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2020.02.14

第6話 バレンタインデーの話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 中学の三年間、私はチョコ配達人だった。毎年バレンタインの日になると、マジックで全体を真っ黒に塗って目のところだけを開けた紙袋をかぶって学校中を駆け回る。
 あなたにチョコです。あなたにチョコです。あなたにチョコです。
 だれかの代わりにチョコを渡しては次のひとにチョコを配達していく。
 毎年、チョコを渡したくても渡せないひとがいて、チョコをもらいたくてももらえないひとがいるのだ。そういう、学校のなかの感情のバランスを調整するために私のような配達人がいる。
 間違って私に好意を持つひとがいてはいけないので、私は黒塗りの紙袋をかぶっていた。
 私はチョコを運ぶことを介して学校中のラブの絡まりとその変遷を把握していた。すばらしいことだった。その気になれば、私が愛をパワーアップさせることもできるし、壊し尽くすことだってできるのだ。私はこの世の支配者になった気分で、実際そうだった。
 でも、中三のバレンタインの日に気づいてしまった。だれが私に愛をくれるの? チョコ配達人の正体はだれも知らない。当たり前だ。自分で黒塗りの紙袋を選択したのだから。私がチョコをもらってどうするというのだ。私は自分のよこしまな考えをたしなめ、プロとして最後まで使命を全うした。
 あなたにチョコです。
 最後のチョコを配達すると、私の配達人人生の第一章は幕を閉じた。でもうかうかしてはいられない。来年からは高校生になる。生徒数も多くなり、ラブの絡まりを把握するのにも骨が折れるだろう。
 バレンタインの翌日から、早速私は、受験する高校の在校生たちのことを調べはじめ、紙袋の補強と本物の黒の精製に余念がなかった。
 3月14日はすでに受験と卒業式を終え、合格発表を間近に控えた日だった。私はがらにもなく、将来に対しての憂鬱を感じていた。その日がホワイトデーだとかは、気づかなかった。私の管轄外だ。ホワイトデーにはホワイトデーの配達人がいるのだ。その日は一日中自分の部屋にいて、不安を紛らわすように高校ラブの相関図を作成していた。
「まるみーーー、お友達だよーーーーっ」
 突然、母親の声がした。なんだろう。電話だろうか。でもわざわざ家の電話にかけてくるなんて、だれから?
 階段を降りると、電話じゃなかった。ひとがきていた。それも、玄関にも、庭にも入りきらないほどたくさん。
「まるみちゃんに、いままでのお礼がしたくて」
 先頭に立っていた水田さんがいった。そこにいるのは全員、私がかつてチョコの配達を請け負ったひとたちだった。
「チョコのお返し、あなたに」
 ひとりずつ、私に直接、渡してくれた。みんなチョコ配達人の正体を知っていた。私は泣きながら、もっと紙袋を黒くしないとな、と思った。