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2021.05.21

第1回:MMDからVTuberへ
──身体運用の複製・流通・再生

踊るのは新しい体 / 太田充胤

仮想空間で踊る

 MMDは名前の通り、そもそもの初めから「初音ミク」という存在しない身体に魂を与え踊らせるために開発されたソフトウェアである。

 開発したのはVOCALOIDの版元ではなく、ニコニコ動画ユーザーの1人だった。そのユーザーはニコニコ動画で「初音ミク」のモデルを目の当たりし、どうしても自分の手で動かしてみたいと考えた。これまで3D映像など作ったことはなかった。既存の3D動画作成ソフトを使って試行錯誤したあげく、ついに「初音ミク」が踊る動画の作成に成功したものの、それがあまりに大変だったことから初心者でも使いやすいソフトを作ることにした。
 こうしてゼロから作り上げられたMMDの操作性と手軽さは、画期的だった。知識のないユーザーでも、ウィンドウの中の白い空間にモデルを展開し、コマ毎にポーズをつけ、音楽を展開するだけで、簡単に「初音ミク」を踊らせることができた。2008年にMMDがフリーソフトとして配布されると、「初音ミク」を踊らせた動画は爆発的に増加した。
 まるでそこにひとつの生態系が発生するように、無数のユーザーの手によって周辺環境が整っていった。「初音ミク」以外の豊富なモデルの制作、モデルが踊るための背景の制作、モデル編集や動画の映像効果のためのツール……。あまつさえ、既存のゲームデバイス「Kinect」を使ったモーションキャプチャ技術を、MMDと連携するユーザーまで現れた。存在しない身体を踊らせるだけではなく、自らもまた仮想空間で踊ることができるというわけだ。

 当時ストリートダンスに熱中していた私もまた、そこに見え隠れする可能性に惹かれた。基本的に怠け者だった私はある日、MMDなら自分の身体で踊るよりも楽なのではないかという天啓を得たのである。
 ぱっと思いつくだけでも、MMDにはいくつかの革命的な使い道があるように思えた。たとえば、振付や実際に踊られたものの記録媒体として。あるいは、自分の運動を理想的に調整したり、自分の身体を複数化することすら可能な新しい表現の媒体として。
 ダンスを三次元の情報として記録する方法は当時なかった。3DカメラもVRゴーグルもまだまだ普及していなかった頃だ。記録媒体はもっぱら、スマートフォンについた二次元のカメラである。スマートフォンを鏡の下に立たせて、自分が踊るのを撮影したり、他者が踊るのを撮影したりするわけだ。ただ、二次元の動画は踊られたもののすべてを記録してはくれない。肉体に発生するテンションや力の向き、流れ、ニュアンスを記録するためには、まるでシャーロック・ホームズの『踊る人形』のようにメモ帳に棒人間を書きつけなければならなかった。もし、3Dモデルに(で)振付のメモを書きつけることができたなら、棒人間のメモよりもよほど解像度が高いだろう。
 しかし無数の動画を眺めているうちに、もっと大きな可能性があることに気がついた。そもそも踊られたものをモーションキャプチャによって取り込むことが可能なら、記録や記述に関する悩みの大部分は解決する。いや、それだけではない。こうして記録された身体運用は、それ自体が編集し複製することの可能なデジタルデータでもあるはずだった。

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