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2020.01.14

第1話 愛と希望と勇気の日の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 親に買ってもらったばかりのアイフォンを自慢したくて、みずはちゃんはなんでもすぐ調べて私たちに教えてくれる。
「今日は1月14日だよ」とみずはちゃんはいう。私と妹はうなずく。今日が何日かは、知ってるし。
「愛と希望と勇気の日なんだって。むかし南極で置き去りにされた2匹の犬が、一年後の1959年の今日にまだ生きてることが確認されたんだって。すごいね?」
「そうだね?」
 私も妹もみずはちゃんも、なにがすごいのかはよくわかっていなかった。犬はかわいいから、知らない犬でも生きてたらうれしい。でもそれが愛と希望と勇気なんだっていうことはピンとこなかった。
「ここ南極ね」と私はいった。
「あ、うん」といって、みずはちゃんは笑った。私がなにをしたいのかすでにわかっている。それくらい私たちは仲良しだった。妹は皮のめくれた口のなかを触ってる。絶対、妹は火傷をするのにたこ焼きを頼むのだ。ここはスーパーのフードコートだった。私と妹とみずはちゃんの親も仲良しで、毎週ここの二階にあるヨガ教室に通っている。私たちは小学校の帰りにたこ焼きをたべて親を待っていた。
 そんな日常は、もう終わりだ。ここは南極になった。私とみずはちゃんはガタガタ震えた。「ほら、震えて」私は妹にいった。みずはちゃんが人間役で、私と妹はふたりいるから犬だった。親が迎えにきて、それから一年間、私と妹とみずはちゃんは会わなかった。
 学校や道ですれ違ったりもしないようにした。仲良しだから、相手が普段どのルートを通るのか理解していた。みずはちゃんは私と妹が南極で死んだんだと思っていて、私と妹は夜、四つん這いになって遠くの空に吠えていた。それも吹雪の音で聞こえない。一年後に再会したとき、愛と希望と勇気のことがわかると思った。
 でもよくわからなかった。一年後の、2021年の1月14日に私は妹を連れてスーパーのフードコートにいった。一年のあいだでスーパーは外国人観光客向けの高級志向になっていて、たこ焼き屋さんは別の値段が二倍もするところに変わっていた。あんまりだ。妹はこの一年我慢してたこ焼きもたべないようにしていたのに! この値段だといまの私たちには買えない。たこ焼き屋さんの前で呆然と立ち尽くしていると、後ろからみずはちゃんに声をかけられた。20センチくらい背が伸びてて、やばい。靴がきれい。あと歯を矯正してる。驚いたのは、それくらい。私たちは、本当に一年も会っていなかったのかな。「高いよね」とみずはちゃんはいった。「だよね」と私は、店員さんと目が合うように嫌な感じでいった。私たちは毎日会っていたみたいに変わらなかった。一年前と同じで、愛と希望と勇気のこと、ピンとこなかった。
 買ってもらったばかりのアイフォンを自慢したくて、三人で写真を撮ってインスタに上げると、真っ先に親からいいねがきた。家に帰ると、私たちの再会のことを親がいちばんよろこんでいた。「ねえお母さん」お風呂上がり、私は親に聞いた。「愛ってなに? 希望ってなに? 勇気ってなに?」
「え、急になに」お母さん、困りながら笑っていた。うれしそうで、よかった。

プロフィール
大前粟生おおまえ・あお

1992年、兵庫県生まれ。京都府京都市在住。2016年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」が『GRANTA JAPAN with 早稲田文学』の公募プロジェクトにて最優秀賞に選出され小説家デビュー。同年、「文鳥」でat home AWARDの大賞を受賞する。2017年には、第2回ブックショートアワードで大賞に輝いた「ユキの異常な体質 または僕はどれほどお金がほしいか」が、塩出太志監督により短編映画化された。著書に『のけものどもの』(惑星と口笛ブックス、2017年)、『回転草』(書肆侃侃房、2018年)、『私と鰐と妹の部屋』(書肆侃侃房、2019年)がある。2020年3月に、新刊『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社、2020年)が刊行予定。

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