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2021.09.21

第2回:なんとなく、でも確かに思っていること

本屋な生活、その周辺 / 高橋和也

2013年、東京・学芸大学の賑やかな商店街を通りすぎた先、住宅街にぽつんと、SUNNY BOY BOOKSは誕生しました。店主の高橋和也さんとフィルムアート社のおつきあいが始まったのはとても最近なのですが、ちょうど『ヒロインズ』を売りまくっていたり(250冊以上!)、企画展「想像からはじめる――Solidarity-連帯-연대――」が全国の書店を巻き込んだ大きなうねりとなって巡回されたり、すごいことを淡々と当たり前のようにやっていらっしゃる時期で、個人書店の底力というか、小さいゆえの機動力とか社会的な意義というか、改めて実感したのを覚えています。

以前のインタビューで「東京だからやっていける」とおっしゃっていた高橋さんですが、世の中の状況も変わり、決して楽観的ではないけれど、東京はもちろん地方でも本屋を始められる方がとても増えました。背景には、どこで買っても同じはずの本なのに、「大好きなお店を応援したいからここで買おう」と思う読者がすごく増えたことが大きいと感じます。SUNNYも特にコロナ禍初期に休業された際、心が折れそうなとき、お客さまからたくさんの激励を受け取って気持ちを保てたとのこと。だからこそ2021年2月に家族で沖縄に移住されることになっても、続ける意志が繋がれたのだと思います。

沖縄移住をすっぱり決断されたことといい、子供さんが生まれてからはより「生活」を大事にされる気持ちが強まったようにも感じます。ブレない軸を持ちつつも自然な流れに身を任せてきた高橋さんが、現実をどう受け入れ、これからどうなっていくんだろう、見守りたい方はたくさんいらっしゃると思います。高橋さんの考えややりたいことが少しずつ整理できるような連載になればいいなと思います。

天気予報で流れてきた季節外れの涼しさ続く本島を横目に、今日も夏日の沖縄で過ごしています。「これから本格的な台風シーズンですかねーー」なんてラジオで言っていてちょっとびびります。この7年半、ほとんどの時間をお店と一緒に過ごしてきたのでなんだか噓みたいで、「あしたはお店に帰るのかな」と子どもみたいなことを思ったりしますが、起きてもやっぱり沖縄にいるのでどうやら本当なんだな、と最近やっと頭で理解してきました。

連れが地元である沖縄の研究機関に勤務することが昨年(2020年)の夏に決まってからというもの、怒濤の日々が続いたのでいまやっと、という感覚です。彼女が長く目標としていた場所にいけるとあって、やったね、応援するよ、という気持ちしかありませんでしたが、お店をどうするか、移転したからといって上手くいくものでもないし、稼ぐために自分ができることはこの場所にしかないし、時間をかけて育ってきた場所を無くしたくないし、などぐるぐると答えのない考えが行ったり来たりしていました。

振り返るなかで頭から離れないある光景が、最終的にお店をひとに任せて沖縄にいく決心をさせました。まだ新型コロナウイルスが世間を騒がす前、帰宅するとおもちゃと洗濯物が散乱した部屋で疲れ果てて寝てしまった母親を1歳の子どもが泣きじゃくり鼻水を垂らしながらゆすっていました(ミルクを上げてほどなくしたら寝たのでお腹が空いていたんだね)。この頃、共働きで連れは平日朝から夕方までの勤務。僕は定休日は金曜日のみ(とはいえ月に2回は展示の入替え)、他の日は保育園に子を預けた後、午前中からオンラインの発送準備で出かけて帰宅は21時すぎ。それでも終わらずに深夜まで仕事(お店以外にも展示の企画、本の制作や管理、選書案件、出店準備)をしながら夜泣き対応という流れが続いていました。いまも家とお店のことで大変だな、とかイライラしてしまうことはあるけれど、このときのことは今振り返ってもしんどかった、というのが素直な言葉です。あの光景をみて脱力した感覚が、このままでいいのかなという葛藤になって心のなかに残っていました。それからは知り合いにお店番に出てもらうようにしたり、家とお店のバランス調整の日々が続いていたのですが、連れの研究機関への合格を受けて一層思い切ってお店から離れろということか、と思い至ったという次第です。それにこの場所がいい意味で自分だけの場所ではなくなってきている感覚があったこともあり、お店の次のステップとして誰かに任せてみようと考えることができました。

しかし、で、お金はどうするの?という問いはまだ残っていました。そもそもひとに本屋をやっていると言うと必ず「本屋って儲かりますか?」とお金ベースの話をされて、みんなも儲からないと思っているんだなと感じてきました。実際、朝から晩まで、企業でいえばだいぶブラックなところに勤めてなんとか生きていく分を稼ぐのがやっとなのが僕の本屋の現実です。そんなお店で自分の代わりに人を雇えば、人件費を払ったらほとんど何も残らないだろうという予想を立てていましたが。ーー実際にやってみてやっぱり難しくて、半年が過ぎた今のところマイナスが出てるという始末です。でも、もともとお金を稼ぎたいから本屋を始めたわけではなかったし(たぶんそういうひとはほとんどいなくてみんなきっと生き方として本屋を選んだんだと思う)、何よりやりたかったことをやろうとがむしゃらに行動してきた自分を忘れたくありませんでした。連れがそれでもやってみたらいいと言ってくれたのも大きかったですが、正直稼げないから、でも楽しいから、お店で本を売る以外の、でも店売に繋がるための、サニーとして出来るいろいろをやってきて、今まで何とかかんとか続けてくることができました。そういう感覚がついてきてしまっていたのでなんだか沖縄にいくのもその延長のような気がしてきて、お金のことはさほど問題ではなくなっていきました(今思うと「なんくるないさ」精神だったのかも)。

もちろんお金は大事だとは思います。お金のやりとりがあるからお店として作家さんや版元さんとの関係が成立している側面もありますし、お金がないと今の社会で生きていくのは難しいし、自分を知らないひとには信頼もされないでしょう。でもお店をやる中で感触としてあった、ひととの繋がりや本を通して感じる小さな連帯感といったお金以上に大切なものがあるという思いと、そう思いたい自分の気持ちに、落ち着いてお店から離れてみることで改めて気づいていけるのではないか。そこから新しい物差しがあてはめられるような場作りというものに繋げられるのではないかと考えるようになりました。そのことは、それぞれのスタイルで作品の制作、出版、はたまた本屋をするひとたちとの出会いや生活、家族、仕事、社会、政治が変わり続けるなかでも、ひとがそのひとのまま世の中で生きていくことを励ますような本やジンがあったからこそ、そう考えることができたように思います。

結局、世の中一番はお金じゃないよねという結論でお店から離れたことが正しかったかはまだわかりません。仮に閉めざるを得なくなったとしても、勝った負けたで考えていたらそれこそ資本主義の思うつぼだ、という思いもあります。でも走り出したからには続けていくためにも(最低でも)次の半年で今のマイナスをチャラにする!ことを目標としつつ、沖縄での活動にも目を向けていく。そうやって少しずつままならない自分の気持ちに折り合いをつけながら、どっこい最低限の稼ぎがついてきたらいいなとぼんやり思っています(いつもこんな感じです…)。まだ漠然としていますが、ここからしかやること、やれることは見えてこないのかな、となんとなく、でも確かにそんな気がしています。

(第2回・了)

この連載は月1回(第3火曜日)更新でお届けします
次回2021年10月19日(火)掲載予定です

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