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2026.01.22

複雑なものを複雑なままに――『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー

Creator's Words / 深田晃司

『さようなら』『淵に立つ』『LOVE LIFE』など多彩な作品を発表し、国際的な評価を受けている深田晃司。彼が新たな題材に選んだのは女性アイドルの恋愛だった。恋愛したことによって所属事務所から訴えられる主人公・山岡真衣役の齊藤京子をはじめ、アイドル経験を持つキャストらによって生み出された『恋愛裁判』は、まったく新しい「アイドル映画」だ。深田がどのようにこの題材と向き合ったか、ファンとの特殊な距離感やきらびやかなステージなどアイドルとその業界が持つ特質がどう演出や撮影に展開されたかなどを聞いた。

――深田さんが女性のアイドルを題材にされたことが意外でした。女性のアイドルが主人公の映画を構想したきっかけから教えてください。

深田晃司(以下、深田):驚きからです。2015年の末にたまたまウェブの新聞記事で、アイドルの女性の方がファンと恋愛をして、事務所から損害賠償請求をされたことを知ったんです。契約書に恋愛を禁止する項目があり、それを侵したということで裁判になっていて。日本に住んでいるので、アイドルにとって恋愛は御法度というのは暗黙の了解レベルで認識はしていたんですけど、それが契約書に明記され、裁判になっていることに衝撃を受けました。一線を越えているように思えたし、人権の問題でもあると感じました。自分がアイドルに詳しくないからこそ驚けたんだと思うのですが、その衝撃がスタート地点でした。

■言葉と主体性

――齊藤京子さん演じる山岡真衣が「自分の言葉」を獲得していく物語になっています。構想当初から言葉が重要になると思っていました?

深田:まったく思っていなかったです。最初に浮かんだのは、アイドルが持つきらびやかでカラフルで柔らかな曲線による世界と、裁判所がイメージさせる硬質で直線的で緩みのない冷たい世界が、ひとつの映画の中で共存するというイメージで。両極のそのふたつの世界を衝突させられたらすごく面白いな、と考えていました。

『恋愛裁判』©2025「恋愛裁判」製作委員会

――労働や人権という思想よりも、対比的なイメージが先にあったんですね。

深田:労働意識と人権意識だけでは映画にならないので(笑)。映画にできることは、先程お伝えしたようなイメージの衝突だと考えています。その衝突によって化学反応が起こることで、ひとつの作品がかたち作られていくのかな、と。

――なるほど。とはいえ本作ではアイドルの労働や人権というものも描かれています。それらは取材によって固めていかれたんですか?

深田:発端の記事は人権問題だと感じましたが、一方で、自分は、アイドルに詳しいわけじゃなく、好きも嫌いもなかったんです。だからこそ様々なかたちで取材をしましたし、フラットに向き合えた部分もあると思います。取材の中で特に印象に残っているあるアイドルのドキュメンタリー映像があって。もしかしたらオミットされているだけなのかもしれないんですが、少なくともそこにはアイドルの方たちが主体的に何かを決めている瞬間がほぼ映っていなかったんです。その主体性の希薄さについて考えていくうえで、先程おっしゃられた「自分の言葉」を獲得することが物語の重要な要素になっていきました。

――討議によって解決を目指す「裁判」だけでなく、アイドルという職業からも「言葉」が重要な要素として浮かび上がってきたんですね。

深田:ただ、確かにアイドルという職業において主体性の希薄さは目立つかもしれませんが、少し枠を広げれば、例えば日本の芸能事務所と俳優の関係でどこまで俳優は主体的であるのか、さらに広げて、一般企業における会社員はどこまで主体的であるのか、と考えていくとアイドルに限定した問題ではないんですよね。日本という国自体、個よりも全体の論理や調和が優先されがちで、もはや風土的ですらさえある。そういった主体性の問題が、アイドルという業界に濃縮されているともいえるので、その環境の中で主人公の真衣が何を考えていくかを構想する中で、現在の脚本が組み上がっていきました。

――「何を考えていくか」という部分に関してですが、真衣がある大きな決断をした後、裁判のシーンがごそっと削られています。彼女が主体的に言葉を発していくシーンを大幅に削ったのはどうしてですか?

深田:『恋愛裁判』というタイトルは企画当初から自然とついていましたが、実際恋愛と裁判が半々ぐらいのボリュームになることを想定していました。ただ、改稿を重ねるうちに裁判シーンを削ることになったのは、日本の民事裁判があまりに地味で画にならないというのもあるんですが(笑)、法廷劇にしてしまうと裁判に勝ったか負けたかが物語の焦点になってしまうからです。勝ち負けが焦点になると、この作品で描くべきことが見えづらくなる。法的な結果ではなく、真衣の決断とその過程こそが重要であり観てもらいたかったので。

――彼女が所属していたグループ・ハッピー☆ファンファーレのメンバーで、小川未祐さんが演じる大谷梨紗は、自身で楽曲を制作するようになります。真衣の裁判だけではなく、梨紗の作詞というかたちでも「自分の言葉」を獲得していく過程を描いたのはどうしてですか?

『恋愛裁判』©2025「恋愛裁判」製作委員会

深田:それはアイドルという職業について自分が感じるある種の不条理さが、彼女らの歌う楽曲に象徴されているからです。恋愛が禁じられているアイドルに与えられる楽曲のほとんどがラブソングというのは、とても皮肉なことに思えます。(疑似)恋愛に結びつくようなラブソングを歌い続けるサイクルから抜け出すっていうイメージが、梨紗の作詞にはあります。

■ジャッジしようのないもの

――仲村悠菜さん演じる清水菜々香も含め、アイドルを画一的に描かないように気をつけられている印象でした。

深田:取材していて思ったのは、当然のことなんですが、ひとことでアイドルといっても多様なんですよね。その多様さを描かないで、批判することだけを目的にアイドルを社会問題、アイドル業界を社会悪として単純化するような作り方からできる限り距離をとりたくて。これは自分が映画を作るときの基本的なスタンスではあるんですけど、映画をプロパガンダにしないためには観客の想像力に対して開いていくしかなくて、観てくださった方それぞれのアイドルや恋愛、人権に対する考え方が炙り出されるような作品にしたいと考えてます。観客の方が、真衣だけではなく、梨紗や菜々香のそれぞれの選択に対して、肯定してもいいし、否定してもいいし、どっちでもいいと思っているんです。だからこそ、画一的な捉え方で描くべきではないと強く思っていました。

『恋愛裁判』©2025「恋愛裁判」製作委員会

――「裁判」とタイトルにあるのに、深田さんは終始ジャッジしないように描いているように映りました。

深田:これまでは例えば夫婦の溝であったり、それこそ人の孤独であったり、ジャッジしようのないものをモチーフにしてきたんです。だけど今回、正しいのか正しくないかっていう見え方に簡単に転がってしまうアイドル業界と裁判を扱うからこそ、いつも以上に慎重に描かないと、よりプロパガンダ性の強いものになってしまうと考えていました。自分がこの問題にしつこくこだわるのは、映画や映像がプロパガンダに使われてきた歴史があり、そもそもが映画という表現は避けがたくプロパガンダ性を内在させてしまっている以上、現代の作り手はそこに対して十分に慎重になる必要があるからです。

――確かに、映画で描かれている事象を深田さんがどう判断しているのか、これまでの作品以上にわからないものになっていると思いました。

深田:映画を作るとき、いつもはあまり観客を想定しません。自分が最初の観客で、自分が面白いと思うものは他の人も面白がってくれるだろうと信じるしかない、という願いにも似た感覚で作っていて。でも今回は、自分の中で初めて、アイドルの方やファンの方をはじめとするアイドル業界に関わっている人たちという明確な観客の想定があったんです。欧米の映画祭で上映して、あらためて感じたんですけど、向こうの多くの人にとってアイドルやその業界は、馴染みの薄い、愛着のない、遠い他国のもので。しかも、労働や人権に関わる社会問題として表層的に捉えられているんです。だから欧米の映画祭とそこに来る人たちに向けて作ろうとすれば明快で、アイドル業界の悪い部分を映画の中で濃縮して社会悪として描いて、それをバッサリと批判すればいい。あるいは、その社会的な悪の中で押しつぶされる「かわいそうなアイドル」を描けば、間違いなくウケるだろうなと思います。でも社会悪としてのみアイドル業界を描いたところで、それは元々批判的だった層の溜飲を下げるかもしれないけど、一番観てもらいたいアイドル業界にいる人には届かないでしょう。大上段にモラルを説く説教にしかならないですから。アイドルカルチャーが身近にある日本人の監督だからこそ、複雑なものを複雑なままに描くことが大切だと思っていました。

■距離と光

――ここから演出や撮影についてうかがえればと思います。アイドルや裁判がモチーフになっていることもあり、ステージと客席、証言台と弁護/検事の席と「こちらとあちら」という空間設計がかたちを変えて反復しているのが印象的でした。

深田:それは手癖みたいなところがあります。前作の『LOVE LIFE』では、人と人の距離感と空間の距離感を重ね合わせることを強く意識していました。人の心は見えないから、映像の中でそれを具体的な距離として描くんですけど、でも映像が心理の絵解きになっても面白くないので、難しいな、といつも思います。宮﨑駿監督のように縦の空間も含めて、うまく構築できたらいいんですが。

――握手会という距離がゼロになるイベントが何度か描かれる分、道路を挟んでの携帯でのやりとりや、夜の駐車場での出来事が効いているように思いました。

深田:握手会で距離がゼロになる。確かにそうですね。アイドルとファンにおける距離の伸縮というのはすごく重要だと思っています。握手会などのイベントによって、アイドルにとっての何百、何千、何万人といるファンはマスであるだけではなく、個でもあるという構造になっている。そこに疑似恋愛とビジネスが絡んでくる。その渦中にいるヒロインのアイドル真衣の恋愛を描くのに、ファンとの距離感と恋人となる敬(倉悠貴)との距離感の対比を具体的に明示することは必須でした。

『恋愛裁判』©2025「恋愛裁判」製作委員会

――アイドルの世界と裁判の世界のイメージの対比が最初の構想にあったとのことでしたが、エリック・ロメールの『緑の光線』を想起させるシーンも含め、本作は光の変化が重要な役割を果たしています。

深田:人工的なカラフルな光があふれるステージから、窓のない裁判所という無機質な空間への変化は、最初から意識していました。なので、人工的な光から、光のない空間へと進み、最後に自然光になるという大きな光の変化を描こうと考えていましたね。

――その大きな光の変化の中で、真衣が自身の決断を話すある重要なシーンでの木漏れ日がうまく機能していると思いました。

深田:ありがとうございます。あのシーンが脚本上で最後に一番大きく変わったところです。当初の脚本では、真衣が自身のアイドル論のようなものを語る場面だったのですが、メジャーなアイドルグループでセンターまで務めた齊藤京子さんに演じてもらえることが決まった時点で、自分が考えたアイドル論なんていわせる必要がないと考えて。彼女の存在がそこにあるだけでいいと思ったんです。そうなったときに、じゃあ真衣がそこで何をするのかを考え直す必要が生まれて、それで窓外の景色を見ることになったんです。これは理屈じゃなくて直感的な判断でした。

――人工の光から自然の光へのうまい転換になっていると思いました。

深田:これは想定していなかったことなんですが、ロケ地の部屋の窓がかなり汚れていたんです(笑)。掃除する時間もなかったので、そのまま撮影しているんですが、結果的に埃の奥に木があるという面白いイメージになったと思っています。いい映画かどうかはお客さんが決めることだと思いますが、その条件のひとつに、いかに豊かな偶然をカメラの前に呼び込めるかがあると考えていて。先程名前が出たロメール監督の作品を観ていると、どこまで偶然で、どこまでが狙いなのかわからないじゃないですか? 偶然に頼りっぱなしではダメだと思うんですけど、監督の想定を超えたものをいかに取り入れるかが大事で。ただ、あのシーンは照明部に無理をいって光を作ってもらってもいます。ある人物の肩に木漏れ日が落ちているんですけど、実際にはそこまで影が落ちてこなくて。窓外にある木々を強調したくて現場での咄嗟の判断で、肩に木々の影が落ちるように工夫してもらっています。

■撮影部との協働

――照明の後閑(ごかん)健太さんとは、本作で初めてご一緒したんですよね?

深田:そうです。撮影の四宮秀俊さんのご指名で。後閑さんは、その木漏れ日のシーンだけではなく、先程少し出た「夜の駐車場」のシーンでも無茶な要求に応えてくれて。光が真衣の行動を祝福しているかのようなカラフルな光に包まれたシーンにしたくて。住宅地なんですが光源を作ってくれて。アイドルの恋愛を描こうとすると、夜のシーンばかりになるというのは発見でした(笑)。その分、後閑さんと四宮さんには負荷をかけてしまったのですが、おふたりともさすがのお仕事で、本当に助けられました。

――後閑さんだけではなく、四宮さんとも今回が初ですよね?

深田:そうですね。プロデューサーからの推薦だったんですが、『きみの鳥はうたえる』や『ドライブ・マイ・カー』など四宮さんの撮影された作品が本当に素晴らしくて、いつかご一緒したいと思っていました。四宮さんはワンカット、ワンカットのクオリティーが高くて、捨てカットがない方というイメージがあって。映画の撮影部ってホームランのようなワンカットが撮れればいいんじゃなくて、全カットが少なくともヒットじゃないと困る仕事なんですよね。その点、四宮さんは安定感が本当にすごくて。最初にいった通りふたつの異質な世界観が共存する映画ということもあって、いつも以上に安定感、映画に一本の芯を与えてくれるカメラマンじゃないと難しいと思っていたので、四宮さんにお願いできて本当によかったです。

――アイドルのステージ、裁判所、真衣たちが暮らす寮と、空間の質の落差がすごいので、確かに安定してショットを撮れる方ではないと難しい印象です。

『恋愛裁判』©2025「恋愛裁判」製作委員会

深田:前半パートと後半パートでイメージを変えていこうと企画段階から考えていたので、プロデューサーが安心感も含めて四宮さんを推薦してくれたんだと思います。四宮さんは技術があるだけではなくて、その映画のそのシーンにおいて何が重要なのか理解して、現場の様子を見て臨機応変に対応を変えてくれるんです。自分が想定していたカメラ位置と四宮さんがカメラを置いた場所が違った場合も、理由を聞くと確かにそのロケーションにおいて最良の光を見つけだしてくれていることが少なからずあって。こちらの意図を汲み取ってアップグレードしてくれるというのはもちろんなんですけど、仕事をしていて本当に楽しかったです。

■労働と人権

――深田さんと四宮さんがタッグを組んだ作品を再度観られることを願っています。労働や人権という本作で描かれたものは、action4cinemaという深田さんが関わられている「持続可能な映画界と、そのためのより良い労働環境を求め」る活動との連続性を感じました。

深田:2015年に構想を開始した作品なので、2022年に立ち上がったaction4cinemaの影響は自分ではないと思っています。これはあらゆる表現にいえると思うんですけど、作品は作り手にどういうふうに世界が見えているかのフィードバックだと思うんです。だからアイドルやその業界を自分以外の方が描いたら、例えばアイドルとしての成功物語になったり、青春映画になったり、ライブのパフォーマンスのかっこよさが中心になったり、色々な切り口が生まれるのが当然で。自分の場合は、それがたまたま労働や人権の問題に関心が向きました。その視点は良い悪いではなく、自分の資質なのだと思います。ただ、視点はあるけど、メッセージはないです。メッセージを伝えることを目的にしてしまうと先程いったようなプロパガンダになってしまうので。

――今までの作品でも労働や人権に対する深田さんの意識は読み取れたんですが、本作はその意識がかなり強く出ているように感じました。

深田:それはそうならざるを得ないですよね。そもそもアイドルが恋愛をして裁判を起こされるというとんでもない事件が題材なので。逆に労働や人権について扱わなかったら、この題材を作品にする意味が自分にはないので。

2025年12月18日収録
構成:フィルムアート社

『恋愛裁判』

キャスト
齊藤京子 倉悠貴
仲村悠菜 小川未祐 今村美月 桜ひなの
唐田えりか 津田健次郎

企画・脚本・監督:深田晃司
共同脚本:三谷伸太朗
音楽:agehasprings

製作:市川南 上田太地
共同製作:山口晋 玉井健二 渡辺章仁
エグゼクティブ・プロデューサー:山口晋 臼井央
プロデューサー:阿部瑶子 山野晃
共同プロデューサー:大野敦子(Survivance)
撮影:四宮秀俊
照明:後閑健太
美術:松崎宙人 長谷川功
録音:山本タカアキ
編集:シルヴィー・ラジェ

2025年/124分/ヨーロピアンビスタ/日本

共同製作:ノックオンウッド agehasprings ローソン
制作プロダクション:ノックオンウッド TOHOスタジオ
製作・配給・宣伝:東宝
© 2025『恋愛裁判』製作委員会

■公式X:x.com/ren_ai_sai_ban
■公式TikTok:tiktok.com/@ren_ai_sai_ban?is_from_webapp=1&sender_device=pc
■公式サイト:renai-saiban.toho.co.jp/

1月23日全国公開

プロフィール
深田晃司ふかだ・こうじ

1980年、東京都生まれ。1999年、映画美学校フィクション・コース入学。2005年、平田オリザ主宰の劇団・青年団に演出部として入団。2008年、『東京人間喜劇』にて長編デビュー。2013年『ほとりの朔子』がナント三大陸映画祭グランプリ、2016年『淵に立つ』がカンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞を受賞する。ほか監督作に『歓待』『さようなら』『よこがお』『本気のしるし《TVドラマ再編集劇場版》』『LOVE LIFE』などがある。

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