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2021.05.21

第1回:MMDからVTuberへ
──身体運用の複製・流通・再生

踊るのは新しい体 / 太田充胤

魂の実装

 お示ししたのは、2011年にMMDで作られた動画のひとつである。「初音ミク」を使って作られた「可能世界のロンド」という楽曲に、「初音ミク」の3Dモデルを使った動画を合わせたものである。
 「初音ミク」とは2007年に発売された音楽編集ソフト「VOCALOID」シリーズの一商品であり、同時にその商品のイメージキャラクターの名称でもある。床まで届きそうな緑色の長髪、手首より長い袖にミニスカートにサイハイブーツ。いかにもアニメ然としたこの16歳の女性が、仮想楽器となってインプットされた通りに歌う……という設えの人工音声ソフトで、発売わずか半年で3万本という異例の売り上げを記録した。ヒットの背景には技術的な目新しさもあっただろうが、近未来感のあるキャラクターの造形もその流行に一役買ったのは間違いない。実際、多くのユーザーが「初音ミク」に歌わせてみたいと考えた。同ソフトを用いて制作された楽曲は、当時黎明期にあった動画共有サイト「ニコニコ動画」に投稿され、しばしば数百万の再生回数を達成した。
 人工音声だったはずの「初音ミク」が現れるところは音楽にとどまらなかった。あるユーザーが「初音ミク」の3Dモデルを制作してネット上に公開すると、他のユーザーたちがそれをダウンロードし、「初音ミク」が歌い踊る3D映像を作ってニコニコ動画に投稿するようになった。それはまるで、パソコンの中に生息するホムンクルスのようだった。いつしか「初音ミク」はネット上を独り歩きし、ネット上に遍在するようになっていた。

 「可能世界のロンド」もそんな無数の動画のうちのひとつで、当時の驚きと興奮がわかりやすく視覚化されているよい例である。
 冒頭、真っ白な大きい部屋の奥でポーズをとる、機械のような「初音ミク」モデルのロングショット。両脇には人形使いの手のように、天井から一対のマシーンアームが伸びている。長くミニマルなイントロのリズムとともにゆっくりとカメラがクローズアップ。ピアノのアタックを合図に、マシーンアームにぐりぐりと操られてモデルがロボットダンスを始める。
 ボーカルが入ると画面が一転し、今度は図書館のような温もりのある部屋で、表情豊かで生き生きとした別の「初音ミク」が歌っている。その動きの自然さは、一ユーザーが無償のツールで作ったものとしては驚くべき水準で、当時この動画には敬意をこめて「魂実装済み」のタグがつけられた。「魂実装済み」とはVOCALOID楽曲やMMD動画に対してよくつけられていたタグで、デジタルの表象に人間のような息吹を感じ取ってしまう視聴者の感慨を言い表したものである。「可能世界のロンド」に関してもう一歩踏み込むならば、この短い動画のなかに我々が見出したのは、機械あるいはCGオブジェクトに過ぎない「初音ミク」が魂を獲得するプロセスであっただろう。
 間奏、カメラは再び白い部屋に戻ると、中心にモデルを捉えたままゆっくりとズームアウトする。ロボットアームは天井に畳み込まれ、モデルは動力源を失ったかのようにぱたりと動きを止める。カメラとモデルのあいだに、一枚、また一枚とシャッターが下ろされる。何枚かのシャッターが下ろされると、今度はカメラがズームをはじめ、シャッターは一枚ずつ上がっていく。
 最後の一枚が開き、カメラがふたたびモデルを捉えた時、彼女はすでにロボットアームの元を離れ、ひとりでに踊り始めている。クラシックバレエの型で、ぎこちなく、しかし軽やかに踊るさまに、たしかに我々は魂に限りなく近いなにかを感じとる。そしてその後も繰り返される白い部屋と図書館のモンタージュを通じて、機械の「初音ミク」と魂実装済みの「初音ミク」が、おそらくは連続した同じ個体の過去と現在であることを直観する。

 操り人形やロボットが人間の手を離れ、「魂」を宿し、それ自身の身体運用を始める──モチーフ自体は、むしろ極めて古典的である。「魂実装済み」という驚きも、一ユーザーがMMDで作ったからこそのものにすぎない。CGを駆使して作られた「自然な」映像表現は、当時の感覚でもさして珍しいものではなかった。
 しかし、その魔法のような技術が自分の手中にあるとなれば、話はまったく別である。MMDの登場とはつまり、オブジェクトに生命の息吹を吹き込む魔法が民主化されたことを意味するものであった。

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