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2022.07.12

第15回:夏のはじまり

本屋な生活、その周辺 / 高橋和也

2013年、東京・学芸大学の賑やかな商店街を通りすぎた先、住宅街にぽつんと、SUNNY BOY BOOKSは誕生しました。店主の高橋和也さんとフィルムアート社のおつきあいが始まったのはとても最近なのですが、ちょうど『ヒロインズ』を売りまくっていたり(250冊以上!)、企画展「想像からはじめる――Solidarity-連帯-연대――」が全国の書店を巻き込んだ大きなうねりとなって巡回されたり、すごいことを淡々と当たり前のようにやっていらっしゃる時期で、個人書店の底力というか、小さいゆえの機動力とか社会的な意義というか、改めて実感したのを覚えています。

以前のインタビューで「東京だからやっていける」とおっしゃっていた高橋さんですが、世の中の状況も変わり、決して楽観的ではないけれど、東京はもちろん地方でも本屋を始められる方がとても増えました。背景には、どこで買っても同じはずの本なのに、「大好きなお店を応援したいからここで買おう」と思う読者がすごく増えたことが大きいと感じます。SUNNYも特にコロナ禍初期に休業された際、心が折れそうなとき、お客さまからたくさんの激励を受け取って気持ちを保てたとのこと。だからこそ2021年2月に家族で沖縄に移住されることになっても、続ける意志が繋がれたのだと思います。

沖縄移住をすっぱり決断されたことといい、子供さんが生まれてからはより「生活」を大事にされる気持ちが強まったようにも感じます。ブレない軸を持ちつつも自然な流れに身を任せてきた高橋さんが、現実をどう受け入れ、これからどうなっていくんだろう、見守りたい方はたくさんいらっしゃると思います。高橋さんの考えややりたいことが少しずつ整理できるような連載になればいいなと思います。

個人的にはお店の準備が佳境となり腰を据えて向き合えなかった参院選、沖縄は稀にみる激戦となり辺野古への新基地移設を容認した候補者を約3000票という僅差で破り現職の伊波洋一さんが当選しました。民意が出た、と知事は言っていたけれど、ほぼ半々となった投票数の意味を考えるべきだろうし、沖縄の人たちの考えも少しずつ変化しているのかなと感じました。今年は県知事選や那覇他市長選もあるのでこれからの沖縄へ大きな年になりそうです。

そんな沖縄は2022年最初の台風が呆気なく通り過ぎてから、一段とじめっとした夏になっています。開店と決めた七夕まで準備に少し余裕があるなと思っていましたが、オープン3日ほど前から急にあれもこれもとやることが出てきて結局睡眠を削って作業にあたっていました。そんなわけで実は先週公開だったこの連載もしれっと1週間押しとなりました(自由ですみません)。でもなんとかお店としての形もでき、無事に7月7日(木)11時に「本と商い ある日、」を開けることができました。

当日はギャラリースペースで網代幸介さんの展示も初日ということで、わざわざ東京から網代さんも駆けつけてくれました。沖縄では初めての展示に「僕のこと知っているひといるかな? 」と心配する網代さん。僕も開店直前ということで余裕のないぐらいに不安だったので二人揃って「誰も来なかったらどうしよう……」とネガティブモードでしたが、蓋を開ければ初日から展示を観にうるま市から、読谷村から、はたまた兵庫からお客さんにお越しいただけました。お店の方も続々と、という程ではないにしろSNSでの告知しかしていなかったにも関わらずちょうど良いペースでの来店が続きました。

本をみるひと、喫茶をするひと、展示について作家さんと話し込むひとと、それぞれの時間が流れているのをみて「あー本当にはじまったんだな」と感動しました。物販、喫茶、ギャラリーという3つのスペースをそれぞれどう楽しんでもらうか、まだ会ったこともない誰かを思ってこの2ヵ月間準備をしてきて楽しみにしていた風景が少しみれました。お店はそこにひとが来て、また去っては来てを繰り返しながらいろんなひとが居る場所になって、いつしか安心できる居場所になるのかな。だとしたら自分は銭湯の番頭さんのような空気感で、「ある日、」と一緒にそんな安心の方へ行けるように頑張りたいと思いました。

まだ1週間も経っていないのでお店のペースも段取りもよくわかっていないのですが、来てくれるお客さんは近くの島しょ地域から、那覇や宜野湾から、県外からとバラバラです。歩いて数分のところに住んでいるという方も「オープンしたんですね」と興味ありげに来てくれて、珈琲(coffee carawayの珈琲も美味しいと言っていただけてホッとしています)を飲みながら島についてなど聞かせてくれています。そんな世間話のなかで知ったのですが、30年ほど前の「ある日、」の場所は90代のおばーが営む商店だったそうです。店主が亡くなった後に改装してその面影はないといいますが、少し懐かしそうに店内を見回しながら教えてくれました。ぼくがここを借りてお店にしようと思ったとき、流れる空気がいいと感じたのも、実際にやってみて正直思った以上にしっくりきているのも、店名に「商い」とつけることにしたのも、もしかしたらこの場所(おばー)に導かれたからかもしれない。そんなことを思いました。すでに一度ここはいろんなひとの居場所だった。きっと笑顔あふれる良い商店だったのだろうと想像して、心に小さな光をもらったようでした。

オープン前にお願いしていたドネーションブックも結果的に245名の方に参加いただき549,000円を集めることができました。「ある日、」とともにあるたくさんのあなたのおかげで、みなさんと一緒にお店をつくることができたと感じています。心から感謝を申し上げます。本自体は完成に向けて制作を進めています。少し遅れて7月下旬頃になりそうですが、もう少々お待ちいただければと思います。これからはこうあれたら、という願いをこめた「本と商い ある日、」の思いをひとつずつ叶えていけるように、みなさんの期待に応えていけるように頑張ります。暑くて熱い夏が、はじまりました。

次回2022年8月2日(火)掲載予定です
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