「映画音楽はいいね」 知られざる作曲家のお仕事 | かみのたね
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2020.09.29

「映画音楽はいいね」 知られざる作曲家のお仕事

ハリウッドの名匠たちが語る映画制作の裏側 / シカ・マッケンジー, リンダ・シーガー

映画には監督や俳優だけでなく、脚本家、プロデューサー、美術監督、撮影監督、メイクアップ・アーティスト、エディター、VFXアーティスト、作曲家……など、数え切れないほどのスタッフが関わり、1つの作品を作り上げています。本シリーズ「ハリウッドの名匠たちが語る映画制作の裏側」では、彼らが日ごろ何を考え、どう働いているのかをあらゆる角度から迫っていきます。今回は、映画の中でも特に大きな役割を担う「映画音楽」の魅力をお伝えします。作曲家はいつから仕事をするの?何に気をつけているの?といった疑問に、第一線で活躍してきた名匠たちが答えます。

 

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映画制作に携わる人々はみな脚本に従って作業をします。しかし、脚本が映像になるまで、作曲家が手にするものは何もありません。彼らの仕事は音楽でシーンや人物の表現をサポートし、ストーリーを際立たせることです。音楽を聴けば人物が見えると言う監督もいるほどです。

作曲家も1人で作業をします。他の部門の人々は言葉やビジュアルを扱いますが、彼らは音やメロディーを扱います。彼らが生み出す楽曲や響きは映画を象徴するものになります。『スター・ウォーズ』や『荒野の七人』(1960年)を思い出してみて下さい。最初に思い浮かぶのは音楽でしょうか、それとも映像でしょうか? たぶん両方でしょう。

John Williams – Main Title and The Attack on the Jakku Village (Audio Only)

 

ラミン・ジャヴァディ(『ゲーム・オブ・スローンズ』『リンクル・イン・タイム』)はこう語ります。

映画音楽はいいね。映画館からの帰り道でも鼻歌で歌えるし、映画を観ないでも曲が思い出せる。音楽だけになっても、思い出として生きている。

音楽を作るのは特殊な才能です。脚本家や監督が演技をしたり、編集をしたり、絵を描いたり、衣装作りをしたり、メイクアップを手がけたりすることはあるでしょう。また、やればできそうだと感じている場合も多いでしょう。クリント・イーストウッドは作曲家でもあります。フランシス・フォード・コッポラは家族の中に作曲家がいます。ただ、彼らは珍しい例なのです。

『Emma エマ』で女性初のアカデミー作曲賞を受賞したレイチェル・ポートマンはこう言っています。

音楽は抽象的な言語です。監督には扱いが難しいものでしょう。(※1)

 

ハンス・ジマー(『テルマ&ルイーズ』『ライオン・キング』(1994年/2019年)『グラディエーター』『ラストサムライ』『ダークナイト』『インセプション』)は次のように語っています。

監督は作曲家と打ち合わせる時に初めて、何をどう話していいかわからなくなるだろうね。彼らは脚本や演技については話ができるし、カメラのレンズを覗けば映像が見える。だが、音楽となると、突然お手上げだ。

そこで、監督やプロデューサーがおかしな注文を出すこともあります。自主制作映画『Overdrive: Live Set!(未)』などの作品で作曲を担当してきたジョナサン・デヴィッド・ラッセルはこんな体験をしたそうです。

「これじゃあまりに黄色い粉雪っぽい。青い雪の玉にしてくれよ」と言われた。(※2)

そのような中で、音楽に詳しい監督ピーター・ウィアーは希少な存在です。作曲家モーリス・ジャール(『アラビアのロレンス』『地獄に堕ちた勇者ども』『いまを生きる』『心の指紋』)は次のように述べています。

ピーターと組む時は、特に楽しい。彼はとても音楽的だからね。音楽文化に詳しくて、コミュニケーションがとても楽だ。なにしろ彼はクラシックから前衛音楽、ニューエイジ、エレクトロニック、オペラ、民族音楽に至るまで知識が深い。珍しい監督だよ。

どんな音がほしくて、どこに音楽を入れたいかも、彼ははっきりしている。オーケストラでいくか、電子音楽でいくかも自分でわかっている。しかも、音楽を使う意図も理解しているんだよ。他の監督は「オーボエかトランペットで試してみよう」と言ったり、思いつきでいろいろ提案したりするが、ピーターはいつも要望が明確なんだ。それでいて、他のアイデアも聞こうとするし、新しいことを試す意欲もある。そんなふうに音楽でコラボレーションできるのは本当に珍しい。

Lawrence of Arabia • Theme/Overture • Maurice Jarre

 

本書の初版を書く前に、筆者はUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で映画制作の各部門についての授業を受けました。演技や監督、プロデュースの授業はなつかしく感じました。編集の授業もわくわくしました。以前に編集の授業を取っていましたし、独学でもかなり勉強したのでなじみがありました。しかし、長年ピアノの演奏や歌唱で多くの楽譜を見てきたにもかかわらず、作曲となると、たとえ短い曲でも気が遠くなりそうでした。それでも授業を聴講すると、学生たちは課題の映画シーンに合う2分間の曲を毎週作曲しているので驚きました。彼らは言葉ではなく、メロディーやハーモニー、和音で考えているのです。たった12音でそこまでできる秘密は何なのでしょうか?

 

作曲家としての下地を作る

 

多くの作曲家は長年音楽を学んだ後に作曲の道に入っています。ジョン・ウィリアムズ(『ジョーズ』『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』『ジュラシック・パーク』『ハリー・ポッターと賢者の石』『リンカーン』)はジュリアード音楽院で学んだピアニストでジャズミュージシャンであり、ファゴットやチェロ、クラリネット、トロンボーン、トランペットも演奏しました。(※3)

ラミン・ジャヴァディはオルガンからギターとダルシマー演奏者に転身しました。彼はこう言っています。

僕は民族楽器を集めていてね。ギタリストとして、弦楽器はたいてい何でも弾ける。(※4)

ハンス・ジマーはかつてバグルスというバンドの裏方をしていました。1980年代初めに「ラジオ・スターの悲劇」という曲が「一発屋」的な大ヒットとなり、MTVで最初に放映されたミュージックビデオとなりました。彼のポップな音楽性は電子音楽とアコースティック音楽を融合させるユニークな才能につながっています。たいていの作曲家は自宅かスタジオにグランドピアノを持っていますが、彼は電子楽器を揃えています。筆者は彼のスタジオに案内してもらい、ボタンやつまみがいっぱいの機材に驚きました。

The Buggles – Video Killed The Radio Star

 

脚本を読まない作曲家もいる

 

映画が作曲家に託される頃には、脚本が書かれた当初に比べて、ストーリーがかなり変わっているでしょう。あらかじめ脚本を読んで下準備をする作曲家もいますが、映画を観てから監督と打ち合わせる作曲家もいます。

デヴィッド・ラクシンはアカデミー賞無冠の偉大な映画音楽作曲家とされています。彼はオットー・プレミンジャー監督の殺人ミステリー映画『ローラ殺人事件』のテーマ曲で知られます。筆者は1993年当時、すでにご高齢の彼とお会いしました。行きの車内ではもちろん、そのテーマ曲を口ずさんでいました。ラクシンに、脚本と映像のコントラストについて伺いました。

脚本と映画にはかなりの違いがある。私はまれに、脚本を読まない時があるよ。監督が口で言うようなものが、映画で見えないことがよくあるんだ。こちらが先入観をまったくもたない状態でいる方が、はるかにお役に立てる。監督の思いに耳を傾けるよりも、映画の実物を観て発想を得る方がいいんだ。

映画音楽といえばヘンリー・マンシーニも有名です。彼は『ピンク・パンサー』シリーズの作曲を手がけ、「ムーン・リバー」の作曲者としても知られます。「脚本を読むのは撮影が始まる前に、書くべき材料を見つけるため」と筆者は彼から伺いました。「だが、脚本を読み終えたら、あとは忘れることにしているよ。書かれていることが実際の映像にない場合も多いからね」

作曲家にとっては脚本家よりも、監督の心情を感じ取る方がよいようです。ハンス・ジマーはこう言っています。

監督と一緒に過ごして、何に反応するかを見るよ。食事に行ったり、友だちの話や読んだ本の話をしたりして、参考にする。

モーリス・ジャールは『アラビアのロレンス』や『ドクトル・ジバゴ』(1965年)、『危険な情事』、『いまを生きる』、『ゴースト/ニューヨークの幻』、などの作曲で名高い存在です。彼はこう述べています。

撮影中はロケーションに行って、監督の仕事ぶりを見る。作品の狙いや、テーマとして伝えたいことを感じとるためだ。

撮影と並行して作曲が始められるといい、とビル・コンティ(『ロッキー』シリーズ)は語ります。

作品の雰囲気を伝えるために、監督が映像素材のビデオテープを送ってくれる時がある。元々の世界観は脚本家が書いたものだけど、僕は監督のビジョンを見る。

Rocky (8/10) Movie CLIP – Training Montage (1976) HD

 

ハンス・ジマーは「僕の仕事は映画に貢献することで、その映画とは監督の映画という意味なんだ。脚本家の映画じゃない」と語り、こう嘆いています。

悲しいかな、映画制作では、書かれている言葉への意識がとても低い。映画はストーリーを伝えるものだよ。音楽でもテコ入れできるが、気をつけないと逆効果になる。

 

最後の工程で参加する

 

作曲家はすべての工程が終わってから作業を始めます。監督は映画の「最終」版を渡します。あとは音楽をつけるだけ、という形です。

トリを務めるのは大変です。ハリウッドのスタジオ制作では、売れる映画の完成を目指して激しいプレッシャーをかけてくるため、最終段階では日程がかなり厳しくなってきます。巨額のお金をかけての制作ですから、間に合わせなくてはなりません。

「ぎりぎりに声をかけられる割合は99パーセント。8週間かかる仕事を3週間で仕上げるはめになる」とデヴィッド・ラクシンは打ち明けますが、「でも、柔軟に対応しないとね。映画音楽家として、ある種のバカみたいな純粋さも必要だ」とほほえみます。それこそが最も大切な資質なのでしょう。

ただ普通に作った曲が名曲だともてはやされることもある。そもそも、観客は映画の音楽を意識してはいない。曲が目立ってしまえば、むしろ映画音楽として失敗だ。肝心のストーリーより音楽が目立つ映画がある一方、音楽を入れ過ぎていたり、ジャンルに合わない音楽を使ったりしている映画もある。昔、ある映画がジャズの曲を使っていたが、とても耳障りに感じたよ。きっと監督はジャズが好きで、この曲を聴きながら晩ご飯を作るような人だろう。好きな曲を人にも聴かせたいに違いない。おそらく作曲家は監督に「いい映画なんだから、この曲をつけるのだけはやめて下さい」と直訴して口論になっただろうね。

映画館でそんな気持ちになったのは一度や二度ではないよ。心の中で「このヴィオラを止めろ! これ以上泣かせようするなら、今すぐ映画館を出るか耳を塞ぐぞ」と文句を言っている時もある。

そのジャンルにしてはシリアスすぎる始まり方をしている映画の仕事を請けたことがある。ポストプロダクションの時に呼ばれて、音楽でどうにかできないかと相談された。全体的にコメディ調の映画だから、オープニングでも軽くて楽しげな音楽を入れてはどうかと提案した。うまくいったよ。音楽が映画を台無しにすることもあれば、深みを与えて素晴らしいものにすることもある。

デヴィッド・ラクシンは作曲家の存在をこう定義しています。

僕らは操作をする人なんだ。観客の潜在意識にはたらきかける。また、音楽でストーリーがよりよく伝わるようにする。

 

Laura (From “Laura”) – David Raksin

*1 Maria Garcia, “Scoring for the Screen: Composers and Film Directors Work in Harmony,” Film Journal International, June 15, 2009.
*2 Jordan Breeding, “5 Weird Realities of Composing Music for Movies and Ads,” CRACKED, March 23, 2018, https://www.cracked.com/personal-experiences-2561-5-weird-realities-composing-music-movies-ads.html(accessed July 1, 2020).
*3 James C. McKinley, Jr., “John Williams Lets His Muses Carry Him Along,” New York Times blog – Arts Beat, August 19, 2011.
*4 Ruben Kalus, “No Flutes Allowed: Composer Ramin Djawadi on the Music of Game of Thrones,” DW Made for Minds,May 17, 2018, https://www.dw.com/en/no-flutes-allowed-composer-ramin-djawadi-on-the-music-of-game-of-thrones/a-19201563(accessed July 1, 2020).

 

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いかがでしたか?『スター・ウォーズ』や『ロッキー』など、誰もが一度は聞いたことがあるものもあったかと思います。2020年7月25日に発売された『ハリウッド式映画制作の流儀 最後のコラボレーター=観客に届くまで』(リンダ・シーガー=著、シカ・マッケンジー=訳)では、映画に携わる様々なスタッフがどう関わり、どのように作品がつくられていくかの過程を知ることができます。この「作曲家」の章では、ほかにも『2001年宇宙の旅』や『ティファニーで朝食を』などの作品における監督と作曲家とのやり取りや、どの場面でどの楽器を選んで演奏するかなどの話が収録されています。ぜひ併せてお読みください。

 

☆明日は
「『E.T.』とリーシーズ プロデューサーが明かす映画とマーケティングの“甘い”関係」
をお伝えします!

 

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ハリウッド式映画制作の流儀 最後のコラボレーター=観客に届くまで

リンダ・シーガー=著|シカ・マッケンジー=訳

2020年7月25日

A5判・並製|344頁|定価:2,200円+税|ISBN 978-4-8459-2001-3