第4回:庭師たちはいかにしてともに働くか? ──延段の高さを設定する | かみのたね
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2022.03.23

第4回:庭師たちはいかにしてともに働くか?
──延段の高さを設定する

庭のかたちが生まれるとき / 山内朋樹

美学者であり庭師でもあるユニークなバックグラウンドを持つ気鋭の研究者・山内朋樹による、作庭現場のフィールドワークをもとにした「令和版・作庭記」。連載第4回は、前回までの詳細な石組分析から少し目線を変えて、庭師たちが交わす言葉と、作業の細部にあらわれるものを追っていきます。庭師たちは庭をつくるときになにを考えているのか、その秘密に迫ります。

 

 前回までの連載では、初日の四月七日に決定されたいくつかの石を中心とする大聖院だいしょういん庭園の石組いしぐみ作業を見てきた。とりわけ、実際の現場のなかで石組がどのように開始され、連鎖し、ある布石をとっていくのかについて。
 けれども当然ながら、初日の現場は石組作業に明け暮れていたわけではない。
 午後からは石組と並行して、庭園の南東側にある山門付近と、作庭さくていのおもな視点となっている沓脱石くつぬぎいしを結ぶ「延段のべだん」──切石や自然石を敷きつめた園路──の構想と準備作業がはじまっていた。
 このフィールドワークでぼくは、石を据えたり樹木を植えたりといった、庭師が比較的自由に造形をおこなう場面を中心に取材するつもりだった。だから延段のように用途がはっきりしており、極端に構想が制限される箇所の作業は記述対象から外すつもりだった。
 しかしひとたび観察してみると、必然的に決まっていくはずのしつらえをめぐって交わされる庭師たちの言葉や、作業の細部が石組以上に面白い!
 石組の秘密に迫る一方で、ぼくは庭師たちの秘密に、ひいては人間たちの秘密に、魅せられてしまった。

 

物と道具と行為の連鎖

 「ちょっとそこ掘ってみてよ」。
 不意に古川は指示を出した。まるでいま思いついたかのように。
 これは石組の最初に据えられた石、「初手の平石」の位置を決定した場面だ。搬入時点で敷地中央手前寄りに置かれていた平石を、その石が置かれているまさにすぐ右側に据える。指示を受けた作業員の鷲田はいくつかの道具をまとめて持って来て、そのなかからツルハシを選び、おもむろに地面に突き立てる。
 力一杯振り下ろされたツルハシの先はしかし、あまり深くは刺さらない。乾いた粘土質の土壌が硬く締まって層状に堆積しているようだ。わずかに刺さったツルハシを起こしてみても、粘土の層が薄くめくれあがってパラパラと崩れるだけだ。古川が問う。

「硬いの?」
「ええ、ちょっと」
「じゃあユンボでいきいよ」[1]
「はい」

 鷲田は総代が寺に貸し出しているユンボ──油圧ショベル──をとりに行く。その場に残された古川は鷲田がツルハシをあてた場所や、同時進行している他の職人たちの仕事を細かく首を振りながらチラ、チラ、チラと間欠的に見ている。石組の構想を確認しているのかもしれない。
 やがてドルルルルという特有の音響を響かせながら小型のユンボが到着し、予想外の地盤の堅さに引きずり回されながらも指定の場所を掘削しはじめる。

初手の平石を据えるための穴が小型ユンボで掘削される。左手の大ぶりな石が平石。ユンボの奥に見えるのが山門

 現場ではあまりにありふれているので、すぐに忘れ去られてしまうちょっとしたやりとりだ。しかしよくよく聞くと、冒頭の「掘ってみてよ」という言葉の選択には奇妙な含みがある。
 「てみて」──このフィールドワークのなかで、古川のこの言い回しを何度も聞くことになった。しかしすぐにわかるとおり、これはなんらかの根拠にもとづいた依頼ではない。
 この表現は「動詞テ形+みる」という用法で、試行を表す「てみる」と呼ばれる。「てみる」は、主体が動作を行う段階ではどのような結果・影響が生じるか明確でないまま、試みに動作を行うこと」、「結果・影響がどうかわからない状況で、それを確かめる目的をもって意志的な動作を行うこと」を表す、曖昧なままなにごとかを試みる言い回しだ[2]
 つまりその場所がうまく掘れるかわからないので試しに掘ってみて・・・、というわけだ。地面は固いかもしれないし、薄い土の下には岩盤があるかもしれない。「てみる」型の指示は、ここでは行為をとおした物への問いかけを意味している。
 しかし、この問いかけは、これから職人がおこなう一連の行為の、どこまでの範囲を指しているのだろうか?
 これは一概に決定できることではない。というのもたんにその場所に穴を掘るだけのことが、ただのツルハシの一撃が、無数の事物とその特性を明らかにし、それらの事物が隠し持っていた他の無数の事物やその特性を巻き込んでどこまでも連鎖していくからだ。
 物への問いかけとしての行為──ツルハシでの一撃──にたいする応答が、道具と物の接面から身体へと投げ返されてくる。
 土質的に簡単に掘れる場所なのだろうか?──締まった粘土層はあまりにも硬く、脆すぎた。
 このままツルハシで掘ってしまうべきなのだろうか?──層状に剥離する土壌をこのまま掘るのはあまりに効率が悪いのでユンボを導入するほうがいいだろう。
 地面直下になにか埋まっていないだろうか?──幸い岩盤はなかったものの、このあとユンボの爪が地中の水道管を引っかけてしまい作業は一時中断した。
 ただ掘ってみる・・・ということが、どれほどの事物とその特性を巻き込み、この行為の完了を引き延ばし、不確定な試みに変えていくことだろう。
 もちろん職人は最初の一撃を加えた時点で爆発的に複雑化する物と道具と身体の関係をいかに組織するかをよく知っている。掘削の一回一回の接触から立ち現れる複合的な物との関係を回避したり、ずらしたり、崩したり、利用したりする無数の技を持っている。
 そんな百戦錬磨の職人たちでもこれから起こることのすべてをあらかじめ知ることはできないのだから、現場における作業とは、つねにたしかめ、試みにおこなってみること、つまりは「やってみて」としてしかありえない。この不確かさの果てしない累積が、古川にこの言い回しを多用させるのだ。
 ユンボを導入することになったにせよ、今回はたまたま指定の場所に穴を掘ることができた。しかしその場所に岩盤があったなら穴を掘ることそのものが断念され、石組の構想は異なる形に変容していたかもしれない。これも現場ではよくあることだ。
 古川の「動詞テ形+みる」表現とは、「みる」という補助動詞の意味を過剰に読み込むならば、いまだはっきりしない物の出方を「見る」のみならず「診る」ということであり、ためしに実行した結果を「見/診て」判断するということだ。
 「掘ってみてよ」という依頼の言葉のなかには、作業者のなすべき行為──掘る──とともに、その行為が協働すべき事物の複雑な振る舞いの不確かさ──てみて──が加味されている。
 冒頭の場面でも、鷲田がツルハシで何度か掘削を試みたもののうまくいかず、それを見て古川は「硬いの?」と、ためして実行した結果を見て、診断し、ユンボを導入しているのだから、結果的に「てみて」という言い回しはきわめて適切だったということになる。
 物を前にした作業者の行為は直線的に進展することはない。使用する道具の種類と行為のありようは物との関係で無数に分岐していく。次々に明らかになる複合的な事物の状態を巡って無数の道具と行為が組織されていくのだ。
 つまり古川の指示につきまとう「てみて」は、こうした事物の複合性と、それを巡る道具と行為の連鎖全体にかかる不確かさのしるしに他ならない。

 

不確かさの手触り

 しかしながら、この不確かさの範囲は物と道具と行為の連鎖の範疇にとどまらないのではないだろうか?
 「ちょっとそこ掘ってみてよ」という先の発言の場合、古川はこれからの作業が一連の試みになることを示す「てみて」を省いて、たんに依頼することもできただろう。
 仮にどこかを掘る作業の場合、フィールドワーク中によく耳にした他の言い回しには「ちょっとそこ掘ってよ」「ちょっとそこ掘ってくれる?」という単純な依頼がある。職人に作業を任せきってしまう場面では「ちょっとそこ掘っといてくれる?」と言ってその場から離れることも多い。
 ではなぜ冒頭の場面では「試み」であることを強調する「てみて」という表現をとったのだろう? 想定される作業が事物の複合性とそれらをめぐる道具と行為の無数の連鎖に開かれているからというだけではなかったということだろうか? ようするに、古川には、もっと根源的な不確かさの手触り・・・・・・・・があったのではないだろうか?
 この掘削は、初手の平石を据えるためのものだったことを思い起こそう。それはこの庭の最初の景石の位置を決めてしまうことに他ならない。しかしながら、そもそも初手の平石を据えるのは、本当に、いま、ここ、でいいのだろうか? ここに偶然的に据えられる石がこの庭に「力の場」を発生させ、今後立ち現れてくる石組の構造を強力に規定してしまうのだ。
 この庭の構想全体の先行きが強くのしかかるこの局面だからこそ、古川の言葉には「この場所で良いとは思うのだが、はっきりとはわからないのでためしてみたい」という意味での「てみて」が滲んだ。つまりはこの掘削作業が物と道具と行為の無限の連鎖に開かれているからというだけでなく、加えて初手の景石をいまここに据えてしまうことの無根拠さに直面しているからこそ、「てみて」表現が無意識に前景化した。そう考えることができる。
 これは果たして正当な推論だろうか? 職人たちを統括する親方が初手の石を正確にはどこに据えたらいいのか自信を持っていないなんてことがあるだろうか?
 普通ならありえない。この点に不確かさがあるなら設計図を見直してメンバー内で正確な位置を共有し直すべきタイミングだろう。しかし先に指摘したとおり、古川の庭づくりに設計図はないのだった。
 この現場でのものづくりはあらかじめ複合的な与件をプロットした上でいくつもの図面や模型や3D CADの制作を通じて具体化されていく建築設計とはまったく異なっているし、あるいはその影響を強く受けた現代の造園工事とも根本的に違っている。
 それゆえ必然的に、すべての指示、すべての作業は「試み」でしかありえない
 現場作業で職人たちは複合的な事物の不確かさに振り回されている。スコップやツルハシの一撃が地盤の締まり具合を手元に伝え、ユンボを導入したことで水道管を破壊してしまうというように。しかしこの現場では、それに加えて設計図が存在しないという根源的な不確かさが職人たちを支配している。
 なぜ職人たちは事物の不確かさのみならず、構想の不確かさにまで付きあわなければならないのだろうか?
 先回りして言うならば、職人たちがそうせざるをえないのは、石や樹木といった、ある事物を媒体に編成される一連の事物、一連の行為の連鎖こそが古川にとっての作庭であり、この連鎖の結果こそが古川にとっての庭だからだ
 ここからは、石組と並ぶこの庭のもうひとつの骨格である延段の制作過程を追いながら、こうした根源的な不確かさのなかで、どのようにしてあるかたちがひとつのまとまりとして立ち現れてくるのかを検討する。初日、四月七日の夕刻、古川の口からはじめて延段の構想が語られた場面に移ろう。

 

結びつける線

 「ここに延段しようと思ってるんですけど」。
 古川は作業員の竹島を不意に呼び止め、山門から玄関へと続く既存の石畳の脇を指し示す。竹島は工事期間中邪魔になる砂利を集めて別の場所に移動させているところだった。
 ここでも古川は、いま思いついたかのように作業者を呼び止め自らの構想を語っている。竹島は立ち止まり、古川の手が指し示している地面の一画を見つめる。延段については前夜の電話の時点でも話題に上がっていたのだから、もちろん古川のなかには構想はあっただろう。しかしあまりに唐突な話なので、古川の手短な言葉と身振りだけでは要領をえない。続けて確認する。
 「ここですか?」
 聞き返しながら、竹島は地面に足で線を引いた。二人のやりとりが今後の作業の基本方針を示しているらしいことを聞きつけて、一緒に砂利を移動させていた鷲田と杦岡すぎおかが集まってくる。
 「幅は?」
 延段の両端がどこになるのかを確認するために、竹島はちょうど手に持っていたレーキ──土を均したり、砂利を集めたりするのに使う農具──で地面を指し示す。幅が決まっていなければ作業の進めようがないからだ。四人がともにレーキの先端を見つめる。

古川の言葉を受け、竹島がレーキで地面を指し示す。全員が道具の先の地面を見つめる。地面に引かれている白線は水道電気などの配管を示したもので庭の構想とは関係ない。古川の足元奥、左右に延びるのが石畳。左側は山門、右側は大聖院玄関に突き当たる。奥の建物は心休庵。

 「あっちまで真っ直ぐ?」
 竹島も身振り手振りを交えながら庭の方へ振り返り、足元から沓脱石の方へと手のひらで地面を切るようなジェスチャーを走らせる。古川はその言葉を遮るように説明を加える。
 「いや、延段は真っ直ぐじゃなくてね、ふにゃっと曲げるんですわ」
 「ふにゃっと?(笑)」
 この奇妙なニュアンスを含んだ情態副詞がこの作戦会議の緊張感を打ち消し、みなつられて笑ってしまう。この曖昧な立ち話で、新たに敷設ふせつされる延段の起点、方向、幅がおおむね決定されたらしい。この話は済んだとばかりに全員が次の作業へと散っていく。古川はまた沓脱石に腰掛け、あちらこちらで同時展開する作業と、並べ置かれた石材と、これから石組がおこなわれる場所や背後の木立にチラ、チラ、チラ、と間欠的な視線を配っている。
 散開した庭師たちにはとりたてて迷いも感じられない。だが、この庭でバラバラに働いている作業者たちに共通認識はあるのだろうか? あの立ち話のなかで古川が見据えていたものと、作業者たちの視線と、指差しや手のひらが指し示したものと、足やレーキが描いた線は一致しているのだろうか? 「ふにゃっと」という情態副詞の程度は具体的にはどのような曲線として理解されたのだろうか?

 幾度も指摘するとおり、この現場には設計図がない。現代の造園工事に図面はつきものだ。図面がなくともおおまかな完成予想図のようなものがある場合が多いだろう。しかし少なくとも古川の現場にはそうした手がかりのすべてがない。
 いま指示のあった延段が、石組が、あるいは庭全体がどういったものになるのかについては、作業員同士の間でも共有されていないし、それどころか施主である住職にさえも「それは古川さんにしかわからんのとちゃうか?」と言わしめるほどなのだ。
 ここにあるのは、親方が「この辺にしようかと思うんです」と言えば、足で砂利を払いのけ、地面に簡単な線を描き、指差し、見つめる、そうした単純な行為の集積だけだ。子どもたちが互いの陣地を確定するために引く途切れ途切れの線みたいに。
 親方のなんとなくの考えをなんとなくの痕跡にする。この痕跡を結び目にして各々が各々のイメージをつくる。皆が足元を見つめ、指差しながら会話をする。
 彼らは正確には共通のイメージを持っていない。しかし各々のイメージをそれほど隔たったものにしないように結びつけるいかりのような媒体がそこにある。
 遊びのなかで線を引く子どもたちは、足で引いた線が厳密に直線ではないとか、ところどころ途切れているなどと文句を言うことはほとんどない。線の形態に拘泥しないにもかかわらず、子どもたちが固唾を飲んで線の行方を凝視するのはなぜか?
 それは線が引かれはじめると同時に分割される陣地が、どちらかの陣営にたいして極端に有利あるいは不利になっていないかを見ているのだ。つまり子どもたちにとって、線は引かれた瞬間に自らの行為を拘束するある種の力を持っている
 子どもたちが関心を払っているのは、その線が「なんであるか」ではなく「なにをするか」である。線はそれがきっちり直線であるか途切れていないかということとは関わりなく、それを見つめたメンバー全員にたいして遊びの布置をあたえ、唐突に効果を発揮しはじめる。
 子どもたちが釘付けになっているのは、自らを、あるいはメンバーを拘束することになる線の効果である。線が錨となって、子どもたちを遊びに巻き込んでいく
 なんとなく引かれた地面の線。「ふにゃっと曲げる」と言った指示。たしかに、ここには平面図もパースもイメージ画もない。しかし四人は指差しや手のひらや地面に引かれた線を介して地面を見つめた。ただそれだけのことが、職人たちの行為を拘束し、新しい作業に巻き込んでいく。

 

基準のない

 実際に延段の敷設作業がはじまったのは作業二日目となる翌四月八日だった。
 当日、延段に使用される板石の古材が搬入された。古材というのは、どこかの寺社仏閣や邸宅、舗装などに使われていた中古品のことだ。輸入材ばかりになっている加工石材市場でいまはほとんど見られない国産材であり、今回仕入れた板石は概ね四五〇×九〇〇mm、厚みは一五〇〜二〇〇mm。
 現在市場で一般に流通している中国やベトナムで加工された板石の規格はサブロク(三〇〇×六〇〇mm)やヨンパチ(四〇〇×八〇〇mm)が主流で、厚みはおおよそ六〇~八〇mmあたりであることを考えると、古材はひとまわりもふたまわりも大きい。

トラックに積載された古材の板石。

 古材だけに欠けたものや半分に割れたものも多く混ざっているが、すでに長年踏みならされている表面は滑らかに摩耗して肌理も細かく、色も落ち着いている。なにより規格としても質感としても境内の他の古い石材と相性がいい。
 それらの石を眺めながら住職が感嘆する。「素人目に見てもよいというか[……]丸みがあってよい石ですな」。古川が頷く。「要するに古い家を壊したときにとって(おいてあ)るものですわ」。住職が続けて訊ねる。
 「いろんな大きさのものがあるんですねえ」
 「組みあわせたいんですわ」
 ここで古川は「組みあわせたい」と言っている。たんに板石を敷き詰めるのではなく、さまざまな形状の古材や自然石を組みあわせながら延段をつくるようだ。やはりある程度の構想はある、しかしどの石とどの石をどこでどのように組みあわせるのかといった具体性はもちろんない。

 延段は先に古川が「ここに延段しようと思ってるんですけど」と指差した山門付近から、古川の視覚的足場となっている沓脱石付近を結ぶことになる。
 延段は当然のことだが両端から作業を進めると早い。まず山門側にユンボを導入し、今後延段を敷設すると思われるあたりの下地をおおまかにつくる。板石の厚みと板石を固定する材料の厚みぶん、先に地面を掘削しておくのだ。鷲田がその作業を任されているあいだ、竹島と杦岡が反対側の沓脱石周辺から敷設作業を開始する。
 大聖院の庭に面する東側には庭から一段高くなった犬走りがある。この犬走りの沓脱石付近には、庭と接する部分にやや大きな延石──細長い四角柱の石材──が敷かれている。この延石から十数cm落ちた地点に板石を三枚と自然石一枚とを並べ、やや広い面をつくるようだ。このフロアが延段の起点となる。

工事開始前の大聖院東面。軒下の一段高い部分が犬走り。中央の大きな白御影石の直方体が古川の視点になっている沓脱石。その右手前に同じ石材を組みあわせた足置きのような段があり、さらにその右手前に延石が敷かれている。この中央の延石から撮影者側へ延段が敷かれることになる。

 この延段についてもやはり設計図はない。「ふにゃっと」という曖昧な曲率もさることながら、延段の起点となるこのフロアの高さをどれくらいに設定するかさえも未決定だ。
 古川と竹島が延段の高さを決定する場面を見てみよう。測定作業中の竹島に古川が訊ねる。

「高さどう? まだ行けそう?」
「(高さを見ながら)ほぼレベル(水平)だからもうちょっといけますね」
「もうちょっと上げたらどう?」
「その方が歩きやすい・・・・・です。十二と九で二十一やから、それでも七センチ高いですね」
「まあ、それくらいの方がいいね」
「じゃ、十二、九で(延石の天端てんばから十二センチ下がった位置に赤鉛筆で線を入れる)」

 会話だけではちょっとわかりづらい場面だ。延石に沿って板石を三枚並べ、その三枚に大きな自然石一枚を組みあわせ、延段の起点となるフロアをつくる。このフロアの高さと、フロアに接続する延段の高さをどれくらいに設定するかが問題になっている。

延石の天端からおおむね12cm程度下がった位置に最初の板石を据える。この石の両脇に一枚ずつ板石を並べ、さらに手前に左右方向に長い一枚の大きな自然石を置いてフロアをつくる。さらに手前側、フロアからおよそ9cm落ちた場所から延段がはじまる。

 先の古川と竹島の会話は、まず、既存の延石の天端──上面──から十二cm下げた位置にフロアの天端を設定し、次に、このフロアからさらに九cm下げた高さに延段の天端を設定し、山門側へと繋げていくということのようだ。
 この高低差の微妙な上下が問題となっている。この段差の程度を規定する根拠のひとつは、会話のなかにも出てきたとおり「歩きやすさ」という曖昧な要素だ。
 しかしながら、「十二と九で二十一やから、それでも七センチ高いですね」と言っているこの七cmとはなんのことだろうか? なにが、なにと比較して七cm高いのか? 設計図のないこの現場にも、こうした数字をはじき出すための確定的な根拠があるということなのだろうか?
 この判然としない数字を理解するために観察を続ける。作業は進み一枚目の板石が規定通り延石からおよそ十二cm程度低く据えられた。すると作業員たちは、不意にその板石の天端と、景石である初手の平石の小端こば──側面──の高さとを比べはじめる。
 どうやら「七センチ高い」と言われていたのは、延段の天端よりも初手の平石の小端が七cm高くなるということのようだ。高さの根拠になっていたのは、最初に据えられた景石の小端の高さだったのだ! 初手の平石の高さにはいかなる根拠もなく、たんに見た目の良し悪しだけで決められた要素に過ぎないにもかかわらず、である。

左から延石、板石のフロア、延段、地面(地形)、初手の平石の高さの関係を記した模式的な断面図。図にすると「十二と九で[……]七センチ高い」という暗号のようなやりとりも理解できる。古川はギリギリまで延段を上げて段差を減らそうとしたのだが(「もうちょっと上げたらどう?」)、あまり延段を高くすると連動して地形も上がり、今度は平石が埋もれてしまう(「まあ、それくらいの方がいいね」)。

 たしかに一方の基準となっている延石は既存のものだし、その高さは建物の束石や犬走りといった構造物との関係で決まっているのだからいまさら変えようがない。
 しかし他方の基準となっている初手の平石の高さは見た目で決まったものでしかない。もちろん見た目から決まった平石の高さも、遡ればこの平庭のもともとの地形との関係で定められていると言うことができる。とはいえこの地形も江戸時代頃にこの庭が、あるいはこの建物と敷地が造成されて以来、偶然この高さだっただけで、新しい庭の設計においてはある程度自由に変えてよい変数に過ぎない。
 初手の平石はいかなる意味でも高さの根拠とはなりえない。
 そもそも、この延段は沓脱石周辺と山門前の石畳までを結びつけるはずのものだ。だとすれば、もし高さの根拠になりうるものがあるとすれば、それは延段とフラットに結びつくはずの山門側の石畳の高さだろう。にもかかわらず、いま沓脱石周辺で決定されつつある延段の高さと山門側の石畳との高さは、未だ測定されてさえいないのだ!
 「山門側の石畳との高さ(の関係)は測ったんですか?」不安になって竹島に聞いてみた。

「いや、古川さん先に決めるの嫌いやから(笑)」
──さっき景石(と板石のフロアの高さの関係)を測ってましたよね?
「そう。あの石(初手の平石)の小端が隠れるの嫌やから。あの石は最初に適当に据えた・・・・・・んやけど(笑)」

 竹島の言葉には根拠のなさは理解しているが仕方がないという、諦めに似た自嘲じちょうが含まれている。この気分は沓脱石側から敷設しはじめた延段をひとまずは水平に進めていくと古川に聞かされた鷲田の言葉からも感じとることができる。

「水平? (山門側石畳の天端との)高さ大丈夫ですか? どっちが高いんですかね?」
「そしたら今から糸引いて(高さの関係を調べて)もいいけど」[3]
基準・・が……」

 山門側にはいまさらその高さを変えることのできない既存の石畳がある。延段をいくら沓脱石側から水平に据えていっても、そもそもこの石畳との高さの関係が水平でなければ、いくら延段を水平に敷いていっても最後にずれが残るだけだ。
 そう、鷲田が懸念するとおり、この庭づくりには決定的な「基準」が欠けている! 基準がないために、ありとあらゆる箇所に歪みが生じ、いたるところで現場が軋みはじめているように思われる。
 古川が「ここに延段しようと思ってるんですけど」と言ったあのとき、真っ先に石畳から水平をとって沓脱石側の延段の高さを割り出しておけばよかったのではないだろうか? 各要素の高さを測定したあとで理想的な平石の高さを決定しておけば、平石の小端の高さなどという曖昧な基準に延段の高さが拘束されることもなかったのではないだろうか?
 先に基準さえ設定していれば……。各部の関係が周到に記録された図面を手に作業していれば……。
 基準さえ持たずに目の前の素材や出来事と格闘し続けるこの庭づくりを目にすれば、図面にもとづいて計画的に仕事を進めるよう訓練された現代の作業者たちは眩暈めまいを覚えるほかない。
 しかし、いま一度、この現場に踏みとどまってこう考えてみよう。庭をつくるにあたって、たしかな基準とはなにか? なぜぼくたちは設計図がなければ不安になるのか? そもそも、設計図とはなにをしているのか?

 


[1]「いきいよ」はうながし表現。「行きなよ」、「やりなよ」といった意味。「~しいよ」といった言い回しもある。
[2]日本語記述文法研究会編『現代日本語文法2』くろしお出版、二〇〇九年、一三七頁。
[3]「糸を引く」とは、測定する二つの地点のあいだに水糸を張り渡すこと。ピンと張った水糸に水平器──現場ではレベルと呼ばれる──を当てて水平の基準線をつくる。

 

(第4回・了)

この連載は月1回更新でお届けします。
次回2022年4月18日(月)掲載