立て看板のこと。「立て看」あるいは「立看」とも表記する。タテカンの基本サイズは、ベニヤ板四枚でつくる縦長の「四枚張り」。最大サイズは四枚張りを横に四つ並べる「一六枚張り」である。かつては模造紙▼を貼って、ポスターカラー(主に、ターナー色彩のネオカラー)を用いて書かれていた。近年は、ベニヤ板に直接ペンキなどで彩色するものも多い。

 かつては、どこの大学でも校門やキャンパスの主要校舎前に設置されていたタテカンは、京大のみならず学生文化の象徴であり、学生たちの重要なコミュニケーションツール。主義主張を伝えるためのメディアとして、サークル勧誘やイベント告知のためのツールとして、さまざまなタテカンがつくられてきた。学生運動が盛んだった頃は、主義主張をゲバ字▼で大書したタテカンがキャンパスにひしめていたし、アート系サークルのタテカンは作品としても見応えがあった。京大では、本部敷地北西の石垣(以下、石垣)や東一条通り沿いにタテカンが何十枚と並んでいて、今どんな団体が何をしようとしているのかを知ることができた。

模造紙
四枚張りのタテカンに、八枚半の模造紙を糊で貼る。後で剝がしやすいように、紙の四方にのみ糊を塗るのがコツ。「(絵具の)色は好みに従ってよいが、総じて、京大では赤と黒のみの単純明快なものが好まれている」
立看に模造紙を貼る順序、「表現の獲得のために」『京大毒本第〇號』(京都大学新聞社、1985年、59頁)より(提供:京都大学新聞社)
ゲバ字
学生運動において、ビラやタテカン、旗やヘルメットなどに使用された角ばった書体。「闘争」を「斗争」、「会議」を「会ギ」とするなど総画数を減らす工夫をする。筆跡を判明しづらくさせる目的があったという説もある。

 

 京大のタテカン事情に異変が起きたのは2017年のこと。京都市は2012年以降、タテカンは屋外広告物▼に該当すると見なし、市の条例(京都市屋外広告物等に関する条例▼)に反しているとたびたび口頭で指摘していた。2017年10月、文書での通知が行われたことを受けて、京大当局は同年12月に「京都大学立看板規程」を制定。「立看板の設置は公認団体が行うものに限る」「指定する場所以外に設置してはいけない」「縦横200センチメートル以内」「設置期間は30日以内」などの基準が盛り込まれた。そして、2018年5月1日、同規程を施行。規程に反するタテカンの自主撤去を求め、応じなかった個人・団体のタテカンを同月13日の早朝に一斉撤去してしまったのである。

 学生や教員、卒業生たちは「外部の公権力の指導を学内での十分な議論も経ないで無批判に受け入れるのは、大学としての自主性を放棄し、大学自治を軽視する」などと批判[※1]。1,100筆以上の署名を集め、話し合いを求める要求書を提出したが、京大当局は応じなかった。また、京都大学出身弁護士有志138名は「今回の京都大学の立て看板撤去をめぐる一連の動きは、憲法が保障する表現の自由という重要な基本的人権をおびやかす危険を多分にはらんでいるといわなければならない」と、法律家の立場から見解を表明[※2]。京都市と京大に対して、タテカン撤去に関する措置の見直しを求めた。

屋外広告物
屋外広告物法第二条一項で定義されている。「常時又は一定の期間継続して屋外で公衆に表示されるものであつて、看板、立看板、はり紙及びはり札並びに広告塔、広告板、建物その他の工作物等に掲出され、又は表示されたもの並びにこれらに類するものをいう」
京都市屋外広告物等に関する条例
景観の維持・向上のために、屋外広告物などの位置や規模、形態や意匠に制限を行うための条例。2007年に京都市が新景観政策の実施に合わせて改正し、違反指導の強化に乗り出した。京都ならではといわれる白いコンビニ看板などもこの条例によって誕生したものである。

 

 さらに、他ならぬ京都市民からも疑問の声があがった。京大には市民によるタテカンも出されていたし、またタテカンそのものを学生街らしい〝景観〞として好意的に受け止めてきた市民も多かったからだ。近隣住民らは「立て看文化を愛する市民の会」を結成。2018年5月24日に京都市に京大への行政指導の撤回などを求める要請書を提出している[※3]


東一条通りに設置されたタテカン、2003年3月(提供:尾池和夫)

 ところが、タテカンは消えたわけではない。撤去直後には「こざっぱりとしてはる。」という控えめなタテカンが登場。立てるのがダメならと横に長い「寝看板」、看板がダメならと「今一度京大ヲ洗濯致シ候」と書いたTシャツ、「俺はまな板だ!」と書かれたまな板、「立て缶」と張り紙をしたスプレー缶、「門川はん、いけずやわぁ」と京都市長にあけすけなメッセージを送るもの……深夜のうちにどこからともなく現れるタテカンを、朝になると職員が撤去するといういたちごっこは延々と続いている。2018年の11月祭では統一テーマを「(NF▼テーマは当局により撤去されました)」に決定。「立て看規制を考える集まり」準備会は「タテカンの歴史と規制を問う」と題した展示を行った。

NF
11月祭= November Festival の略称。ちなみに、11月祭と同時期に北部構内で行われている「北部祭典(Northern Festival) の略だ」と主張する人もいる。


2018年の11月祭の統一テーマ「(NFテーマは当局により撤去されました)」のタテカン(撮影:筆者)

 第24代京大総長を務めた尾池和夫先生は、毎日新聞の取材に「タテカンは京大の自由さの象徴であり、大学の内から外に発信する手段として残すべき文化。大学の一方的な態度に学生は怒るべきだ」と答えている[※4]。京大出身の作家・万城目学さんは、タテカン撤去の直前に「京大の立て看板もなくなってしまうのか。あれは『アホが今日もアホしてる』と学生に無形の安心感を与えてくれる、案外あなどれない力を持っていたと思うのだけれども」とツイートしている[※5]

 こうしたさまざまな声に対して、山極壽一総長は「看板がなくなると寂しい気がしないでもない」とは言うけれど、「条例だから従うのが当然の措置だ」という考えを改めてはいない[※6]。ちなみに、折田彦市[0-1]先生のひ孫で弁護士の折田泰宏さんは、京都市の屋外広告物条例を根拠とする規制について、京都新聞の取材にこう答えている。「私は法律家だけれども、法律を杓子定規に守るだけでは社会はどんどんつまらなくなる。行政には裁量権があり、条例があったとしてもケースバイケースで考え、対応することもできるはずだ」[※7]。まだまだ議論の余地はありそうだ。

 

※1 「京都大学の立て看規制を考える」署名募集呼びかけ文、「立て看規制を考える集まり」準備会サイト、2018年5月2日
https://kyotoutatekan.wixsite.com/kyoto-u-tatekan
※2 「京都大学出身弁護士有志のアピール」おもしろくも変人でもない京大サイト、2018年5月22日
https://sites.google.com/view/tatekan-yoshidaryo/lawyers-appeal
※3 「京都大『立て看規制撤回を』市民グループ、京都市に要請書/京都」『毎日新聞』地方版2018年5月24日
https://mainichi.jp/articles/20180524/ddl/k26/100/383000c
※4 「記者の目 京都大タテカン規制 自由な学風どこへ」『毎日新聞』2018年9月21日
https://mainichi.jp/articles/20180921/ddm/005/070/002000c
※5 万城目学さん(@maqime)ツイッター、2018年4月30日
https://twitter.com/maqime/status/990800320744730625
※6 「京都大立て看問題『改善措置必要』学長がコメント」『毎日新聞』2018年7月21日
https://mainichi.jp/articles/20180721/ddn/012/100/034000c
※7 「『京大タテカン』今度はゲームに 撤去めぐる攻防、スマホで体感」『京都新聞』2018年12月20日
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1782

 

(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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京大的文化事典
自由とカオスの生態系

杉本恭子=著

2020年06月26日

四六判|320頁|本体 1,600円+税|ISBN 978-4-8459-1823-2


プロフィール
杉本恭子すぎもと・きょうこ

同志社大学大学院文学研究科新聞学専攻修了。学生時代は、同大の自治寮に暮らし、吉田寮や熊野寮、ブンピカなどで自治を担う京大生とも交流した。現在は、フリーランスのライターとして活動。アジールとなりうる空間、自治的な場に関心をもちつづけ、寺院、NPO法人、中山間地域でのまちづくりを担う人たちなどのインタビュー・取材を行っている。

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