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2018.11.02

第7回目:20年ごしのリベンジ──『映画はいかにして死ぬか』
三浦哲哉さん

本がつくられるということ−−フィルムアート社の本とその作り手たち / 三浦哲哉

フィルムアート社は会社創立の1968年に雑誌『季刊フィルム』を刊行して以降、この50年間で540点を超える書籍(や雑誌)を世に送り出してきました。それらどの書籍も、唐突にポンっとこの世に現れたわけではもちろんありません。著者や訳者や編者の方々による膨大な思考と試行の格闘を経て、ようやくひとつの物質として、書店に、皆様の部屋の本棚に、その手のひらに収まっているのです。

本連載では幅広く本をつくることに携わる、フィルムアート社とゆかりの深い人々に、自著・他著問わずフィルムアート社から刊行された書籍について、それにまつわる様々な回想や追想を記していただきます。第7回目は、映画批評家・研究者の三浦哲哉さんにご寄稿いただきました。

 

 

20年ごしのリベンジ──『映画はいかにして死ぬか』

 

「手に汗握る」という言い方は、本当に衝撃的な読書体験においては、比喩ではない。実際に汗が出るし、また、頭の芯が鈍く白熱したようなかんじになる。私がこれまで手にとってきて、一番手に汗握った本はまちがいなく、フィルムアート社から1986年に刊行された蓮實重彥著『映画はいかにして死ぬか──横断的映画史の試み』だ。

出版当時にリアルタイムで読んだわけではない。私は1976年生まれなので、本書を手に取るまでにしばらくのタイムラグがある。高校までは福島県の地方都市にいた。レンタルビデオ屋に足繁く通い、BSで放映される「名画」チェックにも余念はなかったのだが、しかし、蓮實の「は」の字を聞くこともできない環境……つまりのんびりした田舎に私はいた。大学進学のときに上京し、新しく暮らし始めた国立市の市営図書館で、この本と出会った。タイトルが気になり、ページをめくったのだったと思う。「死ぬ」……とはいったい何のことか?

読み始めると、凡庸な映画群に対する、圧倒的な悪口のオンパレードなのだった。私がそれまでごく普通に見てきた作品も、ごくごく客観的に「駄作」認定されてゆく。「たとえば『グレムリン』という映画がありますね。この映画の監督(…)は、怪物どもの特撮はできても、雪の撮り方がわからないわけです。小さな町の中に舞台を設定して、その町の大通りとか、いたるところに雪が積もっているわけですけれども、それをカンカン照りの太陽のもとで撮る。だから、なにか出来損ないのデコレーション・ケーキに白いものを吹きつけた粉のようなものが道にあるだけで、ああ、雪のつもりなんだなと察しがついても、とても雪に見える光線ではない。また、夕暮の庭に降り積もった雪も青く濁っていて見るにたえない。日本でもあんなにひどい雪は振らせないだろうというほどのひどさに驚いてしまいました」(33頁)。なんじゃそりゃ〜! と心のなかで叫ばずにはいられず、動悸が激しくなった。私が見ていたものは何だったのか。雪? 雪に写し方なんてあるの?! おなじ平静な調子で著者は次のように断定してみせる。「最近のアメリカ映画には、そういった惨憺たる例がいろいろなところに出てくるので、本当にアメリカ映画は死んでしまったなぁという気がいたします」(33頁)。

とどめは巻末の「蓮實重彦ベスト10&ワースト5 十年史」。1977年のワーストに、『ロッキー』が入っている。なぁに〜!! 「ワースト5を選ぶなど、気が滅入らぬでもないが、本当につまらなかったものを客観的に記した」(260頁)とのコメント。歯軋りしつつも、自分がまだ知らぬ巨大な世界が開けていく感触を、頁越しに、確かに受け取った。それから人並み以上の蓮實フォロワーになり、貪るようにその著作を読んだ。どれも最高に面白かった。だが、この最初の出会いの衝撃(と悔しさ)の意味も、ずっと考えていた。

自分が普通に面白いと信じていたものは何だったのか。いや、そもそも信じるとはどういうことか。「映画」はどのようにして人を信じさせるのか。その信じさせるしかた=モードが、いくつも層になって、歴史を構成しているということなのか。それらの層に優劣をつけることはできるのか。こうした思索を重ねることを余儀なくしたものこそ、『映画はいかにして死ぬか』を読んだときの、ほとんど原体験的なショックだったのかもしれない。だとすれば、その約20年後の成果が、石岡良治さんとの共編著で刊行された『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』だ。ここでようやく、蓮實が貶した『ロッキー』の重要性を、胸を張って論証できたと思っている。同じフィルムアート社から出版できたことに奇縁以上のものを感じずにいられない。

 

 

映画はいかにして死ぬか[新装版]──横断的映画史の試み
蓮實重彥=著
四六版・並製|298頁|本体2,200+税|ISBN 978-4-8459-1810-2

*フィルムアート社創立50周年記念として2018年10月25日に新装版が刊行された

 

 

『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』
石岡良治、三浦哲哉=編著
A5版|416頁|定価2,500円+税|ISBN 978-4-8459-1587-3

プロフィール
三浦哲哉みうら・てつや

1976年生まれ。青山学院大学准教授。映画批評・研究、表象文化論。著書に『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店、2018年)、『映画とは何か──フランス映画思想史』(筑摩選書、2014年)、『サスペンス映画史』(みすず書房、2012年)。共著に『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』(石岡良治との共編著、フィルムアート社、2018年)、『ひきずる映画──ポスト・カタストロフ時代の想像力』(フィルムアート社、2011年)。訳書に『ジム・ジャームッシュ・インタビューズ──映画監督ジム・ジャームッシュの歴史』(東邦出版、2006年)。月刊『みすず』誌上で「食べたくなる本」連載中。

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