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2020.03.14

第7話 ホワイトデーの話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 地獄に落ちるよ、といわれた。陸上部の水田くんは占いができた。クラスでユーチューブチャンネルを持つことになった。卒業式までにチャンネル登録者数1万人いこうな、と担任が始業式にいった。各クラスやってて、学校の宣伝になるから登録者数が多いチャンネルのクラスの担任には特別手当が出るらしい。それでまずはクラスメイトひとりひとりの特集をすることになったのだ。地獄に落ちるなんて、水田くんは冗談でもいうタイプではなかった。
 え、いつ? と俺は聞いた。「いつ、どの未来に?」
「さあ、そこまでは」と水田くん。センスばかりが冴え渡って、俺に地獄を直観したらしかった。
「なんかごめんね?」と水田くんはいう。「そうだこれ、ホワイトデーだし。どうもありがとう」
 水田くんは俺にハリボーのクマのグミをひとつ渡した。
 バレンタインの日に俺はクラスの全員にひとつずつハリボーのグミをあげていた。水田くんはそっくり同じお返しをしてくれた。グミの色までいっしょだ。
 同じものを交換しただけ。バレンタインもホワイトデーもなかったみたい、俺と水田くんのあいだはゼロで、空白みたいだった。
 でも俺、あげたグミの色なんか覚えているし、水田くんのこと気になってる? それはどういう感じで? 自分でもよくわからなくて、結局、よくわからないまま高校を卒業しちゃったな、と10年後の同窓会で水田くんにいった。
 こんなことをわざわざいうなんて、俺は水田くんのこと、いまも気にしてるんだなって思いながら。
「へぇー、ありがとう」水田くんはいった。笑った。それだけ。
 俺のこと、あまり覚えてないみたいだった。
 同窓会は居酒屋でだった。水田くんはいま占いで生計を立てているらしく、年収を聞かれたり、同級生に頼まれて占ったりしている。次々と、未来が与えられていく。
 俺は、自分の未来とかはどんどん想像できなくなっていく。この前、子どもが4歳になった。俺の未来のことを考えると、俺じゃなく、子どもの成長の光景ばかりになっていく。うれしかったし、でもそのうれしさは、自動的に発生している、俺個人とは関係のないものみたいで、悔しがってみたくなった。
 遠くの席で、だれかが高校のときのユーチューブを再生した。「肌が」「うわあみずはもまるみもかわらへんねえ」「肌がっ!」「あれ? こんなひとクラスにいた?」みんな10年前の姿によろこんでいる。その動画で俺はカメラの外から、「いつ、どの未来に?」といっていた。
 どの未来にって、なんでそんなことをいっているのだろう。別の未来というものを知ってるみたいだった。でもそう考えると納得できる。いまの俺じゃなく、別の未来の俺が地獄に落ちている。だから俺は無事。平凡に疲れて、平凡にしあわせなことがあって生きている。
 それか、ここがもう地獄か。この何気ない日常が。そう考えると案外悪くない気がするし、悪くないと思ってしまってる分だけ、最悪な気がする。
 同窓会の喧騒のなかにいると、ぜんぶの情報がうまく聞こえなくなってきて、溶けてるみたいで、俺は、地獄のこともう忘れようと思った。覚えてるということは、それだけで呪いみたいだから。
 酒を飲んで、酒を飲んだ。同窓会が終わっても、次の日も、しばらくずっと、何年も、飲まずにはいられなくて、離婚して、アルコールを摂取して、忘れることに変えていった。