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2019.10.31

Vol.3 音による新しい気付きのために
細井美裕 インタビュー

Creator's Words / 細井美裕

――何回も出た音と環境という話からサウンドスケープという概念の提唱者であるマリー・シェーファーからの影響を感じるんですが、シェーファーから刺激を受けてきたのでしょうか?

細井:あると思います。ただ、シェーファーに関しては著書を読むよりも先に、高校で所属していた合唱部で触れているんです。でも音楽高校とかではなく、普通の、なんなら進学校だったので、芸術の授業はそんなになくて。ひとつの曲として、作曲家の情報は知らぬまま、マリー・シェーファーとか、武満徹とか、三善晃とかの合唱曲をやっていたんです。それで大学に入って芸術学の授業などを受けて、「あれ? あの人たちってすごい人だったんだ!」とあとから改めて出会い直すようなかたちで。それでシェーファーの『サウンド・エデュケーション』などを読むことになるんですが、私が合唱と触れ合って漠然と思っていたことが明文化されていて、自分の考えを具体化するためにすごく参考になりました。

――シェーファーや武満をやる合唱部ってすごい!?

細井:入学前は全然入る気はなかったんです。多くの人がそうかと思うのですが、もともと私の中の合唱部のイメージは、ネガティブなものだったので。あと、高校入学まで歌うということを専門的にはやっていなかったですし。ただ入学式のときのオープニングで合唱団が武満徹の『さくら』をやって、そのドレミで始まる冒頭がとにかくかっこよくて。隣にいた母に「入るかも」って無意識に言っていました。OBも来たりして、100人ぐらいの大所帯だったんですが、全国大会の常連で。先生の意向で1年生も全国大会にも出させてもらえる部活で、いい経験になりました。

――早い時期から舞台に立つことができたんですね。

細井:はい。あと、1年生のときの全国大会で、今私が制作している作品とつながる、原体験があったんです。大会が始まる前、舞台のヘリに行って手を叩くみたいな儀式を先輩たちがぞろぞろと始めて。手を叩いて、「フム」みたいな感じで帰るという行為を皆がやるんです。それは説明されなかったんですけど、舞台の響きを確かめているんですね。それが最初に音と空間の関係を感じた瞬間で。そこからいろんなホールで歌うことがあったので、自然に音と空間のつながりを考えるようになりました。そのときから音環境の多様性だったり、可能性を感じていたんだと思います。

――その話はたしかに『Lenna』や『Sound Mine』につながっているように感じます。ほかに今につながるような出来事はありましたか?

細井:私が3年生のときに国際大会にも出たんです。それが日本の大会と全然違くて。日本の大会はコンクールの側面が強いんです。表現の部分ももちろんチェックしてくれますが、技術的なところをより高く審査の基準にする側面あって。コンクールがあるおかげで基礎的な技術が上がりますし、基準が明確にあることで磨けるものもあるので、それはいいことだと思うんです。ただ、国際大会に出たときに国によって合唱の捉え方が違うというのを強く感じて。アジア圏は、列になって立って、同じユニフォームを着て、真面目に歌っていて、テクニカルにうまいんです。ただ、ヨーロッパや北米は民族衣装を着てくるし、動きもバラバラだし、声質も揃ってないし……でもパッションがすごい! それを見て、ショックを受けて。私たちが金賞を獲ったんですけど、私の中ではあっちのほうがよかったんですよね。それでなんなんだろう? 真面目にやってきたけど……ちょっとなあ、と。それは、日常的に教会で歌っていたりとか、精神的な活動と歌うという具体的で身体的な行動が結びついてるから生まれるんだと考えていて、私たち日本人はほとんどの人がそのようなきっかけはない。その違いは強くあると思いました。

――なるほど。細井さんの中の合唱像が変わるような出来事だったと。

細井:それが3年生のときで、将来どうするかという選択肢の中に音大の方向もあった。ただ、国際大会で、演出、音楽の魅せ方という部分で強い衝撃を受けて、音楽のアウトプットの仕方を考え直したいと思ったとき、日本の合唱、演奏会のフォーマットの中でプレイヤーとして活動していくのは窮屈に感じたんです。プレイヤーとは別に企画する人がいるように思えて。それで、演出までタッチすることが希望になって、そこからプロデュースが勉強できるところに行きたいと考え始めたんです。結果的にプロデュースが学べる慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)を選びました。

――それで音楽大学や美術大学ではなく、SFCを選ばれたんですね。ちなみにどのようなことを学ばれたんですか?

細井:プログラミングが必須なので、技術的なことも学べました。あとはアートマネジメントの授業とか、バイオの授業なども取りました。それで、最終的にはメディア比較の研究室に入って。新聞やテレビ、映画など、メディアによって同じ事象の取り上げられ方がどう違うかを調べる研究をしました。藁谷郁美先生というオペラの研究とかもされている方が教官で、扱っている領域が幅広くて、私自身の関心を系統立ててくれたりして。本当によくしてくれました。
あとは、大学2年生の終わりにQosmo(コズモ)に入って。

――Qosmoは、AIなどの技術を使い、エッジの効いた音楽や映像などを制作しているグループですね。

細井:大学では自分がどんなことに関心を持つかわからなかったので、本当にいろいろな授業を受けたんですね。その中に「芸術と科学」という授業があって、それは脇田玲先生っていう方が担当されていて。その授業が面白くて、そこでメディア・アートを深く知れました。その影響から、暗転した状態の舞台にプレイヤーがデバイスを持って立ち、ピッチや音量で色や光量が変化するという、視覚的に楽しめる合唱という作品を考え、プロトタイプを作ったんです。今は当たり前の技術になってしまったんですが、当時はそのような作品はあまり見なくて。
その作品を考えている最中に出会った作品があって。それは、(文化庁)メディア芸術祭のエンターテインメント部門で大賞を獲るんですが、受賞前にYouTubeで見て、「これを作った人たちは音の表現を考えて仕事をしている人たちだ!」と思い、情報を追っていたんです。そうしたら(国立)新美術館でワークショップをやるというので、参加して。ワークショップが終わったあと、チームの人に話しかけて……若いからそんなことができたんだと思うんですけど(笑)。「私、こういうの作りたいんですけど、どう思いますか?」ってプロトタイプを見せて、話したのが、初めです。それからいろいろと呼んでもらえることになって。

――Qosmoではどのようなポジションだったんですか?

細井:領収書の整理や掃除から始めて、そのあとはプロジェクトマネージャーとして作品に関わることが一番多かったですね。私以外は、全員エンジニアで、エンジニアの仕事以外すべてやっていました。企画書を作ってプレゼンテーションをしたり、マネジメントをするときもありましたし、本当にいろいろな仕事をさせてもらって。
Qosmoで最後にやったのは森アーツセンターギャラリーで開催されたストラディバリウスの展示(『ストラディヴァリウス 300年目のキセキ展』 / 2018年10月9日から15日にかけて開催)で、企画もサウンドディレクションもやって、プロデュースにも関わらせてもらいました。ほかには2018年のアルス(Ars Electronica Festival)で賞を獲った『AI DJ Project — A dialogue between AI and a human』にもプロジェクトマネージャーとして関わりました。
最初に仕事を振りわけられなかったことが、今ひとりで活動するにあたってとてもよかったと思っています。フリーになってからも、エンジニアとの協働が重要ですし、何より自分自身をプロデュースしなくてはいけないので。また、大学で学んだことを実践するという意味でも本当に勉強になりました。

――自分で企画を行うというのがSFCを選んだ理由で、Qosmoでそれを実現する方法を学んだということですが、初めて自分で最初から最後まで企画した作品というのはなんなのでしょうか?

細井:先ほども話に出た『Lenna』が収録された『Orb』というアルバムです。「声のプレゼンテーション」をテーマにしたアルバムで、6つの曲から構成されています。すべての曲が、私の発する声のみで構成されているんですが、そのアプローチ、制限も重視しました。

――アルバムの構成を教えてください。

細井:1曲目の『Chant』(作曲:石若駿)は、エフェクトなどかけず私の声だけで作っています。「単旋律からポリフォニーが生まれたとき」という状況を想像して、それを目指しました。小野測器さんという測器の会社が残響室を持っていて、1回パンと手を叩くと、十何秒ぐらいその音が伸びるんです。その場所で私が歌うと、響きがどんどん溜まっていって。ポリフォニーの始まりってこんな感じなのかな?と。
そのあとはデジタル技術も使いながら編成を変え、多重録音でいろいろやりました。2曲目の『Jardin』は、WONKというバンドでも活動している江﨑(文武)くんに頼みました。アルバムのテーマを「声のプレゼンテーション」に設定したとき、実験的になることは想定していたので、聴きやすさは意識的に取り入れなければと考えていて。それで実験音楽とかには普段触れていないような人の入り口になるような曲というオーダーで江﨑くんに作ってもらいました。3曲目『Rovina』はいわゆる女声合唱という、ジャズを中心に活動しているYusuke Lawrence Katoくんに頼んで、4曲目の『Fonis』は芥川作曲賞などを受賞している坂東祐大さんに「素材としての声」というイメージを伝え、作ってもらいました。
5曲目の『Orb』は自分が勢いで作った、つまりそのときの自分が欲していた曲です。ハミングだけで作ってるんですが、冒頭は、私がこの世界に足を踏み入れるきっかけになった武満の「さくら」と同じテナーのドレミで初めています。

――「聴きやすいアルバムだな」という印象を強く持っていたので、2曲目の『Jardin』の話を聞いて少し納得しました。

細井:聴きやすさはかなり意識しました。私、メレディス・モンクみたいになりたいの?と聞かれることがよくあるんですね。ただ、並べるのもおこがましいですが、モンクの実践していることと、私のやりたいことは違うので。私は合唱をやっていたときに、もっといろんな人に聴いてほしかったんです。合唱をやっている人は聴いてくれるんですけど、そうではない人にも面白いところがあるということを知ってほしい、シェーファーとか武満の合唱曲を聴いてほしいと思っていたんです。オーケストラ作品などと比べて、合唱作品は観客の幅がもっと狭いように感じて。そんな状況の中で、私がエクストリームなことをすると、一番最初にやりたいと思っていた「いろんな人に聴いてほしい」という希望と真逆なことになってしまうので、まずは確実に聴いて引かないようなもの、距離を感じてしまわないような作品にするというのを意識して作っていきました。
また「声のプレゼンテーション」というコンセプトなので、相手がいて、そのうえで伝わらないといけない。プレゼンテーションであるからには、相手を拒むようなことはできないし、まずは関心を持ってもらわないと。だから自分の中にある感情なり、思考なりを100%のかたちで出したいというのではなく、今まで話してきたことを伝えられたらという思いがあって。各楽曲の作曲者にもそのことはしっかりと伝えましたね

――インタビューの頭で話してもらった展示作品としての『Lenna』と、アルバムの中での『Lenna』では提示のされかた少し違うように思います。最後にそちらを聞かせてもらえますか?

細井:アルバムの最後の曲なんですが、1曲目のデジタル技術を使用していない『Chant』とは真逆で「今、テクノロジーを最大限に使ったらどうなるか?」を実践しようとしています。
アルバムの中で言うと、ひとりの生身の人間から始まって、そこから文化・文明が生み出したいろんな技術を通って、最終的に実態のないものになるというストーリーに結果としてなったんです。それは作曲家から意見をもらって出来上がっていたかたちでもあります。1曲目は具体的に存在している特定の「誰か」なんですが、『Lenna』までいくと、分解され抽象化されたデータのような存在になり、「誰か」わからないものになる。『Lenna』という、画像処理の論文などで使用されるイメージという着想元の物語をなぞるように、アルバム全体が、人格があった人間がいつの間にかデータになるという流れになり、それが展示やクリエイティブ・コモンズでのリリースによっていろいろな場所に憑依していくというストーリーになっていきました。

* * *

『scopic measure #16:細井美裕サウンドインスタレーション「Lenna」』

開催期間:2019年7月20日(土)〜11月17日(日)
開館時間:10:00〜19:00
休館日:火曜日(火曜日が祝日の場合は翌日)
会場:山口情報芸術センター2階ギャラリー
入場料:無料
オフィシャルサイト:https://www.ycam.jp/events/2019/scopic-measure-16/

 

『オープン・スペース2019 別の見方で』

開催期間:2019年5月18日(土)〜2020年3月1日(日)
開館時間:11:00〜18:00
休館日:月曜日(月曜日が祝日もしくは振替休日の場合は翌日)、保守点検日(8月4日、2月9日)、年末年始(12月28日〜1月6日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター
入場料:無料
オフィシャルサイト:https://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2019/open-space-2019-alternative-views/
※『Lenna』の体験はPeatixによる事前予約制。事前予約のなかった時間帯、およびキャンセルとなった時間帯に関しては当日来場者の体験が可能

 

『細井美裕+石若駿+YCAM新作コンサートピース「Sound Mine」』

開催日:2019年11月15日(金)、16日(土)
集合時間:19:00
集合場所:山口情報芸術センター駐車場側入口
料金:前売り一般2500円、前売りany会員2000円、前売り25歳以下2000円、前売り特別割引2000円、前売り高校生以下300円、当日一律3000円
オフィシャルサイト:https://www.ycam.jp/events/2019/sound-mine/?ua=desktop
※チケットは山口市文化振興財団のオフィシャルサイトなどにて販売中

 

2019年10月24日
取材・構成:フィルムアート社編集部

プロフィール
細井美裕ほそい・みゆ

1993年、愛知県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。高校時代に合唱部に所属し、現代音楽に触れ始める。合唱部では全国大会や国際大会に出場。大学在学時よりヴォイスプレイヤーとして楽曲、ライブ、サウンドインスタレーションに多数参加する。並行してQosmoのメンバーとしてもさまざまな企画に関わる。2019年6月に、細井の声だけで作られたファーストアルバム『Orb』をSalvaged Tapesよりリリース。同アルバムに収められた『Lenna』は山口情報芸術センターでの企画『scopic measure #16』およびNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]での展覧会『オープン・スペース 2019 別の見方で』にて展示される。なお山口情報芸術センターでは2019年11月15日と16日にコンサート『Sound Mine』も開催。公式サイト:https://miyuhosoi.com/

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