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2020.06.10

第17話 時の記念日の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 階段の上に透明な箱がいくつも置かれている。
 水の入った箱から箱へと、「U」を逆さにしたかたちに管を通しておく。すると大気と水の圧力の関係で、水面の高い方から低い方へと、水は管のなかを通り、下の段にある箱に流れていく。水はそれを何回も繰り返す。いちばん下にある水槽には人形が入っている。
 これは漏刻と呼ばれるむかしの時計。
「え! うまくいかない!」と波子はいった。
 人形にはマジックでいくつも星のかたちのしるしがつけてあって、水が溜まると人形が浮いてくるから、波子は、そのしるしの見える具合によって時間をはかるはずだった。でも、うまくいかないらしい。これは波子の自由研究だった。
 長期の休校のあいだ、学校から宿題がたくさん出ていた。
「強制ではないです。強制ではないんです」学校の先生は何度もそういった。
 災害が起きた。1300年前、日本にはじめてできた時計が漏刻だといわれている。波子は、時間にひとの名前をつけた。
 うさぎちゃんしらべちゃんかなでくんさだこかやこまやみさきちゃんれいんくん……。私の名前もあった。私の名前は、いちばん最後に見えるはずのしるしが表す時間だった。波子の時計では、いつもそこまでたどり着けない。どうしてか失敗ばかりだった。
「それでね、時間がこわいんだって、波子」
 ある日、私はみさきちゃんからそういわれる。波子は挫折感と繋がった時間のことがこわくなった。「でもまあそれはわたしの推理だから本当はどうかわからない」
 みさきちゃんは、わたしは波子とずっといっしょに日々をグラデーションみたいに接してるから波子のことを感じすぎててなにか起きたときに逆にうまく捉えきれないんだよ~、と冷静な様子で私にいった。それで私に、波子が時間をこわくなった本当のところを探ってほしいらしい。
 がたがた、と、私の顔が浮かび上がって移動していく。積み木であそんでいた波子が、ビデオ通話で繋がった私を見つけてうれしそうにはしゃぐ。みさきちゃんの家には電波が弱い場所があって、そこをアイフォンが通ると私の顔がぐちゃぐちゃに崩れるらしい。波子がいっそう笑う。
「あ」と私はいう。「家に時計ないんだね」
「いいいぃぃぃぃぃぃ」
 波子が奇声をあげて視界から消えた。
「はは」
 みさきちゃんが笑う。
「こわがるから時計もぜんぶ隠したんだ」
「ふぅーん。でもほんとに私なんにも力になれない」
「ばああ」
 波子が画面の下から飛び出して、私をびっくりさせようとする。アイフォンを持っていたみさきちゃんがしりもちをついて、私は画面ごと転がってみさきちゃんちの壁しか見えなくなる。絵が掛かっている。「こら! あんたはいっつもそうやってけちぶらして」すぐに、波子が泣く。けちぶらす、っていうのは、どこの方言なんだろう。絵は、大きな、ひとの瞳だ。そのなかにひとが住んでいて、紅茶かなにかを飲んでいる。湯気の向こうで笑っている。波子が号泣して、その勢いで吐いてしまう。みさきちゃんはその途端に怒ることをやめ、波子を心配するというよりは、こういう事態を機械的に処理するように声とからだの動きがはきはきしはじめる。私は何十分も忘れられたまま、壁の絵を見続けた。部屋のなかだ。私からは見えない部分がたくさんある。どこかに時計とかあるのだろうか。見ていると、なにかが繋がってしまいそうになる。
 ばああ、と私はいった。
 何日か経つと、波子はこわがることに飽きて、時間のことをなんとも思わなくなった。いっしょにうたう、時間の歌、曜日の歌。波子とみさきちゃんと私とれいんとれいんの彼女のしおりちゃんのむかしの写真で「何歳でしょう神経衰弱」。たのしかった。私はいつもあの絵からは見られない位置にいた。