第4回目:「なぜ作るのか」を問い続けて──『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』ドミニク・チェンさん | かみのたね
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2018.05.28

第4回目:「なぜ作るのか」を問い続けて──『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』
ドミニク・チェンさん

本がつくられるということ−−フィルムアート社の本とその作り手たち / ドミニク・チェン

フィルムアート社は会社創立の1968年に雑誌『季刊フィルム』を刊行して以降、この50年間で540点を超える書籍(や雑誌)を世に送り出してきました。それらどの書籍も、唐突にポンっとこの世に現れたわけではもちろんありません。著者や訳者や編者の方々による膨大な思考と試行の格闘を経て、ようやくひとつの物質として、書店に、皆様の部屋の本棚に、その手のひらに収まっているのです。

本連載では幅広く本をつくることに携わる人々に、フィルムアート社から刊行していただいた書籍について、それにまつわる様々な回想や追想を記していただきます。第4回目は、インターネット以降の情報テクノロジーと人間の創造性に、思想と実装その両面からアプローチするドミニク・チェンさん(趣味は、能とゲーム、そして糠床!)にご寄稿いただきました。

 

 

「なぜ作るのか」を問い続けて──『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』

私のはじめての単著である『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック──クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』は、フィルムアート社から2012年の春に刊行されました。米国で2002年に設立され、現在は世界で100以上の地域に支部を持つ国際NPOであるクリエイティブ・コモンズの普及活動を2004年に日本で開始してから8年ほどが経過していた時期で、インターネットにおける新しい創造のネットワークについてまとめた本を書きませんか?と編集の薮崎今日子さんからお誘いを受けたのは2011年3月でした。今思い返すと、3.11の東日本大震災が起こった直後の非日常的な時間を漂っていた時に、このオファーが現実に成すべき仕事へ復帰する道標となったように思います。

クリエイティブ・コモンズは、作者が自身の創作物の著作権をあらかじめネット上の不特定多数の人々に向けて開放することを可能にする仕組みを提供してきました。現在ではインターネット上で12億件以上の文章、写真、映像、楽曲、3Dモデル、デザインファイルなどがクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公開されています。アメリカでデザイン系の学生だった頃にこの運動について知り、その時私は即座に、これはインターネットが普及した社会に必要な思想と仕様の両方を提供する枠組みであると感じたのを覚えています。大学を卒業して日本で仕事をするようになってからすぐ、クリエイティブ・コモンズの日本支部の立ち上げに関わってきたのですが、なぜ自分がそのようなコミットメントを長年行ってきたのかということを包括的に考察したことはありませんでした。薮崎さんからのオファーは、その意味でも非常に有難かった。

クリエイティブ・コモンズの中心的な創立者である、ローレンス・レッシグの思想については、それまで山形浩生さんの翻訳で日本でも知られてきました。しかし、インターネットが可能にした、読み込み専用のRead Only型ではなく、書き込みも可能にするRead/Write型の自由な文化(フリーカルチャー)の重要性について構築されたレッシグの理論は、日本においては知識人が社会を分析するツールとしてのみ注目されてきていて、アーティストやクリエイターの実践のツールとしての認知は低かったのです。私はというと、自身で勤務していたメディアアートの文化施設であるNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]の映像アーカイブを2003年に開発し始め、すぐにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを採用しました。そしてそれは、世界で初めて全面的にデータをオープンに公開する文化施設の事例となりました[注]。その後も、クリエイティブ・コモンズについてもっと知ってもらおうと、個人のクリエイターや企業、教育機関や美術館といった様々な現場の制作者たちと話したり、さらに、ワークショップやイベントの企画、スマホアプリの開発も行いました。また、レッシグや伊藤穰一、ヨハイ・ベンクラーといった、理論と実践を往復する中心人物たちや海外のクリエイティブ・コモンズのネットワークに参加する活動家(アクティビスト)たちとの対話を通して、私にとっての「フリーカルチャー」というテーマは、社会を俯瞰して観察するための視点ではなく、創作者にとっての「なぜ作るのか」という実存にかかる命題となったのです。

『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』の執筆は、こうした問題意識から出発し、書き始めました。そこで、ただインターネット上で生まれた新しい話ではなく、人類の創造の歴史に接続して書こうと決め、著作権の起源まで遡ったところを開始点にして、コンピュータとインターネットの登場によって創作に対する認識がどのように変化したのかということを記述していきました。そこから、クリエイティブ・コモンズより以前に、ソフトウェアの世界における自由(フリー)ソフトウェアとオープンソースが開拓してきた「共有」という新しくも本質的なパラダイムをクリエイティブ・コモンズが継承し、社会に実装することのリアリティの先に、当時出てきたばかりのクラウドファンディングにおけるお金や社会資本といった価値の交換、リスペクト(敬意)という正の感情の可視化、そして絶えざる創造の循環のイメージを描きました。このような論考に加えて、数多あるクリエイティブ・コモンズを採用したプロジェクトをジャンル毎で分類したカタログを作成し、付録として載せるということもチャレンジしました。これは同じくフィルムアート社から2009年に刊行された原雅明さんの『音楽から解き放たれるために──21世紀のサウンド・リサイクル』の構成に感銘を受けて、参考にさせて頂いたものでした。

このように多くのチャレンジを盛り込むことを、時には数時間に及ぶ打ち合わせや電話での会話を通して、1年ほどかかって本は完成しました。刊行から6年が経とうとしている今、改めて振り返ると、この時、この形で本がまとめられてよかったと思うと同時に、現在の自分ならまた違った書き方をするのかもしれない、ということも考えます。また、本書は、日本においては初となる、本文の全文PDFにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを付与し、書籍の発売と同時に購入者がダウンロードでき、自由に内容をネットで共有できるようにすることにも挑戦しました。この出版戦略にフィルムアート社に賛同して頂けたことは、クリエイティブ・コモンズに携わる人間として、自己言及的に有言実行を果たせたということだけではなく、新しい出版文化のかたちを世に示す、一線を画した跳躍とも言うべき出来事だったのではないかと思います。

著作権を巡る問題は今も多発しており、今後も長い時間をかけて様々な議論や提案が生まれていくでしょう。その過程で、フィルムアート社から生まれた『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』が今後とも読まれ、創作する人々の参考となり、また新しい表現のための一助となることを心より祈っています。

[注]NTT ICCの映像アーカイブHIVE:http://hive.ntticc.or.jp/

 

フリーカルチャーをつくるためのガイドブック──クリエイティブ・コモンズによる創造の循環

ドミニク・チェン=著

四六判|312頁|定価 2,200円+税|ISBN 978-4-8459-1174-5

プロフィール
ドミニク・チェンどみにく・ちぇん

博士(学際情報学)、2017年4月より早稲田大学文学学術院・准教授。メディアアートセンターNTT InterCommunication Center[ICC]研究員を経て、NPOコモンスフィア(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事/株式会社ディヴィデュアル共同創業者。2008年IPA未踏IT人材育成プログラム・スーパークリエイター認定。企画開発したアプリ「Picsee」と「Syncle」がそれぞれApple Best of 2015と2016を受賞。NHK NEWSWEB第四期ネットナビゲーター(2015年4月〜2016年3月)。2016年、2017年度グッドデザイン賞・審査員「技術と情報」「社会基盤の進化」フォーカスイシューディレクター。著書に『謎床:思考が発酵する編集術』(晶文社、松岡正剛との共著)など多数。訳書に『ウェルビーイングの設計論:人がよりよく生きるための情報技術』(BNN新社)、『シンギュラリティ:人工知能から超知能まで』、(NTT出版)。
写真:新津保建秀

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