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2020.03.20

第8話 昔 ピュアな乙女達の同窓会の日の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 三月のはじめに高校の卒業式があって、大学に入学するまでの空白の時間、私たちはいま何者でもなかった。あと二週間もすると、それぞれ別の大学にいく。ひとり暮らしをする。当たり前に心細くて、本当はもう下宿先に引っ越していた方がいいのだけれど、ぎりぎりまで地元にいた。高校生だったちょっと前となにも変わらないみたいに四人でつるんで、時間が流れなければいいと思った。
 市民センターの近くに放課後いつも買い食いしていたスーパーがある。とりあえず毎日そこに集合して、ひとパック130円のみたらし団子をイートインで一本ずつ分ける。あんまりおいしくなかったけど、水田さんが家から水筒に入れて持ってきた、お母さんの趣味のジャスミン茶とあわせて四人でたべるのは、うん、悪くない時間だった。将来いまのことを思い出すとき、特別な時間だったといってしまってもいいくらいに。今日いったとき、スーパーの自動ドアのところに貼り紙が貼ってあった。五月末で閉店するらしい。
 どんよりした気分で、四人でもちゃもちゃみたらし団子をたべた。閉店の貼り紙はイートインの机ぜんぶにも貼ってある。私たちは無言で、大切なひとが侮辱されたみたいにイライラしていた。「なんでなん?」みずはちゃんが机に顔を伏せると、私と水田さんとゆずるは手を伸ばして彼女の頭を撫でた。「ごめん俺お団子のねちゃねちゃ手についてる」ゆずるがそういうと、みずはちゃんは肩を震わして笑い出した。
 市民センターには私たちと同じように時間を惜しむひとたちがいた。みんなどことなく、普段よりも少しだけ無理してはしゃいでいたり、少しだけ無理して落ち着いているように見えた。ここもいつか潰れるのかな。
「ぎゃー」
 突然、みずはちゃんの叫び声がした。棚に陳列されていた本を抱えて走ってきて、「みてこれさいこうやん」という。みずはちゃんが手に持っていたのは一年間の記念日についての本だった。今日、三月二〇日のページを私たちに見せてくる。そこには「昔 ピュアな乙女達の同窓会の日」と書いてあった。
「大阪府羽曳野市で中学時代を過ごした幼なじみの佳代子・あっちゃん・チャーミ・マミの4人が制定。『久しぶり』のひと言で『あの頃』に戻れる同窓会。みんなで歩いた青春の日々が蘇る感動的な日を楽しんでもらいたいとの願いが込められている。日付は青春をイメージし、卒業式のシーズンであり、みんなが集まりやすい祝日の『春分の日』に」
「さいこうやん」みずはちゃんがもう一度いった。
「うう佳代子あっちゃんチャーミマミ~~」ゆずるは涙ぐんでさえいた。「俺らも、なあ俺らもこういう風であろうや」
 水田さんはぶんぶん頭を振ってうなずくし、私も一気に気分が晴れた。
「わたしらもずっと、いつまで経ってもピュアな乙女達でいよう」
 私とみずはちゃんは小学生のとき、事情があって一年間会わなかったことがある。それでもなかよしだった。そのときの話を水田さんとゆずるにも話して、だから私たち四人も離れ離れになってもだいじょうぶなんだと、なにかをごまかすみたいにいいあった。だいじょうぶだいじょうぶって、いうほどに不安も増えていった。

※引用は『すぐに役立つ 366日記念日辞典[第3版]』(加藤清志著、一般財団法人日本記念日協会編、創元社、2016年、65頁)より