マンガ研究者・小田切博によるアメリカン・ヒーロー・コミックスを解説した連載。第11回目は、ジョン・リドリー脚本による『ジ・アザー・ヒストリー・オブ・DCユニバース』を軸に、コミックス業界における「見えない人々」の歴史をたどります。アフリカ系や日系アメリカ人のクリエイター、ブラック・スーパーヒーロー誕生の背景、マイルストーン・メディアの試みまでを視野に入れながら、ヒーローの背後にあるアメリカの人種史と白人至上主義の問題を読み解きます。
21世紀アメリカの人種間対立
2020年から2021年にかけてDCコミックスが刊行したミニシリーズに『ジ・アザー・ヒストリー・オブ・DCユニバース(The Other History of The DC Universe)』[1]というタイトルがあります。奴隷ではない「自由黒人(Free Negro)」[2]だったにもかかわらず1841年に誘拐され、12年間プランテーション農場で奴隷として働かされていたソロモン・ノーサップの著作を映画化した『それでも夜は明ける』[3]の脚本で2013年度のアカデミー脚本賞を受賞したジョン・リドリー[4]がストーリーを担当したこのシリーズは、アフリカ系、アジア系、南米系といった人種的マイノリティーであるヒーローたちの視点からDCユニバースの歴史を振り返るものです。
全五号からなるこのシリーズは一号ではアフリカ系アメリカ人のブラックライトニング/ジェファーソン・ピアース、三号では日本人のカタナ/山城達[5]というように毎号語り手が異なっています。
これら各号の視点人物たちが語るのは、過去のDCコミックスでの彼ら自身の物語の回想です。
そのため、このシリーズのフォーマットは「マンガ」というよりは「絵物語」に近く[6]、一人称で語られているその「歴史」はあくまでも主観的な個人史になります。
それぞれのキャラクターの活動時期は重複しているため、「スーパーマンの死」のような、本編では大型クロスオーバーとして展開された物語がそれぞれ異なった背景を持つ複数の個人の視点から振り返られることになり、そこからこの作品独自のテーマ性が生じる仕掛けになっている訳です。
21世紀に入ってからのアメリカ合衆国は、国内での人種間対立が激化しており、特にこのシリーズが刊行された2020年は、5月末にミネソタ州ミネアポリスで、元ラッパーで強盗罪での服役経験があるアフリカ系男性ジョージ・フロイドが警官による一方的な拘束行動によって死亡した事件が起こり、その動画がインターネットを通じて世界中に配信されたことで、アフリカ系に対する暴力や人種差別への反対を訴える「ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)」[7]運動が国際的な注目を浴びた年でした。
この時期にこのシリーズが企画、刊行されたこと自体、そうした社会状況を反映したものですが、『ジ・アザー・ヒストリー・オブ・DCユニバース』の企画者であり、脚本を担当しているジョン・リドリーは、先に紹介した映画業界での仕事を見てもわかるように、著名なアフリカ系ポピュラー・カルチャー・クリエイターとして、もともと人種差別のような社会的なテーマについて積極的に発言してきた[8]人物のひとりです。
企画段階で2018年にDCコミックスの社内レーベル「DCブラック・ラベル(DC Black Label)[9]」の新作として発表されたこの作品も、リドリーという作家の問題意識を直接反映した、短期的な流行としての「ブラック・ライブズ・マター」ではなく、もっと広い意味でのアメリカにおける人種間の対立、緊張関係の歴史をスーパーヒーローコミックスを通して描こうとしたものでしょう。
この時期はまた、2019年からはじまった新型コロナウィルスの世界的な流行が社会的なパニックを引き起こしていったタイミングでもあり、この感染症の流行が中国ではじまったことから、合衆国内ではアジア系人種に対するヘイトクライムも増加し、こちらも人種間対立の新たな火種になっていきました[10]。
当然このような事態を予測していた訳もありませんが、視点人物をアフリカ系のみに限定していない点もこの作品の持つ問題意識の確かさを示すものです。
マーベルコミックス、DCコミックスの二大コミックブック出版社はそれぞれ2021年から性的少数者の権利保護を訴える記念月間「プライドマンス(Pride Month)」[11]にLGBTQ+のキャラクターをフィーチャーしたコミックアンソロジーを刊行しているのですが、この前例に倣うかたちで2022年からは黒人人権保護月間である「ブラック・ヒストリー・マンス(Black History Month)」[12]の記念アンソロジー、2023年からはアジア、環太平洋諸島民族人権保護月間である「アジアン・アメリカン・アンド・パシフィック・アイランダー・ヘリテイジ・マンス(Asian American and Pacific Islander Heritage Month)」[13]の記念アンソロジーの刊行が定番化しています。このような動きは「ブラック・ライブズ・マター」、「アジアン・ヘイト」といった同時代の社会状況にコミックブック出版社側が対応したものです[14]。
その意味では、リドリーのこの作品もDCコミックスという出版社側の企画としては、そうした一連の流れの中に位置付けられるものだとはいえます。
ファンダムの形成
先に「DCユニバースの歴史」と書きましたが、スーパーヒーローコミックスの物語は繰り返し何度も時代を遡行して書き換えられてきたものの集積です。
その物語内での「歴史」は頻繁に変更されているため、スーパーマン、バットマン、スパイダーマンといったキャラクターの知名度の高さに対して、現在進行形で刊行されているコミックブックの物語は非常にハイコンテクストであり、前提知識のない一般読者にとってはたいへんわかりづらく、参入障壁が極めて高いコンテンツであることが、出版社や業界関係者、批評家からだけではなく、読者であるコミックスファンからもたびたび指摘されてきました。
このシリーズのタイトル名はDCコミックスの歴史を解説する公式ガイドブック『ヒストリー・オブ・DCユニバース(History of The DC Universe)』[15]のもじりになっており、「ジ・アザー」つまり「もう一つ」という言葉がこの作品が持つ批評的な性格を表しています。
この『ヒストリー・オブ・DCユニバース』のような物語やキャラクターの設定をまとめたサブテキスト的な出版物は日本でもアニメやマンガに関連して出版されていますが、日米問わずこの種の情報が商品化されるきっかけは受け手側からの働きかけ、つまりファン活動にありました。
アメリカでのコミックファンダムの形成は先行するSFファンダムをベースにしたもので、アメリカのコミックファンダム史家、ビル・シェリー[16]によれば、1950年代半ば頃からSFファンによる30年代の新聞掲載のコミックストリップや40年代のコミックブックを回顧するエッセイがファンによる自費出版物(ファンジン、日本でいう同人誌)に掲載されるようになり、1961年のミシガン州デトロイトに住む科学者ジェリー・ベイルズとのちにマーベル、DCで編集者、脚本家として活躍するようになるロイ・トーマスの二人によるファンジン『アルターエゴ(Alter Ego)』の創刊以降、「コミックス」というメディア、ジャンルに特化したファン活動が明示的に活発化し、組織化されていきます。[17]
このアクティブにコミックスに関する情報を収集し、積極的に相互にコミュニケーションをとる「コミックスファン」が登場したことで、初期にはアーティストや脚本家の名前がクレジットされていないことも珍しくなかったアメリカンコミックス、コミックブックの制作者や作品、キャラクターに関する情報はまずファンの間で積極的に収集され共有、整理されていったわけです。
スーパーヒーローマーケットが拡大していった80年代、DC、マーベルが刊行をはじめた『ヒストリー・オブ・DCユニバース』やキャラクター辞典『オフィシャル・ハンドブック・オブ・マーベルユニバース(Official Handbook of the Marvel Universe)』[18]、『フーズ・フー・イン・ザ・DCユニバース(Who’s Who in the DC Universe)』[19]といった公式ガイドブック企画は、新規読者へのサービスであるとともに、こうしたコミックファンたちのコミュニティー/マーケットの成長がその背景にあります。
ゴールデンエイジのコミックスクリエイター
60年代にマーベルコミックスの編集責任者だったスタン・リーは、こうしたファン、読者の存在にもっとも敏感だった業界人のひとりでした。
彼は1967年から自社のコミックブックに「スタンズ・ソープボックス(Stan’s Soapbox)」と題するコラム欄を設けて読者に直接語りかけ、マーベルのアーティストやライター、編集者を軽快な筆致でキャラクター化し、ときに文中で読者の投書に応答してコミュニケーションをとってみせていました[20]。こうした作り手と受け手の緊密な関係の中でアーティストやライターがファンによって偶像化されてきた点に60年代以降のアメリカのスーパーヒーローコミックスという文化のひとつの特徴があるのですが、逆にいえばそれ以前のコミックブックの作り手の姿は読者にとって見えづらいものでした。
コミックス・パッケージャーによって一冊ごとにまとめて集団制作されていた50年代までのコミックブックはおそらく制作プロセス自体が共同著作物に近いものだったと思われ、同一のキャラクターを主人公にした作品であっても、号によってアーティストやライターが違っていることが珍しくありません。
こうした制作環境の中では、個々のアーティスト、ライターの存在は(クレジットの有無にかかわらず)匿名的なものにならざるを得なかったでしょう。スーパーマンのジェリー・シーゲルとジョー・シャスターやキャプテン・アメリカのジョー・サイモンとジャック・カービーのような傑出したキャラクターやアートスタイルをつくりだし、現在まで名を残しているクリエイターたちは当時のコミックブック業界にとっては例外的な存在だったのです。
また、アメリカンコミックスにおいては「クリエイターの人種的多様性」という大きな問題があります。
「コミックスと人種」という問題設定をした場合、劇中登場人物の人種的偏りが議論されるケースが多いように思うのですが、実際にはコミックスにまつわる人種問題はクリエイターや読者の人種構成に関しても存在しているものです。
特に初期のコミックブック産業においては、アフリカ系に対する人種隔離政策や日系人強制収容の影響などもあり、アフリカ系アメリカ人や日系アメリカ人クリエイターの存在はきわめて微妙な政治性を孕むトピックでした。
アメリカ合衆国における人種差別
日本人にとってアメリカ合衆国の人種差別問題はそれ自体わかりにくいものですが、まず前提として認識しておくべきポイントは17世紀から19世紀にかけてアメリカ大陸に連れてこられた現在のアフリカ系アメリカ人たちの始祖のほとんどは奴隷商人によって生地から強制的に奴隷として連行されてきたひとびとだった、という点でしょう。
ヨーロッパからの移民がつくりあげたアメリカ合衆国という国家はその開拓期において労働力として黒人奴隷[21]を利用していたわけです。有名な「独立宣言」の起草者である第三代合衆国大統領トマス・ジェファーソンも多数の奴隷を所有していましたし、南北戦争中の1863年に第十六代合衆国大統領エイブラハム・リンカーンが「奴隷解放宣言」を発布するまで、この新大陸に移住させられたアフリカ系のひとびとの多くは基本的人権も保証されない身分であることを強制されていました。
「基本的人権」という考え方自体、1789年のフランス人権宣言や1791年のアメリカ合衆国憲法権利章典などで西欧社会において制度化されていったものですが、19世紀のアメリカ社会においてそれは現在の国際社会において信じられているようなすべての人間に対して「生れながら」に保証されている自明の権利などではなく、ヨーロッパ系白人のみに保証される特権だったのです[22]。
現代の日本人である私たちにはそれ自体想像しづらいことですが、当時のアメリカ社会は基本的に「白人至上主義(White Supremacy)」であり、アメリカ大陸の先住民であるネイティブ・アメリカンやアジア系に対してもこれに類する社会制度上の差別が存在していました。ネイティブ・アメリカンもその多くがアフリカ系同様に奴隷にされたうえ、自由身分であっても限られた居留地に強制移住させられ、当時の法律では黒人もネイティブ・アメリカンもアジア系移民も合衆国の市民権を得ることはできませんでした[23]。
日本人労働者のアメリカ移住は1853年に日米和親条約、日米修好通商条約が締結され鎖国状態を脱して以降の現象ですが、特に1882年にアメリカで中国人労働者の移民を禁止する「中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)」が制定されて以降、中国系に変わる安価な労働力として急増します。しかし、当時の「黄禍論(Yellow Peril)」[24]を背景にしたアジア人排斥の動きに呼応して1924年に「移民法(Immigration Act)」が制定され、アジアからの移民自体がこれ以降規制されることになりました。この時期を境に日本からの移民は第二次世界大戦後の1965年の移民法改正までできなくなったのです。
その後、日米開戦に伴い、1942年に第三十二代合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトが軍管理地域に居住する敵性外国人の強制収用を許可する「大統領令9066号」[25]に署名、該当地域として指定されたハワイとアメリカ西海岸に住む日本人移民と日系人はアメリカ陸軍によって隔離施設へと強制収容されることになりました。
コミックブック業界の「透明人間たち」
以上の歴史的な経緯を見てもわかるように、アメリカ合衆国における人種間対立、人種差別の根底にはヨーロッパ系移民の末裔による「白人至上主義」という考え方が存在しています。
この「白人至上主義」は、最初から多民族によって建国された移民国家であるにもかかわらず、アメリカ合衆国という国を「白人」の国家と位置づけ、ネイティブ・アメリカンや黒人、アジア人、アラブ人、ユダヤ人といった自分たち以外の人種を社会にとっての異分子、脅威と捉えるものです[26]。
たとえば1863年の奴隷解放宣言以降もアフリカ系アメリカ人は1866年の「公民権法(Civil Rights Act)」制定まで市民権は認められておらず、その後も南部諸州を中心に州法レベルで参政権の制限や就業における人種隔離の強制がおこなわれていました。これらの制度化された差別の撤廃を求めて第二次世界大戦後に全米各地でおこなわれた抗議運動が、1954年から1968年の「公民権運動(Civil rights movement)」[27]でした。
逆にいえば、こうした民族間の分裂、対立を国内に抱えていたからこそ、アメリカ合衆国は、第二次世界大戦時、戦時作家会議によって国家の民族的多様性の理想化をアメリカ国内に向けた戦時プロパガンダとしておこなう必要があったわけです。
一方、1940年代のコミックブック業界の企業、関係者はニューヨークに集中しており、軍管理地域に指定されていないこの都市で居住、就労していた日系アメリカ人は強制収容の当事者にはなりませんでした。
このため、のちにヴァリアントコミックスでリメイクされることになる『ドクター・ソーラー』のオリジナルアーティストであるボブ・フジタニ[28]やフレッド・キダ[29]といった太平洋戦争開始前に業界に参入した日系人コミック・アーティストたちは、(差別的な視線に晒されたであろうことは想像に難くないにしろ)戦時中も多くの作品を発表し、戦後に続くキャリアを築いています。
もちろん、彼らほど幸運ではない、「敵性外国人」として強制収容された西海岸在住の日系アメリカ人の若者たちは、仮にコミック・アーティストとしてのキャリアを積みたいという希望を持っていたとしても、叶えようがない境遇に置かれていました。
ただ、じつはアフリカ系コミック・アーティストたちの境遇も、日系人たちのそれと比べても相当皮肉で、ある意味でより辛辣なものでした。
2020年に刊行されたコミックス・ジャーナリスト、ケン・クァトロによる『インビジブル・メン: ブラック・コミックブックアーティストの先駆者たち(Invisible Men: The Trailbrazing Black Black Comic Books)』[30]という、コミックブック最初の黄金期である1940年代に活躍したアフリカ系のコミック・アーティストたちのライフストーリーを十五年の歳月をかけて資料を集め、丁寧に追った素晴らしい本があります。
同書に収録されたアーティストたちの人生はいずれもきわめて興味深いものですが、共通するのは「アフリカ系である」こと自体が現在よりはるかに重い意味を持っているということです。
たとえば最初期のオリジナル・コミックブックである『ニュー・ファン(New Fun)』[31]のアーティスト、アドルファス・バロー[32]は自身がアフリカ系であることを隠し、公式には白人であるとしていました。
クァトロは同書のイントロダクションにおいて、自身がこの調査をはじめるまでいかに黒人の歴史やアフリカ系に対する差別について無知であったかをまず率直に認め、その上でコミックファンのあいだですらほとんど興味を持たれてこなかった彼ら黒人アーティストたちの無名性の原因を「彼らは戦地に赴いた白人アーティストたちの代わりだった」と端的に指摘しています。そして、「白人たちが戦地から帰還したら、彼らは職を失ったのだ」とつけ加えているのです。
ステロタイプからの脱却
これら初期のアフリカ系コミック・アーティストたちへの扱いは、制度的な強制や意図的なハラスメントとはいえませんが、無自覚な分、より隠微なかたちの差別意識、白人至上主義的な価値観を発露したものではないかと思います。
ケン・クァトロが自省的に語るように、彼らはコミックファンにとってすら「見えない人間」だったのです。
しかも、彼らがそうした不安定な立場で描いていたのは、ほとんどが白人のヒーロー、白人の美女たちの物語でした。
黒人のキャラクターは出てきたとしても、おどけたコメディ・リリーフか暴力的で怪物のような悪役ばかり。この点は自身と同じ民族を醜悪で間抜けな悪役として描かなければならなかった日系アメリカ人たちにも同じことがいえますが、当時のコミックブックにはアフリカ系やアジア系の読者のための物語はほとんど存在していません。
そこで語られる物語自体が白人至上主義をメッセージとして内包するものだったのです。
こうした状況が変化していったのが、1960年代の「白銀時代」、マーベルとDCがスーパーヒーローコミックスの物語を競い合うように革新、近代化していった時期でした。
ファンタスティック・フォーやスパイダーマンでヒーローたちに近代的な、変化していく「内面」を与えたスタン・リーは、公民権運動が盛り上がりを見せるなか、1966年にファンタスティック・フォーの協力者となるアフリカの王、ブラックパンサー[33]を登場させ、翌1967年にはスパイダーマン/ピーター・パーカーがカメラマンとして働く新聞社の嫌味な社長とピーターのあいだを取り持つ紳士的で落ち着いた物腰の編集者、ロビー・ロバートソン[34]を創り出しました。その後も、現在では映画やテレビドラマにも登場しているキャプテン・アメリカの協力者ファルコン/サム・ウィルソン[35]など、60年代のマーベルコミックスはまず「既存の人種的ステロタイプ」には収まらない「人間」としてのアフリカ系アメリカ人をスーパーヒーローの物語の中に送り出していったのです。
このマーベルの動きに呼応するように、DCコミックスのスーパーヒーローたちの物語、キャラクターたちも同時期に近代的な奥行と複雑さを獲得していきました。
DCコミックスにおいてこうした動きの中核を担っていたのが、脚本のデニス・オニールと作画のニール・アダムスの黄金コンビです。彼らは70年代の『バットマン』、『グリーン・ランタン/グリーン・アロー』といった人気キャラクターたちの物語に、戦争犯罪[36]や人種差別[37]、若者のドラッグ中毒[38]など、同時代の生々しい社会問題を積極的に持ち込んでいきました。オニールとアダムスはスタン・リーが切り拓いたリベラルな人間ドラマとしてのスーパーヒーローコミックスの世界に、よりリアリティのある人物描写とともに社会的なテーマを持ち込んだのです。
エスニック・エンターテインメント
1970年代から1980年代にかけて、スーパーヒーローコミックスに人種的マイノリティのヒーローが登場してきたもうひとつの大きな要因として、ブラクスプロイテーション映画[39]やカンフー映画[40]、ソウルやディスコミュージックなど、他のポピュラーカルチャージャンルでのアフリカ系やアジア系のエンターテインメントコンテンツがヒットし、市場を拡大していったことが挙げられます。
特にB級娯楽映画であったブラクスプロイテーション映画、カンフー映画は、かつてパルプ雑誌が新興のコミックブックというメディアに対してヒーロー像の原型を供給したように、当時のコミックブック産業にアフリカ系、アジア系のスーパーヒーローキャラクターのわかりやすい典型例を提供するものでした。
マーベルコミックスは1972年に映画に登場するアフリカ系のストリートヒーローをそのままコミックス化したようなルーク・ケイジ[41]を登場させ、DCコミックスは1977年に「映画を観てコスチュームを着て自警活動することを決意したアフリカ系の高校教師」という、ブラクスプロイテーション映画のパロディ的な設定を持ったヒーロー、ブラックライトニング[42]を送り出しました。
このブラック・スーパーヒーローたちが登場した時期は、同時に戦後のマーベル、DCというメジャーコミックブック出版社のスーパーヒーローコミックス制作現場に、はじめてアフリカ系のアーティストたちが登場を果たした時期でもありました。
マーベルでルーク・ケイジ、ブラック・パンサーのシリーズで作画を担当したビリー・グラハム[43]、DCコミックスでブラックライトニングのデザイン、作画を担当したトレヴァー・フォン・イイデン[44]という、このふたりの黒人アーティストたちの登場を皮切りに、1980年代に入ると、デニス・コーワン[45]、ドウェイン・マクダフィ[46]など1960年代生まれのアフリカ系アメリカ人のアーティストや編集者、ライターが次々とコミックブック業界に参入するようになりました。この世代のクリエイターたちが後述する「マイルストーン・メディア」設立など、果敢に業界に新風を吹き込んでいくことになるのです。
カンフー映画の影響から登場したキャラクターとしては、マーベルコミックスが当時ライセンスを保有していたサックス・ローマーの小説から派生した悪役フー・マンチューの息子[47]、シャン・チー[48]がまず挙げられます。1973年に初登場し、2021年にMCU映画のタイトルキャラクターにもなった彼は、戦前の黄禍論の系譜を引く「東洋の悪魔」の力の後継者でありながら、のちに改心しヒーローになる人物です。
DCコミックスも1975年にカンフー映画的なストーリーのタイトル『リチャード・ドラゴン カンフー・ファイター』[49]をスタートさせていますが、こちらの主人公はアジア系ではありません。
この時期以降、こうした他ジャンルでの流行から、アフリカ系であれば派手なストリートファッションやタフガイ的な性格づけ、東洋系のバックグラウンドがある場合はマーシャルアーツを使い東洋哲学を語るといった「オリエンタルな人物類型」がヒーローやサブキャラクターにも持ち込まれるようになりました。
戦後のアメリカは、60年代の公民権運動やその後の「ブラック・パワー」[50]の提唱などを経て、制度面での人種的不平等の撤廃を実現するとともに、大衆文化市場においてもアフリカ系をはじめとする人種的マイノリティーの発言力を増加させていったのです。
マイルストーン・メディアとその後
コミックブック産業では、80年代半ば以降、コミックショップ流通が整備され、この新しい市場を主要なターゲットとするコミックファンが設立にかかわる独立系出版社の活躍が目立つようになりました。
90年代に入るとヴァリアントカバーなどのマーケティングギミックやキャラクターマーチャンダイズの拡大などもあり、投機的な性格の強い「コミックスブーム」が起きますが、この時期にイメージコミックス[51]やヴァリアントコミックスと並んで注目された、新しいインディペンデント出版の試みとして、1993年に出版活動をはじめた「マイルストーン・メディア」[52]の存在があります。
1980年代にデビューした四人のアフリカ系クリエイターによって「黒人のクリエイターによる黒人のスーパーヒーローコミックス」を出版するために設立されたこの組織は、厳密にいえばコミックブック出版社ではなく、「現代版コミックス・パッケージング・サービス」のような存在です。
マイルストーン社の特徴は、同社自体はコミックブックの制作のみを担当し、印刷、出版、流通はDCコミックスに委託するかたちをとりながら、コンテンツやキャラクターの知的財産権(IP)はDCコミックスではなく自社が保持する、という画期的なビジネスモデルを実現した点にありました。
設立当初はDCコミックスの世界観から完全に独立した別ユニバース、独自の新キャラクターたちの物語としてはじまったマイルストーン・メディアのコミックスは、業務委託や買取ではなく、大手出版社から刊行されながらもクリエイター側が創作面で完全なフリーハンドを持つタイプのスーパーヒーローコミックスとして、新しいかたちを提案するものだったのです[53]。
残念ながら、投機的なブームの中で供給過多に陥っていた当時のスーパーヒーローコミックスのにおいては、白人至上主義的なこのジャンルに対するアンチテーゼ、コミックス版「ブラック・パワー」のような意味を持つ「ブラック・スーパーヒーロー」ユニバースとして構想されたマイルストーン・メディアのヒーローたちはその後もアニメーションなどでは活躍し続けますが、1997年にコミックブックの世界からいったん姿を消すことになります。
この「ダコタバース」と呼ばれるDCコミックスとは異なるユニバースの物語として語られた第一期マイルストーン・コミックス[54]は、内容面においても(いちおうの理由づけはあるものの)劇中に登場するほとんどの超人がアフリカ系であるという、白人至上主義を裏返した「黒人至上主義」ともいうべき世界観になっており、マイルストーン・メディアとDCコミックスが2008年にコミックス展開を再開したあと、けっきょくは2010年に刊行された『マイルストーン・フォーエバー』[55]という二号完結のミニシリーズで、DCユニバースに吸収されるようなかたちで独立したユニバースとしては消滅しています。
皮肉なことですが、ある意味でダコタバースはDCユニバースに統合されることで、物語内での民族的な多様性を回復したともいえるわけです。
1930年代のコミックブックの誕生から2020年代の現在まで、アメリカ社会の変化とコミックス表現の洗練、進化の中で、アフリカ系、アジア系をはじめとするアメリカにおける人種的マイノリティーのクリエイターたちは少しづつ適正な権利や評価を獲得し、物語の中のキャラクターたちもあり方を変え続けてきました。
第二次トランプ政権下のアメリカでは、人種間の対立と緊張が高まり続け、コミックブック業界やファンダムでもコミックスゲートのようなバックラッシュ的な動きが顕在化しています。
そういう現在だからこそ、変容するアメリカ社会と併走するようにスーパーヒーローコミックスの中で描かれてきたアメリカの正義や自由、そして多様性がどのようなものであり、どう変化してきたのかを、改めて考える必要があるのではないでしょうか。
注
[1] John Ridley脚本, Andrea Cucchi, Giuseppe Camuncoli作画, “The Other History of The DC Universe”, 2020, DC Comics
[2] Free Negro 1865年の奴隷制廃止以前のアメリカにおいて自由市民としての権利を有する用語。
[3] Steve McQueen, “12 Years a Slave”, 2013, Regency Enterprises
[4] John Ridley アメリカの映画監督、小説家、脚本家、テレビプロデューサー。コミックスの脚本は2004年の“The Authority : human on the inside”が最初の作品である。小説家としての著作は複数邦訳がある。
[5] Tatsu Yamashiro 夫と子供を殺され、殺し屋になった元専業主婦。Mike W. Barr脚本, Jim Aparo作画, “Introducing: Batman & Outsiders”, “Brave and Bold”#200, 1983, DC Comicsで初登場。オリジンストーリーはMike W. Barr脚本, Jim Aparo作画, “Batman & Outsiders”, 1984, DC Comics掲載。John Ridleyは日本在住経験があるのだが、“The Other History of The DC Universe”での彼女の日本時代の描写は彼女が血まみれの日本刀を抱えたまま街中を彷徨しているのにまったく警察に収監もされないという荒唐無稽なものになっている。
[6] この作品にはほぼ台詞がなく、各章の主人公のモノローグのみで物語が描かれているため、文章のフォーマットとしては小説に近い。
[7] Black Lives Matter 2013年からインターネット上で展開されはじめたアフリカ系に対する人種差別反対を訴える運動。ネット発の動きだが、2014年以降はデモなどの直接行動にもつながっており、2020年のジョージ・フロイド事件以降はこの標語を掲げたデモがアメリカ国内において暴動に発展するケースも増加した。
[8] たとえば、John Ridleyはこうした社会状況の中で、動画配信サービスが「奴隷制を肯定する南北戦争以前の南部の文化」を理想化した物語である『風と共に去りぬ』をお勧め作品としていることを批判した記事を発表している。John Ridley, “Hey, HBO, ‘Gone With the Wind’ romanticizes the horrors of slavery. Take it off your platform for now”, “Los Angels Times”, 2020, https://www.latimes.com/opinion/story/2020-06-08/hbo-max-racism-gone-with-the-wind-movie
[9] DC Black Label 2018年に設立された、DCコミックスの既存キャラクターを扱いながら、主流ストーリーラインの世界設定やストーリー展開から離れて、作品ごとにクリエイターが自由に創作をおこなえることをコンセプトにした新レーベル。
[10] 典型的なものとして、2021年3月にジョージア州アトランタ州で起きたアジア系のスパでの銃乱射事件があり、8人が殺害され、うち6人がアジア系の女性だった。
[11] Pride Month アメリカ合衆国では、1999年にBill Clinton大統領によって6月が公式に性的少数者の権利保護のための記念月間として認定された。
[12] Black History Month 1976年、Gerald Ford大統領によって2月が公式にアフリカ系人種人権保護記念月間として認定された。
[13] Asian American and Pacific Islander Heritage Month 1990年、George H. W. Bush大統領によって5月がアジア、環太平洋諸島民族文化記念月間として認定された。
[14] この種の企画はこれ以前にも出版されているが、不定期であり、毎年の定番的な企画になるのはこの時期以降。また、現在のアメリカで今後この種の企画が継続されていくかも不透明である。
[15] History of The DC Universe 1986年、フルスケール・クロスオーバー“Crisis on Infinite Earths”終了後に、刷新されたDCユニバースの世界観を読者に対して解説するために発売された全二巻のミニシリーズ。Marv Wolfmanがテキストを、George Pérezがイラストレーションを担当した。DC Comics90周年を記念し、現在の設定を元にした新しいガイドブックブックシリーズ“New History of The DC Universe”(Mark Waidテキスト, Jerry Ordway, Todd Nauck, Brad Walker, Michael Allred, Doug Mahnke, Dan Jurgens他アート)が全4号予定で2025年に刊行されている。
[16] Bill Schelly アメリカのライター、編集者。60年代にコミックスファンとしての活動をはじめ、90年代からコミックブックファンダムの歴史を記録する活動をはじめた。2019年没。
[17] こうした初期のコミックファンダムの形成や活動に関してはBill Schellyによる“The Golden Age of Comic Fandom”, 1999, Hamster Press、“Comic Fandom Reader”, 2002, Hamster Pressなどのコミックファンダム研究や資料アンソロジーに詳しい。
[18] Official Handbook of the Marvel Universe 最初のバージョンが刊行されたのは1982年だが、その後何度もアップデートされたバージョンが刊行されている。
[19] Who’s Who in the DC Universe こちらも最初のバージョンの刊行は1985年だが、その後何度もアップデートされている。マーベルのオフィシャルハンドブックがコミックブックなのに対し、項目ごとに切り離せるルーズリーフ形式で刊行された。
[20] このコラムはのちに傑作集のようなかたちで単行本も刊行されている。Stan Lee, “Stan’s Soapbox: The Collection”, 2008, Hero Initiative
[21] 本稿では記述の整理のために、部分的にヨーロッパ系アメリカ人を「白人」、アフリカ系アメリカ人を「黒人」と記述する。
[22] 基本的人権が普遍的な生得の権利であるという認識が国際的に普及したのは、1948年に第二次世界大戦への反省から国際連合で「世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)」が採択されて以降のことだと考えられる。
[23] 1790年に制定された、アメリカ合衆国の市民権付与について定めた「帰化法(Naturalization Act)」では、明確に市民権を取得できる人種を「白人」に限定しており、ネイティブアメリカン、黒人、アジア人の市民権取得は否定されていた。このような制度的な人種差別は以降段階的に緩和されていくが、1952年に制定された「移民国籍法(Immigration and Nationality Act)」で人種条項が公式に廃止されるまでは維持されていた。
[24] Yellow Peril 19世紀から20世紀前半にかけて欧米で流行したアジア脅威論の総称。パルプ小説やコミックブックにはこの影響からアジア人の悪役が数多く登場する。
[25] “Executive Order 9066: Resulting in Japanese-American Incarceration (1942)”, “National Archieves”, https://www.archives.gov/milestone-documents/executive-order-9066
[26] 実際には、いわゆる「白人」コミュニティー自体、ドイツ系、イタリア系、アイルランド系、イングランド系、北欧系……など、複数の民族の複合体であり、これ自体が仮想的なものに過ぎない。
[27] Civil rights movement これ以前から公民権、市民権を求める運動は存在するが、戦後の運動を特徴づけているのは非暴力と市民的不服従(市民が行政組織による法的規制、命令に対してボイコットの意思を表明すること)を特徴とする。運動としてはアフリカ系アメリカ人に限定されたものではないが、抗議行動の直接的なきっかけの多くがアフリカ系に対する人種隔離であるため、「黒人公民権運動」と呼ばれることがある。
[28] Bob Fujitani アメリカのコミック・アーティスト、イラストレーター。日系アメリカ人の父とアイルランド系イギリス人の母の元で生まれた。十代からコミックブック業界で働き始め、戦後は“Prince Valiant”や“Flash Gordon”といった古典コミックストリップのアーティストもつとめている。2020年没。
[29] Fred Kida アメリカのコミック・アーティスト。日系アメリカ人。戦中から戦後にかけて戦記物や西部劇、ホラーなど幅広いジャンルの作品を手がける。Bob Fujitaniとはアートスクールでの同窓。2014年没。
[30] Ken Quattro, “Invisible Men: The Trailbrazing Black Black Comic Books”, 2020, Yoe Books
[31] New Fun 1935年に創刊されたアメリカ初の全編オリジナルのコミックブック。最初に広告が掲載され定価をつけて販売されたコミックブック。
[32] Adolphus Barreaux アメリカのコミック・アーティスト、イラストレーター、編集者。DCコミックスの前身ナショナル・アライド・パブリケーションズに雇用され、主に探偵もののコミックスの脚本、作画を担当した。白人として活動したアフリカ系コミック・アーティストは他に新聞連載のコミックストリップ“Krazy Kat”で著名なGeorge Herrimanがいる。1985年没。
[33] Black Panther 1966年に刊行された“Fantastic Four”#52(Stan Lee脚本, Jack Kirby作画, Marvel Comics)で初登場したワカンダ王国の王。1973年に“Jungle Action”#5から連載されたストーリーではじめて主人公をつとめた。2018年には映画“Black Panther”が公開された。
[34] Robbie Robertson 1967年、“The Amazing Spider-Man”(Stan Lee脚本, John Romita作画, Marvel Comics)で初登場した新聞社Daily Bugleの編集者。
[35] Sam Wilson 1969年刊行の“Captain America”#117(Stan Lee脚本, Gene Colan作画, Marvel Comics)で初登場したCaptain Americaのサポーティング・キャラクター、スーパーヒーロー。Marvel Cinematic Universeにも映画“Captain America: The Wintor Soldier”(2014)からレギュラー的に登場している。
[36] Dennis O’Neil脚本, Neal Adams作画, “Night of The Reaper”, “Batman”#237, 1971, DC Comics
[37] Dennis O’Neil脚本, Neal Adams作画, “No Evil Shall Escape My Sight!”, “Green Lantern”#76, 1970, DC Comics
[38] Dennis O’Neil脚本, Neal Adams作画, “Snowbirds don’t Fly”, “Green Lantern”#85, 1971, DC Comics
[39] Blaxploitation 1970年代にアメリカで流行したB級映画のジャンル。基本的には黒人の観客向けにつくられたロマンチックなアクション映画であり、アフリカ系の用心棒、私立探偵といったストリートレベルで犯罪者と共存しながら周囲の仲間を守るために腐敗した白人権力者と戦う、といったドラマが描かれる。
[40] Kung fu film 香港発祥の中国武術を中心に据えたアクション映画のサブジャンルの一つ。1971年のBruce Lee初主演作“The Big Boss”のアメリカでの大ヒットを受け、世界的に広まった。
[41] Archie Goodwin脚本, George Tuska作画, “Luke Cage, Hero for Hire”#1, 1972, Marvel Comics
[42] Tony Isabella脚本, Trevor Von Eeden作画, “Black Lightning”#1, 1977, DC Comics
[43] Billy Graham アメリカのコミック・アーティスト、役者、脚本家。1969年にWarren Publishingからデビュー。1972年にMarvel Comicsに移籍。Luke CageやBlack Pantherの単独誌で作画を手掛ける。1999年没。
[44] Trevor Von Eeden アメリカのコミック・アーティスト。1975年にDCコミックスからデビュー。1977年、DC初の黒人タイトルキャラクター、ブラックライトニングのキャラクターデザイン、本編作画を担当する。
[45] Denys Cowan アメリカのコミック・アーティスト、アニメーター。1980年にDCコミックスからデビュー。インカーBill Sienkiewiczとのパートナーシップが印象的な1987年の“The Question”など、戦後第二世代アフリカ系コミック・アーティストの代表的存在で、Milstone Media設立者のひとり。
[46] Dwayne McDuffie アメリカの脚本家、編集者、プロデューサー。1987年にマーベルコミックスに編集者として入社。Milstone Media設立者のひとり。コミックスだけでなく、アニメーションやドラマなどの脚本執筆、プロデュースもおこなっている。2011年没。
[47] この設定はマーベル1983年にFu Manchuの使用権を喪失したために微妙に改変され、通常別の名前で呼ばれるようになっている。
[48] Steve Englehart脚本, Jim Starlin作画, “Shang-Chi Master of Kung Fu”, “Marvel Special Edition”#15, 1973, Marvel Comics
[49] Dennis O’Neil脚本, Leopoldo Duranona作画, “Richard Dragon Kung Fu Fighter”#1, 1975, DC Comics
[50] Black Power 非暴力、不服従を掲げた公民権運動に対して、より直接的な抗議行動をもって人種差別と闘争すべきだとするアフリカ系アメリカ人による反差別運動。アフリカ系の民族としての誇りを強調した。
[51] Image Comicsの場合、創設者7人のうち、韓国系のJim Lee, フィリピン系のWhilce Portacioと二名がアジア系である。
[52] Milestone Media 1993年にDwayne McDuffie、Denys Cowan、Michael Davis、Derek T. Dingleが設立したコンテンツ制作版権管理会社。
[53] これ以前にも出版は大手コミック出版社でIPはクリエイターが保持するスーパーヒーローコミックスは存在するが、個人作家の単発作品としてのもので、ユニバース展開し、そのすべてのタイトル、キャラクターのIPをクリエイター側が保持する例はない。
[54] この第一期Milestone Comicsとその読者、ファン層についてはJeffrey A. Brown, “Black Super Heroes, Milestone Comics and Their Fans”, 2001, University Press of Mississippi
[55] Dwayne McDuffie脚本, Denys Cowan他作画, “Milestone Forfver”, 2010, DC Comics
