• Twitter
  • Facebook
2026.05.21

第二回 ドイツ鉄道

ベルリン作業ノート / 高山明

演出家・アーティストの高山明が、現在制作中の大型プロジェクトについて綴る作業ノート。2026年8月末よりベルリンの環状鉄道リングバーン各駅にて開催される「What If Berlin(もしもベルリンが?)」の進展と停滞を同時並行的に記録する。
第2回では、プロジェクトを立ち上げるために避けては通れない交渉、しかもドイツ鉄道という巨大な公有企業とのやりとりを振り返る。

*****

What If Berlin(もしもベルリンが?)」と名付けられた今回のプロジェクトは、Deutsche Bahn(ドイツ鉄道)が運営するリングバーン(ベルリン環状線)を全面的に使用するため、ドイツ鉄道とのやり取りが必要不可欠になる。これがなかなか大変で、少し気が重くなる話から始めよう。
 交渉役はいくつかの部隊に分かれていて、ベルリナー・フェストシュピーレのドラマトゥルクとプロダクション・マネージャーが最初に動き、提案や交渉を行い、技術的な問題が出てくるとわれわれの技術チームが登場して、駅のプラットフォームの使用や安全面の問題について交渉を重ねていく。それでも許可の取得が難しい場合、フェストシュピーレのディレクターであるマティアス・ペースが直接話にいくという仕組みである。そのやり取りは2026年5月現在も続いていて、3つの駅に設置されるべき「ツアー・スタンド」の置き場所については、2つの駅は確定したものの、残り1つの許可が下りずに宙ぶらりんの状態だ。技術スタッフはかなりのストレスを感じているようだが、私はそれが通常という感覚でいる。駅のプラットフォームに建っている小さな小屋――小屋と言ってもかなり立派なものだ――のいくつかは文化財保護対象となっており、それらを使用する場合には、文化財保護局の許可も得なければならない。加えて、「ツアー・スタンド」のような仮設建築物を駅のどこかにインストールするとなると、当然ながら消防署の許可が必要になる。さらに、駅まわりの掲示はある広告代理店がすべての権利を管理・販売しており、一筋縄ではいかない彼らとの交渉も重要な作業になる。ドイツでもお堅いことで有名なドイツ鉄道を相手にするだけでも大変なのに、同時並行で他の関係機関とも調整を重ねていかなくてはならず、そうしたやり取りを27駅すべてについて延々と繰り返さなくてはならないのだ。

リングバーンを構成するノイケルン駅のプラットフォーム

 ありがたいことに、私は駅まわりの交渉事には一切関わっていない。私が関わったところで何の役にも立たないというのもあるが、得手不得手に関わらず、分業が確立しているのだ。フェストシュピーレのような大きな組織においては特にそうで、1つのプロジェクトをこれほど縦割りのシステムのなかで立ち上げたことはない。うまくいくのかなと訝っていたが、私には想像も及ばないような(良くも悪くも)合理的な制度設計と、同プロジェクトのために編成された素晴らしいチームのお陰で、着実に進んでいく。それでも最初は戸惑って、早め早めに要請される決断の数の多さと圧の強さに、辟易としていた。しかし、外部とのやり取りだけでなく、フェストシュピーレ内部でも予算・広報・技術・キュレーション・法務といったチーム同士で調整が必要なのだから仕方がないのだろう。
 もともと私は決断するのが遅く、ギリギリまで待ってもらうのが常で、というのも、あまりに早く決断をして一つを固定してしまうと、あとで動かそうと思ったときにうまくいかず、結果として全体に支障を来すようなことがあるからだ。かといって、何らかの決断をしないと交渉も進行も立ち行かなくなり、これまたプロジェクトに悪影響を及ぼしてしまう。そこで敢えて仮止めのような状態にしておいて、全体が見えてきてから固定するというようなことをやる。それでも多少の宙づり状態を強いることになるので嫌がられるが、あとは状況を観察しながら臨機応変に対応していくしかない。時には無理な決断をくだすこともある。
 そんな縦割り組織のなかで、また、外部との数多くの面倒な交渉事のなかで、私は様々なことを決める/決めさせられるのだが、それ以前に当然ながらプラン作りというプロセスがある。何かを決める際も、プランがもとにあるから思考・判断することができるわけで、フェストシュピーレがドイツ鉄道とやり取りする際も、そのプランを提案するところからスタートしている。ベルリナー・フェストシュピーレという劇場をリングバーンに「うつす」というアイデアが根本にあったわけだが(*第一回を参照)、半年ほどのリサーチと思考実験を経て、そのアイデアをどのようなプランに移しかえたのか。

 リングバーン27駅の全プラットフォームに、かつて駅長が使用していた小屋が建っている。レンガ作りだったり、写真がはめ込まれていたり、壁一面に絵が描かれていたり、その駅の個性になっているものが少なくない。現在では駅長室としては使われておらず、倉庫になっているものもあれば、駅の職員が仕事をする事務室になっている場合もある。その小屋に、ベルリンで構想されたが実現しなかったプロジェクトを、実現はしたけれど忘れ去られたプロジェクトをインストールする。それらは浮かばれないままベルリンの街を彷徨っているはずで、「幽霊プロジェクト」と名付けよう。幽霊プロジェクトはベルリンの中心部のために計画されたものがほとんどだ。それらをベルリンの縁を象るように廻るリングバーンの27駅にうつし、その近辺での実現を目指す。とはいえ、27個の未実現のプロジェクトを一気に立ち上げるのは、ベルリナー・フェストシュピーレ75周年記念イベントという枠組みでは難しい。なので、今回は各駅に1つずつ、その駅および周辺地域に相応しいプロジェクトを紹介し、いざプロジェクトを社会実装するとなった際に必要となる有志を募る。
 小屋には駅周辺のコミュニティから選ばれた代表者(2〜3名)が常駐し、ふらっと立ち寄ったゲストや私たちの観客に対して幽霊プロジェクトの説明を行い、加えて未来のベルリンで実施する際の翻案を提示する。そして75周年記念イベント終了後に継続的に発展されるべき、実際の都市の中でプロジェクトを「孵化」させる事業への参加を促す。地域コミュニティの代表者によるその行為自体、見方を変えればプロジェクについてのレクチャーパフォーマンスであり、誰かを演じるレプリゼンテーションではないので分かりづらいが、忘却されたプロジェクトという「幽霊」を出現させる演技行為であるといえよう。また、小屋の内部にはプロジェクトに関連する様々なドキュメントが展示され、資料や音源や映像などが並べられたインスタレーション空間が立ち上がる。
各駅のプラットフォームにある「小屋」

 以上が最初に考えていたプランである。これがフェストシュピーレ・チームによりドイツ鉄道にプレゼンされ、何度かの交渉の末、リングバーン全27駅のプラットフォームと、14個の小屋(元駅長室)の使用が認められた。よく覚えているが、ドイツ鉄道との交渉が成功した直後、プロダクション・マネージャーのクラウディアからWhatsAppアプリにメッセージが届いた。上記の許可が下りて、しかも、小屋が使用できない駅については、仮設建築物をプラットフォーム上に設置することができるかもしれないとあった。ドイツ鉄道は私たちの提案をとても気に入ってくれたとのこと。交渉が難しいとされるドイツ鉄道が、まさかこちらの提案をほぼすべて受け入れてくれるとは想像もしていなかった。ドイツ鉄道は、日本でいえばJRだ。残念ながら、JRとの交渉でこうした展開を期待することは難しい。私は普段WhatsAppではあまり使わない、ありがとう、やったー、という絵文字で返事をした。本当に驚き、うれしかったのである。
 WhatsAppアプリを見返すと、2025年11月24日にこのメッセージを受け取っている。そして翌月の12月10日に再びベルリンを訪れ、2週間の滞在が始まった。12月11日、ベルリンでの作業を再開すべくベルリナー・フェストシュピーレのカンティーネ(食堂)にコーヒーを買いに行くと、ドラマトゥルクのモリッツが待っていた。
「悪い知らせがある」と、またいつもの笑顔で話しはじめた。
 プラットフォーム上の小屋の使用を許可したのは建物内ではなく外側だけだ、とドイツ鉄道から連絡が入ったらしい。それも保存対象なので使用できる小屋の数は限られる。プラットフォームの使用に関しても、安全面での懸念があるため許可することはできない。仮設建築物の設置については、線路への落下の危険があるためすべてNG、ということだった。
 安全面での懸念は確かにもっともで、断られる理由として納得できるものである。しかし、小屋の外側だけ使用可能という意味だったなんて、詭弁もいいところだ。内部の使用についてもイメージ図まで用意して説明したはずで、ずいぶん話が違う。白を黒だと言われ、それが平気で通されたようで不愉快だが、使用許可を出す側、とりわけドイツ鉄道のように巨大な組織からしたら、私たちの希望など知ったことではないし、取るに足らないものなのだろう。モリッツによれば、つい最近、ドイツ鉄道の経営陣が刷新され、その影響を受けたに違いないということだった。
 都市でプロジェクトを実施すると、往々にしてこうした現実を突きつけられることになる。私たちは舞台上に芸術作品を展開するのでもないし、美術館のホワイトキューブにインスタレーションを展示するのでもない。都市や社会と絡み合いながら、見慣れた景色や状況をずらし、揺さぶり、時にはひっくり返し、いつも接しているものを別様に体験してもらう。私の試みは、それ自体で仮想空間を成立させるVR(Virtual Reality、仮想現実)ではなく、後ろにある背景を含んだAR(Augmented Reality、拡張現実)なのだ。そして、都市や社会といった「背景(環境、状況、現実……)」の前に出現する〝何か〟よりも、その〝何か〟が媒介になり、普段知っていると思っていた「背景」が、知らないものに見えてくることの方が、さらにはそうした観客の体験自体が重要なのである。その意味で、ドイツ鉄道(具体的にはベルリン・リングバーン)はその「背景」を構成する大事な要素であり、経営陣の交代という事件もまた、プロジェクトが向き合い、多少は知っておくべき事柄になる。もちろん内容を知ったところで、ドイツ鉄道に対して何の効力もないし、交渉の方針を変えるヒントになるかというと、正直そんなこともない。ただ、せっかく社会に揉まれながら演劇を制作するのだから、調べられることは調べた方がいいに違いない。単純に、どんな交代劇だったのか知りたいという好奇心もある。大げさなことを言うようだが、あらゆる機会を捉えて小さなリサーチを積み重ねていくことで、プロジェクトは厚みを増し、都市や社会を見る自分の眼力も少しずつ向上していくように思うのだ。AIの急速な進化によって、今やドイツ語の新聞記事も一瞬で日本語に翻訳して読むことができるのだから、やらない手はないだろう。

 いくつかの新聞記事の情報をまとめると、ドイツ鉄道の経営陣交代は歴史的な事件だったようだ。一言でいえば、今回の交代劇は、単なる人事異動ではなく、政府主導による経営構造の刷新であった。その軸は、これまでのCEOをクビにして、Evelyn Palla(イブリン・パラ)新体制へ移行、ドイツ鉄道初の女性CEOに顔を代え、中央集権的だった経営スタイルを改めることにあった。背景には、慢性的な列車遅延、老朽化したインフラ、深刻な赤字体質、肥大化した官僚組織、そして現場から遠い意思決定への強い批判があった。新体制では、巨大化した本社の機能を縮小し、より現場に近い運営へ移行することが目標とされている。つまり、今回の経営陣の刷新は、ドイツ鉄道という国家的インフラ企業を、官僚的な管理組織から、実際に機能する公共交通機関へ立て直そうとする政治的リセットだったと言える。
 ドイツに住んでいるわけではない私にも明らかなほど、ドイツ鉄道は遅延が多く、どこもかしこも工事中で、長距離列車の運行も常に不安定、決して評判がよいとはいえない。国民の不満は限界に達していたという記事も読んだ。そうした状況に対し、交通省が大鉈を振るい、歴史的な改革を推進しようとした。ちょうどドイツ鉄道が新体制に切り替わるタイミングで、私たちは協働のお願いに行き、信じられないほど好意的に受け止められ、希望はほぼすべて聞き入れられた。ところが、わずか2週間後にはNGを出され、ひっくり返されてしまった。そうした不安定な状況だったから、私たちの提案は思いがけず受け入れられたのかもしれず、また、すぐに撤回されてしまったのも同じ不安定さの裏の面が出ただけなのだろう。

 現実社会の変化に翻弄されるのは都市のプロジェクトの醍醐味といえる。ドイツ鉄道の翻意を聞かされた時は、もっと早く教えてくれよという憤りと、今回ばかりは厳しいかもしれないという不安が同時にこみ上げてきた。他方で、ここからが勝負とどこかで状況を面白がる気持ちもあり、わくわくとまではいかないが、どうなるのだろうかと緊張を楽しむような奇妙な精神状態になった。ただ、それなりに負荷のかかることであるし、振り回されるだけではプロジェクトは立ち上がらない。何か策を講じないと、このままでは空中分解してしまうだろう。実際、「どうするんだ?」と私の次の一手を待たれている状態で、チームのみんなが私にいろいろな提案をしてくれる。駅の外に場所を借りて実施するのはどうか、美術館に場所を移して展示するのはどうか、どのアイデアも私にとって決定的ではないので聞き流していると、今度は私にリーダーの資質が欠けているせいで、チームのみんなが不安になっているという非難の声が聞こえてくる。おまけに、ベルリンにある他の劇場の長たちが「アキラの演劇は眉唾ものだ」と噂しているらしい、といった陰口が耳に入ってきたりする。うまく行っている時であれば気にもならないが、プロジェクトがピンチの時なんかだと結構なダメージを受ける。トラブルや障害が発生した際にそうした不満が噴出するのは、迅速に決断し、明確な指示を出し、リーダーシップを発揮して迷いなくみんなを引っ張るのが演出家の役割だ、といまだに信じられているせいだろう(ちなみに私の考えは真逆で、思考を遅くしたり、待ったり、中断したり、「迷子」になる能力の方が演出家としてよほど大切ではないかと思っている)。そしてほとんどの人が、トラブルによる混乱や停滞をただ〝悪〟と捉え、すぐさま軌道修正をしようと躍起になる。そうした焦りは伝染するから、軽い集団パニックのような状態に陥るのだ。最悪の場合、そのままキャンセルという可能性だってゼロではない。
 こうしたピンチは、都市を相手にプロジェクトを進める以上、程度の差こそあれ必ず訪れるものだ。そんな時に思い出すようにしている説話を紹介したい。誰もが知る「牛に引かれて善光寺参り」である。

信心にまったく関心のない欲深い老婆がいた。ある日、老婆が洗濯物を干していると、一頭の牛が現れ、布を角に引っかけたまま走り去ってしまう。怒った老婆は牛を追いかけるが、牛は善光寺まで走って行き、そこで突然姿を消す。不思議に思った老婆が寺に入ると、阿弥陀如来の教えや仏の慈悲に触れ、深く信仰するようになったという。牛は仏の化身であり、老婆を善光寺へ導く存在だったとされる。「牛に引かれて善光寺参り」の由来である。

 この説話がプロジェクトを進めていく際のヒントになるのは、たまたま布を引っかけていった迷惑な牛のお陰で、老婆は善光寺に導かれるという話の構造だ。この際、仏教的な教訓は置いておくとして、プロジェクトを進めていくとこうした「牛」によく出会う。それはトラブルをもたらす迷惑な存在としか初めは認識できないが、実はプロジェクトを然るべき方向に導いてくれる原動力にもなる何かだ(ただし見極めに注意が必要で、善光寺に導いてくれる「牛」のこともあれば、どこかとんでもないところに連れて行くだけの「牛」のこともある)。それは偶然的なもので、自分の意志でコントロールできるわけではない。しかし、その「牛」を追いかけ、敢えて流されていくことで、半ば意図的に導かれるような〝波乗り術〟があるように思うのだ。
 今回はドイツ鉄道が大きな「牛」で、私たちは振り回されている。ここまで来たら付いていくより他ないが、翻弄されながらも然るべきところに、「善光寺」に辿り着かなければ、せっかく「牛に引かれ」た甲斐がない。私たちがプラン通りに進むことができていたら、決して掴めなかったであろうチャンスが到来したのだ。とはいえ、状況は厳しく、時間は限られている。
 タイムリミットは2週間。12月の滞在中に別のプランを考え出さねばならない。

リングバーンの車内案内表示

プロフィール
高山明

演出家・アーティスト。1969年生まれ。2002年、Port B(ポルト・ビー)を結成。現実の都市を舞台にインスタレーション、ツアー・パフォーマンス、社会実験プロジェクトなどを通して、都市や社会に介入する活動を国内外で展開している。近年は、演劇的発想・思考を起点に美術、観光、文学、建築、都市計画、教育といった異分野とのコラボレーションを積極的に行っている。いずれの活動においても「演劇とは何か」という問いが根底にあり、演劇の可能性を拡張し、社会に接続する方法を追求している。最新のプロジェクトとして、新しい「劇場」構想を始動。劇場を芸術鑑賞の場から解放し、「プロジェクトの孵化装置」として機能させる実験を進めている。主な作品に『マクドナルド放送大学』『ワーグナー・プロジェクト』『東京ヘテロトピア』『国民投票プロジェクト』『完全避難マニュアル』など。著書に『テアトロン──社会と演劇をつなぐもの』(河出書房新社)がある。
https://x.com/akirat16

過去の記事一覧