マンガ研究者・小田切博によるアメリカン・ヒーロー・コミックスを解説した連載。第12回目は、1940年代に誕生した女性ヒーローたちを通じて、コミックスとフェミニズムの複雑な関係を読み解きます。忘れられた作家フレッチャー・ハンクスの「ファントマ」と「ワンダーウーマン」を比較しながら、女性キャラクターが時代の価値観の中でどのように創造され、後年どのように再解釈されていったのかを考察していきます。
忘れられた作家
スーパーマンの登場直後の1939年にコミック作家としての活動をはじめ、1941年に唐突に姿を消したフレッチャー・ハンクス[1]というクリエイターがいます。
確認されている範囲では、1939年にフォックス・フィーチャー・シンジケート[2]が創刊した『ファンタスティック・コミックス』1号[3]でデビューしたハンクスですが、そのアートスタイルは、いわゆる「上手い」絵ではありません。シュールでグロテスク、白昼に見る悪夢のような独特の忘れがたさを見たひとの脳裏に残すものです。
2016年に刊行された彼のコミックス作品を網羅的に集めた作品集『我らの殺人光線で奴らを焼き払え!:コンプリート・ワークス・オブ・フレッチャー・ハンクス(Turn Loose Our Death Rays and Kill Them All!: The Complete Works of Fletcher Hanks)』[4]の編者であるポール・カラシック[5]はそのスタイルを「アウトサイダー・アート」[6]と表現し、序文を寄せている小説家のグレン・デヴィッド・ゴールドは「ヘンリー・ダーガー[7]を思い出させる」と書いています。
1983年に前衛コミック誌『ロウ(RAW)』5号にその作品を発掘、掲載し、以前はまったく無名の作家として埋もれていたハンクスがカルト作家として評価されるきっかけをつくった人物のひとりであるポール・カラシックは、ニューヨークのスクール・オブ・ヴィジュアルアーツで学び、1981年から1985年までアート・スピーゲルマンが主催する『ロウ』で編集長をつとめた、美術的な教養と批評眼を持ち、研究だけでなく自ら創作もおこなう人物です。
この本のあとがき兼解説的な役割を果たす、巻末に収録されたカラシック作のコミックス「フレッチャー・ハンクスに何が起こったか?(Whatever Happened To Fretcher Hanks?)」では、謎めいた幻の天才コミックス作家としてハンクスを発見して興奮したポール・カラシックが彼の息子を探し出してインタビューし、アーティストの意外な実像を知って唖然とする顛末が描かれています。
そこでカラシックが息子の口から伝えられたのは、孤高の天才芸術家などではなく、アルコールに溺れて家族に暴力をふるい、ある日蒸発して浮浪者同然の姿で凍死体として発見されたという、きわめて通俗的な人生の落伍者としての最期でした。
幼少期には当時としては珍しいコミックス制作の専門教育も受けており、ハンサムで女性にもて、家族に対しては強権的な家長として振舞いながら突然失踪したというハンクスの人生は、その背後に強固なマチズモの存在を感じさせるものです。
最近になって数ヶ月早く発表されていたキャラクターが発見されたため、その称号自体は別なキャラクターに譲られることになりました[8]が、そんなフレッチャー・ハンクスは、長らくワンダーウーマンに先んじて出版された「最初の女性スーパーヒーロー」の発明者だと考えられていました。
その、現在は「二番目の女性スーパーヒーロー」になっているキャラクターが、フィクションハウス[9]から刊行されていた『ジャングル・コミックス』[10]に掲載されたシリーズ「ジャングルのミステリー・ウーマン、ファントマ(Mystery Woman of the Jungle Fantomah)」[11]という連作の主人公「ファントマ」です。
ジャングルの女神とアマゾンの王女
1940年代に出版されたコミックブックはそのほとんどがパルプ雑誌のフォーマットを模したもので、現在のような1タイトルに一本のコミックスが掲載されているものではなく、西部劇やミステリ、秘境冒険ものなど、タイトル毎に設定されたジャンルの作品が複数掲載されているアンソロジースタイルの出版物でした。
ファントマが掲載されていた『ジャングルコミックス』は、エドガー・ライス・バロウズのターザンを範とするアフリカの秘境を舞台にした冒険もののアンソロジーで、「ジャングルのミステリー・ウーマン、ファントマ」もおそらくそのコンセプトに従って描かれたものだと思われます。
じつは秘境冒険ものの女性タイトルキャラクターとしては、先行して、同じフィクションハウスから刊行されていた『ジャンボコミックス』[12]に1938年から連載されていた「ジャングルの女王シーナ」[13]がいました。彼女は、探検家の父に連れられてアフリカに渡った白人の幼い少女が事故によって父を失い、成長して現地の部族の女王になるという、あきらかに女性版ターザンを意識したキャラクターです。のちにテレビドラマ化もされた彼女が、本来なら「最初の女性スーパーヒーロー」とされてもいい気がしますが、初登場がイギリスの雑誌だったからか、超能力をもっていないからか、コンビを組む男性キャラクターがいるからか、独立した冒険ものだからか、はっきりした理由はわかりませんが、なぜかそういう声はあまり聞かれません。
しかし、ここでシーナに言及したのは、この種の「最初は誰か?」というトリビアを問題にしたいわけではなく、社内に彼女のような先行する成功例がある以上、おそらくハンクスに求められたのは「シーナのような女性キャラクター」を主人公とするコミックスだったと考えられるからです。
実際にハンクスが去ったあとも継続した「ファントマ」の連載での彼女のキャラクターは徐々に「シーナ寄り」に改変されていきますが、ハンクスによるオリジナルのファントマは、セクシーなジャングルの女戦士だったシーナとは似ても似つかない、たいへん奇妙なものでした(ハンクスの作品はすべてが奇妙なのですが)。
わかりやすくいえば、フレッチャー・ハンクス版「ジャングルのミステリー・ウーマン、ファントマ」は、一話完結のホラー短編連作です。
薄衣のセクシーなドレスをまとったブロンドの見目麗しい女性の姿こそしていますが、ハンクスの描くファントマはジャングルの平和を脅かす白人の密猟者や盗賊、呪術師などの悪行を頭上から観察し(文字通り常にフワフワ空に浮かんでいます)、彼らが一線を超えたと判断すると輝く骸骨のような姿に変身しては奇怪な罰を与える、一種の復讐の精霊、機械仕掛けの神のような存在です。
そのため、彼女には女性的……というよりは人間的な部分が一切なく、ここがもっとも違和感のある点なのですが、ファントマがどういう存在であるのかの説明やオリジンストーリーにあたるものが劇中では一切描かれていません。
シーナをはじめとするフィクションハウスの女性戦士たちは、そのセクシーな外見から1950年代のコミックスバッシングの時期にフレデリック・ワーサムのような精神科医や教育者からは児童への性的な悪影響、フェミニストからは性の商品化といった論点で非難されるのですが、ハンクスのファントマは肌の露出度こそ高いもののまったく性愛の匂いのしない、むしろ死の香りを漂わせた存在でした。
この忘れ去られた作家の死の女神と同時期に、逆にもっとも生々しくセックスの物語を暗示していた女性キャラクターが、じつはDCコミックスの三大キャラクターのひとり、ワンダーウーマンだろうと思います。
象徴としてのワンダーウーマン
ワンダーウーマンは1975年から1979年まで放映されたリンダ・カーター主演のテレビシリーズ[14]や2017年と2020年にはガル・ガドット主演の劇場映画化[15]もされているDCコミックスではもっとも高い人気と知名度を持つ女性キャラクターです。
先にも述べたように、コミックブックは1920年代から1940年代にかけて絶大な人気を誇ったパルプ雑誌、特に男性向けのヒーロー小説のキャラクターや物語のフォーマットを継承しています。そのため、男性をターゲットにした作品が圧倒的に多く、特に1938年のスーパーマンのヒットの影響によって確立されたスーパーヒーローコミックスのジャンルでは女性を主人公にした作品自体なかなか登場せず、結果的に前述したファントマのようなヒーローとはいいがたいキャラクターが先駆事例として挙げられるようなことにもなっているわけです。
その点、1941年の初登場直後に新タイトル『センセーション・コミックス』[16]の看板キャラクターとして表紙に登場し、翌1942年には単独誌『ワンダーウーマン』が創刊されたワンダーウーマンは人気も出版社側の力の入れ方もはっきり「女性版スーパーマン」を創ることを意図し、しかも成功した事例だったといえるでしょう。
自身アンダーグラウンドコミックスの作家であり、アメリカにおける女性とコミックスに関する研究者としても知られるトリナ・ロビンス[17]は、1996年に出版した現在では古典的な評価を受けている『ザ・グレート・ウーマン・スーパーヒーローズ』[18]で、このキャラクターと作品をはっきり女性読者に向けて創られた最初のスーパーヒーローコミックスとして位置づけています。
ワンダーウーマンはまた、第二次世界大戦後のコミックス・バッシングの時期もレギュラータイトルを保持し続け、スーパーマン、バットマンと並んで60年代のスーパーヒーローコミックスリバイバルまで人気を保持し続けたキャラクターでもありました。
戦後の彼女はリバイバルブームの中でジャスティスリーグに参加し、1960年代にはドール化されるなどDCコミックス世界の中で中心的な役割を果たし続けていきますが、いっぽうで1968年にはDCコミックスの買収に伴う体制変更の影響からドラスティックな変化も経験しています。この『ワンダーウーマン』178号から202号まで[19]のストーリーでは、ワンダーウーマンはすべてのスーパーパワーとコスチュームを失い、中国人老師の指導で得た武術によって悪と戦うという、他のスーパーヒーローともあまり関係しないファッショナブルなガールズ・アクションドラマが展開されました[20]。
興味深いのは、おそらく当時の若い女性読者にアピールすることを意図したと思われるこの路線変更が頓挫し、元のオーソドックスなスーパーヒーローコミックスへと回帰した原因が、アメリカにおける第二波フェミニズムの中心人物のひとりであったグロリア・スタイネム[21]による働きかけにあったことです[22]。スタイネムは1971年にアメリカ初のフェミニズム雑誌『Ms.』を創刊しましたが、その創刊号のカバーにオリジナルコスチュームのワンダーウーマンをフィーチャーし、誌面には編集者のジョアン・エドガーが現行の「無力な」ワンダーウーマンを批判した記事「ワンダーウーマン再訪」が掲載されていました[23]。
当時すでにジャーナリスト/フェミニズム活動家として大きな発言力を持っていたスタイネムはメディアでのインタビューなどでもフェミニズムの象徴としてのワンダーウーマンを称揚しており、そのキャラクターを自身のメディアと運動の広報に利用したわけです。
このスタイネムの『Ms.』誌はその後も1997年と2007年の二度、ワンダーウーマンをカバーに登場させていますが、ワンダーウーマンというキャラクターが「フェミニズムの象徴」のように捉えられるようになった背景には、このスタイネムや前述のトリナ・ロビンスのような第二波フェミニズム運動を担った最初の世代の女性たちが、読者として1940年代のワンダーウーマンに対して強い愛着を持っていた点が挙げられます。
アメリカの女性解放運動
しかし、歴史研究者ジル・ルポールが2014年にワンダーウーマンの創作者であるウィリアム・モールトン・マーストンとその「家族」たちがどのようにこのキャラクターを創造したか、その背景を詳細に取材した評伝『ワンダーウーマンの秘密の歴史』[24]によれば、彼女の存在はその後、後継のフェミニストたちとの亀裂をつくり、アメリカにおけるフェミニズム運動の分裂の原因にもなっていました。
1968年にニューヨークの急進派フェミニストの団体、レッドストッキングスはミス・アメリカ・コンテストの開催に抗議する集会をおこないましたが、テレビドラマ版『ワンダーウーマン』の主演女優であるリンダ・カーターは1972年のミス・アメリカ選出者でした。1960年代に登場したこのより「ラディカル」なフェミニストたちは、スタイネムやロビンスとは逆に、ワンダーウーマンのようなスーパーヒーロー・ファンタジーを男性中心主義的なものとして否定し、1975年には巨大メディアコングロマリットとなりつつあったワーナーグループからの出資を受けて『Ms.』誌を創刊したスタイネムを、女性解放運動を潰そうとする権力の走狗であるとする陰謀論的な非難までおこなっています。
この一連の経緯は、結果としてスタイネムたちが潰した「ニュー・ワンダーウーマン」路線で、彼女たちが経営陣を介して圧力をかけたまさにそのタイミングで、編集者のデニス・オニールがSF作家のサミュエル・R・ディレニーをライターとして招き、同時代の女性解放運動/ウーマン・リブに想を得たストーリーを展開しようとしていたこと[25]を併せて考えると、たいへん皮肉なものだったといえるでしょう。
アメリカにおける女性解放運動は1848年7月におこなわれたセネカ・フォールズ会議に始まるとされています。この会議は、1840年にロンドンでおこなわれた世界奴隷制廃止会議においてアメリカの女性代表が出席を拒否されたことへの抗議を目的におこなわれたもので、結果的に反人種差別運動の中での女性差別をきっかけにアメリカでの女性解放運動が胚胎することになりました。
こうした経緯からアメリカにおける初期の第一波フェミニズムは奴隷解放運動とともに拡大していきますが、1865年の南北戦争終了後、1868年から1870年にかけて制定、施行された合衆国憲法修正第14条、第15条においても女性の参政権は認められず(黒人男性の投票権は認められた)、これを機に女性解放運動は人種的な平等を訴える社会運動から独立した、女性参政権や女性の社会進出、バースコントロールや妊娠中絶の合法化といった女性独自の権利を求めるものへと変化していきます。
1916年にはマーガレット・サンガーとその姉妹がアメリカ初の避妊を指導する産婦人科医院を開設し、後にアメリカ家族計画連盟へと発展する団体を設立、1919年には合衆国憲法修正19条が批准され、女性参政権が公式に認められました。
さらに1941年の日本軍による真珠湾攻撃に端を発するアメリカ合衆国の第二次世界大戦への本格的な参戦はこうした女性の社会進出、権利拡大を後押しする意味を持つものでした。シカゴ大学の経済学者エヴァン・K・ローズによれば「戦時中、約670万人の女性が新たに就労し、わずか数年で女性労働力はほぼ50%増加した」[26]ということですが、このような女性労働者の動員が可能になった背景にはアメリカ合衆国が戦時特例措置として1940年に立法されたコミュニティー施設法(通称ランハム法)によって設立された児童保育施設の存在がありました[27]。
この戦時特例によって開設された国が運営する保育施設は戦後廃止され、戦地から兵士が帰還すると多くの女性労働者がそれと入れ替わる形で職場を追われることになりましたが、現在ではこの第二次大戦時の経験がアメリカの女性たちの職業意識を変えたと考えられています[28]。
アメリカ国内では1945年の第二次世界大戦/太平洋戦争終結以降、戦中の総動員体制維持のための多様性礼賛、女性の社会参加称揚のプロパガンダに対する反動のように、社会全体が保守化していきますが、女性解放に関しては1953年のシモーヌ・ド・ボーヴォワール[29]の著作『第二の性』[30]の翻訳出版、1960年の食品医薬局による経口避妊薬の認可を経て、ベティ・フリーダン[31]が『女らしさの神話』を刊行した1963年頃から再燃し、ここからいわゆる「第二波フェミニズム」が立ち上がっていきます。
男と女の戦争、女だけの楽園
前述のグロリア・スタイネムは、同じ1963年に、男性誌『プレイボーイ』の成功でヒュー・ヘフナーがオープンした「プレイボーイ・クラブ」にバニーガールとして潜入して執筆したルポで名を馳せた人物でした。
この第二波フェミニズムも第一波が奴隷解放運動と共闘していたように、当初は同時代の公民権運動と連動していましたが、その男性中心主義的な性格を嫌った一部が分離し、レッドストッキングスのようなラディカル・フェミニストのグループを形成していったわけです。
では、この第二波フェミニズムのリベラル派からは賞賛と親愛、ラディカル派からは否定と敵意という真逆の評価を受けていた1940年代のワンダーウーマンは、実際にはどのような存在だったのでしょうか。
じつは1941年に出版された『オールスター・コミックス』8号[32]に掲載された8ページの短編で初登場したワンダーウーマンは、当時としてもかなり変わった誕生譚を持ったキャラクターです[33]。
女性しか住めない伝説の楽園、パラダイス島のお姫様だったワンダーウーマンは、枢軸国のスパイを追う任務中に敵の攻撃で漂流していたアメリカ軍の若い諜報局員スティーブ・トレバーを救助しました。パラダイス島は男子禁制であるため、彼女は母である女王ヒッポリュテーに隠れて彼の命を救おうとしますが、治療への協力を求めた宮廷医師が女王に男の存在を告げてしまいます。
女王ヒッポリテはワンダーウーマンに男の追放を命じ、その際に彼女にパラダイス島が男子禁制でそこに住むアマゾン族が女性だけである理由を語りだします。そして、この原因となるのが、古代ギリシア時代の軍神アレスと女神アフロディーテの対立を代理しておこなわれた「男と女の戦争」なのです。
人類の男性を治める軍神アレスは英雄ヘラクレス[34]をはじめとする配下の男たちに武力による支配を命じ、愛と美の女神であるアフロディーテは守護する女性たちに愛による征服を託していました。力で劣る女性たちは男性によって奴隷化されていきますが、それを良しとしないアフロディーテは男性たちに対抗できる女性戦士「アマゾン族」を創り出し、彼女たちを率いるヒッポリテに不敗のマジックアイテム「黄金のガードル」を与えます。
その力でアマゾン族は男性たちを一度は退けますが、ヘラクレスは和議の祝宴でヒッポリテを誘惑し「黄金のガードル」を奪うと彼女たちを虜にしてしまいました。
虜囚となったヒッポリテは女神アフロディーテに加護を願い、アフロディーテにより彼女たちを縛る鎖が砕かれるとヒッポリテは「黄金のガードル」を取り返して軍船を奪い、男性の支配する世界から逃れてパラダイス島に女性だけの世界を築いたのです。
そして、その新しい世界でアフロディーテから彫像をつくる技術を学んだヒッポリテは少女の像を造型し、ヒッポリテの少女像への愛着を尊んだアフロディーテは像に命を吹き込み、ダイアナ[35]の名を与えました。
このパラダイス島建国の経緯を知らないダイアナに対してヒッポリテは男性の有害性を説き、あくまでスティーブを人間世界に戻すように促すのですが、すでに瀕死の男に愛情を抱くようになっていたダイアナは人間世界に赴くことを望みます。
折悪しく、再び人間世界が軍神アレスの意志による戦乱(第二次世界大戦)に巻き込まれようとしていることを知った女神アフロディーテはヒッポリテに人間世界に平和をもたらすために最強のアマゾンをスティーブ・トレバーとともに派遣することを命じ、その座を賭けておこなわれた競技会を勝ち抜いたダイアナは人間界に向かうことになるのです。
このオリジンはギリシア神話のヘラクレスとヒッポリテの物語[36]を元にしたものですが、神話とは男女の役割が逆になっています。
原典である神話では、ヘラクレス(ヘーラクレース)の十の難行の九番目の仕事が戦争に長けた女人族であるアマゾン(アマゾーン)の女王ヒッポリテ(ヒッポリュテー)の持つ「アレス(アレース)の帯」の入手でした。当初ヘラクレスは交渉によってヒッポリテから帯を譲り受ける約束をとりつけますが、ゼウスの妻であるヘラ(へーラー)がゼウスの私生児であるヘラクレスを害そうとアマゾンの兵士たちを焚きつけたため、彼はやむなくヒッポリテを殺害し、帯を奪ったことになっています。
ギリシア神話におけるヒーローはヘラクレスの側であり、ヒッポリテは野蛮な異民族の女王、軍神アレスの加護を受けているのも彼女のほうだったのです。
嘘発見テストを発明した男
前述の『ワンダーウーマンの秘密の歴史』の中で、ジル・ルポールはワンダーウーマンのオリジンの背景にある男女が逆転したギリシア神話の世界の存在には、1910年代のフェミニストたちの女性だけの部族「アマゾン」への憧れにその遠因があるとしています。
ルポールによれば、1910年代の第一波フェミニズムの中では女性解放運動の活動家たちの手によってフェミニズム的なメッセージを持った文芸作品が書かれていました。彼女は同書の中でワンダーウーマンのオリジンストーリーの直接的な参照元として、漂着したスティーブ・トレバーとダイアナの恋愛に関してはマックス・イーストマンが1913年に発表した抒情詩「アマゾン族の子」[37]、女性だけの楽園であるパラダイス島に関しては1914年に発表されたアイネズ・ヘインズ・ギルモアの小説『天使の島』[38]と1915年のシャーロット・パーキンス・ギルマンの小説『ハーランド』[39]を挙げています。
これらの作品の中では女性だけが住む「アマゾン」の世界は平和で平等な理想郷であり、男性は暴力的なその楽園への侵略者として描かれていました。1940年代のワンダーウーマンのキャラクターと物語はこうした第一波フェミニズムの考え方に基づいて書かれており、こうしたフェミニスト的な思想を内面化して彼女を創造したのが心理学者で、血圧測定を利用した嘘発見テストの考案者として知られるウィリアム・モーストン・マーストンという「男性」でした。
1911年にハーバード大学に入学したマーストンは、19世紀末にウィリアム・ジェイムズ[40]がその端緒を開いたアメリカにおける心理学研究者の第二世代にあたる人物だったということができます。
彼は1879年にジェイムズに招かれてハーバードの心理学教授になったドイツ人、ヒューゴー・ミュンスターバーグの下で心理学を学び、1914年にはのちに「嘘発見テスト」として知られることになる実験をはじめました。
新しい学問に魅了された野心的な若者だったマーストンは、自身の発見を元に世俗的な成功を目指しましたが、結論からいえば、ワンダーウーマンが登場した1940年代までにはその性急すぎる野心からアカデミックなキャリアにおいても手を出した事業においても失敗し続けているような状況になっています。
ハーバードで複数の学位を得て心理学博士号、弁護士資格を持ちながら三つの大学から教職を追われ、立ち上げた事業はすべて失敗していました。
1947年に54歳で早逝した彼が晩年になってようやくつかんだ商業的成功がワンダーウーマンのヒットだったのです。
フェミニズムに萌えた男
マーストンがワンダーウーマンの脚本を書くことになる直接的なきっかけになったのは、1940年にアメリカのスーパーマーケットチェーンが発行していた家庭向けのフリーペーパー『ファミリーサークル』に掲載された「マンガを笑ってはいけない」と題されたインタビュー記事[41]でした。
ヨーロッパでのナチスドイツの軍事行動が非難されていたこの時期、急成長していたコミックブック、特にスーパーマンの存在が批判的な注目を集め始めていました[42]。これはスーパーマンがナチスが主張する優生学的な「超人」を表象するものであり、ファシズムを擁護する、あるいはファシズムへの支持を集めるためのものなのではないかという懸念からなされたものです。
現在ではスーパーマンの作者がユダヤ系であることは一般に知られており、こうした懸念が存在したこと自体が奇異に感じられるかもしれませんが、当時新しい脅威だったヨーロッパのファシズムは神経症的な不安をアメリカ社会に惹起するものでした。
そして、こうした一般層のコミックブックに対する不安感に神経を尖らせていた当時のスーパーマンの出版元であるナショナル・アライド・コミュニケーションの編集者であり、ワンダーウーマンの出版元になるオールアメリカン・パブリケーションの共同出版者であったマクスウェル・チャールズ・ゲインズがこのコミックスの価値を熱烈に賞賛するインタビューに目を留め、コミックブックとスーパーヒーローを擁護するアカデミックな専門家としてマーストンにコンタクトを取ったのです。
しかし、現在ではこの1940年の記事は一種の「やらせ」であったことがわかっています[43]。この記事を書いたオリーブ・リチャードという記者は本名をオリーブ・バーンというウィリアム・マーストンとその妻、エリザベス・ホロウェイと同棲状態にあったマーストンの元教え子で彼らの愛人のひとりでした。
また、彼女は女性の権利解放のために産児制限を主張したマーガレット・サンガーの姪でもあり、女性の性的な自由を主張する当時のフェミニストたちの主張をマーストン周辺の人々に伝える役割も果たしていたと考えられています[44]。
この現在の目から見ても特殊なマーストンたちの「家族」のあり方は60年代のヒッピーやラディカル・フェミニストたちが唱えた「フリー・セックス」を時代に先駆けて実践したものといえますが、当時の一般的な道徳観から許容されるはずがなく、当然秘密にされていました。
その長年隠されていたマーストン家の秘密とワンダーウーマンに対する第一波フェミニズムからの具体的な影響関係を綿密な調査によって解き明かしたのがジル・ルポールの『ワンダーウーマンの秘密の歴史』なのですが、要はマーストンが内面化していた第一波フェミニズム的な価値観とはこのようなセクシャリティーレベルの実践を含んだものだったのです。
オールアメリカン社のマックス・ゲインズから自社の諮問委員の誘いを受けたマーストンは彼を説き伏せて、新しい女性スーパーヒーロー「ワンダーウーマン」を創り出すことになりますが、同性愛やSM、ボンテージといった異端的な性癖に対して肯定的な心理学研究書[45]を発表しており、ポルノ肯定論者でもあった彼の時代のワンダーウーマンにはどこか生々しいエロティックさが滲んでいます。
実際に1943年には編集者と諮問委員会の双方からワンダーウーマンのコミックスで描かれる緊縛趣味に対して懸念が示され、読者からも彼女のコミックスのセクシャルな面について、批判、フェティッシュな喜びの両面の反応が寄せられるようになっていきました。
マーストンは1944年に健康を害し、1947年に亡くなったため、必然的にこの男性の作者がフェミニズム運動への萌えを作品化したとでもいうべき奇妙なワンダーウーマンの黄金期は終了するのですが、先に述べたように70年代に第二波フェミニズムの担い手の女性たちから再発見され、彼女たちによって神話化されていきます。
マーストンの死後、彼と同じく心理学的なバックボーンを持つフレデリック・ワーサムが1954年刊行の『無垢への誘惑(Seduction of the Innocent)』でワンダーウーマンの同性愛的な性格について激しく批判することになりますが、はっきり同性愛に肯定的だったマーストンは(おそらく再度経済的な苦境に陥ることにはなったでしょうが)そのような批判は意に介さなかったでしょう。
興味深いのは、この黄金時代のワンダーウーマンという倒錯的なフェミニズム・アイコンが、同時代的にはほとんどコミックブック業界への女性アーティストやライターの進出機会を作り出さなかったという点だと思います。
ワンダーウーマンの新聞での連載が始まった1944年にマーストンはジョイ・ハメルという若い女性(彼女も教え子のひとりでした)をアシスタントライターとして雇い入れますが、相棒であるアーティストとして選んだハリー・G.ピーターは年長の男性でしたし、物語上は女性の社会進出を訴えながら、マーストンも彼の庇護者であったマックス・ゲインズも自分たちの業界の男性中心主義を変えようとはしませんでした。
シーナもファントマもワンダーウーマンも「男たちの夢の女」であり、女性たちがコミックブックの世界において本格的に自分自身の物語を語り出すのはトリナ・ロビンスのようなアンダーグラウンドコミックスの女性作家たちによる異議申し立てを経た70年代後半以降になります。
注
[1] Fretcher Hanks アメリカのコミック・アーティスト。1941年にコミックス業界を去って以降の詳細は不明。1976年没
[2] Fox Feature Syndicate アメリカのコミックブック出版社。1930年代末に設立され、1950年に破産、1950年代半ばに廃業している。創立者のVictor Foxはロシア系イギリス人。
[3] Fantastic Comics Fox Feature Syndicateから1939年から1941年まで出版されていたアメリカのコミックブック。初期のコミックブックらしく短編アンソロジーの形式で23号まで刊行された。
[4] Fletcher Hanks作, Paul Karasik編, “Turn Loose Our Death Rays and Kill Them All!: The Complete Works of Fletcher Hanks”, 2016, Fantagraphics
[5] Paul Karasik アメリカのコミックス作家、編集者、批評家、コミック研究者。最初のFretcher Hanks作品のコレクションである“I Shall Destroy All The Civilized Planets”, 2007, Fantagraphics(“Turn Loose Our Death Rays and Kill Them All!: The Complete Works of Fletcher Hanks”はこれともう一冊の増補合本版)でEisner Awardを受賞。
[6] Outsider Art 通常の美術教育や制度の枠外でつくられた芸術作品。
[7] Henry Darger アメリカの清掃員。幼くして母を失い、父が健康を害したことから救貧院で育つ。教会から病院での清掃員の仕事を紹介され、生涯孤独の中で人生を終えるが、1973年の死後、自作の小説とコラージュとドローイングを合わせた挿絵を合わせた大量の「作品」が自身写真家でデザイナーだった大家によって発見され、その作品がアートとして評価されるようになった。
[8] 現在は1ヵ月早く刊行されたJohn Giunta, “Magician from Mars”, “Amazing-Man Comics”#7, 1940, Centaur Publicationsが「最初の女性スーパーヒーロー」コミックとされる。
[9] Fiction House アメリカのパルプ雑誌出版社、コミックブック出版社。1921年パルプ雑誌出版社として設立。1938年からコミックブック出版に参入。パルプ雑誌の小説、コミックブックともにセクシーな女性主人公の物語が多い。1950年代のコミックスバッシングの影響により、1955年に業務を停止した。
[10] Jungle Comics 1940年から1954年までFiction Houseから163号刊行されたアメリカのコミックブック。
[11] Mystery Woman of the Jungle Fantomah Fretcher Hanksによるオリジナルは“Jungle Comics”#2から#13の12回掲載。Hanksがコミックス業界を離れて以降も#51まで連載は続くが、キャラクターや物語の設定は大きく変更された。
[12] Jumbo Comics 1938年から1953年までFiction Houseから167号刊行されたアメリカのコミックブック。
[13] Sheena, Queen of the Jungle 1938年にイギリスの雑誌“Wags”#46, Joshua B. Powers Inc.に初登場したとされる。アメリカでの連載開始は1938年刊行の“Jungle Comics”#1, Fiction House。1984年に映画化、1955年と2000年の二度テレビドラマ化されている。
[14] “Wonder Woman”, 1975~1979(3シーズン), ABC, Lynda Carter主演。このドラマシリーズは日本でも1977年から1981年までフジテレビ系で放映された。
[15] Warner Bros. PicturesがMarvel StudioのMarvel Cinematic Universeに倣って展開したいわゆるDC Extended Universeを構成する作品。Patty Jenkins監督, “Wonder Woman”, 2017, Warner Bros. PicturesとPatty Jenkins監督, “Wonder Woman 1984”, 2020, Warner Bros. Picturesの二本、両作ともGal Gadot主演。
[16] Sensation Comics 1942年から1952年まで109号刊行されたコミックブックシリーズ。アンソロジーだが、一貫してメインキャラクターはWonder Womanだった。
[17] Trina Robbins アメリカのコミックス・ライター、アーティスト、研究者。1966年から学生新聞にコミックスを発表しはじめUnderground Comix運動における代表的な女性作家のひとりになる。1972年には自身がレズビアンであることをカムアウトしており、実作者としてはフェミニスト的な立場から男性中心のコミックスコミュニティーを批判し続けた。80年代以降「女性とコミックス」の関係を包括的に研究対象とするコミックス研究者としての先駆者としての面も持つ。2024年没。
[18] Trina Robbins, “The Great Women Superheroes”, 1996, Kitchen Sink Press
[19] 出版期間は1968年から1972年まで。
[20] このNew Wonder Womanと呼ばれる展開の背景事情に関してはLes Daniels, “Wonder Woman: The Complete Histor”, 2000, Chronicle Booksに詳しい。
[21] Gloria Steinem アメリカのジャーナリスト、社会運動家。60年代はじめにフリーのジャーナリストとして活動をはじめ、60年代末から女性解放運動のリーダーと見做されるようになる。70年代以降は女性による様々な政治運動で主導的な立場にある。
[22] Ann Matsuuchi, “Wonder Woman Wears Pants: Wonder Woman, Feminism and the 1972 “Women’s Lib” Issue”, “Colloquy”#24, Monash University, https://www.monash.edu/arts/languages-literatures-cultures-linguistics/research-and-engagement/colloquy/past-issues/colloquy-issue-twenty-four
[23] Joanne Edgar, “Wonder Woman Revisited”, “Ms.”, 1971, New York Magazine
[24] Jill Lepore, “The Secret History of Wonder Woman”, 2014, Alfred A. Knopf、2015年に増補版がVintage Booksより発売。邦訳は鷲谷花訳, 『ワンダーウーマンの秘密の歴史』, 2019, 青土社
[25] Samuel R. Delany脚本, Dick Giordano作画, “Wonder Woman”#203, 1972, DC Comics この号のカバーには“SPECIAL! WOMAN LIB ISSUE”と記載されている。
[26] Evan K. Rose, “The Rise and Fall of Female Labor Force Participation During World War II in the United States”, “The Journal of Economic History”Vol.78, No.3, Cambridge University Press, https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-economic-history/article/rise-and-fall-of-female-labor-force-participation-during-world-war-ii-in-the-united-states/66C7D7FD7F6424DF40625E913DDC788F
[27] Chris M. Herbst, “Universal Child Care, Maternal Employment, and Children’s Long-Run Outcomes: Evidence from the U.S. Lanham Act of 1940”, “Journal of Labor Economics”Vol.35, No.2, The Unipersity of Chicago Press, https://docs.iza.org/dp7846.pdf
[28] “Rosie The Riveter”, “History.com”, 2010, https://www.history.com/articles/rosie-the-riveter
[29] Simone de Beauvoir フランスの作家、批評家、社会活動家。フェミニスト、実存主義者であり、作家ジャン・ポール・サルトルのパートナー。1986年没。
[30] Le Deuxième Sexe 1949年にフランスで刊行されたシモーヌ・ド・ボーヴォワールの著作、
Éditions Gallimard刊。歴史的な女性の社会的地位について、その構築性を指摘したことで以降の国際的なフェミニズム理論、運動に強い影響を与えた。
[31] Betty Friedan アメリカのジャーナリスト、批評家、社会活動家。1963年に刊行した“The Feminie Mystique”, W. W. Norton(邦訳は荻野美穂訳, 『女らしさの神話』, 2024, 岩波書店)によってアメリカの第二波フェミニズムの理論的指導者となる。2006年没。
[32] William Moulton Marston脚本, Harry G. Peter作画, “Introducing Wonder Woman”, “All-Star Comics”♯8, 1941. All American Publication, このストーリーはのちに1942年に刊行された“Wonder Woman”#1で同スタッフによって13ページの長さにリメイクされている。こちらのバージョンの邦訳が小池顕久, 原正人訳, 『ワンダーウーマン・アンソロジー』, 2017, パイ・インターナショナルに収録。Wonder Womanの冒険自体は1942年創刊の“Sensation Comics”#1で連載、そこでの人気を受けて単独誌“Wonder Woman”創刊という流れになる。なお、同年刊行の“All-Star Comics”♯11でJustice Society of Americaのメンバーに加入、同誌でもレギュラーとして登場するようになる。
[33] ワンダーウーマンは何度も出生の設定が変更されており、ここで言及しているのは1941年のそれ。厳密にいえば“All-Star Comics”♯8でのそれとリメイクされた1942年の“Wonder Woman”#1のオリジンでも微妙に異なり、“All-Star Comics”♯8では単に「Hippolyte女王の娘」として描かれるだけで特にそれ以上の説明がなかったダイアナの出生に“Wonder Woman”#1で「人形に女神が命を吹き込んだ」エピソードが追加された。
[34] Heracles ギリシア神話に登場する半神。主神ゼウスと人間の女性アルクメネーのあいだに生まれた子供で、夫の不貞に怒ったゼウスの妻、ヘラから強く憎まれている。神話における冒険としては達成すれば神となり不死の身となるとの予言を受けて成した12の難行があり、彼のアマゾン族の国での冒険はその第九にあたる。彼の神話は多数の小説や映画に影響を与えており、アメリカンコミックスにおいてもたびたび登場する。DCコミックスではワンダーウーマンとの関係から悪役的な役回りになることも多いが、マーベルコミックスでは基本的にヒーローであり、性格も全く違う。
[35] Diana 彼女が人間界で名乗るDiana Princeは彼女と瓜二つの外見を持つ従軍看護婦の名前を借りた偽名であり、彼女がパラダイス島でもDianaという名であることがわかるのは“Wonder Woman”#1でのオリジンの再話以降である。
[36] 以下の記述はアポロドーロス, 高津繁春訳, 『ギリシア神話』, 1953, 岩波書店に基づく。
[37] Max Eastman, “Child of the Amazons, and Other Poems”, 1913, Mitchell Kennerley
[38] Inez Haynes Gillmore, “Angel Island”, 1914, Henry Holt
[39] Charlotte Perkins Gilman, “Herland”, “The Forerunner”, 1915, The Forerunner、Gilmanが主催するミニマガジンで連載され、1979年にPantheon Booksから刊行されるまで単行本のかたちで出版されていなかった。
[40] William James アメリカの哲学者、生理学者、心理学者。1875年に奉職先のアメリカ初の心理学講座、研究室を開いた。哲学者としてはプラグマティズムの代表的な思想家とされる。1910年没。
[41] Olive Richard, “Don’t Laugh At The Comics”, “Family Circle”, 1940, Piggly Wiggly, “Family Circle”は現在は商業出版されている家庭雑誌になっているが、当時はフリーペーパーだった。
[42] たとえばSterling North, “A National Disagree, And a Challenge to American Parents”, “Chicago Daily News”, 1940, Chicago Daily News あるいは“TIME”誌による Walter J. Ongへの取材記事“The Press: Are Comics Fascist?”, 1945 など
[43] Ken Quattro, “Marston in the FAMILY CIRCLE–Oct. 25, 1940”, “Comics Detective”, 2019, http://www.comicsdetective.com/2019/09/marston-in-the-family-circle-oct-25-1940/ はこの問題を解説しつつ当該記事の紙面も採録している。
[44] 加えて彼女の兄はFiction Houseの編集者だった。
[45] William Moulton Marston, “Emotions of Normal People”, 1928, Kegan Paul Trench Trubner And Company., Limited
