『クリティカル・ワード 現代建築 社会を映し出す建築の100年史』 | かみのたね
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2022.03.23

『クリティカル・ワード 現代建築 社会を映し出す建築の100年史』

ためし読み / 本橋仁

基本用語から、時事、サブカル、最新テクノロジーまで、建築を取り巻く幅広いトピックを一冊で学べるキーワード集『クリティカル・ワード 現代建築 社会を映し出す建築の100年史』
本書では、都市、技術、政治、文化、メディアという5つの分野を専門とする、5人の著者がキーワードを選定し執筆。現代建築へ至る100年史を10年ごとに区切り、各時代の建築を理解するための重要なキーワードを、すべて書き下ろしのテキストで解説します。
今回のためし読みでは、編著者の本橋仁さんによる「はじめに」と、全235ワードを総覧できる「目次」を公開いたします。

 

はじめに
──建築から社会を見る、その態度についての補記

 「わたしが、この建築をつくった」。そう、軽々しく言えないことに建築の特性がある。建築は施主がお金を出し、施工者が手を使う。経済が許し、社会が呼応し、初めて建築は現前する。建築は絵画や彫刻と違って、創造が一人で完結できないのだ。こうしたことを考えるとき、私は今井兼次を思い起こす。
 大多喜町役場(1959)や日本二十六聖人殉教記念館(1962)の設計で知られる建築家今井兼次(1895-1987)。彼のデビュー作でもある早稲田大学図書館(1925、現・早稲田大学會津八一記念博物館)での一幕は「建築は誰のものか」という問いを投げかける。
 旧図書館に今も残る、六本の柱。左官で漆喰装飾が施されている。当時、この柱だけ工事が遅れていた。そこで今井は、左官職人の中島武一(1898-1944)に、職人を増員する考えを伝えると中島は涙を浮かべ反発する。「私は今迄左官として随分いろいろな仕事もして来ましたが、今度のような立派な柱を塗ったことは一度もなかったのです。またこれからだって、あるかどうか解りません。いわば、私にとって一世一代の仕事です」と。工事の遅れは一刷毛、一へらもおろそかにしない丁寧な仕事のためだったのだ。今井は中島を信じ、最後までやり遂げさせることを決断する。いよいよ最後の柱が仕上がるその日の朝、中島は正装した妻と三人の子供を連れて来た。そして柱のあるホールの隅に茣蓙ござを敷き、妻子を座らせた。柱が仕上がるその瞬間を、家族とともに過ごしたのである。

一本の柱、一枚の壁も、到底一個人の力で出来るものではない。隠れたる背後の力強い幾人かが常にたすけてくれているのだ。柱、壁でさえもそうだ。いわんや一つの建築が出来上がるには、幾百人、幾千人、幾百万人の人の力が陰に陽に働いているか解らないのである。
(今井兼次「魂を打ち込んだ六本の柱」『雄辯』1929年9月号)

 今井のこの気づきは、建築をつくるのは誰かという冒頭の問いへのヒントになるだろう。前置きが長くなったが、建築は周縁のさまざまな因子により成立している。であれば、建築から「社会」を逆照射することだって可能なはずだ。本書のサブタイトルに「社会」と付けたのは、その確信に基づいている。
 さて、本書は「クリティカル・ワード」というタイトルは付いているものの、辞書的な意味でのワード集は端から諦めている。基本的なワードは押さえつつも、同時に重要視したのは、一見すると建築と関係あるの?と思えるような出来事の掲載である。ボールをどこまで遠くに飛ばせるか。それが建築のもつ社会性の射程を考える試金石となると思ったからだ。果たして投げたボールが、きちんと建築に戻ってきているかは、本書を通じて読者にお諮りしたい。
 こうした試みに関わっていただいたのが、五つの分野の専門家である。都市(吉江俊)、技術(熊谷亮平)、政治(勝原基貴)、文化(本橋仁)、メディア(山崎泰寛)がその任にあたった。編著者を含め、5名。この類の書籍にしては少ない人数に絞った。というのも本書が、それぞれの分野について、専門性をもった著者の歴史観を表すものになってほしいと思ったからである。
 そのため、ワードの選び方も二段階のプロセスを踏んだ。まず、編者が10年ごとに特に重要なテーマを設定し、これにまつわるワードをいくつか事前に提示した。それを軸に著者が加除しながら最終的なワードを決めていった。多岐に渡る235ワードは、こうしたプロセスを経て丁寧に選定されている。ワードの並びを見て、著者のもつ各分野への歴史観が垣間見えてくれていれば嬉しい。また最初に設定した各年代のテーマは、編者二人の各章扉のテキストに反映されている。
 以上のプロセスによって執筆された本書は、平板なワード解説とは一線を画すものになったと自負している。よく知られたワードも、あらたな見地が拓かれたものが多い。一方で、限られた紙幅ゆえ、アレも無い・コレも無いは、許していただきたい。手元の端末でいくらでも情報は検索できる時代である。ワード集のあり方に、試行錯誤した結果と見てほしい。
 「建築の第一義はその建設の社会的意義の内に見出されるべきであるとくれぐれも言ってみたいのであります」(今井兼次「早稲田新図書館建設の感想」『早稲田大学新聞』1925年10月27日)
 本書が「社会」を念頭に置いた、その目的を達成していることを願い、はじめにとする。

2022年2月

本橋仁

 

目次(全235キーワード一覧)

 

(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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クリティカル・ワード 現代建築
社会を映し出す建築の100年史

山崎泰寛、本橋仁=編著|勝原基貴、熊谷亮平、吉江俊=著

発売日:2022年03月23日

四六判|328頁|定価 2,200円+税|ISBN 978-48459-1812-6


プロフィール
本橋仁もとはし・じん

博士(工学)。専門は日本近代建築史。メグロ建築研究所取締役、早稲田大学建築学科助手、京都国立近代美術館特定研究員を経て無職。現在は文化庁在外芸術家研修員としてThe Canadian Centre for Architecture (CCA)に滞在。作品に「旧本庄商業銀行煉瓦倉庫」(1896年竣工、2017年改修)、著書に『ホルツ・バウ 近代初期ドイツ木造建築』(共編著、ガデン出版、2020年)、キュレーションした展覧会に「分離派建築会100年 建築は芸術か?」(京都国立近代美術館、パナソニック汐留美術館、朝日新聞社、2020年)など。

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