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2018.11.16

第9回目:僕の好きな(映画史の)先生
山本貴光さん

本がつくられるということ−−フィルムアート社の本とその作り手たち / 山本貴光

フィルムアート社は会社創立の1968年に雑誌『季刊フィルム』を刊行して以降、この50年間で540点を超える書籍(や雑誌)を世に送り出してきました。それらどの書籍も、唐突にポンっとこの世に現れたわけではもちろんありません。著者や訳者や編者の方々による膨大な思考と試行の格闘を経て、ようやくひとつの物質として、書店に、皆様の部屋の本棚に、その手のひらに収まっているのです。

本連載では幅広く本をつくることに携わる、フィルムアート社とゆかりの深い人々に、自著・他著問わずフィルムアート社から刊行された書籍について、それにまつわる様々な回想や追想を記していただきます。第9回目は、文筆家・ゲーム作家であり、本と遊ぶ天才こと山本貴光さんにご寄稿いただきました。

 

 

僕の好きな(映画史の)先生

 

なにかが気になると、とにかくその起源や歴史を辿りたくなる。

かつて映画の歴史を知りたいと思って、リュミエール兄弟やエジソン、メリエス以来の黎明時代の映画を観たり、関連する本や雑誌を集め読んだりしたことがあった。新刊書はもちろんのこと、当時勤めていたゲーム会社のある日吉の古本屋や、神保町の映画と演劇を専門にしている矢口書店などにも通って、とにかく目につく映画に関する文献を探し読んだ。一九九〇年代から二〇〇〇年はじめ頃のことである。

書棚に映画関連の本が増えるにつれて、だんだん分かってきたことがあった。そう、なんだかやけにフィルムアート社の本が多い。

雑誌『季刊フィルム』のバックナンバーをはじめ、「ブック・シネマテーク」、『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』、「映畫読本」、「CineLesson」、「映画作家が自身を語る」、といったシリーズや雑誌、『映画の考古学』『映画理論集成』『魔術師メリエス』『マスターズ・オブ・ライト』『映画の教科書』『実録日本映画の誕生』『シネクラブ時代』……と、挙げ始めるとそれだけで紙幅が尽きてしまうので、ここで止めておくけれど、フィルムアート社の刊行物にはどれだけお世話になったか分からない。私にとって映画史の先生である。

なんだかこの版元の本や雑誌が多いぞ。そう自覚した途端、むくむくと新たな欲求が湧いてきた。映画の起源と歴史を辿るという当初の目的に加えて、とにかくフィルムアート社の本を探して読みたい。ある人物に惚れ込んだら、内容を問わずその人が携わった作品を見てみたくなる。よし、手に入るものを読んでみようてなものである。いまはどこかへ行ってしまったけれど、自分で目録のようなものをつくったりもした。もはやファンである。先生、他にはどんなお仕事をされているのですか。

実際、映画に限らずフィルムアート社が出しているもの、という眼で見ると、『ピナ・バウシュ』『現代美術を知るクリティカル・ワーズ』『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』『アートという戦場』『芸術の設計』『メディアアートの教科書』『コンピュータ・グラフィックスの歴史』といった各種創作に関する本もある。

二〇〇六年に専門学校や大学で教師をするようになってからは、学生に「こういう本があるよ」と伝える機会も多くなった。ゲームや映像など、創作に関する講義では、フィルムアート社の本はオススメの常連である(技術方面のオライリー・ジャパンと双璧)。振り返ってみると、最多紹介本は岡﨑乾二郎『芸術の設計』(二〇〇七年)だったと思う(残念ながら現在は品切れ)[*編注:ただいま復刊計画が進行中です]。『天才たちの日課』(二〇一四年)や『感情類語辞典』(二〇一五年)などもよくご紹介した。

そんなわけで、私にとってフィルムアート社は長らく「僕の好きな先生」(©RCサクセション)だった。

後によもや自分も関わることになるとは露とも思っていなかった。二〇一五年の五月下旬に、編集の薮崎今日子さんからピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか』(細谷由依子訳、二〇一五年六月)の解説原稿のご依頼メールをいただいたとき、誇張でなくパソコンの前で「わあ!」と声が出た。ただでさえ面白そうな本なのに加えてフィルムアート社である。愛読してきた本の版元と仕事ができるのは、物書き冥利に尽きる格別の出来事。お引き受けしないという選択肢はなかった。

その後、これもまた薮崎さんのディレクションで、類書の少ないユニークな本の翻訳を手がけることになった。来春の刊行を目指して、目下共訳者の吉川浩満くんと鋭意作業中である。

創業五〇周年、誠におめでとうございます。以上、四半世紀越しの謝辞でした。

 

 

本を読むときに何が起きているのか──ことばとビジュアルの間、目と頭の間
ピーター・メンデルサンド=著|細谷由依子=訳|山本貴光=解説
A5判・並製|448頁|本体2,600+税|ISBN 978-4-8459-1452-4

 

 

 

プロフィール
山本貴光やまもと・たかみつ

文筆家・ゲーム作家。1971年生まれ。コーエーにてゲーム制作に従事後、2004年よりフリーランス。著書に『投壜通信』『文学問題(F+f)+』『「百学連環」を読む』『文体の科学』『世界が変わるプログラム入門』『コンピュータのひみつ』など。共著に『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎との共著)、『脳がわかれば心がわかるか』(吉川浩満との共著)など。翻訳にサレン&ジーママン『ルールズ・オブ・プレイ』など。モブキャストゲームスとプロ契約中。金沢工業大学客員教授として稀覯書コレクション「工学の曙文庫」に携わる。twitter ID: yakumoizuru

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