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2026.06.26

マンガ研究者・小田切博によるアメリカン・ヒーロー・コミックスを解説した連載。第13回目は、「ファンダム」という共同体がどのように誕生し、発展してきたのかをたどっていきます。カタログやファンジン、雑誌に象徴される情報文化、コミックショップを中心に広がったコレクター市場、そしてインターネット時代に顕在化したコミックス・ゲートや#MeTooの問題まで、アメリカン・コミックスを支えてきたファン文化の光と影に迫ります。

 

コミックファンダム

現在、社会学的な文化研究の一分野として、「ファン研究」[1]と呼ばれる領域があります。
これはポピュラーカルチャーやスポーツ、文学、音楽、美術などの熱心な愛好者、いわゆる「ファン」固有の文化やコミュニケーションを研究対象とするもので、イギリスのカルチャラル・スタディーズ[2]の影響のもと、1990年代のアメリカに登場したものです。
「ファン」とは「熱狂的」という意味の「ファナティック(fanatic)」の略称で19世紀後半からチームスポーツの熱心な観客を指す言葉として用いられるようになりました[3]。20世紀に入ると映画や演劇などの観客、小説などの読者のような文化的な領域の消費者を指すものへと用法が拡張され、ファン集団、ファンコミュニティを意味する「ファンダム(Fandom)」という言葉も使われるようになっていきます。

コミックスに関するこの「ファンダム」が形成されていったのは1960年代のことでした。

1960年にのちにSF、ファンタジー作家となるリチャード・ルポフ[4]がSFファンジン[5]『Xero』を創刊、この誌上でコミックスをテーマにしたリレー・エッセイ企画「10セントの福音(All in Color for A Dime)」[6]を開始、現在ではこの連載がアメリカにおける「コミックファン」の活動の先駆けと考えられています。翌1961年には『コミックアート(Comic Art)』、『アルター・エゴ(Alter Ego)』などコミックスを専門とするファンジンが複数発表され、1964年にはデトロイトで初のコミックコンベンションが開かれるなど、1940年代から50年代にかけてコミックブックを読んで育った世代の「ファン」たちがこのメディア、ジャンル固有のファンダムを確立していきました。
特に『アルター・エゴ』を主宰したジェリー・ベイルズは、大学で自然科学を教えながら、過去出版されたコミックスの書誌データの収集、整理やファンコミュニティーの組織化、コンベンションの立ち上げなどを積極的におこない、現在では「コミックファンダムの父」と呼ばれています。

当時DCコミックスの編集者だったジュリアス・シュワーツ[7]は自身、1930年代にSFファンダムの立ち上げに関わっており、ベイルズのような積極的な読者からの働きかけに対して協力的で、誌面の投稿欄などを介した読者相互の交流も歓迎していました。マーベルのスタン・リーも1965年に連載コラム「スタンズ・ソープボックス」を開始し、読者に直接語りかけるラジオのディスクジョッキーのようなスタイルを確立しています。

この時期にはコミックブックのバックナンバーを主力商品とするタイプの古書店も登場しており、そのカタログというかたちで、のちのプライスガイド[8]の原型になる配布物も出現していました。1933年の『ファニーズ・オン・パレード』刊行から四半世紀以上を経て、収集品としてのコミックブックを介した読者同士のコミュニケーションも活発化していたのです。

 

謄写版とオフセット印刷

同時期にアンダーグラウンド・コミックス・ムーブメントも起きていますが、1960年代のアメリカはヒッピーに象徴されるカウンターカルチャーの時代でした。
アンダーグラウンドコミックス運動の端緒になったのは当時のアメリカにおける学生新聞[9]の発行ですが、こうしたインディペンデントメディアがこの時期に流通するようになった要因としては、謄写版[10]やオフセット印刷[11]のような手軽で安価な複製、印刷手段の普及があります。

謄写版は1875年にトーマス・エジソンによって発明され、1885年に商品化された軽印刷技術で、大がかりな設備が必要なく、手書きで印刷用原版を作成することができることから19世紀末に学校や教会、商店や地域コミュニティなどにおける小部数印刷手段として爆発的に普及しました。

一方で、これと同時期の19世紀末に基礎技術が発明されたオフセット印刷は、20世紀に入って写真製版技術が普及すると、活字と木版を組み合わせた旧来の活版印刷に変わって書籍印刷における主流になっていきます。
1920年代から30年代にかけてのパルプ雑誌、コミックブック出版の流行も、こうした出版産業における技術革新の影響で起きたことですが、謄写版の普及や1960年代のゼロックス・コピー機の商品化は、よりパーソナルなレベルの複製印刷手段を一般に提供するものでした。

赤狩りに象徴される保守的で閉塞感のある時代だった1950年代に対して、「若者たちの反乱」の時代である1960年代のアメリカでは「DIY(Do It Yourtself)」[12]が思想的、文化的な運動として流行しており、学生新聞やアンダーグラウンド・コミックスもその流れの中で生じたものだといえます。
この時期の公民権運動やフェミニズム/ウーマン・リブ運動などでも謄写版で刷られたチラシやニュースレター、ミニマガジンなどのメディアが活用されていますが、謄写版刷りのファンジンやプライスガイドから始まったコミックス・ファンダムの形成も、きわめてニッチで趣味的な領域での出来事だったとはいえ、こうした時代の空気と連動するものです。

 

公式ファンクラブからコミックショップへ

ただ、コミックス出版社は戦前から、のちに「ファン」と呼ばれるようになるロイヤリティ(忠誠心)の高い読者の発掘、育成を積極的におこなっていました。

その顕れが、1939年から1965年まで活動していたスーパーマンのファンクラブ「スーパーメン・オブ・アメリカ」[13]に代表される、出版社による公式ファンクラブの運営です。
1940年代には、このスーパーマンファンクラブだけではなく、ジャスティス・ソサエティ、キャプテン・アメリカ、キャプテン・マーベルなどの人気キャラクターのファンクラブが各出版社によって設立されています[14]。
これらのファンクラブに入会すると、会員は会員証とピンバッジなどのグッズ、定期刊行されるニュースレターなどを受け取れた他、ファンクラブを介してトイなど会員限定のキャラクターグッズを購入することができました。

1950年代後半以降、これらの公式ファンクラブは活動を停止していきますが、これはおそらく戦後のスーパーヒーロー人気の凋落とともに、1957年に当時のコミックブック流通における最大手だったアメリカン・ニュース・カンパニーの倒産によってコミックブック出版社が流通の再編を強いられたこととも関連していると思われます。
当時のコミックブックは駅の売店やドラッグストア、雑貨店などを中心に販売されていたのですが、60年代に入るとコミックブック出版社は紙面に自社からの直接通信販売を呼びかける広告を掲載し始めました[15]。流通の再編成によって小売への商品供給が不安定化したコミックブック出版社は、ファンクラブの運営のような付加価値的なビジネスを打ち切り、人気タイトルの直販による定期購読を募ることでその影響を軽減しようとしたわけです。

この出版社による定期購読サービスの開始と同時期に登場した新興の小売が、コミックブック専門店、いわゆる「コミックショップ」でした。

アメリカにおける最初のコミックショップがどこかということについては諸説ありますが、現在は1968年にカリフォルニア州サンフランシスコでオープンした「サンフランシスコ・コミックブック・カンパニー」がそれだとされています。
ただ、このショップはアンダーグラウンド・コミックス運動の拠点としての性格が強く、一部共通した顧客、文化的な背景は持つものの、80年代以降ダイレクトマーケットの舞台となっていく「コミックショップ」とは若干ニュアンスが異なるものでしょう。
1965年にはアメリカの老舗書店「アーゴシー・ブックス(Argosy Books)」[16]からの依頼で作成された最初のコミックブック・プライスガイドとされる『アーゴシー・コミックブック・プライスガイド(Argosy Comic Book Price Guide)』[17]が刊行、前年の1964年にはコミックスファン同士の交流やコレクションの取引のための場となったファンジン『ロケッツ・ブラスト・コミックコレクター』[18]が新規創刊されているため、古書店や文通、ファンジンを通して、出版社が組織したファンクラブではない、コレクター中心の自律したコミックファンによるマーケットとコミュニティがこのサンフランシスコのショップが開店した時期には既に成立していたと見られます。
カウンターカルチャー色の強いアンダーグラウンド・コミックスとは別な、ノスタルジアと現在進行形のポピュラーカルチャーとしてのコミックブック消費に駆動されたこの「コミックファンダム」が80年代以降のコミックブック市場の中心を担う「コミックショップ」を全米に誕生させる原動力になっていくのです。

 

ファンジンから情報誌へ

そのことを象徴するのが、1970年代に誕生したコミックスファンが経営するコミック専門店の存在でしょう。
この時期には、その後チェーン展開するほどの成功を収めるマイルハイ・コミックス[19]やパシフィック・コミックス[20]、現在もロサンゼルス最大のコミックショップであるゴールデンアップル・コミックス[21]など、コミックブック・コレクターたちが経営する有名ショップが全米各地に続々とオープンしていきます。
1960年代には主にファンジンなどを介した郵送による取引でおこなわれていたコミックブック・コレクションの売買ですが、コミックショップというパーマネントに存在する「場」を得たことによって、ファンによるコミュニケーションもより活発になっていきました。

コミックショップの店舗は先行して存在したSFやミステリーの専門書店をモデルにしたものです。ただ、これらの先行事例と異なるのは、映画やテレビといった他のメディアと最初期から連動していたコミックブックは、純粋な書店ではなく、アクションフィギュアやトレーディングカード、ゲーム、雑貨など、売場におけるキャラクターグッズの占める割合が大きいことだと思います。
また、1990年代後半になるまであまり単行本化されることのなかったコミックブックはバックナンバー販売が中心であり、出版社やキャラクター、シリーズタイトル、発売時期、希少性とコンディションなどによって複雑にコミックブックが分類、陳列された空間にならざるを得ません。

ホビーとしてのコミックブック収集は、取り扱う商品について広範でマニアックな知識が必要とされるため、コミックショップの経営者の多くは自身コレクターでした。一方で、それがホビーとして共有されるためには顧客側にもある程度の知識が必要とされます[22]。
このため、70年代以降はそうした商品知識やコンテンツ、クリエイターに関する情報を補完、アップデートするための情報誌が定期刊行されるようになりました。
この時期に創刊された代表的なコミックス情報誌としては『オーバーストリート・コミックブック・プライスガイド(Overstreet Comic Book Price Guide)』[23]、『コミックス・バイヤーズガイド(ComicsBuyer’s Guide)』[24]、『ザ・コミックス・ジャーナル』[25]などがあります。
これらは創刊時はミニコミ、アマチュア出版的な性格のものでしたが、1980年代になってコミックショップ市場が拡大していくといずれも商業出版化していきました。

コミックショップ専門の新刊取次システムであるダイレクトマーケットが整備された80年代後半以降はDC、マーベルの二大コミックブック出版社もダイレクトマーケット限定のタイトル、シリーズの刊行などコミックショップ向けの独自企画を立ち上げるようになり、DCは『ダイレクト・カレンツ(Direct Currents)』[26]、マーベルは『マーベル・エイジ(Marvel Age)』[27]というコミックショップ向けのPR誌の刊行を開始、両社とも作品世界の歴史や登場キャラクターを解説したガイドブックの刊行もこの時期始めており、スーパーヒーローコミックスの出版が明確に「コミックファン」を意識したビジネスになっていたことが窺えます。

1987年には現在も続くコミックショップ向けフリーペーパーである『コミックショップ・ニュース(Comic Shop News)』[28]が創刊され、1990年代に入るとヴァリアントカバーなどのコミックショップ限定アイテムの登場や当時Xメンやスパイダーマンを担当していた新鋭アーティストたち、ジム・リー、トッド・マクファーレンらのアイドル的な人気によって「コミックスブーム」と呼ばれる現象が起きています。これはまさにコミックショップを舞台にしたコミックファンによる「ブーム」でした。
この90年代のブームを牽引したメディアが1991年創刊の『ウィザード(Wizard)』[29]です。
ジム・リー、トッド・マクファーレンらがマーベルから独立してイメージコミックスを設立し、ヴァリアントコミックスのクロスオーバー『ユニティ』がコミックショップのラックを席捲していた時期に創刊されたこの雑誌は、古参のコミックブックコレクター、コミックファン向けの業界情報誌、オピニオン誌という色合いの強かったそれまでのコミックス情報誌に対し、人気アーティストによる描きおろしイラストなどをふんだんに使ったヴィジュアル重視の紙面構成で人気を博しました。クリエイターに対するインタビューなどでもアーティスティックなポートレイト写真がレイアウトされ、映画誌や音楽誌のような紙面になっています。
2000年代に入ると大作スーパーヒーロー映画のヒットもあって、コミックブックのキャラクターたちはアメリカ社会の中でより大きな注目を集めるようになっていきますが、この1960年代のファンダムの形成から1990年代のコミックスブームに至る流れは、ニッチでノスタルジックなコレクション・ホビーから現在進行形のポップ・エンターテインメントへというスーパーヒーローコンテンツとそのファンの変化を反映したものといえるでしょう。

 

歴史化するコミックス

こうした90年代のブームによるコミックブックやスーパーヒーローへの関心の高まりは、コミックショップに集まるようなファンたちの中に同時代のコミックブック紙上でのイベントに対するものだけではなく、過去の作品のストーリーやキャラクター、クリエイターたちへの興味を産み出すことにもつながりました。
ジム・リーやトッド・マクファーレンといったトップアーティストたちの発言がジャック・カービーやニール・アダムスのような過去の名クリエイターたちの存在を伝説化し、評価の高い過去の名作はファンのあいだで古典化していきます。モノとしてのコミックブックがコミックショップでコレクティブル(収集品)としてプレミア価格で販売されるようになっていく一方で、物語メディアとしてのコミックスに対する興味も再燃し、この時期にようやくコミックブックをストーリーラインごとにまとめた単行本をコミックス出版社が発売することが一般的になるのです。

アメリカでは1978年にレイ・ブラウンとラッセル・ナイによって大衆文化研究を専門とするポピュラーカルチャー学会(Popular Culture Association)[30]が組織され、コミックスに関する研究も1968年に創刊された大衆文化研究誌『ジャーナル・オブ・ポピュラーカルチャー(Journal of Popular Culture)』[31]に掲載されていましたが、90年代になると同学会にコミックス専門の「コミックスとコミックアート部会」が設立され、ミシシッピ州立大学出版局(University Press Of Mississippi)ではコミックス研究書ラインの出版を本格化[32]、1999年にはジョン・レントによって初のコミックス研究誌『インターナショナル・ジャーナル・オブ・コミックアート(International Journal of Comic Art)』[33]が創刊されるなど学術的なコミックス研究の基盤も整えられていきます。

このように1990年代には、プロモーションを兼ねた出版社主導によるガイドブックの刊行やショップに向けたニュースの提供、ファンによる批評やエッセイの発表、アカデミックな学術研究やアーカイブ構築の進展、という現在のコミックス言説、ジャーナリズムを構成する基本的な枠組が整備されていきました。
その主要な動因となったのがコミックショップやコンベンションにおけるファン同士のコミュニケーションです。
そして、その盛り上がりはコミックブック業界だけでなく、コミックファンダムそのものをも歴史化するような意味を次第に持っていくようになります。コミックファン向けの情報誌専門出版社トゥモロウズ(TwoMorrows Publishing)[34]から、1998年にファンダム黎明期のファンジン『アルターエゴ』が商業誌として復刊されたことはそのことを象徴する現象のひとつですが、この「ファンダムの歴史化」を主導したひとりが、創刊編集者だったロイ・トーマスとともにこの第二期『アルターエゴ』立ち上げにもかかわったコミックファンダム史家、ビル・シェリーです。

 

コミックファンダムの黄金時代

現在ではハーヴェイ・カーツマン、ジョー・キューバートといったコミッククリエイターたちの評伝を何冊も刊行し[35]、アイスナー、ハーヴェイの二大コミック賞も受賞した名伝記作家としても知られているビル・シェリーですが、そのコミックジャーナリストとしての出発点は、1995年に自ら設立した小出版社、ハムスタープレス(Hamster Press)から刊行した1960年代のコミックファンダム誕生の経緯をまとめた『コミックファンダムの黄金時代(The Golden Age of Comic Fandom)』でした。

1951年生まれで、9歳からコミックブックを読みはじめ、十代前半には自らファンジンの発行をはじめたシェリーは、戦後第一世代コミックファンであり、リアルタイムに誕生直後のコミックファンダムに立ち会った読者のひとりだといえます。ファンジンの発行やコミックコンベンションへの参加を通して、彼は学校生活では得られなかった「仲間」たちと出会い、コミックファンダムへの帰属感を抱くようになっていきました。
大学を卒業する1973年にはコミックアーティストを目指してDCコミックスのインターンシップに応募しますが、面接のために訪れたニューヨークでその労働環境と低賃金に幻滅し、またコミックファンとしての活動を通じて知り合った友人への失恋もあって、80年代半ばまでコミックスの世界からは遠ざかることになります。以降のシェリーはむしろ映画やロックに夢中になる青年期を送り、1982年に最初の書籍としてサイレント映画時代の喜劇俳優ハリー・ラングドンの評伝[36]を出版しました。
『クライシス・オン・インフィニット・アース』や『バットマン:ダークナイト・リターンズ』といった名作が発表されていった80年代半ばにはコミックブックへの関心を取り戻しますが、当時会計、金融系の職を本業とする兼業ライターだったシェリーは、しばらくの間、次作の出版を願って草稿を書いては出版社から突き返されるという試行錯誤を重ねることになります。
当初は映画関係のノンフィクションや小説の出版を試みていたシェリーですが、1994年のサンディエゴ・コミコン参加をきっかけに、当時は誰も興味を持っていなかった「コミックファンダムの歴史」というまったく新しい着想を得て(複数の出版社から出版企画のリジェクトを経た上で)『コミックファンダムの黄金時代』を自ら刊行しました。
この本の成功をきっかけに、シェリーはハムスタープレスで60年代のファンジンからコミックスや記事を復刻したアンソロジーやガイドブックを多数出版、名実ともにコミックファンダム研究の第一人者となっていきます。

この現代の日本でいえばオタクっぽい青年の挫折と成功の物語は、シェリーの自伝『センス・オブ・ワンダー(Sense of Wonder)』の記述を元にしたものです。
ただ、じつは2001年に初版、2018年に増補版が出版されたこの本は、初版と増補版でまったく異なったテーマの著作になっています[37]。

2001年の初版は彼が21歳になったところで終わっており、基本的に60年代のコミックファンダムをノスタルジックに振り返る、いってみれば『コミックファンダムの黄金時代』の延長線上にある出版物でした。
対して2018年に刊行された増補版は、2015年のアイスナー賞受賞後まで書かれ、作者が出版後ほどなく亡くなってしまったこともあって伝記としてもほぼシェリーの生涯をカバーするものですが、初版では巧妙に避けられていたシェリー自身のセクシャリティーの問題、彼が「ゲイのコミックファン」であることが赤裸々に語られていることによって、むしろ性的多様性、LGBTQ+の問題を提起するテキスト(として読めるもの)になっているのです。

 

同性愛、フェミニズム

第二次世界大戦後のアメリカにおける同性愛解放運動は、第二波フェミニズム同様、同時代の黒人公民権運動から大きな影響を受けています。
特に1963年にアフリカ系に対する法的な不平等、差別の撤廃を求めておこなわれたワシントン大行進[38]は、法的に犯罪であるとされていた[39]同性愛の合法化、差別撤廃を求める運動にも大きなインスピレーションを与え[40]、シェリーがゲイであることを自覚した60年代半ばには、全米各地で団体の設立やデモ、同性愛者コミュニティー開設の呼びかけがおこなわれるようになっていました。2018年版『センス・オブ・ワンダー』の本文中にもシェリーが経験した当時の大学での同性愛者たちによる集会の様子が書かれています。
シェリーのいう「コミックファンダムの黄金時代」である60年代半ばから70年代前半は、同時に女性や同性愛者の解放運動が盛んになっていった時期でした。

しかし、社会風俗としてのウーマンリブ運動こそDCコミックスのワンダーウーマンやマーベルコミックスのミズ・マーベル[41]などで描写されていますが、同性愛の問題はスーパーヒーローコミックスの劇中では90年代になるまでほとんど触れられません。
これはおそらく1950年代のコミックスバッシングで理論的根拠とされたフレデリック・ワーサム『無垢への誘惑』がスーパーヒーローコミックスと同性愛を結びつけていたこととも関係する[42]と思うのですが、「オタク」的で「男らしくない」趣味であるコミックブック収集は、英語圏でいう「男性学(Men’s Studies)」[43]で論じられているような問題系と結びついており、その「ファン」であることの表明自体が既存の男性中心主義的な価値観へのカウンターとしての性格を持ちながら(むしろ、だからこそ)潜在的に強固なマチズモと同性愛嫌悪と結びついていたのではないかと考えられます。
たとえば、マーベルの編集責任者時代のジム・シューターはゲイのキャラクターの登場を許しませんでした[44]。シューターがその地位にあった80年代には業界の自主規制団体であるコミックスコード委員会の影響力は衰退しており、彼は同委員会を通さない成年向けのタイトルの刊行を導入した編集者でしたから、これはシューター自身の価値観に基づく判断だと考えられます。
もちろん、同性愛の存在そのものが「公然の秘密」のような扱いだった60年代から80年代のアメリカ社会においてその扱いが難しかったことは想像に難くありませんが、はっきりカウンターカルチャーを標榜して活動していたアンダーグラウンド・コミックス運動においてもゲイはしばしば差別的な「ネタ」として扱われて[45]おり、トリナ・ロビンスら女性作家たちからその男性中心主義を批判されている[46]のを見ても、シェリーがノスタルジックに回顧するコミックファン、コレクターたちのコミュニティがけっして友愛に満ちたユートピアなどではなく、内部に人種や性別、性的志向などに起因するマイノリティーへの無自覚な差別意識と暗黙の内部対立を抱えたものであったことがわかるでしょう。

ビル・シェリーが2001年の『センス・オブ・ワンダー』から「ゲイ」という問題を排除していたことは、そのことを間接的に象徴するものだと思います。

 

インターネット環境以後

一方で1990年代後半から2000年代にかけて全世界的なレベルでインターネット環境が整備されていくと、コミックファンのコミュニケーションの中心はネットワーク技術を利用したニュースグループやメーリングリスト、電子掲示板(BBS)やブログ、現在のソーシャルネットワーク(SNS)のようなデジタルメディアに移行していきました。

コミックスブーム以降はアメリカ社会の中での「コミックス」という文化への認知、その社会的地位も上昇しており、2000年代になると『スーパーマン』(1978)、『バットマン』(1989)、『スパイダーマン』(2002)のハリウッドでの成功もあり、『ニューヨーク・タイムズ(New York Times)』ベストセラーリストへの「コミックス、グラフィックノベル」部門の追加、出版業界誌『パブリッシャーズ・ウィークリー(Publisher’s Weekly)』における「コミックス」セクションの開設など、コミックスやスーパーヒーローに関する情報が一般ニュースメディアで流通する状況も定常化します。
そうした中でコミック業界、コミックファンダムにおける女性の地位向上を目的とするNPO「フレンズ・オブ・ルル(Friends of LuLu)」[47]や同じくコミック業界におけるLGBTQ+の権利保護、創作支援を目的とするNPO「プリズム・コミックス(Prism Comics)」[48]といった業界団体も設立され、ファンジンから商業雑誌へと移行してきたスーパーヒーローやコミックブックに関する専門情報メディアは『コミックブック・リソース(Comic Book Resource)』[49]、『ニューサラマ(Newsarama)』[50]、『ザ・ビート(The Beat)』[51]といったインターネット上のニュースサイトにその中心を移しました。

1990年代から2000年代にかけて、多くの有名クリエイターが自身のウェブページを開設し、併設する掲示板でファンと直接コミュニケーションするようなケースも増加しましたが、時間と距離の制約を受けづらいインターネットを介したコミュニケーションは、このようなファンと創り手の距離を縮めるような働きをしただけではなく、コミックファンという自意識やコミックファンダムというコミュニティが潜在的に抱え込んでいた対立関係を露にする契機にもなっています。
その顕れのひとつが「コミックゲート」のような保守層による、女性クリエイターやファンに対するハラスメント事案や過去のコンテンツや文脈を無視したキャプテン・アメリカやパニッシャー、スーパーマン[52]といったスーパーヒーローキャラクターの過剰なアイコン化といった現象です。
また、2017年に発覚したハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行、脅迫への告発に端を発したコミックス業界内での「#MeToo」運動、性差別、セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメントに対する被害者側からの告発も盛んになってきました。インターネットやマスメディアでは、ジョス・ウェドン[53]やウォーレン・エリス[54]など有名クリエイターたちの不倫やセクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメントなどの問題行動が批判され、その中には亡くなったジュリアス・シュワーツの生前のセクシャル・ハラスメントのような過去の事例が改めて明るみに出されたケースもありますが、ニール・ゲイマン[55]のように性加害として起訴に発展したケースや、未成年女性との性交を暴露された(本人は未成年だとは知らなかったと主張していた)結果激しいバッシングを受け、ついに自ら命を絶ってしまったエド・ピスコ―[56]のような人物も出ており、いわゆる「キャンセル・カルチャー」[57]の問題も深刻さを増しています。。

1950年代にバッシングされた時期を経て、ある種の偏見を向けられてきた20世紀後半のコミックブック業界とそのファン、読者は、基本的にその文化、メディアとしての価値を外部であるアメリカ社会に主張することで団結してきました。
対して、21世紀以降、スーパーヒーローを含めたコミックス、グラフィックノベルのメディアとしての有用性、作品の文化的価値が社会的に認められてきたことによって、民族差別や女性差別、同性愛差別といった問題をシリアスに語り、訴えるためのツールとしてそれぞれの運動の中でコミックスというメディアやスーパーヒーローのコンテンツは評価されるようになりました。しかし一方で「コミックファンダム」というコミュニティは、かつて信じられたような一体感や結束を失い、コミュニティ内で潜在的に抑圧されてきた、その内部の権力構造や「多様性」が曝け出されるようになってきたように思えます。
このアメリカのコミックファンを取り巻く現状は、理想を唱えるだけでは決して解決することができない、価値観の対立を含んだ「多様性尊重」という問題を考える際にも重要な論点を示唆するものではないでしょうか。

 

 


[1] Fan Studies 1980年代のSFテレビドラマ“Star Trek”のファンによる二次創作活動の研究を先駆として、1990年代に入りHenry Jenkins、Camille Bacon-Smithらの研究によって分野として確立したと考えられている。日本国内では2020年代に入ってから欧米のFan Studiesの影響を受けた社会学、メディア論系の研究者が「ファン研究グループ」(https://fanstudiesjapan.wraptas.site/)を組織し活動している。
[2] Cultural Studies 「文化研究」を意味する用語だが、日本のマスメディア、アカデミズムでカタカナで「カルチャラル・スタディーズ」と書かれた場合は、1964年にRichard HoggartとStuart Hallがイギリス、バーミンガム大学に設立したCentre for Contemporary Cultural Studiesを中心とした大衆文化を含めた文化研究(このため「バーミンガム学派」と呼ばれることもある)を指す。
[3] “Origin and history of fan”, “Online Etymology Dictionary”, https://www.etymonline.com/word/fan
[4] Richard A. Lupoff アメリカの小説家。1988年刊行の“The Comicbook Killer”, Offspring Pressはコミックスコレクターの世界を描いたミステリで、1990年に早川書房から『コミックブック・キラー』(羽田詩津子訳)として邦訳が出ている。2020年没。
[5] Fan-zine Fan Magazine, ファンが同好の士と資金を出し合って、あるいは自身で費用を負担して印刷、製本した自費出版物、同人誌、ミニコミ。
[6] この連載は1970年Dick Lupoff, Don Thompson編, “All in Color for A Dime”, Arlington House Publishersとして商業出版され、1997年にはKraus Publicationsから復刻版が刊行されている。
[7] Julius Schwartz アメリカの文芸エージェント、コミックス編集者。1930年代に最初期のSFファンジンの立ち上げに関わり、当時のSF作家の代理人業務を請け負うようになる。1940年代半ばにMax Gainesが設立したAll-American Publicationsに入社。以降1986年までDCコミックスで編集者として勤務。2004年死去。
[8] Price Guide コミックブックに限らず、趣味的な収集品の流通する標準価格をリスト化したもの。
[9] Student Press 学生新聞。大学や高校で学生が主体となって編集、発行される新聞。アメリカ合衆国では19世紀末から普及し、最初期のUndergroud Comixはその多くが学生運動と連動するかたちで学生新聞、雑誌に掲載された。
[10] Mimeograph 謄写版、鉄筆で原版となるロウ紙を削り、インクを裏から押し付けることで紙に版の図版を転写する孔版印刷。日本ではガリ版ともいう。
[11] Offset printing 油と水の反発を利用したリトグラフから発展した印刷技術。
[12] DIY Do It Yourself, 家具、工芸、服飾、電気、機械、建築など、その分野の専門家ではない「アマチュア」がモノを自作したり、修理、改良したりすること。1910年代に家屋等の改装など、インテリアの分野で広まった考え方で、1950年代以降はヒッピーなどのカウンターカルチャーの影響もあり、一種の文化運動、思想として国際化していく。
[13] “Supermen of America Fan Club Kit”, “National Museum of American History”, https://americanhistory.si.edu/collections/object/nmah_682945
[14] Reed Beebe, “Super Clubs of America”, “Nothing But Cmics”, 2014, https://nothingbutcomics.wordpress.com/2014/04/02/the-super-clubs-of-america/
[15] たとえばスーパーマンの初掲載誌である“Action Comics”では出版社のマスコットキャラクターであるJohnny DCがデビューした1963年に、同誌のサブスクリプション購読の広告が登場している。
[16] Argosy Book Store 1925年からニューヨークにある独立系書店。
[17] Thomas N. Horsky, “Argosy Adventure”, “Michael Cohen Art”, 1995, https://michaelcohenart.com/argosy-adventure/
[18] Rocket’s Blast Comicollector 1964年にSFコミックス・ファンジン“Rocket’s Blast”とコレクター向け情報ファンジン“The Comicollector”が合併して創刊された、ファン同士の交流やコミックブック販売を目的とした一種のサークル誌。発行者の変更などを経て断続的に2000年代まで存在している。
[19] Mile High Comics コロラド州で創立者のChuck Rozanskiが1969年にこの屋号でRocket’s Blast Comicollectorを通じて通信販売を開始、1974年から実店舗を展開。
[20] Pacific Comics カリフォルニア州サンディエゴでBill SchanesとSteve Schanesの兄弟がComics Buyer’s Guideへの広告掲載で通信販売を開始、1974年に実店舗をオープン、同時に新刊コミックブックの独自取次もはじめ、Phil SeulingのSea Gate Distributorsと並んでダイレクト・ディストリビューションの先駆けとなる。1979年からはコミックブック出版を開始し、意欲的なスモールパブリッシャーとして活動したが、増加したコミックショップ専門流通業者との競争に敗れるかたちで倒産した。
[21] Golden Apple Comics 1979年、カリフォルニア州ロサンゼルスにオープンしたコミックショップ。
[22] このことはパーマネントなコミックショップが存在する以前は、ファンジンの紙上などを介してつながったコレクター間での郵送によるバックナンバー売買がおこなわれていたことを考えるとわかりやすい。アメリカは広大であるため物理的な店舗としてのコミックショップがオープンして以降も通信販売はおこなわれているが、郵送による通信販売(特に個人間のそれ)はトラブルにつながりやすく、ファンジンに掲載される通販広告には意図的な詐欺を目的としたものもあったという。Sean Kleafeld, “A Brief History, Part 2”, “Comic Book Fanthroporogy”, 2009, http://www.comicbookfanthropology.com/2009/12/brief-history-part-2.html参照。また、この種のコミックファンダム初期のゴシップ的なエピソードはRon Frantz, “Fandom Confidential”, 2000, Midguard Publishingが詳しい。
[23] Overstreet Comic Book Price Guide 1970年にコインや矢じりのコレクターだったRobert M. Overstreetが創刊した、コミックブックのグレード判定基準を解説し、標準価格をリスト化したプライスガイド。本誌であるプライスガイドは年刊だが、副次的な情報誌/紙も多数刊行されている。現在の出版元はGemstone Publishing。
[24] Comics Buyer’s Guide 1971年にAlan Lightによって創刊され、1983年以降はKrause Publicationsによって刊行されていたコミックブック業界紙/誌。2013年に廃刊。
[25] The Comics Journal コミックス批評誌。Mike CatronとGary Grothが“Comics Buyer’s Guide”に対抗するために、ダラスで刊行されていたコレクター向け情報誌“Nostalgia Jouranal”の広告主と購読者を引き継ぐかたちで1976年に新創刊、翌1977年に誌名を“The Comics Journal”に変更した。現在の発行元はFantagraphics発行。
[26] Direct Currents 基本的には新刊情報カタログ。1988年創刊、1995年休刊。
[27] Marvel Age 1983年創刊、1994年休刊。基本的にそれまではコミックブックの広告ページで掲載されていた新刊情報やコラムなどを冊子として独立させたものだが、オリジナルのコミックスが掲載されたこともある。
[28] Comic Shop News コミックショップ向けのフリーペーパー。当初ジョージア州のコミックショップDr. No’sが顧客向けに配布するニュースレターだったが、新刊情報などに対するニーズの高さから現在では全世界のコミックショップで配布されている。週刊で、現在の発行元はCSN Press, LLC。
[29] Wizard 1991年創刊、発行元はWizard Entertainment。同社は90年代から00年代にかけて“ToyFare”などコレクター向けの雑誌を複数刊行していた。2011年に紙媒体としては休刊し、ウェブメディア「Wizard World」に移行。社名もWizard Worldに変更し、コミックコンベンション開催にビジネスの主軸を移したが、2019年の新型コロナウィルスの世界的な流行によって打撃を受け、2021年にはコンベンション事業自体を売却している。
[30] Popular Culture Association 1978年にアメリカにおける大衆文化研究の先駆者であるRay Brown、Russel B. Nyeによって設立された大衆文化専門の研究学会。翌1979年からAmerican Culture Associationと共同運営されるようになり、以降はPCA/ACAとしてワークショップやコンフェレンスなどを開催している。
[31] Journal of Popular Culture 1968年に創刊された大衆文化専門の学術研究誌。創刊編集長はRay Brown。現在の出版元はWiley-Blackwell。
[32] University Press Of Mississippiがアメリカにおけるコミックス研究に果たした役割についてはJeet Heer, “The Rise of Comics Scholarship: the Role of University Press of Mississippi”, “sans everything
If all the world’s a stage, where’s the damn script?”, 2008, https://sanseverything.wordpress.com/2008/08/02/the-rise-of-comics-scholarship-the-role-of-university-press-of-mississippi/に詳しい。
[33] International Journal of Comic Art 全世界的なコミックスの書誌情報を収集してきたJohn A. Lentが1999年に創刊した国際コミックス研究誌。
[34] TwoMorrows Publishing 1994年にJack KirbyのオリジナルアートのコレクターであるJohn Morrowが“Jack Kirby Collector”誌を刊行するための出版社として設立。その後複数のコミックファン向けの情報、研究誌を刊行しつつ、コミックブック出版社、アーティストの日本でいう特集ムックのような書籍の出版元として成長していく。
[35] “Man of Rock: A Biography of Joe Kubert”(2009, Fantagraphics), “Harvey Kurtzman: The Man Who Created Mad and Revolutionized Humor in America”(2015, Fantagraphics), “John Stanley: Giving Life To Little Lulu”(2017, Fantagraphics)など
[36] Bill Schelly, “Harry Langdon”, 1982, Scarecrow Press
[37] 初版はBill Schelly, “Sense of Wonder: A Life in Comic Fandom”, 2001, Twomorrows Publishing、増補版はBill Schelly, “Sense of Wonder: My Life in Comic Fandom–The Whole Story”, 2018, North Atlantic Books
[38] March on Washington 1963年8月にアメリカ合衆国の首都ワシントンでおこなわれたアフリカ系を中心とした差別撤廃を求める大規模なデモ更新。有名なマーティン・ルーサー・キングによる演説がおこなわれた。岩波書店から大森一輝訳で邦訳も出ている公民権運動を描いたグラフィックノベルJohn Lewis, Andrew Aydin脚本, “MARCH”, 2013, Top Shelf Productions(邦題も同じ)のタイトルはこの事件から取られている。
[39] アメリカ合衆国では州法レベルで不自然、不道徳な性行為を禁じるSodomy Law(ソドミー法)が定められており、同性愛だけではなくさまざまな性行為が違法とされた。1960年代以降、合意に基づく性行為は非犯罪化する方向で改正されていき、2003年には多くの州で同法自体が廃止された。ただ、現在でもほぼ適用されない死法として残っている州はあり、同性愛者差別を正当化する要因になっている。
[40] Jo Yurcaba, “Different fight, ‘same goal’: How the Black freedom movement inspired early gay activists”, “NBC News”, 2021, https://www.nbcnews.com/feature/nbc-out/different-fight-same-goal-how-black-freedom-movement-inspired-early-n1259072
[41] ここでのMs. Marvelは現在のMarvel Comicsやそのメディアミックス作品に登場するパキスタン系の少女Kamala Khanではなく、現在のコミックスや映画ではCaptain Marvelとして活躍する白人キャリアウーマンCarol Danvers。
[42] Fredric Werthamは“Seduction of the Innocent”において、BatmanやWonder Womanの物語や描写が読者である児童に同性愛的な欲望を喚起するものであると主張している。Bill Schellyは実際に2018年版の“Sense of Wonder: My Life in Comic Fandom–The Whole Story”で男性スーパーヒーローの肉体に性的な衝動を覚えたと告白しており、こうした事例はWerthamの主張を証明するものとして利用されかねない。いうまでもないことだが、こうしたWerthamの主張はゲイフォビア的な「ゲイ=悪」とする発想に基づくものだ。ただ、アメリカでコミックスの文化的な価値を主張しようとする場合、このような保守的な価値観も意識せざるを得ない。
[43] Men’s Studies フェミニズムの影響から1970年代に形成された学際的な研究領域。性差によって「男性」が受ける社会的、文化的影響を研究対象とする。その目的や理念については以下を参照“About AMSA”, “American Men’s Studies Association”, https://www.masculinities.online/about-amsa
[44] Andy Mangels, “In and Out: A Brief History of Marvel’s 2006 Gay Policies”, “Prism Comics”, https://web.archive.org/web/20100316054502/http://prismcomics.org/display.php?id=1304
[45] たとえばS. Clay Wilson, “Captain Pissgums and His Pervert Pirates”, “Zap Comix”, 1968, 逆にアンダーグラウンド、オルタナティブの枠組でもゲイ、レズビアンが自分たちの物語を語り始めるのは1980年にDenis Kitchenの発案でHoward Cruseが創刊した“Gay Comix”, Fantagraphics以降になる。
[46] Trina Robbins, “babes & women”, “the complete wimmen’s comix”, 2016, fantagraphics
[47] Friends of Lulu 1993年にHeidi MacDonald, Trina Robbins, Deni Loubertらが当時のコミックス業界の男性中心主義的な文化、風土を批判し、女性クリエイター、編集者、読者の権利拡張を目的に設立したNPO。2006年にコミックス・コンベンションでの性的暴行に対する救済基金の設立を発表するが、運営に失敗。以降、その活動は縮小し、2011年にNPOとしては消滅した。その歴史的意義についてはAvery Kaplan, “SDCC19: How the Friends of Lulu changed comics”, “The Beat”, 2019, https://www.comicsbeat.com/sdcc19-how-the-friends-of-lulu-changed-comics/
[48] Prism Comics 2003年、90年代まで抑圧的な扱いを受けていたLGBTQコミッククリエイターたちとその支援者によって設立されたNPO。コンベンション等での啓発活動の他、自費出版への支援もおこなっている。公式サイトは“Prism Comics”, https://www.prismcomics.org/
[49] Comic Book Resources DCコミックスファンが集まるBBSを前身として1995年設立されたコミックニュースサイト。2016年にValnet Inc.に買収された。https://www.cbr.com/
[50] Newsarama BBS、インターネットニュースグループなどでのニュースコラムとして1995年頃から活動がはじまり、2006年に独立したニュースサイトになった。2018年にFuture USに買収され、現在はゲーム情報サイト“GamesRader+”に統合され、その一部になっている。https://www.gamesradar.com/newsarama/
[51] The Beat 2004年にコミック編集者、Heidi MacDonaldがサンディエゴコミコンの運営会社、Comicn.comのサイト内ではじめた個人ブログ。2006年にPublisher’s Weeklyのコミックスニュースブログになり、2010年に独立ニュースサイト化。2017年にはコミック出版社Lion Forgeに買収されるが、2020年に同社がOni Pressと合併した際に再独立した。https://www.comicsbeat.com/
[52] スーパーマンに関しては2023年のイスラエルによるパレスチナ侵攻以降、アメリカでは「スーパーマン=ユダヤ人説」という奇妙な考え方が広まっている。スーパーマンのクリエイター二人がユダヤ系であるのは確かだが、物語内のスーパーマンは異星人であり、当然「ユダヤ人」ではない。しかし、主にユダヤ系のコミュニティーから「スーパーマンはユダヤ人の象徴である」とする主張が出てきた。たとえば2025年の映画に関してもRoy Schwartz, “Superman’s Jewishness: From Page to Screen”, “American Jewish Historical Society”, 2025, https://ajhs.org/supermans-jewishness-from-page-to-screen/ のような記事がある。
[53] Joss Whedon アメリカの脚本家、映画監督、テレビディレクター。両親ともに俳優兼脚本家である芸能一家に生まれ、1989年からテレビドラマ、映画の脚本家として活動。1997年に青春ホラードラマ“Buffy the Vampire Slayer(邦題『バフィー 〜恋する十字架〜』)”の脚本、監督で注目される。2000年代に入るとコミックブックの脚本も手がけ始め、2012年にMCU映画“Avengers”では監督、脚本を担当。以降2015年の“Avengers: Age of Ultron”(脚本、監督)までMarvel Studio制作映画の監修をおこなう。2017年には家庭の不幸から撮影継続できなくなったZack Snyder監督のあとを受けて“Justice League”を完成させるが、2020年に同作出演者から撮影現場でのパワー・ハラスメントが指摘されるようになり、2021年にはBuffy出演俳優からも告発が相次ぎ、不倫スキャンダルもあって、ほぼ業界追放状態になった。Lila Shapiro,“The Undoing of Joss Whedon The Buffy creator, once an icon of Hollywood feminism, is now an outcast accused of misogyny. How did he get here?”, “New York Magazine”, 2022, https://www.vulture.com/article/joss-whedon-allegations.html
[54] Warren Ellis イギリスの脚本家、小説家。1980年代半ばにイギリスの雑誌で脚本を担当するコミックスの発表をはじめ、1990年代からアメリカのコミックブック出版社での仕事をはじめ、1990年代末に“Autholity”(Image Comics)、 “Planetary”(Image Comics)、“Transmetropolitan”(DC Comics)といった作品で評価を高める。2000年代に入るとアニメやゲームの脚本執筆もはじめ、2007年には最初の小説を出版している。エリスは90年代からインターネットを活用してきた作家で初期はメーリングリスト、次いでBBSを利用したオンラインフォーラム、ブログ等で積極的にファンとコミュニケーションを図ってきた。2020年にこの現在でいうオンラインサロンのような活動を通じた虚偽の前提を用いた不同意性交、セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメントをネット上で告発され、現在はほぼ活動を休止している。告発サイトは以下、“We are a collective of people who have been targeted and manipulated by Warren Ellis, author.”, https://somanyofus.com/
[55] Neil Gaiman イギリスのライター、脚本家、小説家。1980年代はじめに雑誌ライターとして活動をはじめ、80年代半ばからはイギリスの出版社でコミックス脚本の執筆を開始。88年ごろからアメリカ進出し、1989年からのちに多数の賞を受賞する“Sandman”(DC Comics)の脚本執筆を開始する。1990年にはTerry Pratchettとの共著で最初の小説“Good Omens”を出版。以降、ファンタジー、ホラージャンルのコミックス、小説で多数の賞を受賞、映像化作品も多い。2024年、ポッドキャスト番組での被害者女性のインタビューをきっかけに複数の女性から性暴力被害の告発を受け、2025年には被害女性のひとりが刑事告訴したが、事件の発生場所がニュージーランドだったため、合衆国の裁判所からは訴えを棄却されている。しかし、Dark Horse ComicsはGaiman作品の刊行を停止し、契約していた文芸エージェントからも顧客契約を打ち切られている。このスキャンダルの詳細についてはLila Shapiro, “There Is No Safe Word How the best-selling fantasy author Neil Gaiman hid the darkest parts of himself for decades.”, “New York Magazine”, 2025, https://www.vulture.com/article/neil-gaiman-allegations-controversy-amanda-palmer-sandman-madoc.html
[56] Ed Piskor アメリカのコミックス作家。2003年からインディー作家として活動をはじめ、2004年以降はHarvey Pekar作品のアートを担当したことで注目される。2012年からサブカルチャー情報サイト“Boing Boing”でヒップホップカルチャーの歴史を描いた“HipHop Family Tree”の連載を開始(単行本は2013年からFantagraphicsより刊行、邦訳はプレスポップより綾井亜希子、高松和史訳、『ヒップホップ家系図』として2014年より複数のバージョンが刊行されている)。2017年にはMarvel Comicsから“X-Men: Grand Design”刊行。2018年からYoutubeチャンネルをJim Ruggと共に開始。2024年春、オンラインでの未成年へのセクシャル・ハラスメント、別な女性からの不同意性交の告発を受けて、インターネット上で攻撃に晒されることになり、自ら命を絶った。
[57] Cancel Culture 特定の人物、団体等の反社会的な言動、行動を問題視する人々が追放運動、不買運動を起こすこと。2020年の“Black Lives Matter”運動をきっかけとして社会的公平性や人種、性別、性的志向などに起因する多様性尊重を求める運動を批判するための用語として保守派によって同時期にインターネットで流行語的に用いられるようになった。主にネット上の不特定多数のユーザーの行動であるため、感情的な反発や事実に反した情報を元にしている場合もあり、必ずしも保守派からのみでなくその行き過ぎを指摘されるようになってきている。