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バーニングマンに行ってきました(後編)/北端あおい

レポート / 北端あおい

●さまざまなギブ

バーニングマンでは、本当にさまざまな人たちと出会った。

バーニングマンでの主な交通手段は自転車だ。とはいえブラックロック・シティはあまりにも広く、ギブの一環として「自転車タクシー」を運営しているひとたちもいた。わたしも基本的に移動は自転車を使っていたが、想像より遥かに大変だった。砂浜を走っているようなものなので、まずペダルを踏み込むだけでもとても重たく、いたるところに砂が入り込むのできちんと整備を続けないとまったく動かなくなってしまう。そうした理由もあって、シティのいたるところに自転車のメンテナンスショップやレンタルショップがあった(もちろんお金はかからない)。


【こんな格好で、プラヤを自転車で走っていました。】

自転車で走っていたら「砂漠ではこれが必要だ」と言って、アイスティと使い捨ての目薬をくれたアメリカ人男性がいた。キャンプの中央には巨大なテディベアのカップルが座っていた。
火を吹くカナダ人の男性にも出会った。長いパイプ状の装置の紐を引っ張って口から炎をボッボッと出している。手を振ったら「Do you try ?」と叫び返してくれたので、自転車を止めて遊ばせてもらった。ガスバーナーを改造したような装置についていろいろと教えてくれた。
カップケーキをふるまってくれた男性もいた。「日本酒」という看板に惹かれて思わずテントの中を覗いてみたら手招きされた。天井の高さは二メートル近く、大きな円卓と書棚、移動式の巨大なキッチンやオーブンまで運び込まれていて、まるでカフェのようだった。パティシエが作ったような綺麗なシュガーアイシングのかかったオーガニック・カップケーキをごちそうになった。
どんな人と出会っても、挨拶のあとは大抵、出身地やいま住んでいる場所の話になる。砂嵐で足止めされていたテントで出会ったイギリス人男性とアメリカ人女性のカップル。ふたりは自分たちの国がいやになって、いまはふたりでシンガポールに住んでいるらしい。女性は現代アートが好きで、日本の鍋島美術館に行ったことがあるという。

かき氷、アイス、フローズンダイキリ、レモンティー、ハーブティ、チャイ、コーヒー、パンケーキ……ギブでもらったものは山ほどある。わたしが知らないだけで、ありとあらゆる食べものがブラックロック・シティにはあるのかもしれない。

【テントの中でお茶をギブする人たち】

こんなふうにいろんな人と出会ううちに、ギブは単に物をやりとりすることではなく、相手とコミュニケーションし、その心に触れる手段なのだなと思うようになった。食べ物だけでなく、ちょっとしたアクセサリー(バッジやネックレスなど)をもらう機会もあった。ギブされた人たちは、大概それを期間中ずっと身につけておくことが多いらしい。
わたしもキャンプの間中もらったものは身につけていたけれど、そういった物が増えれば増えるほど、自分もバーニングマンに参加しているのだな、という実感があった。

●バーニングマンの中心へ――マン(人)とプラヤ

ブラックロック・シティの中心である「マン」と、さらにその後ろにひろがる広大な大地「プラヤ」には、巨大なアートインスタレーションが300近くも建立されている。ちなみに、このマンから真っ直ぐ十二時の方向に向かうと、そこには「テンプル」が建っている。「テンプル」とはいっても宗教性のあるものではない。いまは亡きものを悲しみ悼むための特別な場所で、とても静かでおごそかな空間だった。近くに行くと、それだけで胸がいっぱいになってしまう。その雰囲気をぜひ現地で直に感じて欲しいと思ったもののひとつだ。
アートインスタレーションについては、公式の展示マップが配布されていたものの、そこにはたんに地点が示されているだけで、何があるのかは実際に行かないとまったくわからない。だから、うっかり迷ったことで偶然たどりついた素敵な場所に、もう一度行きたいと思っても探し出せないことも少なくなかった。


【昼間に見られた作品のひとつ。このような場所に作品は林立している。】


【椅子一つで優雅な気分に。】


【樹木をモチーフとした大きな作品。昼間は木陰をつくり、夜はライトアップされ多くの人を集めていた。】

プラヤでの目的のひとつは、バーニングマンに行く前に友人になったアーティスト、マルコの作品を見ることだった。メキシコの女神サンタ・ムエルテと、彼女のための神殿をつくるというプロジェクトだ。以前から彼のプロジェクトをクラウドファウンディングで応援していたので、完成したそれを実際に見るのがずっと楽しみだった。
昼にその場所を目指して移動し、マルコの作品はさほど迷うことなく見つかった。砂漠のなかにぽつんと建っていたという印象だったが、夜にはライトアップされ、雰囲気が全然違って見えた。大自然の真ん中だからなのか、あえて人工的な光で照らされた夜のたたずまいのほうが印象に強く残った。

【昼に見たマルコの作品。死を司る女神、サンタ・ムエルテ。】

 


【夜にライトアップされたマルコの同作品。】

わたしが見ることが出来たのはごくごく一部だけれど、どの作品も一期一会のような気持ちで見ていた。作品だけではなく、バーニングマン全体で出会うものすべてがそうだったと思う。行動することで出会ったアートや人々の分だけ世界が広がり、自分だけの地図が出来上がっていく。バーニングマンはそんな場所だった。
ちなみに、これらのアート作品のほとんどが最後には燃やされてしまう。不可燃性の材質でできた作品以外は、灰になってしまうものがほとんどだ。燃やすこと自体もイベントのひとつなのだが、それにしてもバーナーたちは本当に火が好きだ。火が燃えるだけで、いつも歓声があがる。
そして、いよいよ最後の最後に一番大きなものが燃える日がやってくる。ブラックロックシティの守護神のようにそびえていたマン。それを燃やす、マンバーンの夜だ。

●マンバーンの夜
その日の夕暮れ、ブラックロック・シティ中から電飾をつけた人々や車、自転車が、光の波のようにマンに向かって集まってくる。


【夜のバーニングマンの景色。】


【会場中のひとたちがいっせいにマンに向かって集まってくる。】

集まった人々は、バーニングマンの四方を囲んで座って待つ。すっかり日が暮れた頃、いくつかのセレモニーが行われて、ようやくマンに火がつけられると、歓声が上がる。みるみるうちに炎が強くなって、十数メートルはある、巨大なオブジェが燃え上がっていく。500メートル以上はたっぷり離れてその様子を見ていたのに、油断すると火の粉が飛んでくるのではないかと思うくらい、強烈な炎だった。


【マンバーンの前に行われた大規模なファイアーダンス。】

始まる前はセーターを着るくらいの寒さだったのに、Tシャツ一枚でも暑く感じる。あまりにも火が強く、目が焼けそうなので夜なのにサングラスをかけた。マンには爆薬や火薬が仕掛けてあって、ときどき爆発が起きたり、花火が上がったりもする。空気が音でびりびり震えているのがわかるほどだ。会場全体が最高潮に盛り上がっていて、夜空も砂漠もそこにいるひとたちも、すべてが熱気に包まれていた。そのようにして、この一週間、ブラックロック・シティの生活の中心にあったものが、灰になっていくのを見た。


【あまりにも光と熱が強烈で、神々しいとさえ感じてしまう。】

バーニングマンで、わたしがやはり最も興奮し、そして記憶に残ったのはこのマンバーンの様子だった。毎年毎年、大地を踏みしめてそびえるマンが新しくつくられ、最後には盛大に燃やされる。それは一年に一度、出現しては消失するブラックロック・シティを象徴しているようでもある。繰り返される再生と破壊は、そのまま人間の普遍的な営みである生と死にも通じる。バーニングマン自体は特定の宗教性を有してはいないけれど、ときに妙に儀式的なものを強く感じることはあって、人間は本来そうした神秘性を抱えた生き物なのかもしれないと思ってしまう。
このとき、制止をふりきって燃えている火のなかに飛び込んだ人がいたことを、ホテルに戻ってからニュースで知った。バーニングマン始まって以来の出来事だという。目の前でそんなことが起きていたことに気付かなかったことがショックだった。

●2017年のバーニングマンは終わったけれど

キャンプの最後の夜、不意に寝袋の中で目が覚めた。夜明けはまだ遠い。朝早くに出発するのできちんと眠らないといけないのに、マンバーンを見た興奮のためか、眠りが浅い。ブラックロック・シティ中で鳴り響く音楽が、波のようにテントにも押し寄せてきていた。毎晩いたるところで続いていたレイヴももう今夜で終わりだ。わたしも明日の朝早く、乗り合いバスでここを出ないといけない。でも七日間過ごした中で、この夜がいちばん心がうねっていた。
翌朝、バスの受付で「エクソダスはこちら」という張り紙を見つけた。エクソダスとは、旧約聖書の時代、ユダヤ人たちが古代エジプトを脱出し、神が彼らに約束した土地を求めて何十年も砂漠をさまよった出来事をさす言葉だ。バーニングマンが終わり、ブラックロック・シティを出て行くことをそれに引っ掛けている。ブラックロック・シティは、そこに集まった人々にとって約束の地なのだ。
では、わたしはどうか? ここがその地になるのか? そもそもそんな場所があるのか? そんなことはまだわからない。でも、お金さえ出せばなんでも手に入る東京に帰っても、不便で暑くて大変だったブラックロック・シティの生活を、わたしはきっと思いだすだろう。なにもないかわりに、ほかには絶対にないものが、ブラックロック・シティにはある。またここに帰りたくなるだろうという予感がする。2017年のバーニングマンはこれで終わった。けれど、これからもわたしは、未知の何かと出会い続けていきたいと思う。ここはまだ、旅の途中なのだ。

 

【プラヤの夜明け】

写真=北端あおい

※本記事での現地写真の掲載にあたってはhttps://burningman.org/の許諾を受けています。

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