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2020.05.29

第15話 幸福の日の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 会社の先輩が結婚した。
 結婚相手は資料室のそばの小さい部屋に勤務する警備員さんだった。つきあってから一週間での結婚だった。
 いつ感染するかもわからないしね、と先輩は私にいった。どこまでこの未来が続いてるかわからない。
 ビデオ通話でその言葉を聞いて、あれ、と思った。
 この前、高校の同窓会で、この未来とか、どの未来とか、そういう言葉を聞いた。同窓会の席でみんなが見ていた、十年前の映像のなかで。
 結婚とか結婚式とかそこまで重視してないんだけどさ、不要不急なことがいつまでできるかわかんないし。
 はは、と先輩は笑いながらいった。
 なにかをあきらめてるみたいな笑みだった。
 あきらめと、愛みたいなものは簡単に両立するだろう。結婚式で先輩は泣いていた。ウイルスの影響で物理的にひとを集めることができなくて、式はVR空間で行われた。冠婚葬祭では過度なアバターを使ってはいけないという、なんとなしのきまりがあって、せっかくの仮想空間なのに自分の身体をスキャンしたアバターで出席した。ドレスもこのために課金した。まったく不慣れなひとは、自分の身体すら用意できなくて、初期設定の、すべての人間を平均した匿名の身体と顔で出席した。そういうひとは何十人もいた。仲人を務めるひともそうで、思い出話をしながら、涙を流すアクションをしていた。
 私は仲間たちとともにフラフープを回す出し物をした。ここでは社会的距離を取る必要はなくて、私はふだんそんなことはしないのに、気の許せるひと全員にハグをしてみた。現実では自分の部屋でひとりハグのアクションをしていて、私にハグをしているひともひとりでその動きをしてるんだと思うと、おもしろかった。私たちフラフーパーのリーダーとして、先輩がフラフープを回して、結婚相手のひとがハイパーヨーヨーを華麗に操ったときは、本当に泣いてしまった。
 しあわせになります、と先輩はいった。みんなで、しあわせになりましょう。

 しあわせになること
 しなないこと

 という言葉を私は思い出した。
 また、過去だ。
 高校時代の終わりと、大学時代の終わり、私の周囲で流行った言葉。その言葉は、生きてるみたいに増殖した。いまも、隣の席の匿名のひとが、しあわせになること、しなないこと、と呟いてる。このひとも影響されたんだ、と私は思った。言葉が、人間をいれものとしてまわっていく。

 しあわせになること
 しなないこと

 気がつくと、たくさんのひとがそういっている。壇上の先輩たちもいっている。ヘッドセットを装着した私の口も勝手にそういっている。呟きが、だんだん歌のようになる。みんなで、祈りを歌っている。みんなで同じことをするのって、気持ち悪いな、って私は思った。それでも、わかっていた。私の身体は知っていた。みんなで同じことをしていると、なにも考えないでよくて、気持ちがいいのだと。

 なにそれ

 と声がする。ワンルームのすみっこにテントが張ってある。従兄弟のれいんがそこに住んでいる。感染者が出たため高校の寮が閉鎖され、親の家にも帰りたくないようだった。うちに上がり込んだれいんは、私が寝ている夜中のあいだにトイレにいき、なにかをたべている。日中や早い夜でも、ときどき、テントのなかから声が聞こえる。だれかと話している。
 時間は、経つだろう。
 れいんと叔父さん叔母さんの関係も改善されるかもしれない。もっと悪くなるかもしれない。変化が見えなくても、ずっといまのままではないはずだ。私とれいんは昔仲良しだった。いまも仲が悪いわけではない。関係に言葉を与えると、さびしさに向かう時期だった。テントのなかから怒鳴り声が聞こえてくる。
 だいじょうぶなのかよ!