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落語作家・井上新五郎正隆が選ぶ!
落語の現在がわかる、この10冊(前編)

レビュー / 井上新五郎正隆

近頃、落語界隈が賑やかだ。テレビや雑誌などでは落語の特集が頻繁に組まれ、落語を題材にした映画・ドラマ・小説・漫画・アニメ作品を見掛けることも増えた。演芸専門誌・東京かわら版を開けば、東京近郊でこんなにも落語会があるのかと誰もが驚くだろう。世はまさに「落語ブーム」だと断言する人も多い。それには一理ある。何しろ駆け出しの落語作家である私のところにまで、こうして落語に関する文章依頼が来るのだから。

現在の落語の賑わいぶりは本当にブームと呼ぶべきものなのか。それとも違うのか。はたまたこの現状はブームでは無しに「落語バブル」なのか。議論はさておき、確かに今、落語に勢いがあることは間違いない。落語について書かれた本もここ数年でやたらと増えた印象がある。ではそれらが粗製濫造なのかと云うと、意外とそうでは無いのだ。良書・名著と呼んでも差しつかえの無い本も結構ある。その中から、ここでは「落語の現在がわかる本」を、10冊にしぼり、それらについて私なりの能書きを並べてみようと思う。

(一)『イケメン落語』(アントレックス)

東京の落語界には階級制度が存在する。下から云うと「見習い・前座・二ツ目・真打ち」の順だ。このように、真打ちの1つ下の身分には「二ツ目」と云う階級がある。おもに20代から30代の若者たちで構成され、落語家さんの青春期・モラトリアム時代とも云える位置だ。現在この二ツ目さんたちが、落語史上かつてないほどに脚光を浴びていることは御存知だろうか。昨今の落語界隈の盛り上がりは、実のところ、落語ブームなどでは無しに「二ツ目ブーム」だと云う人も居るくらいだ。そして、その「二ツ目人気」を象徴している存在が、落語芸術協会所属の二ツ目11人による落語ユニット「成金」である。テレビや雑誌などの落語特集でも引っ張りだこの売れっ子たちだ。

本書は、そんな成金たちによる落語の入門書。メンバー11人がそれぞれの専門分野に関する落語のあれこれを解説している。例えば「古典落語の楽しみ方」と云うお題は、古典派の桂伸三さんが説明をし、新作落語ならば、新作派の瀧川鯉八さんが担当と云う具合だ。この解説、実に程が良い。とにかくわかりやすいのだ。図版も多い上に、何と全頁フルカラー。しかも、付属のQRコードでYouTubeにアクセスすることで、成金メンバー11人全員の落語・講談を楽しむことが出来る。至れり尽くせりだ。これで1冊700円と云うのだから素晴らしい。

  『イケメン落語』(アントレックス)

(二)『どうらく息子』尾瀬あきら(小学館)

落語漫画には、落語の根多を漫画にした物と、落語家さんやその周辺の人たちのドラマを描いた物とがある。前者は、さかもと瓢作先生の『マンガで読む名作落語三昧』がおすすめ。落語「鰍沢」の、見開きによる急流の描写には正直しびれた。瀧川鯉朝師匠の演目解説も楽しい1冊だ。あとは『滝田ゆう落語劇場』も外せない。現在はちくま文庫に所収されている。

それでは後者、落語家さんたちを描いた漫画と云えば、雲田はるこ先生の、云わずと知れた傑作『昭和元禄落語心中』や、古谷三敏先生による名作『寄席芸人伝』などもあるが、ここでは尾瀬あきら先生の『どうらく息子』を取り上げたい。その「圧倒的なリアリズム」に触れて欲しいからだ。

主人公の銅ら治(前座時代は銅ら壱)や、その仲間たちは数えきれないほどしくじる。そしてもがく。あがく。派手な成功などほとんど無い。むしろ理不尽なことばかりだ。それでも彼らは不器用ながらも懸命に生きる。明るく、適度に息を抜きながら、まるで落語の登場人物たちのように生きる。だから私はこの作品が好きだ。主人公たちが、落語家として生きる日々を、綺麗ごとでは決して描かない。つらいことは山ほどあるよ、と。だが、厳しいだけの世界でも無いと云うことも読んでいてわかる。そこが心にしみる。

現在の「二ツ目人気」の渦中にいる若手落語家さんたちも、銅ら治たちのように何度もしくじりを重ね、もがき、あがいているのだろう。今年六月に最終巻の第十八巻が刊行されたが、それでも銅ら治たちは、今でもどこかに居るような気がする。しくじりにまみれながらも真打ちを目指して奮闘しているように私には思えてならない。そう。この本には落語家が生きている。

『どうらく息子』尾瀬あきら(小学館)

(三)『現在落語論』立川吉笑(毎日新聞出版)

さあ大変だ。ここまで落語を分解してみせた本はまず無い。大げさでは無しに、立川談志師匠の歴史的名著『現代落語論』以来かもしれない。本書のどのくだりも的を射ている。思わずはたとひざを打つ。痛いほどに。とことん具体的かつ斬新で、実にロジカルである。こんなふうに云うと、難しいことばかり書いてあるように思うかもしれないが、文章の表現は平易なので、落語ビギナーでも読めるはず。ここまで凄いと、落語作家の私としても嫉妬を通り越してもはや賛辞しか出ない。かなわない。

作者の立川吉笑さんは、落語立川流所属の二ツ目さんで、立川談笑師匠の惣領弟子。つまりは談志師匠の孫弟子にあたる人だ。この吉笑さんが「落語とは何か」を徹底的に考え、突き詰めたその収穫がこの本だが、出版するにはかなりの勇気が必要だったのでは無いか。周りにはナンダカンダと云われるだろうし、自分の手の内を相当明かしていると云うこともある。だがそれは下衆の勘繰りで、吉笑さんならば日々進化し、アップデートを重ねているはずなので心配無用だろう。これよりも凄い、第2弾の出版も、いずれはあるかもしれない。

本書は、落語の徹底分析も凄いが、落語の将来についてのくだりも凄い。凄い凄いと云い過ぎだが凄いんだから凄い。さて、吉笑さんの考えている、落語に訪れるであろう未来とは一体どういうものなのか。それは読んでのお楽しみだ。

『現在落語論』立川吉笑(毎日新聞出版)

 

(四)『愉しい落語』山本進(草思社)

世の落語入門書に書かれている「落語の歴史」についての記述を、落語ビギナーのほとんどは読んでいないだろう。御伽衆が何だとか、安楽庵策伝がどうしたとか、鹿野武左衛門があァだとか、三笑亭可楽がこォだとか、そんなのはまず読まない。

落語の歴史は、ビギナーには100%必要無いとは云わないまでも、優先順位は後のほうだ。とはいえ「落語のいま」を理解する為には「落語のこれまで」も踏まえなければいけないことは確かではある。江戸・明治までさかのぼらないまでも、音源が残っていて、その高座を現在でも楽しめる、今は亡き昭和・平成の落語家については、ビギナーにもそれなりに知っていて欲しい。その知識があれば、落語の楽しみが広がるからだ。ではそれを知る為にはどうすれば良いのか。そこで登場するのが本書である。

この本は、落語研究の長老・山本進先生のトークを活字に起こした物だが、最初から最後までわかりやすさに心を砕いているところが素晴らしい。落語の知識・うんちくなどを、噛み砕いてソフトに解説してみせる、山本先生の腕前にはうなるばかりだ。もちろん落語の歴史についてもすんなりと学べる。中でも、八代目桂文楽師匠・五代目古今亭志ん生師匠・六代目三遊亭圓生師匠・三代目桂三木助師匠などが活躍する第二次大戦後の落語界のあれこれは読みごたえがある。

ここだけの話、落語の入門書にはつまらないのが多い。教科書でも読んでいるような物が結構ある。いや、教科書のほうがまだ面白いか。読ませる努力をしていない落語入門書なんて、落語好きを増やすどころか、むしろ落語の足を引っ張る存在だろう。本書があれば、凡百の入門書など要らない。これはもっと評価されるべき名著である。

『愉しい落語』山本進(草思社)

 

(五)『そこでだ、若旦那!』立川談四楼(シンコーミュージック・エンタテイメント)

楽屋噺、と云うものがある。あの時にあの師匠がこう云った。あいつがこういうことをしでかした。そういう楽屋うちだけの話だ。内輪だけのものだからこそ、楽屋噺をまとめて出版すると云うのは難しい。本は、後に残るからだ。

立川談四楼師匠の文章の面白さ・巧みさは大いに知られている。本書においてもその筆は縦横無尽。斬れ味バツグンだ。だが、この本は、面白さや過激さを追求するだけの物では無い。自分がこの話を残さねば、と云う使命感が師匠にはあるのだろう。これを埋もれさせるわけにはいかない、と云う強い想いが。本書の、雑誌連載中に没した落語家さんたちの、生前のエピソードを綴る回が幾つもあるのはまさにそれだ。

談四楼師匠の、筆と眼差しの温かさ。私はそこに魅かれる。落語立川流で真打ちを目指す二ツ目たちの奮闘ぶりについて触れた、83頁の「勝ち続けた人に深みはない」と云うフレーズが、勝ち続けた経験など無い身にはぐっと来るのだ。

『そこでだ、若旦那!』立川談四楼(シンコーミュージック・エンタテイメント)

 

後編へつづく】

 


 

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東京かわら版+フィルムアート社=編
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三笑亭夢丸、立川こはる、春風亭昇々、瀧川鯉八、柳亭小痴楽、柳家わさび=著
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