マンガ研究者・小田切博によるアメリカン・ヒーロー・コミックスを解説した連載。第8回目の今回は、スーパーヒーローコミックスというフィクションを読みことが、なぜどのように「陰謀論」的な現実認識へ寄り添ってしまうのかについて。第二次トランプ政権とも結びつく「Qアノン」や「コミックスゲート」といった、オルタナ右翼と称される政治的な動きとスーパーヒーローコミックスの関係について追っていきます。
『アンブレイカブル』と『ミスター・ガラス』
M・ナイト・シャマラン監督の連作『アンブレイカブル』(2000)と『ミスター・ガラス』(2019)は、きわめて変則的なかたちで「スーパーヒーロー」をテーマにしている映画でした。
サイコサスペンス『スプリット』(2016)をあいだに挟むかたちで三部作を成すこの作品群[1]は、何を書いてもネタバレになってしまうような物語構造を持っているため、特に『アンブレイカブル』を未見の方はできれば何らかのかたちで作品をご覧になっていただきたいのですが、ここではプロット紹介は最低限に留め(ある種のネタバレにはなってしまうかもしれませんが)できるだけ抽象的にこの連作の持つ象徴的な意味性について言及していきたいと思います。
かつてアメリカンフットボールのスター選手だったブルース・ウィリス演じるデヴィッド・ダンは、自宅のあるフィラデルフィアへの帰途、列車事故に巻き込まれ、病院で目を覚ましました。医師から自分が事故の唯一の生存者であることを聞かされたデヴィッドは、ニュースで事故について知ったというコミックス原画のギャラリーを経営するイライジャ・プライスという車椅子の男と知り合い、どこか狂気を感じさせる彼から、ほぼ無傷で助かったデヴィッドは選ばれた存在、スーパーヒーローなのだと説かれることになります。
サミュエル・L・ジャクソンが怪演する骨に先天的な疾患を抱えるイライジャは、スーパーヒーローコミックスのマニアであり、コミックブックに描かれたスーパーヒーローの物語が真実だと信じる人物です。
彼の「スーパーヒーロー」への信仰に近い執着がこの三部作を繋ぐ通奏低音になっているのですが、特に一作目の『アンブレイカブル』においてはイライジャの語るスーパーヒーローとスーパーヴィランの二項対立的な関係に関する言葉が終盤に痛烈な意味を持ってきます。
このイライジャの信念のような「コミックブックにこそ真実が描かれている」という設定は、コミックブックを読んでいるとたまに出てくるものです。
たとえばアマゾン・プライムで配信されているドラマシリーズ[2]がヒットしたことで日本でも知られるようになった、カウンター・スーパーヒーローコミックスとでも呼ぶべき作品、『ザ・ボーイズ(The Boys)』[3]には「レジェンド」[4]と呼ばれる情報屋が登場します。このスタン・リー[5]をモデルにしたと思われる小柄な老人は、シリーズを通しての悪役である劇中の大企業「ヴォート・インターナショナル」でかつてコミックブック出版部門のトップをつとめていた人物です。原作コミックスでの彼は、ヴォート社と彼らが生み出したスーパーヒーローたちへの私的な恨みから、その悪行に関する情報を収集し、現役編集者時代に自分がライターをつとめた作品にそれとなくその情報を描きこんでいた、という設定になっていました。
また、2025年に公開された映画『サンダーボルツ*』[6]に登場したキャラクター「セントリー(Sentry)」が初登場した同名のミニシリーズ[7]は、かつてマーベルユニバースに存在していたが、なぜか人々の記憶から消失しているスーパーヒーローが、ある日突然自分がかつてヒーローだったことを思い出し、なぜ自分を含めたマーベル世界が「セントリー」を忘れ去ってしまったかを探っていく物語になっています。
この作品はかなり変わった構成のシリーズで、まず五号のミニシリーズ『セントリー』が刊行され、次にかつてセントリーが活躍していた時代に刊行されていたファンタスティックフォー、スパイダーマン、ハルク、Xメンというチーム、キャラクターとのクロスオーバーを模したワンショット四冊、最後にシリーズ全体を完結させるワンショットが発売されました。
このシリーズではコミックブックの中にだけ「かつて存在していた」セントリーというヒーローの痕跡が残されている、という描写が物語的にもアート的にも(出版フォーマット的にも)なされているわけです。
スーパーヒーローのパロディ化
非常に露骨なグロ描写、セックス描写を含み、スーパーヒーローやその背後にいる大企業を徹底してエゴイスティックな俗物として描く『ザ・ボーイズ』は多分に悪意を込めたアイロニカルなパロディとしての性格が強く、逆に『セントリー』の消えたスーパーヒーローの物語は過去のスーパーヒーローたちに対するノスタルジックなオマージュだといえるでしょう。
こうした対照的な性格にもかかわらず、この両作はともに「コミックブックにこそ真実が描かれている」というメタフィクション的な構造を、スーパーヒーローコミックスにおける「遡及的設定変更」、つまり過去に遡って物語内容やキャラクター、世界観の設定が頻繁に変えられる作劇方法を利用することで構築しています。
『ザ・ボーイズ』ではヴォートやスーパーヒーローたちの過去の悪事を美談に書き換えてしまうプロパガンダメディアとしてコミックブックが位置付けられ、『セントリー』の場合はまったくの新キャラクターであるセントリーが、かつてマーベル世界に存在していたのだというかたちに、物語内においても読者の解釈レベルにおいても歴史が書き換えられてしまうのです。
スーパーヒーローをパロディ化すること自体は、第二次世界大戦後の1950年代、コミックブックでスーパーヒーロージャンルが衰退していった時期に一般化していったと考えられます。有名な事例としては、1953年に戦後の新しいコミックスを代表するメディアのひとつであるユーモア雑誌『MAD』[8]4号にスーパーマンのマチズモを揶揄ったパロディ「スーパーデューパーマン(Superduperman)」[9]が掲載され、前年の1952年には男性雑誌『エスクァイア(Esquire)』[10]に子ども向け性的ファンタジーとしてのスーパーヒーローを風刺するカートゥーンが掲載されていました[11]。
「パロディ」とは、本来、風刺や諧謔といった批評的な笑いを産むことを目的に、特定の作品、ジャンルの文体、画風、キャラクター等を模倣、デフォルメした表現のことを指す言葉です。この50年代における「パロディの対象としてのスーパーヒーローの発見」は、それが嘲笑や揶揄の対象であったとしても40年代のブームによって「スーパーヒーロー」がアメリカ文化の中に一定の意味性と存在感を確立していたことを示すものだと思います。
現在の日本ではニュアンスや意味が拡張され、いわゆる「二次創作」のような笑いを意図しない絵柄やキャラクター、設定の流用に対しても「パロディ」と呼ばれることがありますが、シルバーエイジのスーパーヒーローリバイバルの流れもそれ自体が先行するゴールデンエイジのスーパーヒーローコミックスとその文化的位置付けをメタ的に参照したものだったといえるでしょう。
「スーパーヒーローコミックス」の作劇
その意味では60年代以降のアメリカにおけるスーパーヒーローコミックスは、DCやマーベルといった出版社単位での共有世界を超えて、過去のストーリー、設定、キャラクターを緩やかに共有するかたちで発展してきた文化領域だといえます。
たとえばマーベルコミックスは1969年に刊行された『アベンジャーズ』69号[12]でDCコミックスの代表的なスーパーヒーローチームであるジャスティス・リーグによく似た「スコードロン・シニスター(Squadron Sinister)」という異世界の超人集団[13]を登場させました。DCコミックスでも、1990年の『アドベンチャーズ・オブ・スーパーマン(Adventures of Superman)』466号[14]でマーベルコミックスのファンタスティック・フォーのオリジン・ストーリーをなぞりながら悲劇として完結するという、あきらかな本歌取りをおこなっています。
こうしたよく知られた象徴的なキャラクターや設定をモチーフにした作劇はスーパーヒーローコミックスにおいては珍しくありません。革新的なオリジナル作品としてよく日本国内で言及されるアラン・ムーア[15]の『ウォッチメン(Watchmen)』[16]も、じつは企画された当初は既存のキャラクターと世界観を利用した作品として構想されたものでした。
この作品は、企画書の時点では1983年にDCコミックスがキャラクターライセンスを取得したチャールトンコミックス[17]のスーパーヒーローキャラクターたちを利用して展開されることになっていたのですが、かつてチャールトンコミックスの編集者であった当時のDCコミックス制作部門の統括編集者ディック・ジョルダーノ[18]がこの企画にチャールトンのキャラクターを使うことを拒否します[19]。結果として1986年に刊行された『ウォッチメン』は、世界観もキャラクターも独自のものになり、DC世界とはつながりを持たない独立した作品になりました[20]。
ただ、ドクター・マンハッタン、オジマンディアス、ロールシャッハ、オウルマン、シルクスペクター、コメディアンといった『ウォッチメン』の主要な登場キャラクターたちは、キャプテン・アトム、サンダーボルト、クエスチョン、ブルービートル、ナイトシェイド、ピースメイカーというチャールトンのキャラクターたち[21]をモデルにつくられています。
その能力やキャラクター配置はチャールトンコミックスに準拠しながら、彼らの性格付けや世界設定、ネーミングなどはオリジナルである、そういうつくり方でこの作品は創作されていたのです。
「現実」という参照項
コミックスに限らず、先行するコンテンツやキャラクターをパロディやオマージュ的に参照したり、作品同士を共通する設定や世界観で接続するような創作は現代のポピュラーカルチャーでは広く見られるものだと思います。
SFやファンタジー、ホラーでの末来史や架空世界の構築、映画やドラマでの続編制作やスピンオフ展開など類似した例は枚挙に暇がありませんが、キャラクターを中心としたフランチャイズとして発展した「スーパーヒーロー」が特にそうした創作、コンテンツビジネスの軸になりやすいのはたしかでしょう。
第二次世界大戦後のスーパーヒーローコミックスは、マーケティング的にも、ストーリーテリング的にも、スーパーヒーローコミックス全体のトレンドとユニバース内の設定や物語展開を常に参照するかたちで創作されてきました。
ただ、スーパーヒーローに限らず、すべての人間の文化的創作物には、もうひとつ重要な参照項が存在しています。
それは私たちが生活しているこの「現実」です。
『ウォッチメン』を例にとれば、同作の物語が展開される世界は、アメリカの後援を受けた南ベトナムがベトナム戦争に勝利し、ウォーターゲート事件も隠蔽されたままであるという異なった歴史を辿った1985年のアメリカであり、そこでは意図的に現実のアメリカ史が裏返されたかたちで参照されています。
いうまでもないことですが、風刺等の批評的な意図をもって「現実」を参照することは、創作全般においてありふれた手法に過ぎません。逆にプロパガンダ等の政治的な意図をもって作品が制作されることもありますし、コンテンツは常に創作と受容の両面で「現実」をレファレンスするかたちで成り立つものです。スーパーヒーローコミックスにおいても、赤狩りやケネディ暗殺、ニクソン・ショックや911などのアメリカの現代史における重要な出来事が常に題材にされてきました。
そこでは現実の出来事、ジャンル全体のトレンド、作品世界の設定や物語という三重のリアリティ-が重ねあわされているのです。
隠された「陰謀」
ここで、冒頭でご紹介したシャマランの三部作に話を戻しましょう。
第一作である『アンブレイカブル』での事件を経て、三作目の『ミスター・ガラス』の冒頭で、主人公のデヴィッドは自分の「才能」を受け入れているように見えます。しかし、そのような認識は劇中で繰り返し揺さぶられ、主人公たちは悲劇的な結末を迎えることになる一方、この映画の最後では、ある「陰謀」が主人公たちの活躍によって暴かれることになるのです。
飽くまでも劇中のリアリティのレベルでのことではありますが、そこではコミックブックの物語が持つ「虚構性」が現実への風刺やオマージュのためのギミックとして使われるのではなく、むしろコミックブックの物語の現実世界での「真実性」が観客に向けて説かれることになります。
つまり、シャマランの三部作の結末は、パロディやオマージュといった作品構成上の仕掛けではなく、かなり真剣に「権力者たちによって一般人から隠された真実がコミックブックには描かれているのだ」と主張していると理解できてしまうのです。
現在、私たちはこのような思考のあり方を「陰謀論(conspiracy theory)」と呼んでいます。
「陰謀論」とは、ある特定の事件や出来事を、それに対して利害関係を持つ個人や団体による謀略、陰謀として説明づけようとする態度のことを指す言葉です[22]。
アメリカの歴史学者リチャード・ホフスタッターは1964年に雑誌『ハーパーズ』で発表した「アメリカ政治におけるパラノイア的スタイル(The Paranoid Style in American Politics)」[23]というエッセイの中で、こうした発想を「パラノイア的スタイル」と呼び、マッカーシズムやアメリカ独立運動、同時代の人種対立などの中に具体的に見出し論じていました。ホフスタッターによれば、このような発想はアメリカに限定されたものではなく、歴史的にも広い範囲で見られるものです。
個人的にこのエッセイの指摘で重要な点は、陰謀論的な思考法はある種のスタイル、思考様式であり、思想の内容や所属する党派とは無関係だとしている部分だと思います。提起されている主張や論じられている事実、事件の内容ではなく、それを敵対する派閥や党派、あるいは権力者による「陰謀」だとする態度こそが陰謀論なのです。
21世紀の現在、この概念が改めて注目されるようになった背景には、2000年代に全世界的にインターネット環境の整備が進んだことで、コンピュータネットワークを介した情報共有の簡便化と高速化が進み、20世紀まではマスメディアのようなかたちで一方通行でしかありえなかった情報発信が双方向になったことがあげられます。特にSNSの利用が一般化した2010年代以降はインターネットでのやりとりを通じて似たような考え方を持つひとたちがつながりを持ちやすくなり、閉鎖的なコミュニケーションの中で陰謀論的な方向に主張を先鋭化させていく例が数多く見られるようになりました。[24]
Qアノン、アノニマス
このようなネットを通じた陰謀論的な発想の拡散が政治運動と結びつくことで、ネットを超えて現実社会の中で様々な軋轢が産み出されるようになっているのが、2025年現在の私たちが暮らす社会であるといえるでしょう。
中でも陰謀論の政治的な影響がマスコミなどで真剣に議論されるようになるきっかけとなった2021年1月に起きたアメリカ合衆国国会議事堂襲撃事件[25]は、「Qアノン」[26]と呼ばれる陰謀論を信じるひとびとを中心とするものだったといわれています。
Qアノンは日本の匿名掲示板2ちゃんねる[27]をモデルにアメリカで開設された4Chan[28]、8Chan[29]という匿名掲示板で2017年頃から拡散され始めた陰謀論で、そこでは現在の世界は政府高官や大物政治家、大企業、高名な学者やハリウッドセレブなどからなる「ディープステート(deep state)」と呼ばれる秘密結社によって裏から支配されており、その構成員たちは表面上は高潔な聖人を装いながら悪魔崇拝、小児性愛、人肉食などありとあらゆる悪徳を犯しているのだ、ということになっています。
いわば「悪の秘密結社が裏から世界を支配しており、自分たちはそれと戦う正義の使徒である」という、もっとも素朴なレベルでの「マンガ的」な筋立てが彼らの主張であり、特にスーパーヒーローが活躍するフィクションではこれと似たような物語が過去何度も語られてきました。
水面下に権力者たちによる陰謀が存在する、というレベルでいえば『ウォッチメン』も『ザ・ボーイズ』も同様の構造を持つ物語だといえ、陰謀論とスーパーヒーローコミックスやその読者たちは相性の良い組み合わせだといえます。
Qアノンの「アノン」とは「アノニマス(Anonymous)」の略称であり、これは4Chanのデフォルトユーザー名で、2ちゃんねるのそれが利用者に匿名性を保証するために「名無しさん」とされていたことに由来するものです。
4Chanの利用者は、Qアノンのような明確な陰謀論を信奉するひとたちばかりではなく、その匿名性を活かして企業や政府による規制などに対する抗議活動を組織するためにも利用されてきました。
こうした活動に参加するひとびとの多くはQアノンのような集団と自分たちとを区別し、ただ「アノニマス」[30]とのみ自称しているようです。中にはQアノンとは対立的であると主張する層もいるようなのですが、原型である日本の2ちゃんねるのユーザーと同様、その活動は匿名故の無責任な悪ふざけとしての側面を持つことを否定できるとは思えませんし、閉鎖的なコミュニケーションの中での主張や行動の過激化、先鋭化という側面を免れ得ているかは疑問でしょう。
アラン・ムーアは、ヨーロッパのアノニマスたちが自作『V・フォー・ヴェンデッタ(V for Vendetta)』[31]の主人公からインスピレーションを受け、ガイ・フォークスの仮面をつけてデモ活動をおこなったことに対し、一定の共感を寄せていましたが[32]、創作者が自作を匿名の煽動者の集団によって政治利用されることを是認する態度をとることに対しては純粋に疑問を感じます。
コミックスゲート
ホフスタッターが指摘したように、パラノイア的な陰謀論の主張はその内容や準拠する思想、政治的立場にかかわらずなされ得るものです。
そして、インターネットやSNSのシステムはそのような極論に対する支持者と反対者を集めやすく、そうしたインタラクションがまた陰謀論の内容や支持者の行動を過激化していきます。
先に挙げたQアノンと国会議事堂襲撃などはその最たるものでしょうが、現在ではコミックス業界のようなニッチな領域においても「コミックスゲート(comicsgate)」と呼ばれる女性やマイノリティのクリエイター、編集者に対して陰謀論的な動機から嫌がらせを繰り返すグループが存在しています。
主にスーパーヒーローコミックスに携わってきたライターやアーティストとコミックスファンを中心とするこれらのひとびとは、リベラルやその後援を受けた女性やマイノリティのクリエイターによって、コミックブックは内容的にもセールス的にも堕落したのだと主張し、彼らの考える「正しいスーパーヒーロー」の創作をそうした層が妨害しているのだと訴えているのです。
2017年頃からSNS等で散発的に見られるようになったこの動きは、動画配信やSNSを使って女性や人種的、性的マイノリティーを対象に嫌がらせ行為を繰り返すもので、具体的な活動としては彼らが攻撃対象とする業界関係者のリストや個人情報の公開、現行のコミックスシリーズのストーリー展開やキャラクターへの非難といったものになります。
その主張や行動から、その参加者は白人男性至上主義的なジャンルとしてスーパーヒーローコミックスを捉える個人の集合だと思われ、報道などではオルタナ右翼[33]による政治運動として言及されることも多いのですが、実際のところ政治色はそこまで濃くありません。
Qアノンによる国会議事堂襲撃やアノニマスによるデモなどと異なり、直接的な政治活動とはいいがたいこのような特定のポピュラーカルチャー業界におけるハラスメント事案が、アメリカにおいて政治性を帯びたものとして理解されているのは、それが現在のアメリカ社会における人権擁護的な動きに対するバックラッシュとして認識されているからです。
2012年にフロリダ州で起きた黒人少年射殺事件[34]や2019年以降の新型コロナウィルスの流行[35]以降、アメリカ国内では人種間の対立が高まり、こうした社会的な緊張関係の緩和を促すために人種的な「多様性」の尊重を訴える声が強くなりました。
また、2017年には映画制作会社ミラマックスの設立者であり、1980年代にドキュメンタリー映画やアート系の映画といったそれまでは興行的な成功とは無縁だと思われていた作家性の強い映画作品をヒットさせて大物プロデューサーとなったハーヴェイ・ワインスタインが、過去の性的虐待、暴行、強迫などが多数の女性被害者から告発されたことによって、映画業界における女性に対する不公正な扱いが問題視されるようになり、「#MeToo」のハッシュタグとともに男女間の対立も社会問題化していきます。
アメリカでは2001年の同時多発テロ事件以降のイスラム教徒に対する差別など宗教的な対立も生じており、他にも「LGBTQ+」と呼ばれる性的少数者に対する差別問題など、多方面で不安定化してきている21世紀のアメリカ社会の中で、コミックス業界でも、さまざまな取り組みがなされてきました。
たとえばそれは著名なコミックスクリエイターや編集者によるセクシャルハラスメント、パワーハラスメントに対する告発であったり、コミックブック出版社組織でのジェンダーレベルでの公平性の実現であったり、女性や性的少数者の解放、アフリカ系やアジア系への人種差別反対をテーマにしたコミックスの発刊だったりするのですが、彼らはこうした動きを「スーパーヒーロー」の純粋性を損なう陰謀のようなものとして捉えているわけです。
911以降のアメリカでは、第二次世界大戦時のコミックスを理想化するかたちでスーパーヒーローとナショナリズムを直結させるような主張もなされるようになっており[36]、現在では現実の軍隊や警察、自警団などがパニッシャーのコスチュームにあるドクロの意匠を自分たちのアイコン的に扱うなど、コミックスのキャラクターの振舞と自分たちの(しばしば暴力的で人種差別的な)行動を同一視する傾向が問題視されたりもしています[37]。
コミックスゲートのひとたちの抱くスーパーヒーロー観の背後には、この種の政治、宗教的な保守主義と結びついたスーパーヒーローの捉え方もあるのだと考えることができるでしょう。
「アメリカ」の象徴としてのスーパーヒーロー
つまり、彼らのようないわゆる「保守的なコミックスファン」は、スーパーマンやキャプテン・アメリカ、あるいはパニッシャーといったスーパーヒーローに対して、彼らが普遍的な正義や本質主義的な純粋性を持つ/保つことを期待しているのだと思われます。おそらくそこでイメージされているのは「強いアメリカ」を象徴するような愛国的なスーパーヒーローが活躍するコミックスなのでしょう。
しかし、彼らが偶像視していると思われる第二次世界大戦時、ゴールデンエイジに刊行されたコミックブックでは、むしろ戦時中の国内での結束を促すために、コミックブック出版社はスーパーヒーローを利用して、差別的、抑圧的な枢軸国側の社会に対し、アメリカ合衆国がリベラルな「多様性」を尊重する社会であると強調するような内容のコミックブックを出版するよう政府から指示されていたことがわかっています。
たとえば、政府機関と提携して第二次世界大戦中にコミックブック出版社に対する監修、指導をおこなっていた戦時作家会議のアイディアをもとに刊行されたコミックブックの中には、女性ヒーローを主人公に戦時社会における本国での女性たちの労働進出の意義を説いた作品なども含まれていました[38]。
日本軍による真珠湾攻撃以前、第二次世界大戦への介入を巡って国論が賛否に二分されていたアメリカでは、戦時体制を維持するために、戦時中はむしろ国内の女性やアフリカ系などを尊重する作劇がコミックブックには求められていたのです。
こうしたコミックブックの戦時プロパガンダへの利用実態は最近の研究によってわかってきたことであるため、このこと自体はファンや一般レベルに知られていなくても仕方がありませんが、それ以上に問題なのは朝鮮戦争、ベトナム戦争を経たことによって、第二次世界大戦という「戦争」がアメリカにおいては過度に理想化されているという点だと思います。
第二次世界大戦が「よい戦争」として美化された結果、そもそも参戦に関しては国論が二分されていたという当時の言論状況が遡及的に上書きされ、アメリカが挙国一致して主体的に正義の戦争をおこなったかのような神話が信じられているのです。このため、現在では『キャプテン・アメリカ・コミックス』1号の表紙で「キャプテン・アメリカがヒトラーを殴っていること」が当時は賛否両論の議論を惹起するスキャンダラスですらある事例だったことが完全に忘れ去られ、むしろ「ヒトラーに直接制裁を加える愛国者」キャプテン・アメリカの印象だけが記憶されることになっています。
ナショナリズムとノスタルジー
おそらく現代のスーパーヒーローたちの堕落を嘆く「保守的なコミックファン」が想定する理想のスーパーヒーローとはこの40年代のキャプテン・アメリカのような存在なのでしょう。しかし、この初登場時のキャプテン・アメリカの姿は必ずしも当時の読者にとって「愛国的」なものではありませんでした。孤立主義をアメリカ的な理想とする層からはむしろ無責任に自分たちと無関係な戦争への参戦を煽る「反米的」なものですらあっただろうと思われます。
このように何を「愛国的」とするかは時代や立場、価値観によって異なるものです。そもそも「国家」自体が、1983年のアメリカの政治学者ベネディクト・アンダーソンの著作『想像の共同体(Imagined Communities: Reflections on the Origin and Spread of Nationalism)』[39]刊行以降、それ自体「想像の共同体」であり、その一体性を主張するために語られる文化的な「伝統」はつくられたものであるという考え方が研究上は一般的になっています。ましてアメリカは移民の国であり、出自も文化もバラバラなひとたちが人工的につくりあげた「国」なのです。
また、コミックブック、特にスーパーヒーローコミックスは、その黄金期が第二次世界大戦時だったと考えられているため、その時代に対するノスタルジアを象徴するアイテムとして扱われている点も意識する必要があるでしょう。
近年は児童文化研究の文脈でのテーマとして「ノスタルジー」が浮上してきており、そこでは少年期へのノスタルジーと結びついた大衆文化としてコミックブックやスーパーヒーローが論じられるのです[40]が、このような議論において「ノスタルジー」は前提として「存在しない理想化された過去」に対する郷愁と位置づけられます。
そして、ここまで具体的に紹介してきたように、「栄光と正当性に満ちた」第二次世界大戦像やファンによって語られる理想化された黄金期のスーパーヒーローたちのイメージは実際にはきわめて疑わしいものなのです。
にもかかわらず……というよりは、それ故にこそこの「想像の過去」としてのスーパーヒーローを積極的に政治利用してきた現実の政治家が存在します。
それが2024年の大統領選挙で第47代合衆国大統領へと復帰したドナルド・トランプです。
トランプ大統領のイメージ戦略
トランプが政治活動にロックミュージックやライブイベントのノウハウ、映画スターのイメージなど、ポピュラーカルチャーそのものやそのマーケティング的な方法論を政治家として積極的に利用してきたことは、日本でも過去の大統領選挙についてのレポート記事などで報道されてきました[41]。
ただ、あまりに奇妙に感じられるためか、いまのところ日本国内ではあまり報道されていないこの種のトピックとして、2022年から彼が自分をモデルにした「デジタルトレーディングカード」[42]を販売していることが挙げられます。
「トレーディングカード(Trading Card)」とは、もともとはタバコやお菓子などに販促用のおまけとして封入されていた名刺大のカードが趣味の収集品として人気を博したことから発展したホビーです。日本でも1970年代にポテトチップス等のおまけとしてつけられたプロ野球カードや仮面ライダーカードが人気を博し、現在では書店や玩具店、コンビニエンスストア等で1パック10枚程度のカードが封入されたさまざまな種類のものが売られています。
アメリカでは、1990年代に「ノンスポーツカード」と呼ばれる映画やコミックス、イラストレーションなどを題材にしたトレーディングカードが発展し、スーパーヒーローフランチャイズにおいても主要なキャラクターグッズのひとつになりました。
このトランプのカードシリーズは、暗号化によってデジタルデータに希少性を持たせるNFTの技術を使い、コレクターズアイテムとしてのトレーディングカードの購入や取引をオンラインデータとしておこなえるようにしたもので、図版としてはコンピュータグラフィックスで描かれたトランプ自身の肖像イラストが使われています。
特徴的なのは、このカードシリーズでは、彼が西部劇のガンマンやSF映画のキャラクター、スーパーヒーローなどさまざまな架空の物語の登場人物に扮装した画像が含まれている点です。そこではハリウッド映画やコミックスのヒーローたちとドナルド・トランプという政治家を同一視するような意匠が彼を支持するひとびとに向けてプレゼンテーションされています。
表面上、トランプは自身とQアノンやオルタナ右翼との関係を否定していますが、トレーディングカードというノスタルジックな子どものおもちゃと映画やコミックスのキャラクターを用いて、自分を「悪の秘密結社と戦うヒーロー」として自己演出することはなんの衒いもなくやっているわけです。
さらに、2025年7月、ジェームス・ガン監督による『スーパーマン』の映画最新作の公開日に、ホワイトハウスの公式アカウントがSNSに一枚の画像をアップロードしました。
それはガン版『スーパーマン』のポスターのデイビット・コレンスウェット演じるスーパーマンの顔をドナルド・トランプのそれに置き換えたコラージュ画像です。この意味のよくわからない投稿への批判に対し、ホワイトハウスの広報は「愉快なミームを投稿しただけだ」と一種のジョークであるととれる返答をしているようなのですが[43]、いずれにせよトランプ政権自体が大統領を「スーパーマン」と同一視するようなプロモーションをおこなったことになります。
Qアノンのひとびとが信じる陰謀やコミックスのスーパーヒーローと自身を同一視するかのようなこのトランプ政権の一連の行動は、日本のジャーナリストや研究者からは「荒唐無稽」の一言で一笑に付すような書かれ方をしていることが多いのですが、個人的にはあまり笑い事にしていい気はしません。特に2025年6月下旬、それまで「戦争はしない」と公言していたはずのトランプ大統領が「イスラエルと紛争状態にあったイランの核施設にミサイル攻撃を議会の承認を得ないまま断行した」という出来事の直後に、大統領周辺が彼をスーパーマンになぞらえてみせたことにはきわめて不穏なものを感じます。
ジェームス・ガンの映画『スーパーマン』自体はシンプルにジュブナイル的なモラルを説く、超人スーパーマンではなく人間クラーク・ケントを描く作品だっただけに、それを権力者が力の誇示のために利用するのは皮肉な気がしますが、「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」というスローガンを掲げるトランプ大統領とその支持者たちは、アメリカの現在を「理想化された存在しない過去」にあわせて改変することにしか興味がないのかもしれません。
いずれにせよ、大衆文化は常に大衆のニーズに合わせた物語を提供するものですし、スーパーヒーローの物語は現在進行形で遡及的に書き換えられ続けるものです。
まるで、コミックブックに倣って現実を遡及的に書き換えてしまいたいと願う大勢のひとびとが合唱しているかのように見える2025年のアメリカの社会状況は、個人的にはとても不気味なものだと思います。
注
[1] M. Night Shyamalan, “Unbreakable”, 2000, Buena Vista Pictures Distribution, “Split”, 2016, Universal Pictures, “Glass”, 2019, Universal Picturesの三作
[2] Eric Kripke制作, “The Boys”, 2019, Amazon Prime, シーズン2が2020年、シーズン3が2022年、2024年にシーズン4が配信され、2026年にファイナルとなるシーズン5が配信予定。
[3] Garth Ennis脚本、Darick Robertson他作画のコミックスシリーズ、2006年から2012年までレギュラーシリーズが刊行された。悪辣な大企業Vought Internationalとそこに所属するスーパーヒーローたちと、彼らに対する私怨によって集まった自警者たちのグループの対決を描く。#1~#6はWildstorm / DC Comicsから発売されたがDC Comicsからキャンセルされ、#7~#72はDynamite Entertainmentに出版社を移して刊行されている。レギュラーシリーズの他、本編を補完するミニシリーズが四シリーズ刊行され、本編完結後、2020年にはエピローグ的なシリーズも刊行されている。コミックスの邦訳は1~3巻までが椎名ゆかり訳(2017年)、4~6巻が上田香子訳(2020~2021年)で誠文堂新光社より発売されている。
[4] Legend 劇中で本名は言及されない。ドラマ版ではヴォートの元ヒーローマネージメント部門の責任者。ほぼ同じ役回りだが、コミックブックではなく映画業界で働いている。
[5] Stan Lee マーベルコミックスの脚本家、編集者。ファンタスティック・フォー、スパイダーマン、ハルクなど60年代マーベルのほとんどのスーパーヒーローキャラクターのクリエイター。のちにマーベルコミックス社の出版者となる。非常に大柄な体格で、レジェンドの小柄さはこのスタン・リーの身体的特徴を裏返したもの。
[6] 2025年に公開されたJake Schreier監督の映画“Thunderbolts*”(Walt Disney Studios)。1997年からKurt Busiek脚本、Mark Bagley作画で“Thunderbolts”というタイトルのシリーズがはじまっているが、じつはこの映画と設定やプロット的な関係は薄い。
[7] Paul Jenkins脚本、Jae Lee他作画, “Sentry”, 2000, Marvel Comics
[8] MAD 1952年にEC Comics社から創刊されたユーモア雑誌。1960年代半ばにDC Comicsが出版権を取得し、以降紙媒体の雑誌として休刊した2019年までDC Comicsから刊行された。日本オリジナル編集の掲載作品邦訳として、小野耕世, マッド・アマノ, 片岡義男監修, 『MAD マッド傑作選』全二巻, 1979, TBSブリタニカがある。
[9] Harvey Kurtzman脚本, Wally Wood作画, “Superduperman”, “MAD”#4, 1953, EC Comics
[10] Esquire 1933年に創刊された世界初の男性誌。1986年からHearst Communicationsが刊行。2025年現在、日本版がハースト婦人画報社から刊行されている。
[11] Eldon Dedini, “Superhero Dreams”, “Esquire” September 1952, 1952, Esquire
[12] Roy Thomas脚本, Sal Buscema作画, “Let the Game Begin”, “Avengers”#69, 1969, Marvel Comics
[13] この“Avengers”誌でのSquadron SinisterはJustice Leagueのパロディ的な悪役だが、ライターのRoy Thomasは1971年に“Avengers”#85で(作画担当はJohn Buscema)善のSquadron SinisterともいえるSquadron Supremeを登場させている。この善と悪が裏返ったほぼ同一の超人集団が並行世界に存在するという構造自体がDC Comicsが1964年に“Justice League of America”#29(Gardner Fox脚本、Mike Sekowsky作画)で登場させたCrime Syndicate of AmericaとJustice Leagueの関係をモチーフにしたものである。
[14] Dan Jurgens脚本, 作画, “The Limits of Power”, “Adventures of Superman”#466, 1990, DC Comics
[15] Alan Moore イギリスのコミックス・ライター、作家。1970年代後半から音楽雑誌などでコミックス作品の発表をはじめ、80年代に入ると“2000AD”、“Warrior”といったイギリスのcomic magazineで本格的に作品の発表を開始。1983年以降はアメリカのメジャー出版社での作品発表もはじめ、80年代後半から90年代にかけてのイギリス人ライター、アーティストのアメリカ進出の流れ“British Invasion”の中心作家のひとりになる。多数の作品、部門でコミックスに関する賞を受賞している。
[16] Alan Moore脚本, Dave Gibbons作画, “Watchmen”, 1986, DC Comics
[17] Charlton Comics アメリカのコミック出版社。1945年創業、1986年活動停止。
[18] Dick Giordano アメリカのコミックス編集者、アーティスト。1965年からCharlton Comicsの編集責任者をつとめ、1968年にDC Comicsに編集者として入社。1971年にNeal Adamsとともに独立するが、1980年にDC Comicsに編集者として復帰。1983年から1993年まで編集責任者をつとめた。2010年没。
[19] Neil Gaiman, Alan Moore, Dave Gibbons, “A Portal to Another Dimension”, “The Comics Journal”#116, 1987, Fantagraphics
[20] 2017年から2019年にかけて刊行された“Doomsday Clock”(Geoff Johns脚本, Gary Frank作画, DC Comics)でメインストリームのDC世界に組み込まれることになった。
[21] これらのCharlton Comicsのキャラクターたちは1986年におこなわれたフルスケール・クロスオーバーイベント“Crisis on Infinite Earths”でDCユニバースに組み込まれた。
[22] Scott A. Reid, “conspiracy theory”, “Britannica”, https://www.britannica.com/topic/conspiracy-theory
[23] Richard Hofstadter, “The Paranoid Style in American Politics”, 1964, “Harper’s Magazine”, https://harpers.org/archive/1964/11/the-paranoid-style-in-american-politics/, このエッセイは前年の1963年にオックスフォード大学でおこなわれた講演をもとにしたもので、1965年“The Paranoid Style in American Politics, and Other Essays”(Alfred A. Knopf)に収録された。
[24] こうしたインターネット上のコミュニケーションの問題点は日本でも問題にされており、総務省は令和元年版の『情報通信白書』(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/pdf/index.html)でアメリカの法学者Cass R. Sunsteinが2001年に出版した著作“Republic.com”(Princeton University Press, 邦訳は石川幸憲訳, 『インターネットは民主主義の敵か』, 2003, 毎日新聞社)を参照しつつ、批判的に分析している。
[25] 2020年におこなわれたアメリカ合衆国大統領選挙において不正があったと信じる敗北したトランプ大統領の支持者たちが、アメリカ合衆国議会を開催中であった国会議事堂を襲撃した事件。
[26] QAnon この概念の歴史的な発生や運動としての発展、過激化に関してはMike Rothschildの2021年に刊行された詳細なレポート“The Storm Is Upon Us: How QAnon Became a Movement, Cult, and Conspiracy Theory of Everything”, Melville House(邦訳は烏谷昌幸, 昇亜美子訳, 『陰謀論はなぜ生まれるのか Qアノンとソーシャルメディア』, 2023, 慶應義塾大学出版局)がある。また、QAnon的な陰謀論の問題を直接扱ったコミックスとしては2022年からシリーズがはじまったJames Tynion IV脚本, Martin Simmonds作画, “The Department of Truth”, Image Comicsがある。
[27] 1999年に西村博之が開設した匿名電子掲示板。ここから匿名であることを利用した独自のコミュニケーションや文化が多数生まれたが、誹謗中傷や暴力事件の誘発などインターネット利用における負の側面もここから発生したものが多い。管理権、商標権に関するトラブルから2017年以降は「5ちゃんねる」として運営されている。
[28] 4Chan 2003年に開設された世界最大規模のインターネット匿名掲示板サービス。日本のマンガやアニメ、ネット文化などに親しんだアメリカのティーンエイジャーが立ち上げた趣味の掲示板だったが、オリジナルである2ちゃんねる同様、利用者数の増加に伴って悪ふざけや嫌がらせ、主張を問わない政治的な運動などを産み出す場になっていった。2015年以降は西村博之が管理、運営を引き継いでいる。
[29] 8Chan 2013年に4Chanから分裂して開設されたインターネット匿名掲示板サービス。ユーザーの投稿に関する禁止事項が非常に緩く、過激な政治的主張や陰謀論の温床として批判的に言及されることが多い。2019年からサイト名を「8kun」に変更している。
[30] Anonymousとしての抗議活動は2006年から確認されているため、活動自体はQAnonに先行するが、ネット上で活動する匿名の人間であるため実態は不明である。
[31] V for Vendetta Alan Moore脚本, David Lloyd作画の全体主義政権に支配されたヨーロッパでのアナーキストたちの抵抗を描く作品。1982年からイギリスのComic Magazine “Warrior”で連載されたが雑誌の休刊により中断、1988年から1989年にかけてアメリカのDC Comicsからコミックブックとして刊行されて完結した。
[32] Alan Moore, “Viewpoint: V for Vendetta and the rise of Anonymous”, “BBC”, 2012, https://www.bbc.com/news/technology-16968689
[33] alt-right アメリカにおける新しいタイプの保守主義、及びその政治運動。白人至上主義者でナチス・シンパであるリチャード・B・スペンサーが2010年頃からウェブマガジンなどで提唱し、4Chanや8Chanなどで盛んに使用された結果、2010年代を通じてマスメディアやジャーナリズムにも広まった。明確な定義や組織があるわけではなく、フェミニズムやリベラル層による「多様性尊重」の訴え等に対する白人男性の被害感情に根ざしたネット上の言説が基盤になっている。
[34] 2012年2月、フロリダ州で黒人の少年が自警団員の男に射殺された事件。この事件以降、インターネットを中心にアフリカ系アメリカ人に対する人種差別の撤廃、人権保護を訴える運動“Black Lives Matter”が広まったが、2014年にもニューヨーク州、ミズーリ州で警官によるアフリカ系アメリカ人の殺害事案が起きている。ミズーリ州での事件後は事件への抗議活動が暴動に発展し、“Black Lives Matter”は国際的な運動になった。
[35] 2019年の新型コロナウィルスの流行に際し、アメリカでは新型コロナウィルスが中国の軍事研究施設から流出した生物兵器であるという「陰謀論」が拡散され、アジア系に対する人種差別犯罪が急増した。
[36] Michael Medved, “Captain America, Traitor?”, “National Review”, 2003, https://www.nationalreview.com/2003/04/captain-america-traitor-michael-medved/
[37] Jesse Schedeen, “Punisher Co-Creator Gerry Conway Wants to Reclaim Iconic Skull Logo for Black Lives Matter”, “IGN”, 2020, https://www.ign.com/articles/punisher-co-creator-gerry-conway-skull-logo-black-lives-matter
[38] Mark Seifert, “The Promise Collection 1942/1943: The Comics Committee”, “Breeding Cool”, 2021, https://bleedingcool.com/comics/the-promise-collection-1942-1943-the-comics-committee/
[39] Benedict Anderson, “Imagined Communities: Reflections on the Origin and Spread of Nationalism”, 1983, Verso, 最新の邦訳は白石隆, 白石さや訳, 『定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行』, 2007, 書籍工房早山
[40] たとえばCarol L. Tilley, “Superheroes and identity The role of nostalgia in comic book culture”, Elisabeth Wesseling編, “Reinventing Childhood NostalgiaBooks, Toys, and Contemporary Media Culture”, 2017, Routledge
[41] たとえばTim Reid, Nathan Layne, 「焦点:トランプ氏政治集会の舞台裏、聴衆はなぜ熱狂するか」, “Reuters”, 2024, https://jp.reuters.com/world/us/W2CJBEYQQZOBZBFIO3W3Q3DMZA-2024-04-25/など
[42] “Collect Trump Cards”, https://collecttrumpcards.com/
[43] Olivia-Anne Cleary, “White House Speaks Out Amid Backlash Over Meme of Trump as Superman”, “TIME”, 2025, https://time.com/7301939/trump-superman-immigrant-white-house-meme-backlash/
