ところで、わたしはよく書けた本が好きだ。TEDトークも空き時間にちょくちょく観る。正式な書き言葉や話し言葉を通じて、著者や講演者の考えをよどみなく伝える能力。それは職人芸としかいいようがないし、称賛されてしかるべきだと思う。でも、文学や弁論能力は、すでに十分すぎるほど称賛されている。むしろ、言語学者のわたしにとって興味があるのは、わたしたち自身でさえ、自分がそれほど得意だとは自覚していない言語のほうだ。それは、わたしたちがそう意識することもなく、日々自然と生み出している言語的パターンだ。
たとえば、キースマッシュにさえ、一定のパターンがあるのをご存じだろうか。キースマッシュとは、実在の単語では表わしきれない悶々とした感情を伝えるためにキーボードを指でランダムに連打する行為のことで、典型的なのは、「asdljklgafdljk」とか「asdfkfjas;dfl」みたいな文字列だ。これは、ネコがキーボードの上をうっかり歩いたときにできるような、「tfgggggggggggggggggggsxdzzzzzzzz」とかいう文字列とははっきり異なる●1。キースマッシュに見られるパターンは、次のとおり。
- 必ずといっていいほど「a」で始まる。
- 「asdf」で始まることが多い。
- その後は、g、h、j、k、l、;がよく使われるが、この順番どおりよりも、交互に、または繰り返しで使われることが多い。
- 入力していないときに指を乗せておく「ホームポジション」の文字が使われることが多い。このことから、キースマッシュを行なう人々は、ブラインドタッチが得意だとわかる。
- キーボードの中段以外だと、下段(zxc…)よりも上段(qwe…)の文字の頻度のほうが多い。
- ふつうはすべて小文字かすべて大文字のどちらかで、数字はめったに含まれない。
確かに、こうしたパターンの多くは、わたしたちがランダムな文字生成器を使う代わりに、QWERTYキーボード▼1の中段のホームポジションを中心としてランダムに文字を打つという事実と関係しているけれど、わたしたちの社会的な期待によっても強化される。あるとき、わたしは非公式のアンケートを行ない、打ち込んだ文字列の見栄えがいまひとつな場合にキースマッシュを最初からやり直すことがあるかどうかをたずねた※2。どんな内容であれ打ち込んだ文字列をそのまま投稿する、キースマッシュの純粋主義者も少しはいたけれど、大多数の人々は、見栄えが気に入らないと文字列をすべて消去してキースマッシュをやり直すことがわかった。さらには、わざわざ何文字かを選んで修正する人もごく一部いた。また、中段がASDFではなく母音から始まる、ドヴォラック・キーボードを使う数人の人々にも同じ質問をしてみたところ、キーボードのレイアウトのせいで社会的に判読不能な文字列が出てきてしまうので、キースマッシュ自体を行なわないと答える人もいた。ただし、キースマッシュ自体も変化していっているのかもしれない。わたしは「asafjlskfjlskf」よりも「gbghvjfbfghchc」のような文字列に近い第二のタイプのキースマッシュを見つけた。そう、スマートフォン搭載のキーボードの中央部分から、親指でランダムに文字を打つとこうなるのだ。
わたしたちは日々パターンを生み出しているだけではない。たとえ、自分自身がパターンを生み出しているとは自覚しておらず、自分たちが10億台のキーボードでランダムに文字を打ち込む10億匹のサルにすぎないと思っているとしても、わたしたちは少なくとも社会的なサルにちがいない。つまり、お互いの存在を意識し、呼応せずにはいられない生き物なのだ。たとえ部外者にとってめちゃくちゃに見えることでも、あるいは仲間にとってあえてめちゃくちゃに見えるよう行なわれることであっても、わたしたち人間はパターンなしではほとんど何もすることができない。わたしは本書を通じて、そうしたパターンの一部を描き出し、そういうパターンが生まれる理由を調べ、パターン探求者のレンズを通してインターネット言語や最新の言語的発明をとらえる道具をみなさんに与えられたら、と思っている。
●1 作家のA・E・プレヴォの飼い猫エリーザにお礼を申し上げる。
▼1 上段の左端から、Q、W、E、R、T、Yの順に文字が並んでいる、標準的な配列のコンピューター用キーボード。
※1. James Westfall Thompson. 1960. The Literacy of the Laity in the Middle Ages. Burt Franklin.
※2. Gretchen McCulloch. November 24, 2015. twitter.com/GretchenAMcC/status/669255229729341441.
(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
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