第1回 ボーイグループのヴォーカリズム | かみのたね
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2021.04.22

第1回 ボーイグループのヴォーカリズム

K-POPからみるポップな世界 / imdkm

K-POPはいったい何が面白く、魅力的で、新しいのか?
ひとびとの心を掴んで離さないその「ポップ」の秘密を、批評家・imdkmさんが解き明かしていきます!
第1回目の今回は世界を席巻しているBTSのヴォーカルからみえてくる現在の「ポップ」について。

 最初に書いておくと、これはK-POP〈について〉の連載ではない。『K-POPからみるポップな世界』というまわりくどいタイトルにはそれなりに理由がある。
 たとえばK-POPが「沼」だとしたら、この連載は、そのほとりで水面に写った世界の風景をじっと観察するみたいなものだ。あいにく「沼」にハマる資質に欠けるところのある自分にとって、これはK-POPと自分との距離感をそのままあらわすような比喩だ。そんな個人的な思いはおいておくとしても、じっさい、K-POPという「沼」の水面にさまざまな風景がうつりこんでいるのはたしかなことだ(これはポップミュージックのある種の宿命ではあるのだが)。そのサウンドにも、パフォーマーたちにも、産業的な構造にも、あるいは受容のされ方にも。自分の場合だったら、そこには「日本に住みながら」というフィルターも加わるわけだから、風景はいっそう複雑なものになっていく。
 そうした比喩を展開して言えば、こうした「沼」の水面こそが、K-POPにおける「K=Korean」のユニークさと世界の普遍性が接する地点であり、ユニークさと普遍性が互いに包含しあうポップカルチャーの性格を映し出すメディウムなのだ。「沼」そのものに潜っても、あるいは世界の側を歩き回っても見えないなにかが、「沼」の水面には見いだせる。水面に結ばれた(あるいは水面で歪み、拡散してしまった)風景のことを、「ポップな世界」と呼んでみたい。「ポップ」と言っても、親しみやすさとか楽しさとか審美的価値とかそういったことには限らない、いささか特殊な負荷をかけた「ポップ」だけれども。

 まあ、比喩をこねくりまわすのはこれくらいにしておこう。以上のようなコンセプトだから、この連載では、K-POPを起点にしつつも、いつしか離れてラテン系のポップミュージックについて突然話し出すこともあるだろうし、スウェーデンを中心とした北欧のプロデューサーたちの仕事について話し出すこともあるだろう。あるいは日本の芸能・音楽について話し出すことだってある。

 

「Dynamite」のエレガンス

 少し前、K-POPファンとして知られるミュージシャンの土岐麻子さんとK-POPについて話す機会があった。土岐さんが「推し」ているMAMAMOOやMONSTA X、NCT Uの楽曲を中心にトピックは多岐にわたったなか、いろんな意味で印象的だったのは、「Dynamite以前、Dynamite以降」がある、という話だった。

 

BTS「Dynamite」


「Dynamite」とはもちろん、韓国発のボーイズグループBTSの大ヒット曲だ。BTSの北米における躍進は(BLACKPINKと並んで)K-POPのグローバルな〈成功〉を象徴するものとして語られてきた。その文脈で言えば、「Dynamite」は現時点で最高の達成だろう。なにしろ、アメリカのヒットチャート・ビルボードHOT100で首位を獲得する、という偉業を成し遂げたのだから。2021年のグラミー賞では最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス部門にノミネートされ、授賞式でパフォーマンスも披露。受賞自体は逃したが、たしかなインパクトを残した1曲だ。
 土岐さんによると、この曲のヒット以降、日本の、特にラジオにおけるK-POPのポジションが変わった。以前はラジオでK-POPや韓国のバンドの楽曲をオンエアすることを避けるような空気があったところ、「Dynamite」はそんな空気を払拭した。そんな肌感覚があったという。だから「Dynamite以降」なのだ、と。(注1)そういえば、2020年の末には、ラジオに限らず地上波の音楽特番でBTSが「Dynamite」を歌唱する姿をよく目にしたものだ。国内を拠点に活動し日本語で歌唱するアーティストが大勢を占める音楽番組のなか、日本活動曲や日本語曲ではなくオリジナルヴァージョンで歌唱するBTSの姿は、いつもより新鮮に思えた。
 なるほど、たしかにひとつのエポックメイキングな曲ではある。けれども面白いのは、「Dynamite」はBTSのキャリアから考えるとやや異色の楽曲だということだ。最大のポイントは全編英語での歌唱だろう。もともと「ヒップホップアイドル」を掲げてデビューし、しばしばそのヒップホップ志向が成功と結び付けられてきたBTSがたどり着いた最大のヒット曲がヴォーカル志向のディスコチューンで、ラップ的な聴かせどころは最小限というのも興味深い。個人的には、エレクトロニックなサウンドを洗練させ、ヴォーカルのパフォーマンスもきわめて繊細なニュアンスに富んだ「Black Swan」(2020年の『MAP OF THE SOUL: 7』収録)に感銘を受けたばかりだったこともあって、人懐こいディスコチューンにはちょっと面食らった。「これは本気でてっぺん取りに行ってる」と思わされたものだ。

 

BTS「Black Swan」

 もともと、K-POPにおいてはある種の正統であると同時に異端――K-POPの祖、90年代のソテジワアイドゥルの精神を受け継ぐと評される一方で、いわゆる三大事務所を中心とするK-POPの業界構造とは距離がある――であるようなユニークな位置を占め、それゆえにこそ〈成功〉を手にしたとも言われるBTS。(注2)「果たしてBTSはK-POPか?」という議論がファンダムからも飛び出てくるなかで、ついに「ポップ」に向き合い、その果実をもぎとった一曲だ。

 しかし、「Dynamite」で一番目を(耳を?)開かされたのは、これまでの作品でも聴いてきたBTSのメンバーたちの声が、明るくポジティヴなビートの上にこれほど映えるものだということだった。「Dynamite」に聴かれるようなやわらかくスウィートな声の魅力は、少し陰りのあるメランコリックな楽曲や、メロウな楽曲に合うものだと思っていたのだ。また、思わずシンガロングしたくなるようなキャッチーなフレーズは、超絶技巧的なパフォーマンスで魅了するBTSのイメージとも違う、ポップアクトとしてのBTSの完成形と言いたくなる。ただし、軽やかに駆けるように歌われるフレーズは細かいシンコペーションが効いていて、思わず身悶えするような技巧がしのばせてあるから油断はできない。
 「Dynamite」は、どこか行きすぎない抑制を感じさせる(ダイナミクスであったり、息をすこし多めに漏らすやわらかなトーンであったり、リズムの処理であったり……)エレガントなヴォーカルの魅力にあふれている。力みを感じさせるような「歌い上げる」瞬間はほとんどなく、ディスコビートにあわせてかろやかに、しなやかに跳ねる歌声。個性豊かなヴォーカルが絡み合ってうまれる華やかな印象。
 こうした「Dynamite」のエレガンスは、BTSがキャリアを通じて磨いてきたスキルの賜であると同時に、新型コロナ禍のなかにあって人びとが求めていたやさしさや親密さを体現する、時宜を得たものであっただろう。続いてリリースされたアルバム『BE』に漂う親密でくつろいだ感覚も同様だ。ついでに言うと、リード曲で韓国語による歌唱の「Life Goes On」が、「Dynamite」と同様ビルボードHOT100で1位を獲得したことも、結局英語か……、という思いに報いてくれたようで頼もしかった記憶がある。

 「Dynamite」を聴いていると、思いの外自分がK-POPの声、特に男性ヴォーカルに惹かれてきたことに気付かされる。もちろん、ひとくちにK-POPといってもいろんな個性がひしめいている。歌声だってそうだ。グループや事務所の方向性によってもヴォーカルのクセは違ってくるだろう。けれども、英語圏やJ-POPのそれとは微妙に異なる指向を――それこそエレガンスというか――K-POPに聴き取ってしまうのも事実だ。「Dynamite」はそうした質のある一面を、2020年の「ポップ」を代表する声にまで押し上げたように思う。

 

「Animal」に見る声の質感の変容

 ここで思い起こすのは、2021年に入ってリリースされた新曲「Animal」がSNSを中心に話題を呼んだ、BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBEだ。もともとEXILE TRIBEをはじめとしたLDH系のグループに食指の動かなかった層にも刺さった曲で、それがバズの原動力になっていた。印象的だったのは、K-POPを好んで聴くという人たちからビビッドな反応があったところだ。メロディアスでヴォーカル志向でありつつ、切り詰められた音色で仕上げられたビートは極めてダンサブル。そうした基本的な特徴がK-POPと共有されているというのが最も基本的なポイントなのだろうけれども、この曲における声の質感も聴き逃がせないポイントになっている、というのが自分の意見だ。

BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBE「Animal」

 「Animal」の声は、LDHに典型的なはきはきと伸びるハイトーンや押しの強い発声とは対照的に、やわらかくウィスパーに近い息の漏れる声が多用されている。地声に近いレンジであっても、少し余裕を残すかのように抑制の効いた発声だ。ヒップホップでしばしば用いられるアドリブ(合いの手)も効果的に配され、歌とサウンドのあいだのような声が重なり連なることで楽曲が進んでいく。

 対照的なのが「Animal」のカップリング曲「Life Is Party」で、明らかにミックスの段階で声(というか言葉)に重きをおいてサウンドが組みたてられている。発声も、ビブラートやポルタメントは少なく、子音も母音も明瞭に聴き取れるハリのあるもの。「Getting our groove on! Good time!」のロングトーンの鮮やかさは、LDH的なるもののひとつの典型があらわれている。(注3)

BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBE「Life Is Party」

 「Animal」を初めて聴いたときに「これがBALLISTIK BOYZ!?」と驚いたポイントである、抑制の効いた、そう、このエレガンス。思わず聞き惚れてしまうヴォーカルには、「Dynamite」と遠からぬなにかを思わず透かし見て(聴いて?)しまうのだ(もちろん直接的な影響や参照があると言いたいわけではないけど)。

 絡み合うキャラクターの豊かなヴォーカルたちが醸し出すエレガンス。サウンド的には対照的(かたや華やかなディスコポップ、かたや渋めのR&Bチューン!)だが、そこに聴かれる声こそ、いまの「ポップ」の声だ、と言いたい。

 

(注1)ポッドキャスト番組「TALK LIKE BEATS presented by Real Sound」内、「#40 Guest:土岐麻子(前編)MAMAMOO、MONSTA X、NCT U……土岐麻子が注目するK-POP~2021~」(https://open.spotify.com/episode/3eFpN4Gu9j9A4PzYpzJbbP?si=J_RXSlSSQTaVmEPXpEqnug)を参照。「Dynamite以前」の状況の背景には、韓日関係の複雑さ――というか、日本における排外主義、レイシズム、そして歴史修正主義の問題と言うべきだろうが――があることは言うまでもない(でも言っておく)。いずれ触れざるを得ないトピックとして、注に記しておく。

(注2)こうしたBTSをめぐる評価については、2020年から立て続けに出版されたキム・ヨンデ著、桑畑優香訳『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』(柏書房)やイ・ジヘン著、桑畑優香訳『BTSとARMY わたしたちは連帯する』(イースト・プレス、2021年)に詳しい。田中絵里菜『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』(朝日出版社、2021年)でK-POPの現場を一望すると、事情がより立体的にわかってくる。

(注3)とはいえこうしたスタイルの転換はEXILE TRIBEファミリーにとって初めてのことではない。グローバルな視野でアジアンカルチャーを発信するコレクティヴ、88risingの制作したコンピレーション(『Head in the Clouds II』、2019年)にGENERATIONS from EXILE TRIBEが参加した際にも、ガラッとヴォーカルスタイルが変わっていた。