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2022.05.03

第12回:今日という「ある日、」

本屋な生活、その周辺 / 高橋和也

2013年、東京・学芸大学の賑やかな商店街を通りすぎた先、住宅街にぽつんと、SUNNY BOY BOOKSは誕生しました。店主の高橋和也さんとフィルムアート社のおつきあいが始まったのはとても最近なのですが、ちょうど『ヒロインズ』を売りまくっていたり(250冊以上!)、企画展「想像からはじめる――Solidarity-連帯-연대――」が全国の書店を巻き込んだ大きなうねりとなって巡回されたり、すごいことを淡々と当たり前のようにやっていらっしゃる時期で、個人書店の底力というか、小さいゆえの機動力とか社会的な意義というか、改めて実感したのを覚えています。

以前のインタビューで「東京だからやっていける」とおっしゃっていた高橋さんですが、世の中の状況も変わり、決して楽観的ではないけれど、東京はもちろん地方でも本屋を始められる方がとても増えました。背景には、どこで買っても同じはずの本なのに、「大好きなお店を応援したいからここで買おう」と思う読者がすごく増えたことが大きいと感じます。SUNNYも特にコロナ禍初期に休業された際、心が折れそうなとき、お客さまからたくさんの激励を受け取って気持ちを保てたとのこと。だからこそ2021年2月に家族で沖縄に移住されることになっても、続ける意志が繋がれたのだと思います。

沖縄移住をすっぱり決断されたことといい、子供さんが生まれてからはより「生活」を大事にされる気持ちが強まったようにも感じます。ブレない軸を持ちつつも自然な流れに身を任せてきた高橋さんが、現実をどう受け入れ、これからどうなっていくんだろう、見守りたい方はたくさんいらっしゃると思います。高橋さんの考えややりたいことが少しずつ整理できるような連載になればいいなと思います。

沖縄でのお店をはじめます。と前回の記事に書いてからあっという間に3週間が経ちました。大家さんがひと月家賃をおまけしてくれたので5月からの契約なのですが、4月の前半には鍵をいただき内装作業に入っています。といっても壁の下地の張り替え、畳スペースのフローリング変更作業、手洗い場の設置など土台部分は義弟の知り合いの内装屋さんにお願いをしていて、自分はまだ作業をしていないのでなんだかまだ他人事のような気がしています。5月の中旬から壁のペンキ塗りに棚やテーブル、カウンター作りが始まる予定なので、そこから徐々にお店の空間と距離を縮めていければと思っています。

ただひとに任せている間、ボケーっとしていたのかというと全くそんなことはなくてちゃんと事務仕事をしていました。具体的には商工会に行って金融機関への融資斡旋の申し込みをしたり、それでも足らなそうな部分を補うためのドネーション冊子の制作を進めたり、照明器具や床材などお店で使うあれこれを探したり、小さく喫茶もやるので保健所への相談に加えてネットで食品衛生責任者養成講習会を受講したり、新店舗の展示スペースでの企画を思案したりしていました。しかし合間にまたもや保育園がコロナで一時閉鎖をしていたので稼働する範囲を調整しながらできることをコツコツと、と言った感じでした。同時に東京のお店での展示に合わせて網代幸介さんの作品集の制作も進行していたので、連れと手分けをしながらとはいえここにやれたことを書いてみて「よくやりました、自分で自分を褒めたい」気持ちでいます(まだ何も成していませんが…)。7月にはお店を開けられたらと思っていて、段々と冗談を言っている余裕もなくなっていくのは目に見えているので、今のうちにお店用のノートに記したやることリストの項目を減らせるだけ減らしていこうと、少しゲームのような感覚で取り組んでいます。

そんな沖縄のお店の、店名は「本と商い ある日、」としました。この名前は沖縄に来て少しした時から思っていたものでサニーの時と同様に名前先行です。でもサニーの由来は自分の中でも不確かで意味よりも大学生の頃に本屋をやろうと決めた自分のひらめきみたいなところがあるのですが、今回はなるべくしてなったように思っています。以下はショップカードやHPができたらお店の説明に記載しようと思っている文言になります。

「本と商い ある日、」という本屋のかたち

1日を、1週間を、1ヶ月を、1年を、10年を、100年を振り返った時、
わたしたちの生活はいつかの” ある日 “が積み重なって形作られています。
確かに過ごした時間に目を向けて、これからのあなたとわたしの話をしましょう。
そんな小さなことを大切に、お店をやっていこうと思います。

また、ある日の後に「、」(句読点)があるのはそこから言葉が続いていくように、
「ある日、」という場所から良い1日をお過ごしください。
というお見送りの気持ちがあったりもします。

連れの親戚以外ひととの繋がりのない沖縄でコロナもあってほとんど引きこもっていた1年と少し、家族が近くにいたというのはあるにせよあまり寂しいとか悲しいという感情はありませんでした。自分は薄情な人間なのかなと思うことはありましたが、多分そういうことではなくて、遠隔でお店をフォローする中でもサニースタッフとの連帯感があったり、ラインやメールで近況を報告し合える友人とも言える作家たちとの関わりがあったり、新しく本屋という場所をスタートさせたり意欲的に本や作品を発表し続ける知り合いの活動、またそれに伴うそれぞれの言葉に励まされ元気をもらっていたので、なんだかひとりだった気がしないのです。そんな風な小さなやりとりや間接的でも誰かの行動ひとつひとつが光となり、ひとりではないと思えることはあるのだと感じたのでした。

これから先のことを考えたとき、ずいぶんのんきに過ごしていた自分の子ども時代とは違う状況がどうやら待ち受けていそうな気配が昨今の世界情勢から強く感じられます。数年先ですら、一体どんな風景を自分たちが見ているのか予想もつかない時代となっています。何が起こるかわからないからこそ、過ぎていく日に目を向けて小さな単位でも「ひとりではない、ともにある」という感覚を共有できる場所があることは大切だと思うのです。主語で言うと「わたし」や「あなた」、大きくても「わたしたち」という枠の中の関わりを大切に本を届けていく。読み返せばこの連載の最初の方にも書いていたことに改めて行きつきました。今日というある日がわたしたちのどんな今までとこれからに繋がっているのか、読んだ本や気になる本についてゆるく話しながら感じたり考えたりしていけたらと思っています。

今年は例年より早く、GW中に沖縄は梅雨入りしそうです。そして台風シーズンへと突入します。昨年は2つしか台風が直撃しませんでしたが、今年はどうでしょうか。そうなるとお店の雨漏りと湿気が急に心配になってきます。お店を始める1年目は見渡す限り未知だったなと忘れていた感覚が返ってくるようです。

次回2022年5月24日(火)掲載予定です
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